ヒュッ……ゴッッッ!!
もはや音を超え、軽い衝撃波レベルになった風切り音が戦場に響き渡る。『
ただ、突進しているだけ。だが、その
あたかも大砲の玉のような“それ”は一発でもまともに受ければ、その部位ごと吹き飛ぶ――そう思わせるほどの突進だった。
その上、速度が速すぎて目で捉えられない。迷彩を纏い、背景に溶け込んでいるのならなおのこと。
「――ッ!!」
ウバメが慌てて横っ飛びに跳ねる。直後、彼女が一瞬前までいた所を『
避けたはずなのに風圧だけで身体が浮かされる。そのレベルの攻撃。
「……! またですか!?」
続いて放たれる二度目の突進も、フットワークを活かして何とか躱しきる。だが、敵はすぐさま次の突撃を仕掛けてくる。
続けざまに放たれる三発目を地面を転がって躱し、四発目も立ち上がる勢いを利用した跳躍で躱す。
回避の合間合間、突進を躱す際に少しでも手傷を負わせようと斧を叩きこむが、まるで走行中の大型トラックに手を出したかのように弾き飛ばされ、こちらが手に傷を負うばかり。
遮蔽物が無い洞窟の部屋型のボス部屋では、身を隠すことも出来ず、現在、ウバメと天逆の二人は回避に専念する事でなんとかその攻撃を躱しきっていた。
「どっかに弱点があるって言ったのはどいつですか!? さっきから全くそんなもん見当たらないんですが!?」
やけくそ気味に叫ぶウバメ。高いテンションとは裏腹に、彼女はそう言いつつも冷静に思考を続けていた。
(守るにも攻めるにも、あのスピードが厄介です! 一応突撃の前には足で踏ん張る“タメ”があるんで躱す事はできる。……けど、こっちから攻撃できないんじゃ、ジリ貧になる一方。なにか打開の手を見つけないと、このまま踊り続けるハメになる!)
ヒュッッッ……ゴゾゾッギャッ!!
「――ッ!! ぐっうぅぅ…………!」
移動しようと大きく足を動かした、その隙を狩るように放たれる体当たり。
突進してくるその軌道を、斧で反らす。正面から受ければ圧倒的な速度と質量の差によって押しつぶされ、こちらが粉砕されるだけ。
だからこそ、力に抗う事はしない。むしろ、その力に手を貸すように、しかし向きを少し変える様に押す。
その動きでウバメは正面から迫ってくる生きたミサイルを何とか受け流す。
それでも、右腕の皮膚がごっそり持っていかれた。だが、これでもまともにぶつかったという訳ではない。
そんな事になっていたらその部位が原型をとどめない肉塊と化していただろう。体当たりの際に羽か触覚の端が一瞬掠った。それだけでここまでの手傷を負ったのだ。
「天逆さん! こいつ私ばっか狙ってません!?」
「ああ、そうだね。やはり君が前衛で
天逆は後ろを振り返る。そして何かに気づいたかのようにハッとなった。
「ウバメ君、もう一度だけ、中央を走ってみてくれないか?」
「……そうしたら、勝てますか?」
「私の予想が確かならば、確実に」
なら、心配する必要はないですね。そう言ってウバメは覚悟を決めた。
激痛で苦しみながらも、それでもなお“それ”に導かれるように彼女は走りだす。
すぐさま、『
しかしながら、壁際の天逆には突っ込んでこない。
「……やっぱり」
そこでウバメも気づいた。
天逆が宣言するかのように、大声で敵の弱点を暴き立てる。
「ああ、そうだ」
「『
天逆を脅威と思っていないからウバメを狙っている……という訳ではないだろう。ウバメ自身、先ほどから殆ど攻撃は出来ていない。最初の奇襲に対応して斧を叩き込んだ時も、殆ど刃が通らず弾かれていた。
翻って天逆は何度か魔術を叩きこんでいた筈だ。ボス特有の耐性と体力で痛痒を感じてはいる様子はないが、ダメージにはなっているだろう。
それなのに、ウバメの方ばかり狙っていた。それには明確な理由があるはずだ。例えば、
「ボクを狙わないんじゃない。狙えないんだ!!」
「こいつは直線的な『突撃』しかできない!!」
「それに、速すぎるせいで軌道修正もできない。壁際にいるボクを狙えば――」
その、速すぎる速度のせいで止まるには時間がかかってしまう、軌道修正もできない――とか。
「自分の速度で壁に頭をぶつける事になる!!」
だから、壁際にいた天逆は狙われなかった。後衛の彼女は距離を取る為に壁際に居たから、『
「なるほど、道理で陰キャのお見合いみたいに、にらめっこしてるわけですね。……それに、何をやれば良いのかも分かりましたよ」
ウバメは斧を握り直す。先ほどまでどうしようもない格上に見えていた『
何をすれば良いのか、それを明確に理解して体が数段軽くなった。
暗闇の迷路から抜け出し、出口の光が見えた時の様に、希望は彼女の体にとめどなく力を与えてくれる。
ヒントは示された。別に相手は無敵の怪物ではない。実体を持ち、それ相応の威力ならば傷もつけられる。この世に存在する“敵”なのだ。
「散々踊らされた……リベンジと行きましょうか!!」
勢いよく壁際から飛び出し、斧を大上段に振りかぶる。
反応は神速だった。
目の前の景色、ほの暗く光る洞窟がぐにゃりと歪む。
違う。景色が歪んだのではない。
『
だが、『
「【
斧が振るわれるのは『
(確かにこの敵は強い! 『
そう、『
正面から攻撃しても駄目。
横から斬っても駄目。
それは既に自身の経験でもって証明済みである。
ならば狙うのは――。
(でも、その速すぎる突進。それを止めるためのブレーキにだって結構な力が必要なはず! もし、もしも、そのブレーキを効かせる地面が、存在しなかったらどうするんでしょうねぇ!!)
ドッッガァァアアン!!!
斧が突き刺さったのは、『
床目掛けて弧を描いて振るわれた斧は、その勢いのままに洞窟の床を粉砕する。
『ギギギギギギ、――――ギギャ!?!?!?』
有ったはずの
まず前脚が瓦礫を踏んで、横へと流れるように滑る。
続いて反対側の脚が、ウバメの【
慌てて残りの四脚で地を掴み、無理やり踏ん張ろうとする。――しかしながら、その手段は明確に悪手だった。
まず、蝶に限らず、昆虫全般の特徴として、六本の脚は全て胸部の一点に付いている。
その内四本で地面の一点に無理やりしがみついてしまった。
――本来、地面が平坦であれば、六本の脚で接地する面の間隔をとり、ゆっくりとブレーキをかけていくという事も出来ただろう。
【
結果、一点しか支える点がなかった事でつんのめるように体勢が崩れ、『
しかし、『
「――よっと」
せめてもの攻撃なのか、ウバメを巻き込む軌道を描き、その勢いのまま回転しながら吹き飛ばされた『
しかし、ウバメを地面に突き立てられた斧を棒高跳びの棒のように用いて上空へと跳ぶ。
ズッッッガアアァァァン!!!!
結果、『
これこそがウバメの
(あの硬度と速度相手じゃあ、とてもではないけれど歯が立たない。――なら、その動きを止めて、柔らかい部位を探せば良い!!)
目か、腹か、羽や脚の付け根や関節か、相手が生き物の形をとっている以上、体を動かすために柔らかくなっている場所は確実に存在する。そこを攻撃すれば硬い外骨格も、ないも同然なレベルの――いわゆる急所という奴だ。
その為のネックだった相手の速度も、壁にぶつかってひっくり返っている今となっては死にかけの虫と大差ない。問題なくゆっくりと狙いを定め、目に付いた急所に片っ端から何発も叩き込む余裕すらある。
「おっりゃあぁ!! 【
斧による二連続の水平切り、からの薪割りの如く全身の力と重量を使った叩き潰し。
さらに続けて繰り出される蹴りや左手も織り交ぜられた数多の攻撃。
幾たびにも及ぶ斧による斬撃で敵の肉体をえぐり、肉片をまき散らしていくウバメの姿からは、先日の虫の汚れを嫌って愚痴を言っていた姿の面影はない。
嫌になるぐらい
『
あの『突進』は全身の力を使わなければできないようで、脚や羽を動かしても地面やウバメの装備に当たって軽い音を立てるのが精々。
先ほどまで凄まじい勢いでウバメを追い回していた姿は見る影もない。
また、天逆もその機を指をくわえているほど愚かではない。『
しっかりと対単体向きの魔術を使ってボスだけを狙い、ボスをガツガツ削り取っているウバメを巻き込まないおまけ付き。
だが、いかに二人が順調に戦えているとはいえ、敵とてやられっぱなしという訳ではない。
『ギギギギギ……、ギッッッガアアアァァァッッ!!!!』
怒りで痛みを誤魔化し、体液をまき散らしながらも『
「おやおや、どうやら
「そりゃまあ、虫どもの
「SMプレイの一環だと割り切れば良いのに、
多少の傷は負ったとはいえ、まだまだ戦える。そう挑戦者たちが理解できるほどに、ボスはしっかりと地を踏みしめた。
軽口をたたきながらウバメと天逆も構えなおす。
一度地に伏し、何度も攻撃を叩きこんだが、戦闘力の全てを奪ったわけでは無い。
戦いはまだまだ――始まったばかり。