傷だらけの赤色:私がスパイディの傷になるまで   作:WhatSoon

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Chapter 5:逢瀬未満

金曜日の夜。

私はパジャマ姿で腕を組みながら、ベッドに並べられた服を見ていた。

 

どれもこれも、ママが買ってきた服だ。

バザーや量販店で買った服で、お洒落とは無縁の服。

 

明日のデート……いや、デートじゃなくて、ただ映画を観に行くだけなんだけど、うん。

とにかく、明日、どれを着ていくべきか、私は悩んでいる。

 

ベッドに並んでいるのは三着。

自分の体に見立てて、上と下で並べて三組だ。

 

まずは左の服を見る。

グラフィックTシャツと、硬めの生地のズボンで、普段着って感じだ。

実際、学校に行く際、よく着ている。

男が着ていても違和感がない……つまり、女っ気がない。

これは没だ。

 

右の服を見る。

白いワンピースだ。

女性らしさをピーターに見せつけるという目的なら、これが最も優れていると言っていい。

だが、この服を着ていけば、私が意識しているということをピーターに察せられてしまうかも……いや、別にバレてもいいけど、なんだか面白くないし。

これも没だ。

 

真ん中の服を見る。

チェック柄のシャツと、スカートだ。

芋っぽい見た目ではあるが、女性らしさはスカートで担保されてる……はず。

お洒落とかよく分からないので、上と下の組み合わせがこれで正しいかとか全く分からない。

 

でも、左右に比べて“ちょうどいい”のではないかと思った。

ピーターに意識させられるほど女性的で、私が意識していると察しにくい程度にはカジュアル。

 

よし、これで行こう。

 

残りの服をクローゼットに戻し、選んだ服をハンガーに掛けた。

 

そうして私は窓を閉めて、空いたベッドに寝っ転がり、天井を見上げた。

 

 

「…………」

 

 

ピーターと会ってから、数日。

まだ関係性は深くない。

 

それでも舞い上がっている自覚はあった。

私は、思ったよりもミーハーなのかもしれない。

 

 

「……ふふ」

 

 

それでも、嫌な思いはしなかった。

ここ数日、今までの日常では考えられないほどに劇的な日々だった。

 

新しい編入生。

新しい友達。

新しい感情。

 

枕を抱き締めて、私は顔を埋めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最近、夢を見る。

 

うろうろと、何処か彷徨う夢を。

ボヤけた視界と、ボヤけた臭い。

夢うつつ、何もかもが現実味のない世界。

 

私が目的もなく彷徨いていると、大きな男が集まってきた。

 

彼等は口々に私を罵る。

何も悪い事をしていないのに、私を咎めようとしてくる。

 

酷い目に遭いそうになる。

 

そんな中、誰かが助けに来てくれる。

 

赤いマスク姿のヒーローだ。

彼等は私に難癖を付けてきた悪い奴らを打ち込めしてくれる。

 

助けてくれる。

 

そして、また──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視界が、真っ赤に染まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めた。

 

 

「……う」

 

 

また気味の悪い夢を見た。

詳細は分からない。

途中までは憂鬱で、途中から爽快で、最後は何故か急に終わってしまう。

そんな夢だ。

 

ベッドから状態を起こして、寝ぼけ目を擦る。

 

そして、立ち上がる。

朝日がカーテンから溢れている。

閉じていたカーテンがはためいているからだ。

 

 

「……うぅ」

 

 

唸りながら、カーテンを開ける。

そして、空いていた窓を閉めた。

 

 

「……すぅ、はぁ」

 

 

そして、深呼吸。

今日はピーターと映画を観に行く日だ。

変な夢のことはもう忘れよう。

 

 

「……よし」

 

 

私は階段を降りて、リビングへ向かった。

 

 

「あら、クレア。今日はお出かけの日だっけ?」

 

 

ママの言葉に頷く。

 

 

「……え、うん……映画」

 

「お昼は要らないんだっけ?」

 

「……うん、要らない」

 

「誰と行くの?」

 

「……友達」

 

「ヘレンちゃん?」

 

「……まぁ、うん」

 

 

このままリビングに居座れば、質問責めに遭いそうだ。

私はママから逃げるように、洗面所へ向かった。

 

顔を洗って、タオルで拭く。

髪を櫛で梳かして、鏡を見る。

 

 

「…………」

 

 

ムスッとした顔の私がいた。

うねうねとした赤髪の、ジトッとした目の私だ。

 

……鏡は好きじゃない。

自分の顔を見るのが好きじゃないから。

 

目を逸らして、自室へ戻る。

途中、お婆ちゃんと会ったから、挨拶もしつつ。

 

そうしてパジャマを脱いで、お出かけ用の服へ着替えた。

ポシェットにお小遣いの入った財布と、食後に飲まなきゃならない錠剤の入ったボトルを入れて。

 

枕元で充電していたスマホを手に、リビングに戻った。

そこではママが、お婆ちゃんのために紅茶を淹れていた。

 

 

「あら、もう出るの?クレア……って、その格好」

 

「……なに?」

 

「もしかして、お出かけ相手って男の子?」

 

 

ママが鬱陶しい目で見てくる。

根掘り葉掘り聞きたいって顔だ。

 

 

「……だめ?」

 

「ダメじゃないわよ。でも、そうね、クレアが男の子とねぇ……」

 

 

ああ、本当に鬱陶しい。

聞かれたくないこと、知られたくないことをなぞられるような感覚。

 

 

「……じゃ、もう行くから」

 

 

逃げるように私は、外へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニューヨーク、ブルックリン。

家を飛び出した私は、映画館へ向けて足を進めた。

 

……周りの視線が気になる。

誰も私に興味なんて無いだろうけど、見られているような気がしてしまう。

普段履かないスカートは足元がスースーして落ち着かないし。

 

そんな感覚で歩いていれば、気分も落ち込んでいく。

不安になる。

 

 

「…………」

 

 

この格好、ピーターに変だと思われないだろうか。

似合ってないと言われたら、どうしよう。

 

ピーターがそんなこと言わないって知っている。

被害妄想だというのは分かっている。

 

だけど、私はポジティブな人間じゃない。

ネガティブな人間だ。

 

未来に期待をしていない。

期待しなければ、裏切られる事もないからだ。

常に最悪な状況を見据えていれば、他愛のない事で安心できるからだ。

 

 

「……はぁ」

 

 

そうして、歩いて、映画館に到着した。

大手の映画館で、ハリウッドの名作からインディーのB級まで上映している。

 

前に来たのは……二ヶ月前、結構前の話だ。

普段はサブスクで映画を観ているからだ。

お小遣い制度の私にとって、映画の代金はバカにならない。

観たい映画があっても、我慢することの方が多い。

 

ポスターを横目に見ながら、ポシェットからスマホを取り出した。

そして、時間を確認……予定時刻の30分前だ。

ちょっと早すぎたかな。

これじゃ、待ち切れなくて早く着いちゃったみたいじゃないか。

 

顔を顰めつつ、私はメッセージアプリを開いた。

そこにはママと、ヘレン、ピーターの名前があった。

……我ながら、友達が少ない。

 

ピーターのアイコン……ニューヨークの背景を撮った写真のアイコンを叩くと、メッセージに一覧が開いた。

 

 

「…………」

 

 

そこには、事務作業みたいなメッセージのやり取りがあった。

次の授業は何処だとか、明日は何時に集合するとか、そういった内容だ。

……だって、何話したら良いか分からないし。

 

そんなメッセージの中、ポップ音と共に最新のメッセージが到着した。

 

 

『ごめんなさい。予定時刻から1時間遅れます」

 

「……はぁ……っ?」

 

 

思わず声が漏れた。

 

遅刻する?

なんで?

それだけ、私の約束がどうでも良いと思っているのか?

 

苛立ちながら、スマホを弄る。

 

 

『何考えてるの?なるべく早く急いで──

 

 

そこまでメッセージを打ってから、指を止めた。

 

 

「…………」

 

 

そして、取り消しボタンを押してメッセージを書き直した。

 

 

『分かった。何があったか分からないけど、気を付けて』

 

 

そして、送信した。

 

急かすようなメッセージを送れば、余裕のない女だと思われかねない。

逆に、こうして心配するメッセージを送れば、余裕のある女だと印象付けられるだろう。

私は子供(ガキ)ではなく、大人なのだ。

 

そんな建前を作りつつ、私は顔を顰めていた。

 

 

「……遅刻って……ありえない」

 

 

スマホを睨みながら、悪態を溢す。

 

予定に遅刻するということは、その予定相手を低く見積もっているということだ。

舐めているということだ。

大切に思っていないということだ。

どうでもいいと思っているということだ。

 

ムカつく。

 

 

「……暇になったな」

 

 

どうやって時間を潰そう。

横の喫茶店があるけど……喫茶店って、一人で行った事ないし、怖いし。

ファストフード店に入って何か食べちゃったら、お昼に響きそうだし。

 

でも、立ったままだと辛いし。

……取り敢えず、映画館に入ろうかな。

 

チケット売り場や売店……椅子はあるけど、人が既に座っている。

空いている席もあるけど、左右に人が居るし、座っても知らない人に挟まられる席だ。

あれじゃ落ち着かないし、座りたくない。

 

 

「……ちっ」

 

 

小さく舌打ちして、私はトイレへ向かった。

映画館のトイレ、その数は多い。

一つぐらい私が占領しても良いだろう。

なんて考えて、私は足を踏み入れた。

 

そうして便座に座って、スマホを取り出した。

消音モードにして、ネットサーフィンを始める。

 

日課のオカルト映画の評論サイトを開こうとして……今日のニュースが飛び込んでくる。

地元であるニューヨークに関連したニュースだ。

 

その中に中継の文字が見えた。

 

 

「……ん?」

 

 

何か事件があったのだろうか。

私は野次馬根性でページを開いた。

 

ニューヨークの一角で火事が発生している……というニュースだった。

アパートが燃えていて消化活動が行われている。

しかし、屋上付近に人が取り残されているとかで……救助は難航しているようだ。

 

マスコミはそんな様子をカメラで撮って、中継している。

 

 

「…………」

 

 

私はゴアでスプラッターで、人の死ぬ映画が好きだ。

だけど、現実世界がそうであって欲しい訳じゃない。

誰かが傷付いていれば胸が痛むし、こういった火事を見ると……不安になる。

 

……というか、火が怖いのだ。

他人がどうこうというより、炎が怖い。

だって人間は燃えれば死ぬのだから。

死ぬのは怖い。

 

 

「…………」

 

 

私は動画を閉じようとして──

 

赤い影が動画に飛び込んできたのを見て、指が止まった。

 

 

「……あ」

 

 

スパイダーマンだ。

 

スパイダーマンは火事で取り残された人を助けようと、燃え盛るアパートに飛び込んだ。

 

 

「…………」

 

 

目が釘付けになる。

トイレで見ているから、今は消音モード……騒ぎがどうなっているか分からない。

それでも、カメラの周りにいる人間が驚いているのは分かる。

 

カメラはブレながらも、窓を蹴破るスパイダーマンを映していた。

そして、子供を抱き抱えているスパイダーマンも。

 

 

「…………」

 

 

スパイダーマンがアパートから飛び降りて、子供を消防士に受け渡す。

そしてまた、スパイダーマンは糸(ウェブ)で飛び上がって、アパートへ飛び込んだ。

 

大人の男性も、老婆も、子供も、犬も救出していく。

自らの危険を顧みず、彼は人を助ける。

 

 

「……すごい」

 

 

ヒーローというのは、悪人と戦う人だけじゃないんだ。

こうして、人命救助をすることもヒーローの仕事なんだ。

 

あの時、私を助けてくれた……スパイダーマン。

彼はやはり、底抜けの善人なのだろう。

 

食い入るように、動画を眺めていると──

 

 

「…………」

 

 

コンコン!とノック音が響いた。

 

 

「……っ」

 

 

私は慌ててスマホを閉じて、水を流して……個室から出た。

他のトイレは埋まっていた……映画が終わった直後なのだろう。

混んでいるのだ。

 

私は罪悪感から、外で待っていたであろう女性を避けて、そそくさとトイレから出た。

 

 

「……はぁ」

 

 

慌てて出てきたけど、黙っていればバレなかっただろうか。

少し後悔しつつも、映画館の壁にもたれかかって、スマホを開いた。

 

消防士が消化活動をしていた。

スパイダーマンが居た時には控えていた放水だ。

 

その様子から、既にスパイダーマンは離脱したのだろうと察した。

そして、それはつまり、助けられる人は助けられるだけ助けたということ……うん。

 

凄いな。

助けを求める人の期待に応えられる、ヒーローだ。

 

私にあの力があれば、同じ事が出来るだろうか。

出来るだろう……でも、しないかも知れない。

 

例え、スーパーパワーがあろうとも、誰かのために命を賭ける事なんて出来ないと思う。

しかも、見知らぬ誰かのためになんて。

 

 

「…………」

 

 

スマホを見れば、予定時刻から既に20分が経過していた。

上映時間は過ぎている。

 

午前中の上映時間を過ぎたら、次は夕方だ。

今日はもう観れないだろう。

 

『ジュラシックバース3』なんて、別に特別観たかった映画じゃない。

でも、観れなかったとなると腹が立つ。

観なかったと、観れなかったは違うのだ。

 

 

「……まったく、どこで道草食ってるんだか」

 

 

ボソボソと悪態を口にする。

心に留めておくと、苛立ちが抑え切れなくなってしまうからだ。

 

そして、30分。

私は腕を組んで、映画館前で待っていた。

 

スマホで時刻をちらちらと確認しつつ、待っていると……見覚えのある姿が急足でやってきた。

 

 

「ごめん!クレア!遅刻しちゃって……!」

 

 

申し訳なさそうに謝ってきたのはピーターだ。

いつも通りの格好で、私に頭を下げている。

 

ちら、とスマホを確認する。

予定時刻から36分の遅刻。

30分遅れると言っておいて、さらに6分の遅刻だ。

 

ムカつく。

 

 

「……なんで遅刻したの?」

 

「火事があって……その、影響で」

 

 

ニュースを思い出す。

確かに火事はあった。

だけど、彼の地元であるクイーンズではなかった。

なら、どうやって巻き込まるというのか。

 

絶対に言い訳だ。

ガツンと言ってやる。

 

 

「……ピーター」

 

 

私が名前を呼ぶと、ピーターが顔を上げた。

そして、目が合った。

 

 

「……ごめん」

 

 

その目は申し訳なさに満ちていた。

心の底から、私に申し訳ないという目をしていた。

 

 

「……ぁ、うん」

 

 

思わず、吃った。

 

ムカついていたのに。

怒ってやろうと思ったのに。

罵倒してやろうと思ってたのに。

 

 

「……次から気をつけて」

 

 

それより先の言葉は出なかった。

 

だって、ピーターは良いやつだ。

私のことを助けてくれた良いやつだ。

スパイダーマンみたいに、得もないのに助けてくれた良いやつだ。

 

なら、この遅刻は彼にとって……想定外だったのだろう。

わざとじゃないし、私を蔑ろにしている訳じゃないのだろう。

 

そう考えれば、怒りも収まった。

きっと彼も被害者だ。

 

 

「ありがとう、クレア……ごめん」

 

「……別に、いいから。謝らなくても、いいし」

 

 

私は首を振った。

怒っていたのは事実だし、謝らせたかったのも事実だ。

だが、それはそれとして、今は許している。

 

って、『次からは気をつけて』って言っちゃたな。

まるで次もあるみたいな言い方だ。

 

幸い、ピーターは気付いてないみたいだけど。

それはそれでムカつく。

 

 

「…………」

 

「ごめん」

 

「……次謝ったら叩く」

 

「えっ……叩くって……え……?」

 

「……もう許してるから」

 

「……じゃあ、その……許してくれて、ありがとう……?」

 

「……うん」

 

 

謝って欲しくない。

気まずくなるだけだ。

 

でも、申し訳なさそうにはして欲しい。

負い目を感じて欲しい。

 

その上で、寛大な私に感謝して欲しい。

うん。

 

 

「でもその……予定してた映画、観れなくなったし……ど、どうしよう?」

 

 

ピーターはまだ、申し訳なさそうだ。

別に映画はどうでも良いのだけれど。

『ジュラシックバース3』に関しても、サブスクで配信開始してから観ればいいし。

 

でも、当初の予定は遂行したい。

『ジュラシックバース3』はどうでもいいが、ピーターと映画は観たい。

 

 

「……なら、他の映画を観ない?」

 

「いいの?」

 

「……うん。埋め合わせ」

 

 

私は映画の上映時間が書かれた電光掲示板を指差した。

さて、次に上映予定の映画は……げっ、ラブロマンス映画か。

それ以外は全部午後……元々観たかった『オカルティズムの館:邪霊誕生』も午後にしかない。

 

午前で見るなら、ラブロマンス……『恋するアッパーカット』?

何だかバカっぽいし、カップル向けの映画っぽい。

 

正直、自分一人では絶対に見ない映画だ。

金も払いたくない。

 

だが、背に腹は変えられない。

主目的は映画を観る事ではなく、“ピーターと”映画を観ることだ。

 

 

「……これ?」

 

「え?これ?」

 

「……これしかないし。それとも、嫌?」

 

「いや、嫌じゃないよ……うん」

 

 

なんだか、ピーターは気まずそうだ。

それもそうか。

映画のポスターは男女が抱きしめ合ってるポスターだ。

顔も近い。

キスシーンぐらいはありそうだ。

 

そんな映画を異性と観るのは気恥ずかしいのだろう。

 

……なんだか、愉快に思えてきた。

ピーターが私を意識しているという事だからだ。

私だけ彼にドギマギさせられるのもムカつく話だ。

これは仕返しみたいなものになる。

 

俄然、この映画に興味が湧いてきた。

 

 

「……じゃ、一緒に観よう」

 

「う、うん」

 

 

私が促すと、ピーターは映画のチケットを買いに行った。

詫びの意識から奢ってくれるみたいだ。

 

 

 




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