傷だらけの赤色:私がスパイディの傷になるまで 作:WhatSoon
OK、じゃあもう一度だけ説明しよう。
僕の名前はピーター・パーカー。
2年前、放射性の蜘蛛に噛まれた時から……この世でたった一人のスパイダーマンだ。
後は説明しなくてもいいよね?
多くのものを失って、多くの人を助けたよ。
時には悪い奴を倒して、時には街で困ってる人を助けた。
知ってるかい?
クイーンズにあるタコスの美味しい店の看板、あれのペンキを塗り替えたのは僕なんだ。
……ペンキを溢して、スーツを新しくしなきゃなんなくなったから、印象深いんだよね。
そんな僕だけど、スーツを脱げば、ただの冴えないティーンエイジャー……ただのピーター・パーカーだ。
マスクを被って人助けしたって、お節介を焼いたからって、ピーター・パーカーに劇的な事は起こらない。
……筈だったんだけど。
ここはニューヨーク、ブルックリン。
ミッドタウン高校から、ブルックリン科学高等学校に市内留学した僕の新しい通学先。
そんな街の、一角。
地元のクイーンズにもあるファストフードのチェーン店に、僕は居た。
全国展開しているハンバーガー屋だ。
そんな店の隅っこ。
僕の目の前にはハンバーガーを手に、それを吟味するように眺めている少女が居る。
「…………」
彼女はクレア・キャサディ。
赤い濡れたような髪質に、目付きの悪さ。
あんまり身長は高くなくて、僕より少し小さい。
肉付きは薄くて、細い。
小柄な少女だ。
そんな彼女と何故、こうしてハンバーガーを食べているかというと──
「……ピーター、食べていいよ」
「う、うん。分かったよ」
助けてくれたお礼、だそうだ。
僕は、クレアを邪険にしているサリーという女の子から助けた。
といっても、彼女の手を握って逃げ出したってのが正解だけど。
それに対してクレアがお礼をしたいと、僕をこの店へ連れて来たのだ。
ハンバーガーを手に取り、齧る。
トマトの酸味と、塩気がする。
僕の目の前にはハンバーガーと炭酸ジュースがあった。
これはクレアの奢りだ。
自分の分ぐらいは払うと言ったのに、お礼だからと奢られてしまった。
女の子にご飯を奢られたのは初めてだ。
「…………」
僕が食べたのを見て、クレアもハンバーガーを口にした。
だけど、クレアの口は小さいみたいで……口元にケチャップが付いてしまった。
「……なに?ジロジロ見て」
「あ、いやぁ……その、口元にケチャップが付いてる、よ?」
素直に指摘すべきか悩んだ末、僕は口にした。
結局、どこかで自ら気付くのだから……その時、恥をかいたと怒られたくないから、今、口にしたのだ。
「……あ、そう」
クレアは恥ずかしがりながら、紙ナプキンで口元を拭いた。
……なんだか、小動物みたいだ。
「……何で笑ってるの?」
「え?」
ジトっとした目を向けられていることに気付いて、僕は口元を押さえた。
笑っていたつもりはないんだけど……もしかして、ニヤニヤとしてたのだろうか。
「その、ごめん……バカにするつもりはないんだ」
「……まぁ、いいけど。助けてくれたし、許してあげる」
上から目線な言葉だけど、不思議と不快感はなかった。
僕は彼女との距離感を測りかねている。
何を話したら良いか、正直分からない。
だってさ、ミッドタウン高校では女の子と話す機会なんて殆ど無かったのだから。
同じ班で、席が一緒……そんな状況は無かった。
だから僕は自覚している。
僕には女性への免疫が全く無い。
絵に描いたような
だというのに、こうして今、学校の外で一緒に食事をしている。
これってデート……なんて考えるほど、僕は自惚れていない。
「クレアはさ、この店によく来るの?」
「……ううん、最後に来たのは一年以上前だと想う」
「え?そうなの?」
「……うん。私の家、ママ……じゃなくて、お母さんとお婆ちゃんしか居ないから。外食にはあまり行かない」
父親が居ないから、外食には行かない……という理屈はよく分からなかった。
世間の常識なのだろうか?
それとも、クレアの思い込み?
僕には分からない。
だって僕も、父親と母親が居ないから。
僕の家族はメイ叔母さんだけだ。
「そうなんだ。じゃあ、今日もお母さんが晩御飯を用意してるの?」
「……うん、だから控えめ。お母さん、残すと口煩いから……どこの家庭でも、そうだろうけど」
そう言いつつ、クレアは口を尖らせた。
不服そうな顔だけど、強がりのように見えた。
本音ではなくて、彼女なりの格好付けなのだろう。
初めて会った時、暗い表情をする女の子だと思ってた。
だけど、接していく間に、彼女は思っていたよりも表情豊かなのだと知った。
中々、感情が表情に出る女の子なんだと……そう、僕は思った。
「……ピーターは?」
「え?」
「……ピーターのお母さんも、やっぱり口煩い?」
クレアの言葉に僕は硬直した。
母親なんて、物心がついた頃には居なかった。
そして、メイ叔母さんは母親代わりだけど……歳の差はかなるある。
白髪混じりで、母親というより祖母のような関係だ。
だから、母親が口煩いかなんて……僕の方こそ、知りたかった。
答えようがない。
「まぁね」
だけど、僕は頷いた。
クレアの気分を落ち込ませたくなかったからだ。
「……そっか」
僕は表情を悟られないように炭酸飲料を口にした。
だけど、クレアはそれ以上、言及して来なかった。
「…………」
何か、察したのかも知れない。
僕が会話から逃げようとしたのに、気付いたのかも知れない。
それでも深追いして来ないのは、きっと……彼女の優しさだ。
少し気まずい沈黙だけど、この沈黙が心地いい……そんな気がした。
◇◆◇
食後、店の外へ出た私は、ピーターと帰路についていた。
私の家はブルックリンにあって、ピーターの家はクイーンズ。
同じ方向に家がある訳じゃないけど……ピーターが帰りに乗るバス停までは同じ道だ。
並びながら、夕焼けのニューヨークを歩いていた。
「今日はありがとう、クレア」
「……え?何が?」
「ご飯だよ。ご馳走になったから」
「……これは私のお礼だから。私の方こそ、助けてくれてありがと」
少し、照れ臭い。
こうして二人っきりで会話する機会は、初めてだ。
いつもヘレンが横に居たから。
意識すると、緊張してくる。
男子と二人っきりなんて。
そうして歩く中、映画館を横切った。
「…………」
ポスターを前にして、目線を向ける。
動画サイトの広告で見た、そんな映画のポスターがあった。
いつの間にか、上映がスタートしていたらしい。
気付かなかった。
「クレア?どうかした?」
足を止めていた私に対して、ピーターは心配そうに見ていた。
「……いや、観ようと思ってた映画が、いつの間にか上映始まってて……」
「へぇ……『ジュラシックバース3』?僕も気になってたんだよね」
ピーターの言葉に私は内心、苦笑した。
『ジュラシックバース3』はシリーズものの映画で、人気作品の恐竜パニック映画だ。
私が観たかったのが、そっちじゃない。
隣のポスターに書かれた映画、『オカルティズムの館:邪霊誕生』……ゴアスプラッターなホラー映画だ。
「……まぁね。ピーターも観たいの?」
しかし、否定は口にしなかった。
思惑があった。
「うん、まぁね。結構、好きな映画シリーズなんだよね」
「……じゃあ、一緒に観に行く?」
そう、私も観たかったフリをして、誘う作戦だ。
だが、私にとって映画とは一人で観るもので、異性を誘うのは初めてだ。
少し緊張しながら誘った……のに。
「いいね!なら、今週末とかどうかな?予定がなければ、だけど」
ピーターは嬉しそうにしていたけど、気にしている素振りはない。
なんだそれは。
私だけ意識してるみたいで、バカじゃないか。
ムカつく。
「……うん、今週末か……土曜日なら、いいよ」
それでも、私は大人だ。
ムカついても飲み込んで、頷いた。
しかし、ジュラシックバース3か。
後で履修しておかないと……観たことあるけど、記憶にないし。
……そういえば。
「……ピーター」
「うん?」
私はピーターへ視線を向けた。
「……ピーターって、彼女居ないの?」
ピーターの顔は悪くない。
クラスの平均より上だ。
……まぁちょっと性格が内向的っぽいし、ガリ勉っぽい感じがするけど。
それでも、編入元の学校に彼女が居たっておかしくない。
「え……っ?えっと、何でそんなことを訊くの?」
「……だって、彼女が居るのに、私と出掛けたら面倒なことになるかも知れないし」
これは本音だ。
私は知らない奴に嫌われるリスクを犯したくない。
でも、本音が発言の全てではない。
単純に、ピーターに彼女が居るのか、気になっていたからだ。
「いやいや、居ないよ……というか、僕なんかに居る訳ないよ」
ピーターは苦笑しつつ、自嘲している。
そんな彼を見て、私は自然と首を傾げてしまった。
「……居てもおかしくないと思うけど」
ポツリと誰に聞かせるつもりもなく、漏れてしまった独り言。
それがピーターの耳に届いたようで、彼は目を瞬いた。
「え?そ……それはその、どうも?」
僅かに顔を赤らめて、ピーターは視線を逸らした。
気恥ずかしさからか、自嘲を否定された事による気まずさか……どちらにせよ、ピーターは恥ずかしがっていた。
「…………」
対して、私も顔が熱くなっていた。
なんであんな恥ずかしい事を言ってしまったのだろうか。
そうして歩いている内に、バス停まで到着した。
ここでピーターとはお別れだ。
「……それじゃ、ピーター。また明日」
「あ、うん!じゃあ、また明日」
私は手を振ろうとして……ちょっと気恥ずかしくなって、中途半端に小さく手を振った。
対して、ピーターは何も気にしていないように手を振った。
ムカつく。
……私はピーターに背を向けて、自分の家に向けて歩き出した。
ムカつく。
でも、認めなければならないかも知れない。
ピーターと一緒にいると、心臓が動悸している。
惚れた、とか、恋してる、とか、大袈裟な話じゃない。
ただ、意識はしている。
気になっている。
それは事実だ。
だからといって、私から告白するとか、付き合おうかなんて提案はしないけど。
まぁ、ピーターが?
どうしてもって言うなら?
付き合ってあげてもいいけどね。
うん。
それぐらいには、私は彼を意識している。
だけど、それは一方的な気持ちみたいだ。
ムカつく。
「……はぁ」
ため息をひとつ吐いて、視線を路地裏へ向けた。
「……うん?」
そこには
そして、ニューヨーク市警がちらほらと見えた。
路地裏の奥は見えない。
微かに、ブルーシートらしきものが見える。
事件があったのだろうか。
やっぱり、ニューヨークは物騒だ。
「…………」
まぁ、でも私には関係ない。
思考は既に、物騒な事件から、土曜日に予定しているピーターとのデ、デートについて遷移していた。
暗い路地裏を無視して、私は茜色に染まっている大通りを歩く。
すぐ側で起こっている薄暗い出来事なんて、気にも留めずに。
だって、他人事、なのだから。
◇◆◇
ニューヨーク、ブルックリン。
事件のあった路地裏に、俺は足を踏み入れた。
「お疲れ様です、マリガン警部。非番だというのにお呼び出しして申し訳ありません」
声を掛けられて、俺……パトリック・マリガンは視線をそちらへ向けた。
「ああ、いいさ。それで、被害者の様子はどうだ?」
「こちらです。話すより、見た方が早いかと」
ブルーシートを捲れば……そこには青白い肌をした女性の死体があった。
その青白さは、死体特有のもの……ではない。
もっと遥かに青白い。
水気もなく、まるで乾涸びているように見える。
「またか」
「ええ、またです」
現在、ニューヨークでは連続殺人事件が発生している。
対象は老若男女……無差別だ。
だが死体はどれも、血を抜かれている。
そして、現場とは別の場所で、被害者の血を混ぜたグラフィックアートが作成されていた。
「この被害者も、どこかで絵になっているんだろうな。もう見つかったか?」
「いえ、まだ……」
「そうか」
サイコパスのシリアルキラー。
ニューヨーク市警が付けた名前は「
随分と華やかな名前を付けられたものだ。
ただの人殺しに異名を付けるなんて、少し、腹立たしい話だ。
「しかし、マリガン警部。
「俺が知るか。頭のおかしいシリアルキラーの思考なんて、分かる筈がない」
現場に血の一滴も存在しない。
ただ、吸い尽くされて乾涸びた死体があるだけだ。
こんな事件が、週に二度は起こっている。
だというのに、ニューヨーク市民は知らない。
あまりに猟奇的で、無差別だ。
市民の混乱を避けるため、警察は報道規制をしているのだ。
「……でも、この頻度で事件を起こすなんて、
「まぁな」
その言葉に頷く。
週に二度の殺人。
それは、高頻度という言葉で片付けていいものではない。
「…………」
この事件の特徴は、被害者の血を使って書かれたグラフィックアートが存在することだ。
だが、被害者全てがグラフィックアートになっている訳ではない。
グラフィックアートが発見されていない被害者も存在する。
それは警察がまだ、グラフィックアートを見つけられていないからだ……どこかにあるに違いない……と、考えられている。
だが、それにしては未発見の数が多い。
血を抜かれた被害者。
そんな大きな特徴が、同一犯だと認識させているだけで……別の犯人が存在するのかも知れない。
……いや、断定はすべきではない。
そもそも、事件の概要について、報道は規制されている。
警察関係者以外に知る由もない。
であれば、模倣することなど出来ない筈だ。
警察がまだ見つけられていないだけ。
その可能性の方が高い。
だというのに、この胸騒ぎはなんだ?
刑事としての勘が言っている。
この事件は単純な物ではない、と。
「……気味が悪いな」
血の抜けた遺体の目が、俺を見上げていた。