ポストヒューマンワールド 屍少女の冒険譚   作:α1.8

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プロローグ

薄暗い――しかし仄かに天井や壁が光を放つことで視界が確保できる洞窟の中、黒いショートヘアの少女は斧を片手にため息をついていた。

 

「……はぁ~、なんでこんなダンジョンに来ちゃったんでしょう……」

 

 

その言葉を発した少女の心情を表すかの様に、頭のてっぺんでアホ毛が萎れている。

 

そう、彼女――御東 ウバメが今いる場所は『迷宮(ダンジョン)』と呼ばれる現代科学の常識が一切通用しない空間であった。

 

地球に現れてから80年近くたったにも関わらず、誰がどのように作ったのかも不明な迷宮――ダンジョン。

 

そんなダンジョンに溢れかえる、奇妙極まる未知の数々。

 

そしてその未知が宿るのはダンジョンに挑む者――通称『冒険者』達も例外ではない。

 

「あぁ……またですかぁ……」

 

その『冒険者』の一人、ウバメの耳に暗がりから、硬いもの同士が軽くぶつかり合うような、カサカサという音が聞こえてきた。ウバメもそれに応じ、手にした斧を上段に構える。

 

直後、暗がりから出てきた体長60cm近い蜚蠊(ゴキブリ)そっくりなモンスター――名前もそのまんま『大蜚蠊(ビッグローチ)』――目掛けて振り下ろす。

 

「【斬撃(スラッシュ)】」

 

大蜚蠊目掛けて振り下ろそうとしていた斧は、ウバメの声と共に赤い輝きを纏い、速度を増しながら大蜚蠊(ビッグローチ)に叩きつけられる。

 

最初の獲物の『大蜚蠊(ビッグローチ)』の頭を斧で叩き潰して倒したウバメだったが、そんな彼女に向かって皮肉めいた声が掛けられる。

 

『ウバメ、蜚蠊が嫌だって事はわからなくもないけどよ……。それで相棒とも言える武器を手放してまで逃げるか?』

 

その声の発信源は、ついさっきウバメが倒した蜚蠊の頭――正確には、そこに突き刺さっている金の斧だった。特に斧に無線機が仕込まれていたり、発声器官が備わっている訳ではない。テレパシーのように精神に直接話しかけられているのだ。

 

「……だって、蜚蠊(ゴキブリ)体液(ブシャッ!!)とかかかるの嫌なんですもん……。一度『冒険者』の体に付いたモンスターの一部とかは、ダンジョンの『風化』に巻き込まれないから、鎧についた異臭を放つ不快害虫(ゴキブリ)の体液を何時間もかけて洗うっていう苦行をしないといけませんし……」

 

『高々『大蜚蠊』程度のモンスターで体液が『ブシャッ!!』とか勢いよく出る事はそうそうねぇだろ。わざわざ無駄に動きの良いバックステップと残身まで使って躱しやがって……。武器を持ってない状態で敵に襲われたらどうすんだ?』

 

「いいじゃあないですか。どうせ直ぐに私の手元に戻ってくる――というか、そもそもあなたの呪いのせいで離れられないんですから……ねぇ、アックス?」

 

彼女が未だに蜚蠊(ゴキブリ)の頭部に突き刺さっている斧目掛けて手をかざすと、一瞬でそれは彼女の掌中に転移してくる。

 

『やっぱり、斧だから(アックス)っていう名前は安直だと思うんだよ。……語呂が良いっていうのは認めるけど……。つーか、わざわざこんな雑魚相手に【戦技(アーツ)】まで使う必要あったか? 【斬撃(スラッシュ)】で使う魔力が微々たるもんだとはいえ、ウバメの『レベル』ならオーバーキルだと思うんだが……』

 

「一応の練習ですよ。いつの間にか自分でも気づかないレベルで疲労がたまっていて、いざ強敵相手に【戦技(アーツ)】を使うときに“グギィ!!”なんて足がつる方が嫌ですからね。『レベル』が上がって、身体能力が強化されてもこういうのは無くならないんですし……」

 

素早く斧を担ぎなおしながら、ウバメは愚痴る。彼女が語る『レベル』もダンジョンの『未知』の一つ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という現象の事である。

 

それはさておき、彼女らがわざわざ異臭を放ち、洗いにくい体液まみれの不快害虫(ゴキブリ)の蔓延るダンジョンに赴いている理由は単純だ。ウバメが師事している人物――彼女の祖父、御東 鋼十郎に命じられたからだ。

 

「やっぱり気持ち悪い虫系モンスターばっかりの『虫塗れの肥溜め』じゃなく、他の場所(ダンジョン)……せめて森系とかに行きません? あんまりドロップアイテムもおいしくないですし……。装備も汚れて傷んじゃいますよ。」

 

「冒険者になったら好き嫌いを言うことはできまい。ここが自宅から一番近いダンジョンだし、装備の状態を確認し、どこまで行けるかどうか自覚する事も経験だ。……というか、仮にも自分の町にあるダンジョンに変な蔑称を付けるな」

 

ウバメは鋼十郎からの正論にたまらず黙り込む。たしかに理解はできる。納得もできる。できる、が……汚物掃除をしろと言われた人間の口が感情で尖ってしまうのは仕方のないことだろう。

 

「まぁ、装備が破損して動きが鈍ったタイミングで集中攻撃を受けて力尽き、そのままモンスターに全身を食われて死ぬかもしれんがな」

 

「流石にジョークがブラックすぎます! ゴキブリに食われて死ぬなんてバラエティ番組の三流芸人みたいな死に方は嫌です!!」

 

「そうさせんために、ワシが居る。逆に言えば腕が一本取れるとか、取り返しの付く怪我で動けている内なら助けんがな。……だからと言ってわざと()()()()()()()()()()をしたらぶん殴るが」

 

手短に返した鋼十郎は一歩後ろに退き、孫の後ろに下がって気配を消す。今回の探索はウバメがどこまでやれるかを見る訓練のようなものだ。第一階層のモンスターぐらい、簡単に倒せるようでないのならやめた方が良い。そう、彼の目が語っていた。

 

『あいっかわらず、スパルタだなぁ、鋼十郎の爺さんは――と、ドロップアイテム出てるぞ』

 

不満気に鋼十郎を見ていたウバメが先ほど倒したモンスターに目を向けるとその死骸は今まさに風化していくところであり、後にはゴキブリの物とおぼしき甲殻のかけらが残るのみだった。

 

これが大蜚蠊のドロップアイテムである。……ゴキブリというイメージが相まって需要は少ないが、一応はした金にはなる。

 

ウバメはそのドロップアイテムを嫌そうに指の端でつまみながら背中の背嚢(バッグパック)に放り込み、次のモンスターが来るのではないかと警戒を続けながら歩きだした。

 

 

数時間後……。先ほど倒したものに加え、十数体ものモンスターを倒した少女は疲れ切った顔で溜息をついていた。はたから見れば、まるで幾つもの命を奪った事を悔いているかのようだ。

 

しかしながら、彼女の思考の中にそんな事は一切含まれていない。モンスターとの戦闘の間で返り血――体液全てをよけきる事はできず、何回か装備が汚染された事、ダンジョンから帰ったらそれらを念入りに洗浄しなければならない事に憂鬱を感じただけなのだが。

 

「おじいちゃん……、これ、いつまでやらなきゃいけないんですか……? 弱いだけで、実入り(ドロップアイテム)も良くない、レベルも上がらない、おまけに汚物に塗れてる……。もう、汚物掃除(ドブさらい)は飽き飽きしてきたんですが……」

 

後ろに向けて放たれた愚痴に、鋼十郎からの返答はない。黙って戦えという事だと受け取ったウバメは抗議するべく近づいていく。

 

「そもそもこの階層のモンスターじゃ装備が使い物にならなくなるほど壊れるなんてありえないじゃないですか。装備の状態を見極めるならもっと深いかいそ…………は?」

 

そこにいたのは鋼十郎……の()()()()()だった。

 

いきなり現れた想定外(自分より強い人間の死)、それによって停止したウバメの思考、それは『鋼十郎の首を刈り取ったもの』にとって、絶好の好機以外の何ものでもなかった。

 

直後、目ではとらえられない程の速さで刃のきらめきが空中に軌跡を描きだした。それと共にウバメの視線が一段下がる。……否、視線が下がったのではない。足が切り飛ばされ、頭の位置が物理的に30cm『下がった』のだ。

 

余りにも滑らかな切り口故に、切断面で床に接地し、だるま落としのように『立ったまま』でいられたのは不幸中の幸いか。

 

「え……。 ヴ、うあああああアァァッッ!!!!!!」

 

足が切り飛ばされ、混乱しつつも絶叫することしかできないウバメの目に入ったのは巨大なカマキリ。ただし、そのカマは草むらに居るようなものとは根本から違うのが見てわかるレベルで鋭く肉厚、銀色で日本刀もかくやといった輝きを放っている。

 

透刃蟷螂(ブレードマンティス)!? 本来なら一層に居るようなモンスターじゃない!! 十五層以上……下手すれば二十層以上に居るようなやつなのに!?)

 

本来、ダンジョンの一層目には存在しないくらい強力なモンスターが目の前に居る。そんな常識から外れた状況にウバメが混乱してしまうのも無理はないことだろう。

 

しかし、目の前に現れたモンスター――透刃蟷螂(ブレードマンティス)は激痛と混乱にもがく彼女が気を取り直すまで待ってくれるほど紳士的ではない。

 

「アあああああぁぁァッッ!!!!!!」

 

次に狙われたのは武器(アックス)を持っている右腕だった。攻撃手段を奪われ、左右非対称になったせいでバランスを崩したウバメは泣き叫びながら仰向けに倒れ込む。

 

なけなしの左手を動かす彼女。這ってでも逃げようとしていたのか、それとも左手で殴りかかるつもりだったのか、恐らく彼女自身も理解していない。

 

だが、そんな死に体とも言える相手に、完璧主義なのか、万が一の逆転を恐れているのか、カマキリは容赦をしない。行うことは単純、ただひたすらに、機械的に、可能性(左手)を潰しておく。

 

四肢を失い、蠢く事しかできなくなった彼女。次に標的になったのは、そのささやかすぎる動きだった。

 

「ヒグッッ!!」

 

昆虫標本にピンを刺すように腹を自慢のカマで突き刺し、彼女のもがきを完全に止めた透刃蟷螂(ブレードマンティス)。そのモンスターは抵抗する力が無くなった事を確認したのか、もう一方のカマで彼女の腹を裂き、零れる内臓を喰らっていく。

 

(痛い、痛いいたいイタイいたい痛いイタいいたイ痛イ!!!!!!!!)

 

鋭い刃に一瞬で切られたせいか、痛みを感じていなかった四肢と違い、現在進行形で腹を裂かれ、臓物を無理やり引っ張られながら食われている事に生存本能が刺激されているのか、痛みという情報が津波となって彼女の意識に襲い掛かる。

 

せめてもの抵抗か、助けを呼ぼうとしているのか、絶叫しようとしても声は出ず、パクパクと口が動くばかり。どうやら横隔膜を損傷したらしく、声を出すのに必要な呼吸さえうまくできない。出るのはヒューッ、ヒューッという末期の息のような掠れた音ばかり。

 

透刃蟷螂(ブレードマンティス)が勝利を確信し、彼女の腹に首を突っ込もうとしたその時だった。

 

「ギィィイイイッッ!?!?!?!!!!」

 

バチン!! という硬い物に何かを叩きつけたような音と共にウバメの肉体が跳ね上がり、カマキリの顔目掛けて喰らいついた。

 

その原理は単純で、コメツキムシがジャンプするように体を逸らせて地面に叩きつけ、反動で飛び起きたのだ。

 

狙ったのか、はたまた偶然か、透刃蟷螂(ブレードマンティス)の右目に彼女の牙が突き刺さっている。損傷の大きさからして、透刃蟷螂(ブレードマンティス)が今後傷ついた右目を満足に使う事はできないだろう。

 

窮鼠猫を噛む、を体現するように格上に一矢報いたウバメだったが、その代償は小さくなかった。

 

まず、飛び起きた影響で透刃蟷螂(ブレードマンティス)のカマは彼女の腹を更に深く抉り、内臓の残骸とおぼしき肉片が幾つもこぼれ落ちている。更に反動を得るために切り落とされた四肢をダンジョンの床にぶつけた為、カマで綺麗に切られていた切り口は原型をとどめておらず、見るも無残な状態だ。

 

そして何より、目の前の透刃蟷螂(ブレードマンティス)は格下に最後っ屁をかまされた事に怒り狂っている。目を傷つけられた事で遠近感が狂ったのか、半狂乱で振り回しているカマはまだ届いてはいないが、ウバメがバラバラの肉塊にレベルアップするのに、そう時間はかからないだろう。

 

(ざまぁ見ろ……)

 

そんな満足感を抱き、覚悟を決めた彼女の目に飛び込んできたのは――とても奇妙な

光景だった。

 

我を忘れ、やたらめったらにカマを振り回す透刃蟷螂(ブレードマンティス)。その後ろから、()()()()()()()()()()()()()()が忍び寄っている。

 

そのまま完全に背後を取った鋼十郎は透刃蟷螂(ブレードマンティス)目掛けて足払い―を仕掛ける。

 

背後からの攻撃に慌てて振り向いた透刃蟷螂(ブレードマンティス)もバランスを崩し、床に倒れ込んだ状態で反撃しようと()()()()。しかし、鋼十郎の動きはそれよりも数倍速い。

 

ブチイィッッ!!! ブブチイィッッ!!!

 

瞬く間に透刃蟷螂(ブレードマンティス)の武器であるカマがもぎ取られる。間髪入れず鋼十郎の拳が透刃蟷螂(ブレードマンティス)の頭を粉砕、手早く息の根を止めた。

 

「実戦演習は終了。評価は……10点と言ったところかな。ああ、100点満点中の10点だ。勘違いはしないように」

 

何処からともなく取り出した頭を小脇に抱え、デュラハンのようになった鋼十郎はだるまになってひくひくと蠢いている孫に向かって告げる。

 

「……一つ、良いですか?」

 

「何だ?」

 

「演習で孫相手になんてもん(レベル違いすぎるモンスター)使ってんだオラァァン!!!! 殺す!!!! 今度は三途の川から戻ってこれないぐらい、肉体を破壊しつくしてやるぅぅウああアア!!!!」

 

腹に空いたドデカい風穴と口から色々なブツをまき散らし、とびかかろうとする少女がそこにはいた。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

その後、鋼十郎とウバメ(なぜか頭にたんこぶが大量にできている)は切り飛ばされていた肉体をダンジョン内で継ぎ直し、帰路についていた。

 

「そう言えば、アックスも私が透刃蟷螂(ブレードマンティス)に嬲られてた時、何も言わなかったよね。……知ってたの?」

 

アックスが気まずげに目を逸らす――いや、本当に目があるわけでは無いが、雰囲気的にはそれに近い。

 

『……いや、流石にあそこまでやるとは思ってなかったって……』

 

「何かするってのは知ってたんじゃねぇーか!!! 肥溜めに突っ込んでやる!!!」

 

ここで疑問に思った方も居るだろう。人間の四肢や首なんてそんな簡単に継ぎ直せるものなのか? そもそも、首を切断された時点で人間なら死んでいるのではないか? ……と。

 

『それにしたって、便利な世の中になったもんだよなぁ……。()()()だっけか? 首が取れても死なない、手足が取れても簡単にくっ付けられる。痛覚も鈍くなって戦いに支障が出ない。オレからすりゃ垂涎ものの『利点』ばっかだぞ。』

 

アックスの言葉にウバメがどこかうんざりしたように答える。

 

「必ずしも全員が痛みを我慢できるってわけじゃないけどね……」

 

『たしか、新大陸……あたりのもんだったか? オレは最近起きたばっかりだから、そこらへんよく知らんが』

 

「ん~……、どっちかって言うと、それは語源の方だね。死から蘇り、現世に戻ってくる死人……今では『ゾンビ』の名前の方がすっかり有名になっちゃったけど、西洋風に言うと『リビングデッド』とか、『レブナント』とか言うのかな?」

 

『しっかし、人間を『ゾンビ』にする病……生物兵器を世界中にばらまいたバカは何がしたかったんだ? ゾンビになったところで知能やら精神は人間だったころと変わらないっつーんじゃ意味ねえと思うんだが……。むしろ自分たちだけで独占した方が百倍良かっただろ、これ』

 

「私に聞かないでよ……。大方ゾンビ化した後の事は考えていなかったんじゃないの?」

 

答えは簡単だ。()()()()()()()()()()

 

ホラーゲームに出てくるような、感染者タイプのゾンビに近い。正式名称はHomo perennis(永続する人)。死体をたたき起こす粘菌型生物兵器に完全に適応した新人類であるのだ。

 

これは彼女らに限った話ではない……というか、現在地球に生きている動物(植物は対象外だが)は人間はもちろん、ゾウから羽虫にいたるまで、ゾンビ兵器が使われた影響で大半がゾンビになってしまっている。

 

現在地球上に人間は一人もいない、全てゾンビと化したか、その際のいざこざで絶滅したと言われている。仮に居たとしても少数であり、ある意味で人間は敗北したとも言えるだろう。

 

だが、だからと言って世界が終わるわけでは無いし、ゾンビ達が社会を築き上げてはいけないというルールもない。別にホモ・サピエンス(人間)が滅び、数十万年前からの歴史に終止符が打たれたとしても、明日は来るし、日常は続いていく。

 

一つのお話(人間の社会)が終わったからといって、後日譚(エピローグ)で締められるとは限らない。

 

二人の探索者(ゾンビ)はダンジョンから帰り、そんな日常へと戻っていった。

 

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