男子校の悪友どもが俺にだけ美少女に見えるんだが?   作:深紫Sιn姉

2 / 3
俺にしか見えない……だと⁉︎

「…………は?」

 

 思考が、複数の方向へ同時に暴走を始める。

 なんで。なんで男子校の、しかも食堂のど真ん中に、女子がいる?

 他校の生徒か? いや、違う。

 あの紺のブレザーは、間違いなくうちの制服だ。

 しかも男子用。ズボンまで穿いている。

 

 それに、周りの連中はどうだ?

 ……誰も、彼女を見ていない。

 あんな異物が紛れ込んでいるのに、全員が普通に飯を食い、普通に談笑している。

 おかしい。何かが、決定的におかしい――。

 

 ふと、その少女の琥珀色の瞳と、目が合った。

 

「っ!」

 

 反射的に目を逸らした。

 どうか責めないでほしい。

 中一から三年間、女子という存在から隔離されて生きてきた男子校生の目に、あの瞳はあまりにも眩しすぎたのだ。

 

 ……いや、落ち着け。落ち着け鈴宮マコト。

 何かの見間違いかもしれない。

 俺は深呼吸をして、意を決してもう一度だけ視線を戻した。

 

 ――少女は、可憐に微笑みながら、こちらに向かって手を振っていた。

 

「ッ⁉︎」

 

 心臓が、ドクンッと跳ねた。

 え、俺? 俺に? なんで?

 

 いや、待て。落ち着け。

 よく見ろ。手を振っているのは、少女だけじゃない。

 

 その少女の、すぐ隣。

 あまりにも見覚えのある、右目に眼帯を巻いた男が――糸谷が。

 不敵な笑みを浮かべながら、「こっちへ来い」とばかりに手招きしているではないか。

 

 ……なんで糸谷が、あんな美少女と相席してるんだ⁉︎

 

 脳内が大パニックを起こしかける。

 だが、ここは食堂の通路のど真ん中だ。いつまでも棒立ちしているわけにはいかない。

 俺はロボットのようにぎこちない足取りで、糸谷のテーブルへと向かった。

 そして、少女の斜め向かい――糸谷の真正面の席に、そっと腰を下ろす。

 

「ふん、遅かったではないか。盟友よ」

 

 腕を組んだ糸谷が、いつもの調子で言う。

 

「あ、ああ……」

 

 生返事をしながらも、俺の意識は斜め前の少女に釘付けだった。

 近くで見ると、破壊力がさらに増している。

 むさ苦しい食堂の中で、彼女の周りだけ空気が澄んで見えた。マイナスイオンでも出ているのかもしれない。

 

 俺は身を乗り出し、糸谷に小声で耳打ちした。

 

「おい、糸谷……お前の隣の、その子は……」

 

 一体誰なんだ、と聞こうとした、その瞬間。

 

 可憐な少女が、テーブルに置かれたラーメンの鉢を、両手でガシッと鷲掴みにした。

 そして、卓上の胡椒の瓶を手に取ると――。

 

 ドサドサドサドサドサッ‼︎

 

 親の仇のような勢いで、スープの表面が灰色になるまで胡椒をぶちまけた。

 

「……え」

 

 俺が呆然とする中、少女は割り箸をパキンと割り――。

 

「ズズッ! ズズズズズズズッ‼︎」

 

 信じられないほど豪快な音を立てて、麺を啜り始めた。

 一気に。怒涛の勢いで。

 最後は鉢を傾けてスープを一滴残らず飲み干し、ガコンッ! とテーブルに叩きつけ、あろうことか制服の袖で口元をぐいっと拭った。

 

「ぷはーっ! やっぱここのラーメンは、胡椒をアホほどかけるに限るのう!」

 

 …………。

 

「おい、自分もさっさと弁当食わんかい。はよせんと席が埋まって、並んどる連中の迷惑になるじゃろうて」

「…………はい?」

 

 今。

 この美少女、『のう』って言った?

 

 声のトーン。

 独特すぎる、どこの地方ともつかない訛り。

 老人のような一人称と、人を『自分』と呼ぶ二人称。

 そして極めつけは、あの胡椒まみれのラーメンの食い方。

 

 知っている。

 俺は、これとまったく同じ特徴を持つ人間を、よーく知っている。

 

 震える声で、その名前を口にしようとした時。

 少女はテーブルの端に置いてあった『丸メガネ』を手に取り、慣れた手つきでスチャッと装着した。

 

「ん? なんじゃ自分、ワシの顔になんかついとるか?」

 

 丸メガネの奥で、琥珀の瞳がパチクリと瞬く。

 どうやらラーメンの湯気でレンズが曇るから、一時的に外していただけらしい。

 

「……ほ、星乃……?」

 

 琥珀の瞳が、じとーっと細められた。

 

「なんじゃ改まって。ああ、さては課題を写させてくれ言うんじゃなかろうな? 朝の電車で、ワシもやっとらん言うたやろ」

 

 間違いない。

 俺の目の前にいるこの美少女は――あのちんちくりんの悪友、星乃だ。

 

「ふっ。盟友鈴宮よ、汝さては寝ぼけているな? 我が魔眼にはお見通しであるぞ」

 

 糸谷が、やれやれと呆れたように肩をすくめる。

 

「お前の魔眼は節穴か! 隣を見ろ、お前のすぐ隣を!」

「隣? 星乃がどうかしたか?」

「どうかしたか、じゃねえよ! どう見ても……っ!」

 

 女の子だろ、という言葉を、俺はギリギリで飲み込んだ。

 

 周りを見渡す。

 やはり、誰一人としてこの異常事態に気づいていない。

 糸谷の目にすら、いつも通りの星乃が映っているらしい。

 

「……いや。やっぱ、なんでもない」

 

 頭を抱える俺をよそに、美少女の姿をした星乃は爪楊枝をくわえ、「ほれ、自分もはよ食わんかい」と、それはそれはのんきに笑っていた。

 

 ――結論。

 

 俺の悪友が、美少女になった。

 しかし中身は、一ミリも変わっていない。

 

 

■ ■ ■

 

 

 昼休みも半ばを過ぎた頃。

 

 食堂のある海側校舎と、教室のある本館。そのちょうど中間にある木のベンチに、俺たち三人は並んで腰を下ろしていた。

 

 初夏の海風が吹き抜けていく。

 周りでは男子生徒たちがのんびりと駄弁っていて、どこからどう見ても平和な昼休みの風景だ。

 

 ――ただ一点、俺の右隣に座っている存在を除いて。

 

「ぷはぁ〜。やっぱ食後の甘いもんは、五臓六腑に染み渡るのう」

 

 ずぞぞぞぞっ、と豪快な音を立てて紙パックのいちごオレを吸い尽くしたのは、蜂蜜色の髪の少女――もとい、星乃だ。

 

 俺は顎に手をやりながら、横目でそいつを観察する。

 風に揺れるさらさらの髪。華奢な肩。ストローをくわえる小さな口。

 どこからどう見ても、守ってあげたくなるタイプの小柄な美少女だ。

 

 しかしそいつは、ベンチの上で両脚をガバァッと大きく開き、背もたれにふんぞり返って、「ふいー」と親父くさい溜息をついていた。

 

「……おい、星乃」

「なんじゃ」

「頼むから、もうちょっと脚を閉じて座ってくれ」

「あん?」

 

 星乃が、丸メガネの奥で目を細める。

 

「なんじゃ急に。窮屈じゃろうが。だいたい男がチマチマ脚閉じて座れるかい」

 

 男じゃないんだよ!

 いや、男なんだけど! 今の俺の目には完全に美少女なんだよ!

 いくらズボンを穿いてるからって、そのツラで大股を開くな! 脳がバグるだろうが!

 

 心の中で絶叫しながら、俺は必死に視線を空へ逃がした。

 青い。空が青い。雲が白い。よし、ちょっと落ち着いてきた。

 こんなの、もはや精神修行以外の何物でもない。

 

「ククク……鈴宮よ」

 

 俺の左隣で腕を組んでいた糸谷が、不敵な笑みを漏らした。

 

「今日の汝は、どうにも魂の波長が乱れているようだな。我が魔眼には見えるぞ。汝の背後に、黒きオーラが渦巻いているのが……」

「うるさい。俺の背後に渦巻いてるのは、ショート寸前の脳みそから出てる排熱だ」

「ふっ、強がりおって。ならば我が封印されし右手で、汝の狂気を鎮めてやろうか?」

「結構だ。それより糸谷、ひとつ確認させてくれ」

 

 俺は声を潜め、真剣な顔で糸谷に向き直った。

 

「お前には……星乃が『いつも通り』に見えてるんだよな?」

「何を馬鹿なことを」

 

 糸谷は左目で星乃をちらりと見て、やれやれと首を振った。

 

「そこにいるのは、いつものちっちゃな星乃ではないか。それ以外の何に見えるという」

「おい糸谷! 『ちっちゃな』は余計じゃ! 自分もワシとそんな背ぇ変わらんやろ!」

「ふっ。いちごオレで背を伸ばそうなどという無駄な足掻き……哀れよのう」

「はああ⁉︎ その哀れな土俵に、自分も片足突っ込んどることを自覚するんじゃな!」

「…………」

 

 黙った。

 糸谷が黙った。図星らしい。

 

 そんな低レベルな小競り合いを聞き流しつつ、俺は改めて周りを見渡した。

 

 ベンチの前を通り過ぎていく、同じ学年の連中。

 ……男だ。ちゃんと男だ。

 渡り廊下の向こうでは、ジャージ姿の体育教師――通称『ゴリ岡』が、ホイッスルを首から下げて歩いている。

 ……ゴリラだ。今日も完璧にゴリラだ。

 よかった。心の底から安心した。ゴリ岡がゴリラであることに、ここまで感謝した日はない。

 

 つまり、こういうことだ。

 世界中の男が美少女に見えるようになったわけじゃない。

 変わって見えるのは、今のところ星乃だけ。

 そして、それが見えているのは――どうやら、俺だけ。

 

 念のため、自分の頬を思いっきりつねってみる。

 

「いっっってえ‼︎」

「なんじゃ自分、急に自分の顔つねりだして」

「ふむ……ついに自傷の快楽に目覚めたか。業が深いな」

 

 痛い。夢じゃない。

 ということは、これは現実だ。……いや、現実なのか、これ?

 

「おい鈴宮。さっきから難しい顔して、どうしたんじゃ。まさかまだ課題のこと考えとるんか?」

 

 星乃が、空になったパックをべこっと潰しながら、ずいっと俺の顔を覗き込んできた。

 至近距離から見上げてくる、琥珀の瞳。

 

「うおっ⁉︎」

 

 俺は反射的に、ベンチの端までのけぞった。

 心臓に悪い。男子校育ちの人間に、この距離の美少女フェイスは刺激が強すぎる。

 だが、その口元からふわりと漂ってくるのは、さっきのラーメンの胡椒の匂い。

 視覚は『美少女』と言い、嗅覚は『胡椒』と言っている。

 脳が、どっちを信じればいいのかわからなくなっている。

 

「……変なやつじゃのう」

 

 星乃が首をかしげる。

 変なのはお前だよ! と喉元まで出かかったが、俺は気合いでそれを飲み込んだ。

 今それを言えば、全部こっちに跳ね返ってくるのは目に見えている。

 なにしろこの世界で、今の星乃の姿が女に見えているのは俺だけなのだから。

 

 ……まさか、とは思う。

 でも、心当たりは一つしかない。

 

 昨日の夕方。江ノ島に向かって「青春をください!」と叫んだ、あの祈り。

 だからといって、『見た目だけ美少女にする』なんていう、悪魔の契約みたいな捻くれた叶え方をしてくるなんて、誰が予想できるだろうか。

 

 俺の目にしか映らない、友人の美少女化。

 そう言うなればこれは、青春の幻覚。

 

 ――『アオハルシネーション』

 

 とでも呼ぶべき、怪奇現象である。

 

「……なるほど、実に結構」

「ふむ? 何か言ったか、盟友」

「いや、なんでもない」

 

 ちなみに、名前をつけたところで何ひとつ解決はしない。

 

「お、そうじゃ。教室戻る前に、ちょっと便所寄ってええか?」

「……え?」

 

 

■ ■ ■

 

 

 予鈴まで、あと十分。

 

「便所って……お前、トイレ行くのか?」

「当たり前じゃろ。人間じゃもの。我慢しとったら膀胱炎になるわい」

 

 可憐な美少女が、屈託のない笑顔で『膀胱炎』と言い放つ。

 糸谷は糸谷で、すでに男子トイレの方へすたすたと歩き出していた。

 

 ……待て。待て待て待て。

 頭ではわかっている。

 星乃は男だ。男子トイレに入るのは、当然の権利である。

 だが、俺の視界には完全に『丸メガネの小柄な美少女』が映っているのだ。

 その美少女が、男子トイレのドアを開けて入っていく――。

 絵面が、あまりにも事件すぎる。

 

「ちょ、ちょっと待て星乃! そっちは男子トイレだぞ⁉︎」

「知っとるわ。ワシは男じゃ」

「そうだった……!」

「ほれ、自分も行くじゃろ? 連れションじゃ、連れション」

 

 結局、俺はズルズルと男子トイレの中へ引きずり込まれた。

 

「おー、空いとる空いとる」

 

 昼休みの男子トイレに、美少女が堂々と足を踏み入れる。

 中で手を洗っていた一年生が、星乃をちらりと見て、そのまま普通に出ていった。

 ……うん。当然、ノーリアクション。

 この学校で悲鳴を上げそうになっているのは、俺だけだ。

 

 星乃はなんの迷いもなく、ずらりと並んだ小便器のど真ん中を陣取った。

 そこで、俺の脳内に、ひとつの重大かつ哲学的な疑問が浮かび上がる。

 

 ――今のこいつは、見た目以外、どこまで『星乃』のままなのか?

 

 声は星乃。口調も星乃。胡椒の量も星乃。

 じゃあ、それ以外は?

 その答えは今まさに、隣の小便器の前で出ようとしている。

 確かめるべきか。科学的探究心に従うべきか。

 

 …………。

 

 白い天井。古びた換気扇。ぽつぽつと浮かぶ雨漏りのシミ。

 一個、二個、三個……。

 

「自分、なんでさっきから天井見上げとるんじゃ」

「……シミを数えてる」

「なんでじゃ」

「今、十四個目だ」

「だからなんでじゃ」

 

 ジョボボボボ……と、隣から聞こえてくる、実に男らしい水音。

 その音と、何のためらいもなく小便器の前に仁王立ちする姿勢が、すべての答えを物語っていた。

 

 ……わかった。もう十分わかった。

 

 見た目以外は、全部いつもの星乃なのだ。

 顔は美少女。だが中身は、骨の髄までジジイ口調の男子高校生。

 

「ふいー、スッキリしたわい」

 

 俺はシミを二十一個まで数え終えたところで、天を仰いだまま、今日一番の深い溜息を吐き出した。

 

「おい鈴宮、何ぼーっとしとるんじゃ。はよ手ぇ洗え」

「……お前のせいだよ、バカヤロウ」

 

 ああ……なんて業の深い呪いなんだ⁉︎

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。