傷だらけの赤色:私がスパイディの傷になるまで 作:WhatSoon
金曜日の夜。
私はパジャマ姿で腕を組みながら、ベッドに並べられた服を見ていた。
どれもこれも、ママが買ってきた服だ。
バザーや量販店で買った服で、お洒落とは無縁の服。
明日のデート……いや、デートじゃなくて、ただ映画を観に行くだけなんだけど、うん。
とにかく、明日、どれを着ていくべきか、私は悩んでいる。
ベッドに並んでいるのは三着。
自分の体に見立てて、上と下で並べて三組だ。
まずは左の服を見る。
グラフィックTシャツと、硬めの生地のズボンで、普段着って感じだ。
実際、学校に行く際、よく着ている。
男が着ていても違和感がない……つまり、女っ気がない。
これは没だ。
右の服を見る。
白いワンピースだ。
女性らしさをピーターに見せつけるという目的なら、これが最も優れていると言っていい。
だが、この服を着ていけば、私が意識しているということをピーターに察せられてしまうかも……いや、別にバレてもいいけど、なんだか面白くないし。
これも没だ。
真ん中の服を見る。
チェック柄のシャツと、スカートだ。
芋っぽい見た目ではあるが、女性らしさはスカートで担保されてる……はず。
お洒落とかよく分からないので、上と下の組み合わせがこれで正しいかとか全く分からない。
でも、左右に比べて“ちょうどいい”のではないかと思った。
ピーターに意識させられるほど女性的で、私が意識していると察しにくい程度にはカジュアル。
よし、これで行こう。
残りの服をクローゼットに戻し、選んだ服をハンガーに掛けた。
そうして私は窓を閉めて、空いたベッドに寝っ転がり、天井を見上げた。
「…………」
ピーターと会ってから、数日。
まだ関係性は深くない。
それでも舞い上がっている自覚はあった。
私は、思ったよりもミーハーなのかもしれない。
「……ふふ」
それでも、嫌な思いはしなかった。
ここ数日、今までの日常では考えられないほどに劇的な日々だった。
新しい編入生。
新しい友達。
新しい感情。
枕を抱き締めて、私は顔を埋めた。
最近、夢を見る。
うろうろと、何処か彷徨う夢を。
ボヤけた視界と、ボヤけた臭い。
夢うつつ、何もかもが現実味のない世界。
私が目的もなく彷徨いていると、大きな男が集まってきた。
彼等は口々に私を罵る。
何も悪い事をしていないのに、私を咎めようとしてくる。
酷い目に遭いそうになる。
そんな中、誰かが助けに来てくれる。
赤いマスク姿のヒーローだ。
彼等は私に難癖を付けてきた悪い奴らを打ち込めしてくれる。
助けてくれる。
そして、また──
視界が、真っ赤に染まる。
目が覚めた。
「……う」
また気味の悪い夢を見た。
詳細は分からない。
途中までは憂鬱で、途中から爽快で、最後は何故か急に終わってしまう。
そんな夢だ。
ベッドから状態を起こして、寝ぼけ目を擦る。
そして、立ち上がる。
朝日がカーテンから溢れている。
閉じていたカーテンがはためいているからだ。
「……うぅ」
唸りながら、カーテンを開ける。
そして、空いていた窓を閉めた。
「……すぅ、はぁ」
そして、深呼吸。
今日はピーターと映画を観に行く日だ。
変な夢のことはもう忘れよう。
「……よし」
私は階段を降りて、リビングへ向かった。
「あら、クレア。今日はお出かけの日だっけ?」
ママの言葉に頷く。
「……え、うん……映画」
「お昼は要らないんだっけ?」
「……うん、要らない」
「誰と行くの?」
「……友達」
「ヘレンちゃん?」
「……まぁ、うん」
このままリビングに居座れば、質問責めに遭いそうだ。
私はママから逃げるように、洗面所へ向かった。
顔を洗って、タオルで拭く。
髪を櫛で梳かして、鏡を見る。
「…………」
ムスッとした顔の私がいた。
うねうねとした赤髪の、ジトッとした目の私だ。
……鏡は好きじゃない。
自分の顔を見るのが好きじゃないから。
目を逸らして、自室へ戻る。
途中、お婆ちゃんと会ったから、挨拶もしつつ。
そうしてパジャマを脱いで、お出かけ用の服へ着替えた。
ポシェットにお小遣いの入った財布と、食後に飲まなきゃならない錠剤の入ったボトルを入れて。
枕元で充電していたスマホを手に、リビングに戻った。
そこではママが、お婆ちゃんのために紅茶を淹れていた。
「あら、もう出るの?クレア……って、その格好」
「……なに?」
「もしかして、お出かけ相手って男の子?」
ママが鬱陶しい目で見てくる。
根掘り葉掘り聞きたいって顔だ。
「……だめ?」
「ダメじゃないわよ。でも、そうね、クレアが男の子とねぇ……」
ああ、本当に鬱陶しい。
聞かれたくないこと、知られたくないことをなぞられるような感覚。
「……じゃ、もう行くから」
逃げるように私は、外へと飛び出した。
ニューヨーク、ブルックリン。
家を飛び出した私は、映画館へ向けて足を進めた。
……周りの視線が気になる。
誰も私に興味なんて無いだろうけど、見られているような気がしてしまう。
普段履かないスカートは足元がスースーして落ち着かないし。
そんな感覚で歩いていれば、気分も落ち込んでいく。
不安になる。
「…………」
この格好、ピーターに変だと思われないだろうか。
似合ってないと言われたら、どうしよう。
ピーターがそんなこと言わないって知っている。
被害妄想だというのは分かっている。
だけど、私はポジティブな人間じゃない。
ネガティブな人間だ。
未来に期待をしていない。
期待しなければ、裏切られる事もないからだ。
常に最悪な状況を見据えていれば、他愛のない事で安心できるからだ。
「……はぁ」
そうして、歩いて、映画館に到着した。
大手の映画館で、ハリウッドの名作からインディーのB級まで上映している。
前に来たのは……二ヶ月前、結構前の話だ。
普段はサブスクで映画を観ているからだ。
お小遣い制度の私にとって、映画の代金はバカにならない。
観たい映画があっても、我慢することの方が多い。
ポスターを横目に見ながら、ポシェットからスマホを取り出した。
そして、時間を確認……予定時刻の30分前だ。
ちょっと早すぎたかな。
これじゃ、待ち切れなくて早く着いちゃったみたいじゃないか。
顔を顰めつつ、私はメッセージアプリを開いた。
そこにはママと、ヘレン、ピーターの名前があった。
……我ながら、友達が少ない。
ピーターのアイコン……ニューヨークの背景を撮った写真のアイコンを叩くと、メッセージに一覧が開いた。
「…………」
そこには、事務作業みたいなメッセージのやり取りがあった。
次の授業は何処だとか、明日は何時に集合するとか、そういった内容だ。
……だって、何話したら良いか分からないし。
そんなメッセージの中、ポップ音と共に最新のメッセージが到着した。
『ごめんなさい。予定時刻から1時間遅れます」
「……はぁ……っ?」
思わず声が漏れた。
遅刻する?
なんで?
それだけ、私の約束がどうでも良いと思っているのか?
苛立ちながら、スマホを弄る。
『何考えてるの?なるべく早く急いで──
そこまでメッセージを打ってから、指を止めた。
「…………」
そして、取り消しボタンを押してメッセージを書き直した。
『分かった。何があったか分からないけど、気を付けて』
そして、送信した。
急かすようなメッセージを送れば、余裕のない女だと思われかねない。
逆に、こうして心配するメッセージを送れば、余裕のある女だと印象付けられるだろう。
私は
そんな建前を作りつつ、私は顔を顰めていた。
「……遅刻って……ありえない」
スマホを睨みながら、悪態を溢す。
予定に遅刻するということは、その予定相手を低く見積もっているということだ。
舐めているということだ。
大切に思っていないということだ。
どうでもいいと思っているということだ。
ムカつく。
「……暇になったな」
どうやって時間を潰そう。
横の喫茶店があるけど……喫茶店って、一人で行った事ないし、怖いし。
ファストフード店に入って何か食べちゃったら、お昼に響きそうだし。
でも、立ったままだと辛いし。
……取り敢えず、映画館に入ろうかな。
チケット売り場や売店……椅子はあるけど、人が既に座っている。
空いている席もあるけど、左右に人が居るし、座っても知らない人に挟まられる席だ。
あれじゃ落ち着かないし、座りたくない。
「……ちっ」
小さく舌打ちして、私はトイレへ向かった。
映画館のトイレ、その数は多い。
一つぐらい私が占領しても良いだろう。
なんて考えて、私は足を踏み入れた。
そうして便座に座って、スマホを取り出した。
消音モードにして、ネットサーフィンを始める。
日課のオカルト映画の評論サイトを開こうとして……今日のニュースが飛び込んでくる。
地元であるニューヨークに関連したニュースだ。
その中に中継の文字が見えた。
「……ん?」
何か事件があったのだろうか。
私は野次馬根性でページを開いた。
ニューヨークの一角で火事が発生している……というニュースだった。
アパートが燃えていて消化活動が行われている。
しかし、屋上付近に人が取り残されているとかで……救助は難航しているようだ。
マスコミはそんな様子をカメラで撮って、中継している。
「…………」
私はゴアでスプラッターで、人の死ぬ映画が好きだ。
だけど、現実世界がそうであって欲しい訳じゃない。
誰かが傷付いていれば胸が痛むし、こういった火事を見ると……不安になる。
……というか、火が怖いのだ。
他人がどうこうというより、炎が怖い。
だって人間は燃えれば死ぬのだから。
死ぬのは怖い。
「…………」
私は動画を閉じようとして──
赤い影が動画に飛び込んできたのを見て、指が止まった。
「……あ」
スパイダーマンだ。
スパイダーマンは火事で取り残された人を助けようと、燃え盛るアパートに飛び込んだ。
「…………」
目が釘付けになる。
トイレで見ているから、今は消音モード……騒ぎがどうなっているか分からない。
それでも、カメラの周りにいる人間が驚いているのは分かる。
カメラはブレながらも、窓を蹴破るスパイダーマンを映していた。
そして、子供を抱き抱えているスパイダーマンも。
「…………」
スパイダーマンがアパートから飛び降りて、子供を消防士に受け渡す。
そしてまた、スパイダーマンは
大人の男性も、老婆も、子供も、犬も救出していく。
自らの危険を顧みず、彼は人を助ける。
「……すごい」
ヒーローというのは、悪人と戦う人だけじゃないんだ。
こうして、人命救助をすることもヒーローの仕事なんだ。
あの時、私を助けてくれた……スパイダーマン。
彼はやはり、底抜けの善人なのだろう。
食い入るように、動画を眺めていると──
「…………」
コンコン!とノック音が響いた。
「……っ」
私は慌ててスマホを閉じて、水を流して……個室から出た。
他のトイレは埋まっていた……映画が終わった直後なのだろう。
混んでいるのだ。
私は罪悪感から、外で待っていたであろう女性を避けて、そそくさとトイレから出た。
「……はぁ」
慌てて出てきたけど、黙っていればバレなかっただろうか。
少し後悔しつつも、映画館の壁にもたれかかって、スマホを開いた。
消防士が消化活動をしていた。
スパイダーマンが居た時には控えていた放水だ。
その様子から、既にスパイダーマンは離脱したのだろうと察した。
そして、それはつまり、助けられる人は助けられるだけ助けたということ……うん。
凄いな。
助けを求める人の期待に応えられる、ヒーローだ。
私にあの力があれば、同じ事が出来るだろうか。
出来るだろう……でも、しないかも知れない。
例え、スーパーパワーがあろうとも、誰かのために命を賭ける事なんて出来ないと思う。
しかも、見知らぬ誰かのためになんて。
「…………」
スマホを見れば、予定時刻から既に20分が経過していた。
上映時間は過ぎている。
午前中の上映時間を過ぎたら、次は夕方だ。
今日はもう観れないだろう。
『ジュラシックバース3』なんて、別に特別観たかった映画じゃない。
でも、観れなかったとなると腹が立つ。
観なかったと、観れなかったは違うのだ。
「……まったく、どこで道草食ってるんだか」
ボソボソと悪態を口にする。
心に留めておくと、苛立ちが抑え切れなくなってしまうからだ。
そして、30分。
私は腕を組んで、映画館前で待っていた。
スマホで時刻をちらちらと確認しつつ、待っていると……見覚えのある姿が急足でやってきた。
「ごめん!クレア!遅刻しちゃって……!」
申し訳なさそうに謝ってきたのはピーターだ。
いつも通りの格好で、私に頭を下げている。
ちら、とスマホを確認する。
予定時刻から36分の遅刻。
30分遅れると言っておいて、さらに6分の遅刻だ。
ムカつく。
「……なんで遅刻したの?」
「火事があって……その、影響で」
ニュースを思い出す。
確かに火事はあった。
だけど、彼の地元であるクイーンズではなかった。
なら、どうやって巻き込まるというのか。
絶対に言い訳だ。
ガツンと言ってやる。
「……ピーター」
私が名前を呼ぶと、ピーターが顔を上げた。
そして、目が合った。
「……ごめん」
その目は申し訳なさに満ちていた。
心の底から、私に申し訳ないという目をしていた。
「……ぁ、うん」
思わず、吃った。
ムカついていたのに。
怒ってやろうと思ったのに。
罵倒してやろうと思ってたのに。
「……次から気をつけて」
それより先の言葉は出なかった。
だって、ピーターは良いやつだ。
私のことを助けてくれた良いやつだ。
スパイダーマンみたいに、得もないのに助けてくれた良いやつだ。
なら、この遅刻は彼にとって……想定外だったのだろう。
わざとじゃないし、私を蔑ろにしている訳じゃないのだろう。
そう考えれば、怒りも収まった。
きっと彼も被害者だ。
「ありがとう、クレア……ごめん」
「……別に、いいから。謝らなくても、いいし」
私は首を振った。
怒っていたのは事実だし、謝らせたかったのも事実だ。
だが、それはそれとして、今は許している。
って、『次からは気をつけて』って言っちゃたな。
まるで次もあるみたいな言い方だ。
幸い、ピーターは気付いてないみたいだけど。
それはそれでムカつく。
「…………」
「ごめん」
「……次謝ったら叩く」
「えっ……叩くって……え……?」
「……もう許してるから」
「……じゃあ、その……許してくれて、ありがとう……?」
「……うん」
謝って欲しくない。
気まずくなるだけだ。
でも、申し訳なさそうにはして欲しい。
負い目を感じて欲しい。
その上で、寛大な私に感謝して欲しい。
うん。
「でもその……予定してた映画、観れなくなったし……ど、どうしよう?」
ピーターはまだ、申し訳なさそうだ。
別に映画はどうでも良いのだけれど。
『ジュラシックバース3』に関しても、サブスクで配信開始してから観ればいいし。
でも、当初の予定は遂行したい。
『ジュラシックバース3』はどうでもいいが、ピーターと映画は観たい。
「……なら、他の映画を観ない?」
「いいの?」
「……うん。埋め合わせ」
私は映画の上映時間が書かれた電光掲示板を指差した。
さて、次に上映予定の映画は……げっ、ラブロマンス映画か。
それ以外は全部午後……元々観たかった『オカルティズムの館:邪霊誕生』も午後にしかない。
午前で見るなら、ラブロマンス……『恋するアッパーカット』?
何だかバカっぽいし、カップル向けの映画っぽい。
正直、自分一人では絶対に見ない映画だ。
金も払いたくない。
だが、背に腹は変えられない。
主目的は映画を観る事ではなく、“ピーターと”映画を観ることだ。
「……これ?」
「え?これ?」
「……これしかないし。それとも、嫌?」
「いや、嫌じゃないよ……うん」
なんだか、ピーターは気まずそうだ。
それもそうか。
映画のポスターは男女が抱きしめ合ってるポスターだ。
顔も近い。
キスシーンぐらいはありそうだ。
そんな映画を異性と観るのは気恥ずかしいのだろう。
……なんだか、愉快に思えてきた。
ピーターが私を意識しているという事だからだ。
私だけ彼にドギマギさせられるのもムカつく話だ。
これは仕返しみたいなものになる。
俄然、この映画に興味が湧いてきた。
「……じゃ、一緒に観よう」
「う、うん」
私が促すと、ピーターは映画のチケットを買いに行った。
詫びの意識から奢ってくれるみたいだ。
日間ランキング入ってました。
お気に入りと評価に感謝。