「これで、勝った……の、でしょう……か……?」
その頭は完全に破壊されており、先ほどまでは傷こそついてはいたものの原型を留めていたのが、今となっては完全に崩壊しきっている。ハッキリ言って、これでも生きていると言われても信じる者はほとんどいないだろう。
「……アックス。何か見えます?」
だが、動きを止めた後も、『
『俺はウバメよりも怪物を見慣れてるっつう自信はあるが、見落とす可能性だってある。それを前提で言うぞ、見える範囲では動いてねえ』
「最悪、これも擬態――いわゆる擬死である可能性はあると」
『そうだな、その可能性を忘れんなよ、ウバメ。
その言葉を聞いて、ウバメは走り出しそうになる足を自ら戒める。
最初のボス部屋に入るときに行われた奇襲突撃、戦いの最中に行われた背景と同化しての隠密、最後っ屁代わりに放たれた鱗粉を最大限活用した幻。
幾度となく敵の擬態によって騙されたせいか、風化が始まってなお、彼女は警戒を解くことはない。
一つでも奇妙な事があれば直ぐに渾身の一撃を叩きこめるよう、斧の間合いを維持したまま一挙手一投足を観察していた。
(一応、鱗粉を用いれば風化していく幻を見せる事が出来るかも知れないし……。ーー相手が出来るかもしれない、って材料がある時点で警戒しておくに越したことはない)
そんな感情を抱きながらボスが鱗粉の一片まで風化するさまを眺めていたウバメ。
彼女はボスが完全に風化しきり、残されたドロップアイテムが地面に落ちてから数十秒、周囲に何の動きも呼吸音もしない事を確認して、ようやく全身の力を抜き、斧を下す。
その瞬間、それまで頭の中を埋め尽くしていた迷彩擬蝶への警戒が、一気に消え失せた。
そして代わりに浮かんだのは――天逆の姿だった。
ウバメは考えるよりも早く、上半身だけになっている
「大丈夫ですか!!??」
「……いや、そこまで慌てなくても、下半身と腕を拾ってくれるだけでいいんだけど……」
「いや、体が真っ二つになってるのに!! 何……を言って……。 ……………………」
『ウバメ……体の事、忘れてねえか?』
――そうだった。私たちにとってこの程度なら、……大した傷ではないんだった。
自身の必死すぎる剣幕を見て、どこか怪訝な顔になった
ゾンビになり、そうそう死ななくなった
実際に国内で有名な冒険者チームがこういった怪我を時々やらかしているが、名誉の負傷扱いすらされず、次の日には歩き回れるレベルまで回復するのは珍しい事ではない。
痛みだって大したことは無い。生き物の痛覚はその生物にとって危機となる状況が起きている時に、その情報を伝えるために発達したものである以上、一日で治る怪我で死ぬほどの
あくまでも、
「……まあ、痛いには痛いけどね。数時間もすれば動けるようになるし、気に病むほど大したもんじゃないさ」
彼女からの言を聞き、
その薄膜を透かして見える彼女の体内では、先ほどまで床にこぼれ落ちていた各種内臓を、黒い粘液状の
それどころか、地面にぶちまけられた大量の血を、彼女の肉体から出た
このまま放っておいても、左腕だけで這って右腕と下半身をつなぎなおすのは難しい事ではないと自覚しているのか、彼女の顔に焦燥はない。むしろ、自分の体がどのように再生するかを直接目で観察する事への喜びさえ浮かんでいた。
「小さい傷が治るのなら見たことがあるが……、このレベルの傷をナマで見たのは初めてだよ、おそらく今胴に張っている薄皮の構成物は血小板だろうね!
「……自分の傷の解説を始めないでください。一応は大けがなんですから」
そうウバメが窘めるが、
それどころか、ボスのドロップしたアイテム――『
「――で、あれがボスのドロップアイテムかい? あのボスの羽ならば、強力な推進力を生み出す事が出来るだろうし、鱗粉を用いれば、
面倒になったウバメは
確かにその羽は大きさの割に軽く、その癖振ってみると妙な感覚があったり、まるでレーザーディスクのように光の当たり加減で色を変えるなど、興味深い点が幾つもあった。
――あったのだが、それは現在進行形で見えちゃいけないところが見えまくっている、自分の体よりも優先すべき事なのだろうか?
その姿に溜息を付きながら、ウバメは未だ本来の主から放置されたままの下半身と右腕を回収しに行くのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
そんなこんなでボスを倒してドロップアイテムを回収した二人は、ダンジョンの階層ボスの部屋から帰途についていた。
「すまんねぇ。ウバメ君、足替わりやらせて。ま、数時間もすれば、胴も腕も中身までひっつくし、この状態でも魔法は使えるから、いざとなったら放り出して固定砲台として扱ってくれたまえ」
なお、ボス戦にて上下に寸断されてしまった肉体を繋ぎなおした
一応壁に手をついて支えながら、立つことは出来た。出来たのだが、生まれたての小鹿の様に弱々しく震える
結果、包帯と鞄の皮ひもで作ったおんぶ紐で括り付けられながら、自分より背の低い少女に背負われる女子中学生が誕生したが、些細なことだろう。
ちなみに右腕の方も動かすことは出来るが、力を入れられないという似たような状態であるらしく、無菌包帯で接合部を覆ったのちに、激しい動きで取れないようにわざわざ胴に括り付けてある。
「わざわざ足替わりさせて謝るくらいなら、そもそも歩けなくなるような傷を負わないでくださいよ……」
「ごめん、ごめん。でも、『
「自分が動けなくなるような傷を負う事を勘定にいれないでください。 って言ってるんです!!」
『でもよーウバメ、
「……何が?」
『当たってんだろ? 背中に、おまえさんには無いものが』
ウバメの顔が一瞬、アックスが何を言っているのか分からないという疑問で満ちた。
一拍置き、自分の胸を見下ろして無表情になったウバメはビキビキと額に青筋を生やし、壁に斧をゴンゴン連続で叩き付け始める。
『おっごごごご!!!』
「こんのバカ斧は置いといて……、
ウバメからの抗議に軽く応える
だが、最後の言葉だけは真剣だった。
「でも、――最後に見せた鱗粉を使った幻、あれで攪乱されたら、勝敗が分からなくなっていたかもしれない。そんな状況で、一人仕留めたという油断をついて拘束できたんだ。その事を思えば、
「……………………まあ、考えとしては、わからなくもないですけど」
「それでも、仲間って認めた人には傷つかないでほしいのに……」
「……? 何か言ったかい?」
「!? いえ、なんでもありません!!」
「――でも何か言っていたような……」
「ないです、ないですから!!」
いきなり早口になるウバメ。彼女の仕草からこのまま問い詰めても話す気は無いと感じ取ったのか、
「そういや、防具はともかく、白衣は切れてないですね!! ……ところどころ血まみれになってますけど」
雰囲気が良くない方向に進んできたことを感じ、露骨に話題を逸らしたウバメに、あえて乗る
なお、話題になっていた白衣(各所が発光する機能付き)は、着ていると絡まっておんぶしにくい、という事で畳んでウバメのバッグに入れてあった。
「そうだねえ。加えられた衝撃や熱のエネルギーを光に変換して放出する機構が付いているらしいが……。多分私達含めてここにあるものの中では、一番頑丈だと思うよ? さすがはあのアクシオム社謹製の防具だ」
「アクシオム!? ってエネルギー関連じゃ世界シェアトップの企業じゃないですか!! そんなのとんでもない額になるはず……! ていうか汚れは!!」
「いやいや、大丈夫だよ。ウバメ君、あの程度の血なら直ぐに取れる。……実際に実験してアレよりひどい汚れでも家庭用洗剤と洗濯機で取れてたから、安心したまえよ」
「安心はしましたけど、……ウン百万もする装備をわざわざ汚す
アクシオム社――正式名称アクシオム・エナジー・テクノロジーズとは、米国に本拠地を構える世界最大級のエネルギー技術企業である。
ロスが大きい従来の湯沸かしでタービンを回すようなものとは違う、エネルギーを直接変換する発電方式や莫大な量のエネルギーが入るバッテリーなど、画期的な技術を持っているのが売りとなっている。
日本にも進出しており、『環境にやさしくて、尽きる事無きエネルギー!!』というダイナミックなセリフでヒーローがポーズをとる、アメコミチックな広告が駅や電車の吊り広告に出回っていたはずだ。
「どうやら発電所とかで使う防護服の製造ノウハウやエネルギー変換技術を利用して、冒険者用防具の製造にも手を広げるらしいよ? 日本の防具メーカーとも提携するらしいし……」
「へぇーー、んで、そのアクシオム社が企業付冒険者として唾つけてるのが
「儲かるんじゃないかい? まあ、直ぐに白と黒のツートンカラーのおしゃれな
そんなくだらないおしゃべりをしている内に、彼女達は一階まで戻って来ていた。なお、今回の戦闘の反省会はまた後日、場所を変えてやろう、との事になっていた。
「やっと、出口ですか」
カサカサカサカサカサカサ…………。
「んーーーー…………、
「なんだい?」
「あぁ! いえ、私の見間違いだったみたいです!!」
声で
ぐりぐりと、何度も何度も、念入りに踏みにじり、音をたてないように後ろへ蹴り飛ばす。万が一にでも、
まるで汚れを放り捨て、床に押し付けようとするかのように。
(二人でいる邪魔をしないでくださいよ)
その小さすぎる声は先ほどの声とは違い、誰の耳にも届くことは無かった。