バタバタバタバタッッ!!!
一切隠す気の無い、慌ただしい靴音が三人の居る小部屋まで近づいてくる。
その音と勢いに友好的な感触は一切感じられない。
明らかにこの音を聞いた人間が警戒するという事を分かったうえで聞かせているか、そもそもそんな事に気が回らないレベルで焦っているのか。
その音を聞いて、ウバメはゴクリと唾を飲み込んだ。
一応、天井付近に隠れているのだから見つかる可能性は低いと思うのだが、見つかったら厄介事に発展するのは火を見るよりも明らかだ。
先ほどまでの尾行では一応、隠そうとしている雰囲気……というか尾行の結果出くわしたとしても、偶然会ってしまったと言えるぐらいの偽装はしていたように感じた。
だが、そんな最低限の建前すら投げ捨てているのが今の奴らだ。
どう考えても、要件があるのだが穏便に話し合いで解決しよう――なんて言いだしそうな雰囲気ではない。
万が一、戦いになった時には機先を制して相手に飛び掛かる役が必要で、恐らくそれは他の
そう考え、いつでも飛び出せるよう、しかし絶対に必要ないところで飛び出さないよう感覚を張り詰めさせていると、どうやら追跡者もこの小部屋へとたどり着いたらしい。
足音が一際大きくなったかと思うと、ふっと足音が止まり、代わりに追跡者達の話し声が聞こえ始める。
彼らも壁にある裂け目を見たのか、
「あ……? オイオイオイ、マジかよ? こんなイイ所で
(
迷宮は、まるで植物の様に成長する。
その中でも、もう
それが
時に果樹の様に人に宝やドロップアイテムと言った形で恩恵を与え、時に食虫植物の様にそれら目当てで群がる人々をモンスターや罠で殺し養分とする。
「その二つの意思が矛盾しながらも両立して、最も強く表れているのが
(つーか、
そっと、音を立てないように、そして下にいる追跡者達に見られないように、盾の蔭から相手の姿を確認する。
その姿はウバメの予想に違わず、先ほどまでダンジョンの前で絡んできたナンパ男達である。
ただ、軽装の皮鎧姿なのは広場で見たのと同じであるが、大きく変わっている点が一つある。
それは彼らの周囲を取り巻いている幾つもの白い球体だった。
大きさはオレンジ程で彼らの体の周り――特に後ろ辺りに幾つも浮遊しており、彼らが体の向きを変えるごとに微動している。
……どことなく背後から彼らを見ている、そう感じさせる物体だった。
そう思って、ウバメは
創機会に所属していた頃の知識を使っても良く分からないのか、彼女も興味深そうに球体を観察している。
そうウバメが考えていた頃だった。
周囲の確認を終えてウバメ達がいないと判断したのか、チャラ男達はそれぞれに話し始めた。
「タクマさん、周囲の確認終わったっすーー……」
「オウ、結果はどうだった? あいつらがどこ行ったかの痕跡とか、見つかったか?」
「ハイ!! 足跡が真っ直ぐ
そんな言葉を彼らの頭上で聞いて、先ほどからの疑問に合点がいったとばかり、頷く
(成程。私達から靴を借りてうろうろ歩き回っていたのは何をやっているのかなと思ったが、“バックトラック”で足跡を誤魔化していたのか……。予想以上に機転が利くな、ウバメ君は)
(ふふっ、“
ふふん、と得意げに笑うウバメだが、それに水を差すように、あっさりとアックスがネタばらしをし始める。
(まあ、ウバメ自身が山で狩りをしている時に何度も引っかかって、終いには見かねた
ちなみに、バックトラックとはウサギなどの小動物が敵や追跡者から身を守るための習性で、ある程度進んだ所で自分の足跡をそのまま踏んで後退し、途中横に大きく飛んで別の方向へ逃れる行動の事である。
この行動の結果、残るのは獣が一旦進んだ結果残る囮の足跡と、それが途中で途切れた痕跡のみ。
これを知らずに獲物を追いかけた
(アァッッックス!!! そのことについては口外するなって言ったじゃないですか!! だいたい、いざという時に技術として使えてるんですから、わざわざカッコ悪いエピソードまで出す必要はないでしょうに!!)
小声で怒鳴るというある意味、器用なことをしながらも音を立てないようにアックスをどつくウバメだったが、
(…………まあ、そうなんだが。ウバメは調子に乗ると、途端にポカミスしだすから、どっかで鼻っ柱を折っといたほうが良いと考えてだな。あと、遠い将来のことまで深く考えるっつー意味の四字熟語なら、
(……え、マジ? こう、深淵まで覗き込むくらい頭がいい……って感じの奴じゃないんですか!? ……天逆さん、本当ですか? 鬼坂さんは……。)
自分が得意気なドヤ顔で、思いっきり決めた台詞が間違っていたと聞き、ウバメは目が点になりながら二人にすがるような視線を向ける。
(……ま、まあ、そう言うのって間違いやすいっていうし! 大丈夫だよ、ウバメちゃん!)
結局のところ、彼女は半ば善意で放たれた追い打ち発言によってしょんぼりと沈みこむことになったが。
(二人とも、あっちの話し合いもそろそろ佳境にはいりそうだよ?)
そんな掛け合いを横目に見ていた
どうやらそちらの議論の方も、こちらに負けず劣らず白熱している真っ最中だった。
「……つまり、ここで待ち伏せしてるだけじゃ、逃げられるかもしれねぇって事か?」
「……ハイ。この階の他の所にも
「んだよ!! つっかえねェなぁ!! テメェが
「スンマセン。一応、階段に張ってりゃ、あいつらを逃す事は万に一つもないと思うんですけど……」
「却下だ。んな事してたら嫌でも周りの目ェ引ぃちまう。俺らの目的を忘れたのか? あのパツキン女を連れ戻せ、そもそも
パツキン女……。どうやら彼らは
いや、それ自体は想定内ではあったが、広場でナンパを袖にされた僻みとか、ずっと前から異性として彼女のことを狙っていた……とかではない、完全に組織ぐるみの案件らしい。
「い、いや……。でも、あのチビガキは斧と話せるだの、ジジイに殺されかけただの、目立とうと妙な出まかせばっかり言っているウチの地元じゃかなり有名なキチ〇イで……」
「いーんだよ。研究者サマってのはそういうキ〇ガイで色々と遊ぶもんなんだ。わざわざ目くじら立てたりせず、そいつごと引きずり込めばさっさとカタは付いてったのに……」
(…………ッ!)
ズキンと痛む胸をおさえる。
侮辱にも等しい、その言葉を否定できない。
彼らの言っている事は、一部間違いだ。
アックスが話すという事は本当だし、
彼らの言っている事は、一部正しい。
よく考えれば分かるハズだ。そんな“普通”ではないことについて、“普通”の人の周りで言ったらどうなるか。
それなのに、なぜウバメは周囲に喋ってしまったのか。
――目立ちたかったからだ。他人に目を向けて貰って、私はここにいると理解して欲しかったからだ。
(……
――もし、“普通”と私の差異を全て理解して、これ以上見る価値が無くなったって思われたら……。
(秀でているモノが無い、単なる私
心の中でも頭をもたげた疑問を押し殺す。
どうせそんな簡単には分かりっこないと、何の根拠もない妄想で心に麻酔をかけながら。
まるで盲聾者に言葉を伝えるように、
けれど、それが下の人間達に聞かれないようにするためである事をは本人だけはわかっていた。