数十分後、未だボス部屋の中では骨肉を削り合い、血と刃が舞い散る戦いが続いていた。
床には、突進をした結果一直線に引かれた痕が何本も残り、気を抜くと足がすっぽりはまり込む程の深さを持っている。
ところどころには、それを邪魔するように地面を穿った穴があり、何度も突進とその邪魔をした『
壁にも、『
もちろん、そこまで激烈な戦いをして何の傷も負わない筈がなく、ボスと挑戦者である二人、双方の肉体には幾つもの傷が付いていた。
特に接近戦で幾度もの攻撃を受け流したウバメ。彼女の両腕には、装備ごと切り裂かれたらしき幾つもの大きな切り傷が付いている。
また、凄まじい打撃を何度も受けたからか、どこかの骨が折れているらしく、激痛に顔をしかめている。それでも動きに一切の翳りが見えないのは戦闘を行う者としての意地か。擦り傷の様な小さな傷に至っては数えきれない程だ。
後衛の
しかし、それに相対する『
虫型モンスターの特徴である複眼の左目は潰れ、そこからは絶えず薄黄色の体液が流れ出している。
右の羽は根元から引き抜かれ、残骸が地面にぞんざいに打ち捨てられて、もはやボロ布にしか見えない。地面を走り回る為の脚も斧で所々千切られたのか不揃いなものばかり。
『ギギギギ…………、ギィッ!!』
体当たりが再度『
「その技はもう見切りました!!」
ヒュゴッッ!!
当初よりも速度の落ちた体当たりが放たれる前、突撃のポーズをとった時点で、すぐさま二人は体当たりの軌道から外れる位置へ移動する。
「一つしか技が無いのなら、それに対する対策も容易い。確かに突進は強かったけれど、それだけしか引き出しがないのなら、ハメるのも簡単だよ」
『
だが、
「【雷電属性・第一階梯_
『ギギギイイイイィィィッッ!!!!!』
方向転換を予測していたかのように視覚に周りこみ、魔術を叩きこむ。今回の魔術は四階で打ち出した魔法と違い、痺れのようなデバフ効果が低い代わりに、物理的な火力の高いもの。
手のひらから放たれるのは一本の――しかし
轟音と共に噴き出した紫電の枝は『
その僅かな隙を突き、ウバメが突撃範囲に入らない位置取りで、回り込むように接近しながら幾度もの斧を叩きこむ。
ボスも負けじと突進の構えをとるが、すぐさまウバメは引いて、後衛からの射線を確保すした。その機を逃さず、
ボスとの戦闘の最初の方では何度も傷を負っていた二人だったが、今となってはその動きは見違えるほど。
この理由は二人が身をもって『
最初は凄まじい威力の突進を警戒しつつ、突撃から逃れられる位置はどこなのか。暗中模索の中での戦い。
実際に幾度かの突進では避ける方法を誤って、酷い手傷を負い。痛みと共に脚の向きを見る事を刻みこみ。
突撃を避けた端から狩らんとする連続突進を回避しきれず、装備を削られる事もあった。
しかし、ウバメの体当たり気味な試行錯誤と
実際に戦闘の初めから時間が経つにつれて彼女たちが傷を負う機会は減り、逆に時間が経つほどに『
『
シューーー、シューーーという激しい呼吸音ともつかない異音だけが、ボス部屋に響いている。
ボスの攻撃パターンを読み切って躱し、こちらだけが一方的に攻撃できる圧倒的有利。
誰が見ても大勢は決しているという状況。
ウバメは斧を握り直した。
「はぁ、はぁ、次で終わり……ですかね」
天逆もそれを理解しているのか、口元に笑みを浮かべる。
「……ふぅー。 ああ、見たところ。あと一撃ってところかな」
二人が餓狼のように牙を剥きだして笑みを浮かべる。
勝ちたい。自分たちにここまでの傷を与えた強敵を屠り、その血肉を貪りたいという獰猛さに溢れた笑みを。
だからこそ、気づいておくべきだったのだ。
相手も、自分たちと同じように勝つために考えているという事。
あと一手で勝負の趨勢が決する。そんな場面だからこそ、相手が死なばもろともと賭けに出ようとする可能性を。
生存を度外視した生物は、これまでを遥かに超えた力を発揮するという事を。
(……なにか、『
直後、『
「え……?」
ウバメが疑問の声を漏らしたその時。
『
「これは――鱗粉?」
その正体は鱗粉。
そう、突進の勢いで『
「色が変わる鱗粉……もしかして、“これ”を使って幻……を?」
この鱗粉と、突進前に見えた『
奴はおそらく、こちらが突進の軌道を見切った事を理解し、罠を仕掛けてきた。
色を変化させる鱗粉を絵の具、自分の体をキャンバスにして、別の方向を向いている『
そして、それに私達はまんまと引っかかり、突進を回避した気になっていた。
相手にとっては、格好の得物だっただろう。天逆が狙われたのは、後衛として立ち回っていて、耐久力が低いと見なされたからか。
(なら、敵はどこに!?)
一瞬で敵が何をしたかを推測し、周囲を見渡そうとするウバメだったが、敵がどこにいるのかはすぐに分かった。
ぐちゃり、と音がする。まるで、ハンバーグをこねる音を数十倍にも大きくしたような音が、ウバメの――後ろ、から。
心のどこかがやめろと叫んでいる。後ろの“それ”を見るな。見たら後悔すると。
その声を無理やりねじ伏せ、ゆっくりと、とてもゆっくりと振り返る。
そこに、
あまりの速さに、だるま落としの様に下半身のみ吹き飛ばされたのか、下半身はボロ雑巾になって部屋の片隅へと吹き飛ばされ、上半身はあたかも床に座り込んだ人のように、床にもたれかかっていた。
戦闘の時も、休憩の時も、ダンジョンを探索している間に一度たりとも手放すことがなかった彼女の弓は、右腕ごと床に放り捨てられていた。
白い骨と赤黒い筋線維が断面から見える少女の腕は、トカゲの尾のように千切られてなおびくびくと蠢いている。
床一杯に広がった赤い花の上にバラまかれた長さが不揃いなソーセージは恐らく腸か。
ならば、ひときわ大きくて床に落ちている血とは明確に違う、濃い赤茶色のてかてかしたものは肝臓で、ちょうど今、体外にこぼれ落ちてもなお、どくん、どくんと鼓動を刻んでいるのは――。
そこまで目にしたところで腹から猛烈な吐き気がせり上がってきた。
内臓なんて、これまでの戦いで見慣れているはずなのに。なんなら今日の朝、首が取れた天逆の姿を見ているのに、どうしてか今だけはダメだった。
酸っぱくて熱いものが喉の奥からせり上がってくる。
食道が焼け付くような感覚に襲われ、喉の奥が勝手に痙攣する。酸っぱくて熱いものが口いっぱいに溜まり、鼻の奥まで嫌な臭いが逆流してくる。
無理やりにでも歯を食いしばる。そうでなければ胃の中のものを今すぐにでもぶちまけてしまいそうだったから。
ウバメがそんな状態に陥っている間。
それでも、
「【雷電属性・第二階梯_
刺し違える形で放たれた魔術によって、『
恐らく
「いまだ!! やってくれ!!」
天逆の、その声に導かれるように。
彼女の傷――そしてそれを生み出してしまった自身の不手際から目を背けるように。
斧を自らの手が痛むほどに握りしめ、大上段に振りかぶる。
気が付いた時には、ウバメは斧を全力で振り下ろしていた。