ポストヒューマンワールド 屍少女の冒険譚   作:α1.8

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追って来る謎、向かった場所の謎

四階へと降りた三人は、階段から少し進んだ先にある分岐路へとたどり着いていた。

そこは、通路が三方向に枝分かれしている場所。

 

正面へ続く道は緩やかな下り坂。右手は曲がりくねった細い通路、左手は比較的広いものの、奥がどうなっているのかは見通せない。

少なくとも、初めて訪れた冒険者であれば、どの道を進むべきか迷ってしまうような場所である。

 

「……で、ここが例の場所なのかい?」

 

「はい、地図によると、正面の通路を進めば最短距離で次の階段へ向かえます。ただ、右側の通路を使えば、多少遠回りにはなりますが、途中で何度か分岐がありますね」

 

「なるほど。つまり、正面は次の階層まで近いが一本道、右側なら脇道が多くて追っ手を撒きやすい――と。ちなみに左は?」

 

「左手は完全に袋小路、行き止まりが小さめの部屋になっている程度なんで、あんまりお勧めしません」

 

淡々と答えるウバメ。

二人の会話だけを聞けば、単に探索ルートを相談しているようにしか思えないだろう。

しかし、彼女らの足はまだ動いていなかった。

 

耳を澄ませる。どんな小さな音も聞き取れるように。

 

ヒタリ、ヒタリ。

 

三人の足音とは微妙に異なる、もう一つの足音。

 

1階からずっとついてきている密かな足音は、今もなお、彼女を探っている者がいるという証拠であり、現在進行形で彼女たちに精神的負荷(ストレス)を与え続けていた。

 

(……さてさて、どうしますかね)

 

ウバメは内心で呟いた。

ぶっちゃけた話、ウバメだって尾行者に苛立っていないと言えば嘘になる。

少なくとも、同意も無く付け回されているのだから、いい気分はしない。

 

その上、彼らがウバメの知らない天逆を知っている。

ただそれだけの事、それだけで神経を逆なでされているような憎悪が煮えたぎっていた。

 

もしも法的に許されるなら……というか、実力的に倒せる相手で犯罪が成立せず(死体を完全に消す)があるのなら、そっちの(暴力的な)手段を間違いなく選択するぐらい――と言えば分かるだろうか?

 

「ふむ、ならば、あえて左に行くというのはどうだい?」

 

「……本気です?」「……ああ、わざと誘い込むって事?」

 

反射的に疑問を口に出してしまったウバメに対し、鬼坂はすぐに意図を察したようだった。

 

「彼らが何を目的としているのか、それを明確にしたいというのが本音なんだ」

 

天逆の口から出るのはその場しのぎの対処では、根本的な解決にならないという言葉。

 

「単純にナンパだけで追って来てるなら、わざわざダンジョンの中まで追って来るだろうか? っていう疑問があるんだ。いうて、彼らは相手に困っていないハズだ。それ相応に創機会から給料も貰ってるだろうし、『最新の武器を使う冒険者』っていう箔だってあるんだから」

 

たしかに、彼女の言っている事は正しい。

論理的に考えれば、正しいとしか言えないだろう。

そう、論理的に考えるならば。

 

「私個人を追って来てるなら、ここで逃げたとしても後々、他のダンジョンで付け回される可能性もある。……あいにく、私達の家の近くのダンジョンを調べて、そこに潜る事を止める法律は無いからね」

 

ふんふんと頷く鬼坂、彼女もナンパを邪魔された程度の事で、わざわざ危険地帯で尾行してくる事のリスクとそれによって得られるリターン、その釣り合いの取れなさに疑問を抱いていたのだろう。

 

実際問題、三人を襲ったところで得られるものは少ない。

天逆や鬼坂の装備は目立つうえ、ダンジョンの出入りも冒険者協会に記録されている。事件が起きれば、装備の行方や残された痕跡から足がつく可能性もある。

 

もちろん、ダンジョン内では監視の目が届きにくいというのは事実だ。だからといって、証拠を完全に消せるわけでもない。

結論として、三人を襲うのは百害あって一利なし。少なくとも、合理的に考えるならば。

 

でも、それでも、ウバメは知っている。人とは、彼女達のように賢い者ばかりでは無い、行った行為の結果、生まれる未来について考えようとする者ばかりではないのだと。

 

時として、人間は計算も理性も脳髄から放り捨て、本能と衝動だけに突き動かされ、信じられない程に愚かな事をやらかす。

抑えきれない程に膨れ上がってしまった感情が絡むならば、なおの事。

 

「いや、それでも逃げ場がない場所に追い詰められる事は危険ですよ! 何が起こるか分からないんですから」

 

例えば、今まで抱えていたものを万が一にでも失いたくないくらいに臆病で、危険から全力で逃げようとする今の私みたいに。

 

「もちろん、それも考えてある。――鬼坂くん、キミが持っている盾はかなり大きいよね? ……少なくとも私達全員が乗れるくらいには」

 

天逆の視線の先にあるのは、鬼坂が持っている武骨で巨大な漆黒の盾。

本人曰く、ジュラルミン製の素体に特殊な金属をコーティングしたものであり、ちょっとした攻撃程度なら簡単に弾いてしまう自慢の盾らしい。

 

「【雷電属性・第二階梯_磁界の排水向(マグナス・ドレインホール)】――任意の物にS極とN極の磁力を付与して、強力な引力を発生させる魔法が存在してね。本来なら、敵の拘束に使うモノなんだが……“コレ”を天井と鬼坂くんの盾に付与したら、どうなると思う?」

 

天井に向かって盾が引っ張り上げられる、それだけではないと、天逆は語る。

 

「天井と完全に密着させるわけじゃない。磁力の強さを調整して、盾を一定の高さに固定するんだ。三人が乗っても落ちないだけの力を維持できれば、即席の足場として使えるだろう?」

 

「……天井から磁力で吊り下げられる足場に乗って隠れるって事ですか。」

 

たしかにそれなら、見つかる可能性は低い。

このダンジョンは遺跡を模して石で作られた通路と部屋で構成された回廊型、明かりを遮るものには事欠かない以上、盾が見つかっても遠目なら単なる構造物の一種で済まされる。

 

基本的にダンジョンを探索する冒険者の目線は敵が出てくるのを見逃さない為水平、若しくは罠がありそうな床に行きがちだ。

少なくとも、ご丁寧にダンジョン内で天井のシミを数える。なんてことをする奴はそうはいないと思いたい。

 

「ああ、そして――この袋小路なら、相手が何処かに行ってしまうという可能性は無い、詰まるところ、盗み聞きをするために留まるのに最適の場所だ」

 

「あたしたちがいないって気づいて、何も話さずに即引き返す可能性は無いの?」

 

「無いわけではない……が、低いと考えているよ。少なくとも、目の前で目標がいきなり消えたんだ。通路の蔭とか、簡単な場所なら隠れていないか探すだろうし、本当に袋小路の道へ私達が居るのか、斥候役(スカウト)への疑いだって持つはずだ」

 

少なくとも、私が知っている奴らの人間性なら、本当にいるかどうかも分からない、暗中模索の捜索なんて嫌がる事間違いない。

仮にリーダーの権力で強制したとしても、不満たらたらでお喋りしながら、そこら中に情報を垂れ流してくれるはずだ……というのが彼女の言。

 

彼女の言うことだって分からなくもない。

そもそも、相手が敵なのか、情報を得なければ何も始まらないということ。

対価を得るには、危険を承知で臨まなければならないこと。

 

コレが当事者でなければ、テレビや漫画の中の出来事だったなら、「こうやったら良いのに」なんて無責任なセリフをスナック菓子でも頬張りながら呟いていただろう。

 

(それでも、危険と相対する事を怖いと思ってしまうのは――逃げてしまいたくなるのは……恥ずかしい事なの?)

 

胸が締め付けられる。

これが失いたくないという感情なのか、自身の恐怖を恥じる気持ちなのかもわからずに。

 

けれども、その感情をウバメは口に出す事が出来ない。

目の前にいる人は――私よりも優れている、だからこそ、私よりも正解に近いはずだ。

そう、腹の中の気持ちを飲み込んで頷くことしか出来ない。

ずっと、彼女はそうやって生きてきたのだから。

 

彼女は思いを隠す事に慣れすぎてしまっていて――顔にも、仕草にも出ることはない。

ただ、まわりに見えないように唾を飲み込み、胃がびくりと動くような感触を味わうだけ。

 

「さて、そろそろ後ろの方も限界のようだ。」

 

ウバメはその声にハッとなる。

 

いつの間にか、先ほどまで聞こえていた足音が聞こえなくなっていた。

ただし、それは追跡者が居なくなったことを意味しない。

 

むしろ、これ以上近づいたら確実に気づかれる――と彼らが考える位置までにじり寄っているという事だ。

その証拠に、先ほどから感じていた後ろからの視線がずっと、ずっと強くなっている。

 

今のところは彼らもただ見ているだけのようだが、このままじっとしていればいずれ不審に思うか、痺れを切らして出てくるだろう。

 

(ウバメくん、鬼坂クンの盾を頼む。全速力で小部屋にたどり着いたら、ボクは魔法で引っ張り上げるから通路からは見えない位置――入口の脇にでも置いておいてくれ)

 

そう囁かれると共に渡される鬼坂の盾。

それを何気なく受け取ったウバメ、しかしその見た目以上の重量に引っ張られてバランスを崩し、一瞬転びそうになるが慌てて踏ん張る。

そのまま手ではこの重さを抱えきれないと見て盾を背中に背負い直した。

 

(いち、にの、さんで出るよ、準備はいいかい?)

 

天逆の囁きにウバメと鬼坂はこくんと小さく頷いた。

そして、少しずつ体勢を変えていく。

いつでも走り出せる程確実に、しかし気取られぬようゆっくりと、前方へ強い推進力を生み出せるマラソンのクラウチングスタートのように前へと傾いて。

 

(いち、にの――さん!!」

 

叫びと共に、前に飛び出すように走り出す。その勢いを維持したまま、三叉路の左の道に駆け込む三人。

 

先頭はウバメ、巨大な盾を背負ってなお走るその姿は常人よりも遥かに速く、極端な前傾姿勢のまま走っている事も相まって人というよりも狼を彷彿とさせた。

 

続く天逆(あまさか)はブレの少ない綺麗なフォームで走っているが、流石に回避型軽装前衛と後衛魔法使いの差なのか、ウバメからはかなり遅れている。

 

最後尾の鬼坂は、重装鎧の重量に引っ張られるように二人よりも明らかに速度が落ちていた。けれど、彼女の長い足を活かした大きな歩幅で回転数を補い、着実に目的地への距離を詰めていく。

 

後ろの気配も一瞬だけあっけにとられたように静まりかえるも、全力で逃げ出したウバメ達に尾行がバレたと理解したのか慌てて走り始める。

開き直ったのか、もはや追跡している事を一切隠そうとしておらず、ドタドタと靴音を廊下中に響かせながら全速力で少女たちを追って来ていた。

 

だが、スタートダッシュの分が仕事をしているのかその音の発生源は三人の遥か後ろ。

そして、今まさにウバメは通路の終わり、行き止まりの小部屋にたどり着いたところだった。

 

……ただし、厳密にいうならばそこは行き止まりでは無かったのだが。

 

事前情報通りなら、単なる小部屋が一つあるだけの場所、そこには明確な異常があった。

 

小部屋の奥、本来なら単なる壁があるべきその場所には、人間数人が優に入る事が出来るほどの白い裂け目とも穴ともいえないモノが浮かんでいた。

 

(……ッ!? アレは……一体? いや、今はそれに構っているヒマはない!!)

 

わけの分からないものを見て一瞬思考停止するウバメだったが、自分の役割を思い出して冷静になる。

 

現在やるべき事は、後ろから追って来る者達から逃れる事。

それ以外の事は全て、天逆(あまさか)の策を実行してから考えればよい。

 

ウバメは振り返ると二人に見える様に大きく頷き、脇に置いた鬼坂の盾を示すように指さす。

 

幸い、追いついてきた天逆(あまさか)と鬼坂も追跡者への対処を優先する考えは同じだったようで、二人も裂け目を見て硬直はしたものの、ウバメの声かけで我に返ったあとは速かった。

 

事前に決めていた手筈通り、天井まで上昇し、乗っている盾に身を隠す三人。

 

とはいえ追跡者に白く光る裂け目、知りたい事は山盛りな以上、彼女たちが耳を澄ませるのは当然の話だった。

 

 

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