未完   作:shok

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日常

 枕もとのスマホが、規則正しい電子音を刻み、夢の中に居座っている俺を現実世界へと連れ戻す。薄く開いた瞼にカーテンの隙間から射しこむ朝日が、スマホのアラームと共に新しい1日の始まりを教えてくれた。

 はっきりとしない意識の中、指先でアラームを止めると、今まで賑やかだった部屋は静けさを取り戻した。時間を見ると6:45を示していた。スマホの画面から目を離し、天井を見上げて意識がはっきりしてくるその時まで待つ。

 

 「はぁ…」

 

 朝からため息をこぼしてしまったが、いつも通りだ。これはあくまで深呼吸なのだと自分に言い聞かせている。

 大学を卒業して3年。社会人としての朝は、もうすっかりと身体に染み付いている。俺は布団から抜けだし、歯を磨き、顔を洗い、最低限の身支度を済ませる。社会人1年目の頃は、張り切って朝ご飯を作り、コーヒーも淹れちゃったりして、優雅に過ごしていたものだが、朝ご飯を抜いてもやっていけることに気づいてしまってからは、そんな優雅な生活は跡形もなくなっていた。

 

 玄関を出ると、いつもの道が広がっている。

 駅へ向かう道、通り過ぎる学生、寝巻であろう服でゴミ出しをするおばあちゃん、どれも3年間見続けてきた景色である。いつも通りの景色がそこにあることに安心感を得ながらも、言いようのない虚しさが胸の奥底で沸いてしまう。

 最寄りの駅までは、歩いて10分ほどで着く。駅近くに物件を借りられたときは、テンションが上がったものだ。駅の改札を通過し、ホームの定位置まで歩みを進める。定位置まで着くと、俺はカバンの中からワイヤレスイヤホンを取り出して、外界の音を遮断する。そして、再生ボタンを押せば、好きな曲のイントロが流れ始め、通勤時間の鬱々とした空気を音楽が浄化していく。

 

 電車に揺られて会社の最寄り駅に着く。ビルの谷間に差し込む朝日は、ガラスに反射して眩しい。この風景に対して、新鮮さを失ってからどれだけの時間が経ったのだろうか…

 会社が見えてきたら、イヤホンを外す。すると現実の音が一気に戻ってくる。その瞬間、今日も1日が始まるんだなと改めて思ってしまうのだ。そして、入館ゲートを通る電子音がトドメとして、俺を社会の波へと誘うのだ。

 

 「おはようございまーす」

 「おはよう」

 

 自分のデスクに向かうと、隣のデスクにはすでに先輩が座っていた。3つ上のその先輩は、いつものようにコンビニの袋を脇に置き、パンを片手でかじりながら、もう片方の手でマウスを動かしてメールをチェックしていた。

 

 「先輩、またそのパン食べてるんですか?」

 「安田、その質問何回目だ?」

 「だって毎日食べてるんですよ? 無性に理由を聞きたくなるときがあるんですよ」

 「これが1番落ち着くからだよ」

 

 飽きずに食べ続けている姿を見れば、そんなに美味しいものなのかと興味は沸いてしまう。だから1度買って食べてみたことはある。どんなパンなのかと問われたら、いたって普通の砂糖がまぶされたシンプルな菓子パンだ。甘さは控えめで、朝の空腹にはちょうど良いが、毎日食べ続けられるほどの執着や愛着が湧くほどか?というものだった。

 よくわからないこだわりを持つ先輩、もとい篠原大輔(しのはら だいすけ)先輩は、仕事は確かにできる先輩なのだ。そして俺が1年目の頃から良くしてくれており、仕事とは何たるかを篠原先輩の働く姿勢を見て、学んできた。だからこそ俺はこの人のことを慕っている。

 

 そんな先輩を横に、俺は自分のパソコンの電源を入れる。ファンの小さな唸りが耳に届いた。画面がゆっくりと明るくなり、ログイン画面が表示される。手慣れた手つきでログインを済ませて、メールソフトを開く。未読の件名がずらりと並んでおり、その光景だけで疲労感を感じてしまう。

 隣の篠原先輩は、いつもの甘いパンを食べ終えたのか、仕事モードに入っており、メールの返信を打ち始めていた。その切り替えの早さはさすがだなと思う。

 自分もメールを1つずつ確認し、重要なもの、優先度の高いものから返信をしていく。加えて、今日のスケジュールをざっと目を通して、午前中は打ち合わせの資料作成、午後は打ち合わせが3件あることを確認した。3年目になり、少しづつ責任のある仕事も任されるようになってきた。目に見えないけど少しずつ俺も成長しているんだと思う。

 

 「そういえば、昨日の案件は進められそう?」

 

 メールの返信をしながら、篠原先輩は尋ねてきた。

 

 「はい、今のところは特に問題なくって感じです」

 「そうか、先方の返信頻度そんなに高くないから、定期的に突っついてやるといいよ」

 

 こうやって自然に後輩の面倒を見てくれるところが、新入社員の頃の俺からしたら物凄く安心感を感じ、この部署に配属されてよかったなと心底思ったのだ。

 先輩の助言通りに、先日行われた打ち合わせの議事録ファイルをメールで送信し、次の打ち合わせまでに必要な確認事項を確認してくれと、遠回しに牽制する。

 午前中はスケジュール通りに、資料作成に集中し、昼休みには篠原先輩と軽く雑談、午後の打ち合わせでは、顧客の細かい要求に少しだけ頭を抱えつつも、なんとか形にできそうな方向性を探ることができた。

 

 気づけば夕方になっており、今日もまた特別なことはない、平凡な1日が静かに終わろうとしていた。

 パソコンをシャットアウトすると、篠原先輩が椅子を回してこちらを見た。

 

 「安田、今日ちょっと飲みに行かないか?」

 「え、急ですね」

 「お前、最近ちょっと悩んでるだろ?」

 

 図星だった。

 社会人3年目という節目のせいなのか、仕事の責任感が増えてきたせいで心の余裕がなくなってきているからなのか、俺は今までしてきた選択が正しかったのか、今の自分は自分が求めてきた自分なのか、わからなくなっていた。

 

 「先輩がどうしてもと言うのであれば…」

 「ったく、ほんとかわいくないなぁ、帰る準備できたら行くぞ」

 

 見透かされたことと、先輩の誘いに心が軽くなってしまったことに、素直に喜んではいけないと、よくわからない抵抗心で、曖昧な回答してしまったが、篠原先輩は満足に自分のデスクを上を片付けていた。

 

 俺も早々にデスク上の荷物をまとめ始めた。

 

 

 

 

 




しばらくは現世の物語が続きます。
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