ダンジョンの入り口から歩く三人。
しばらく進んだのち、周囲に人影が無い事を確認して、いかめしい兜を脱ぐ鎧武者。
その下から現れたのは、まだあどけない少女の顔だった。
「ふぅーー……。大丈夫? 二人とも。あの手の輩は尽きる事が無いよね~」
天逆は苦笑しながら、兜を小脇に抱えた少女――鬼原ゆらぎへと礼を言う。
「ありがとう 鬼原くん。……それにしても、威風堂々とした鎧だ。それが七枝流の正装なのかい?」
「うん! ウチと馴染みがある工房で作った奴なんだ! これ着てるとあーゆーナンパ野郎が寄ってこないのは良いんだけど、子供達とかも怖がって逃げちゃうし、あたしとしてはもうちょっとかわいいのが良いんだよねぇ……」
ダンジョンの中を歩きながら、カラカラと朗らかな笑い声を上げる鬼原。
こうして見ると、通学路でたわいのない事についてお喋りしているだけの、年相応の少女にも見えてしまう。
まぁ、首から下は威圧感たっぷりの重装備、背景は石製の遺跡のような外観なので、すぐに現実に引き戻されるのだが。
「かわいい鎧……かぁ。遊園地型ダンジョンとかで出る、着ぐるみ型装備とかかい?」
「いやいや、それだと素材の良さが生かせないですよ、魔法少女風のドレスとかでは?」
『裏をかいて、ビキニアーマーなんてどうだ? 鬼原の嬢ちゃんはスタイル良いし、似合いそうじゃないか』
「それ、アックスの趣味では……? いっそ、原点回帰して和服なんてどうです、緊急時には鎧を追加装甲として付けれるタイプの!」
「ううん、流石にそこまでは、……というか三人とも、結構ノリノリだね」
自分からふった話題ではあるが、予想よりも弾んでいる会話(というより、だんだん
「まぁ、私達も冒険者ですからね。色々と装備のカタログやら見るのが趣味になっているというのもあります。たまに欲しいな、と思うモノもあるんですが、大体資金が足りなかったり、そもそも私じゃランクが足りないってのが大半なんですよね」
自分の量産品の装備と天逆、鬼原の一点ものの装備を見比べてため息をつくウバメ。
その顔にほんの少しだけ、羨ましさや嫉妬とは別の色がよぎる。
だが、一瞬ののちにその感情は消え、残ったのは、世の不条理に「仕方がない」と妥協する、ありふれた人間の表情だった。
「ランクと言えば……先ほど声を掛けてきた人たちって誰なんですか?
「ウバメちゃんの事も知っていたみたいだったけど、知らないの?」
「私は四六時中、
『まあ、その点は否定できねーなぁ……。道歩いてて二度見される事も一度や二度じゃねえし』
まあ、本当に悪目立ちするだけ、遠巻きに注目の的になるだけで、話しかけられたりはしないんですけどね。
という言葉とともにウバメは『ず~ん』という効果音が付きそうなレベルで、陰気な雰囲気を発し始める。
酷いときは通報されるしな! という言葉にさらに彼女の陰気さは増していくが、ふと何かに気づいたかのように顔を上げた。
「っていうか、
一例としては、最下級の
耐久力や筋力に長け、格闘戦を好む者は肉体を硬化させる特性を持つ
もはやゲームのようだとしか言いようのない不可思議な現象だが、ゾンビとなってダンジョンに潜る
なお、生体変態で良いじゃないか? という意見もあったらしいが、大多数、特に娘を持つ親御さんの意見によって生体進化という当て字が決まっている。
『公衆の面前で女の子に変態と言わせ隊』が合法的な活動として毎日のように生体変態への改名を要求している事を見れば、これがいかに僥倖であったかが分かるだろう。
ちなみに、ウバメ、天逆、鬼原は揃って最下級の
最下級から進化出来ていない――と聞けば、大したことは無いと思うかもしれないが、本来ならば相手の領域であるダンジョンを駆け回って魔物を探し、それで見つけた何百、何千もの魔物との闘いに勝利し続け、経験値を貯め続けなければならない。
しかも毎日の学校や資金稼ぎのバイトの合間に――と言えば、どれだけ難易度が高いかは分かるだろう。
「まあ、表向きはそうなってるけど、裏じゃあ結構やってる人いるよ。殆どは
たしかに早く経験値は稼げるし、レベルは上がり、それに伴って身体能力も強化されていく――だが、そうやって短期間でレベルだけを上げたとしても戦闘経験が伴わない以上、どっかで壁にぶつかるだけなんだけどね。と首を振る鬼原。
実際に彼女が冒険者用道場に所属している都合上、そうなった冒険者を何度も見たことがあるのかもしれない。
そう確信させてしまうほど、彼女の言葉には実感がこもっていた。
なお、その言葉を聞いたウバメは鋼十郎の事を思いだして苦笑していた。
あのスパルタ
どっちかというと、嬉々として私よりも強いモンスターの前に放り込み、決着がつくまで眺めた後で淡々と間違いを指摘してくる人間だ。
実際に身近にいると頭にくることが多いのは事実だが、少なくとも、レベルを上げるだけ、
「彼らは……ボクが昔、所属していた研究会――創機会の人間だと思う」
先ほどまでのチャラ男達の話題が出た途端、難しい顔で考え込んでいた天逆がようやく言葉を発する。
その言葉に二人は首を傾げる。
……といっても、浮かべた疑問はそれぞれ違ったが。
「あいつらが? ハッキリ言って、研究会みたいな知的な集まりに所属しているようには見えませんでしたよ。……もしかして、女の子に対して前触れなく声を掛ける方法でも研究されていらっしゃるので?」
「そもそも、研究会に所属しているならそっちの活動に専念したらいいのに、なんでダンジョンくんだりまで来てるの? 暇なの? 女の子に声かけなければやっていけないレベルで?」
二人のかなり切れ味の良いツッコミ(
「まあ、あいつらは研究とかを行う人員じゃないんだよ。発明品を
それ、事実上の
「じゃあ、彼らは創機会――ってところの新しい発明品をダンジョンで試しに来たって事で良いの?」
「そうだろうねぇ。ああ、私達に声を掛けてきたのは、完全に彼らの趣味だと思うよ? 私が創機会に所属していた時も、同じ学校の先輩だからって何度も声を掛けてきたし」
思いっきり顔と胸しか見てなかったから、キッパリ断ったんだけどね。という天逆の言葉にウバメはほっと息をつく。
本来なら、彼女が昔にどこで誰と付き合っていようと、私には関係ない事なのに。
それでも嫉妬してしまうのはなぜなのか、彼女にはまだわからない。
だが、それなら――これを言ってしまっても問題は無いだろう。
(――っというか、さっきから何ですが……たぶん彼らに
ウバメが小声で発したその言葉に、ギョッとなる二人。
一瞬だけ、それでも確かに止まった足は彼女らが受けた衝撃と嫌悪の現れだった。
(……マジかい?)
(マジです。さっきから同じ足音が後ろからずっと聞こえてます)
(ホントにあたしたちについてきてるの? たまたま道が同じだけってことは?)
(私、一応このダンジョンの情報は調べて、明らかになっている階層の地図は全部頭に入れているんですが、遠回りを何回しても付いてくるので、間違いないかと。んで、尾行される心辺りなんて彼らくらいしか思いつかないので……)
慌てて耳を澄ませる二人。
ヒタリ、ヒタリ。
彼女たちの耳にはかすかにだが、私達の者ではない足音が聞こえていた。
何も知らずに聞けば、自分たちの足音の反響では無いかと勘違いしてしまうほど、微かな音。
だが、良く聞けばその音には確かに違和感があった。
それは、自分たちの足音とは間隔が微妙にズレている事だったり、意図的に足の動きを不規則にしても、その音は一定である事だったり。
そもそも、すり足で歩いて足音を殺しても聞こえてくる時点で、この音が私達の出している者ではない事は明白だった。
ストーカーまがいの事をしてくる男たちの気持ち悪さに、思わず自らの体を抱き竦める二人。
けれども、そうやってサブイボを撫でていても事態は解決しないと考えたのか、ウバメも交えて彼らから逃げるための話し合いを始める。
(ウバメちゃん、天逆ちゃん。一応聞いとくけど、話し合いで解決できると思う?)
(無理だろうねぇ……。あの程度で逆恨みしてついてくるような奴らだよ? 言葉でどうにかなるとは思えないよ)
どうやら、穏健な案では彼らを止めるのは無理らしい。
――との事で鬼原は強硬案を提案する
(じゃあ、5~6本くらい骨をへし折って、もうついてくんなってそこら辺に捨てるのは?)
出てきたのはかなり物騒なものだった。
一応フォローしておくと、
もしもここが街中ならば、少女がストーカー被害にあって身の危険を感じ、骨を数本折ったとしても大した責任にはならない。
――ならない、のだが……。
(いやいや、そこまでやると色々面倒になりそうですよ。「奴らだって、たまたま同じ道を辿っていただけだ」って間違いなく主張するでしょうし)
(だよねぇ……。彼らなら骨を数本折った程度の些細な怪我であっても、ボクたちを訴えてきそうだ)
問題は、ここがダンジョンだという事である。
外ではあふれかえる程に存在するカメラも目撃者も存在せず、GPSも録音機器も持ち込めない、法の目が届きにくい空白地帯。
仮に彼女達が尾行されていたと主張していても、それを裏付けるものが存在しないのだ。
一応、ダンジョン内の犯罪を調べるために、
こちらが先に手を出して、彼らが正式に訴えたら、間違いなく裁判は水掛け論になる。
少なくとも、ウバメ達がダンジョンにしばらく潜れないくらいには長引くだろう。
穏健な案も強硬な案もダメ、という事で出てきたのは折衷案だった。
(ふぅむ……、なら、逃げたらどうだい? ウバメ君が階層のマップを理解しているのなら、全力で走ったら逃げ切れる場所はあるかな?)
(ん~~。場所と相手の動きによりますね。鬼原さんが装備重量の関係で、あんまり速く走れないので、できれば分岐路が多い場所でやりたいです)
今の三人の中で、最も足が遅いのは鬼原である。
彼女は
一応、無理をすればもっと速く走れない事もないのだが、バテて動けなくなる可能性がある。
そもそも速く走る
(一番近いのは、どのあたりなの?)
(4階に降りて、階段から少し歩いたところですね)
(よし、じゃあ、こうしよう。ウバメくんが言った場所に付いたら、鬼原くんが疲れない範囲で、でも出来得る限り早く移動する。そのまま撒ければよし。もしもあいつらが慌てて追ってきたらボク達を追って来たと確定させて、それ相応の対処をする)
天逆の案を数秒考えたのち、二人は頷いた。
「全会一致が取れたところで、じゃあ、行くとしようか」
目指すは四階、その先にある分岐路。
三人は何事もなかったかのように歩き続ける――背後に潜む悪意を、今度はこちらから確かめるために。