「……にしたって、あそこまでやる必要あったんですか!?」
帰宅した直後、ウバメとアックス、そして引率役の鋼十郎でダンジョン探索の反省会をやる予定だったのだが、早々にウバメから鋼十郎への愚痴が飛び出す。
本来ならダンジョンから帰った後のこの時間はデブリーフィング――いわゆる、振り返りにあてられる予定だった。何も武器を振り回して敵と切り結ぶだけが戦闘ではない。
テーブルに着き、飲み物片手にこれまでの戦い方を振り返りながら自分の戦い方、長所と短所を監査する……そういった事だって立派な冒険者の業務の一つである。……いまは完全に単なる愚痴になっているが。
その愚痴の原因の一つとして、ウバメの頭にあるたんこぶ(帰路についていた時の物よりも倍くらいに増えている)があるのは間違いない事実だろう。
「分からないのか?」
「強敵と戦う事の経験が不足しているのは自覚しています!! 私が言ってるのは、わざわざ二十階層ものモンスターを連れてくる意味は有ったんですか!? って話ですよ!! 強敵相手への戦闘を経験させるにしたってもう少し丁度良いのがいたでしょう!?」
自分の詰問を軽く流された事が気に食わないのか、語気が強くなるウバメ。
しかし、彼女に向けて鋼十郎が放った言葉は
「太刀打ちできなかったろう?」
「ええ!」
「そんな事ができないくらい強かっただろう?」
「だーかーら!! どうしてそんなのをぶつけたんですか!?」
「なら、実際にそんな強さの相手が出たらどうするつもりだ?」
ウバメの思考が真っ白になった。考えても居なかったその言葉に黙り込む。前提が覆され、思考が空転して何を言えばいいのか分からない。
「……え、えっと、それは……」
「はっきり言うぞ、今回みたいに隔絶したレベルで実力が離れたモンスターと会うのは万に一つ……いや、億に一つあれば多い方だろう」
「……そ、それなら」
「では、その億に一つの危機にぶち当たったら諦めるのか? 『そんなもの無い』と見ない振りをして命を賭けるのか? 十層以上のモンスターは相応の知能を持つ者が多い、
「………………」
ゾンビになり、四肢や頭が切られても継ぎなおしたりできる様になったと言っても不死身になったわけでは無い。その命を繋ぐ
例として、継ぎなおせないような形――原型をとどめない形で破壊されれば再生させるのに多大なコストと時間が必要となる。
そして、全身を粘菌ごと全て燃やされたり、執拗に潰されたり、食われて粘菌を消化されたりといった形で肉体全てを失えば――もう、二度と目覚める事のできない、完全な死となる。
ウバメは鋼十郎からの問いに答えられず、黙り込む。アックスの方に助けを求める様に目を向けるが……。
『悪りぃが、こればっかりは爺さんの方に賛成させてもらうわ……。実際、そういう
ウバメの武器であるが、そこら辺の考え方は鋼十郎よりであるらしく、アックスも助けてはくれない。
「それに何より、理解しているんだろう。ウバメよ、お前にはゾンビとしての『利点』の一つが使えないと言う事を」
そう、
「SDS症候群の事について何度かお医者さんに聞いたこともあるのですが……、決まってゆっくりと付き合いながら治していくしかないと言われるばかりで……」
本来ならば、この疾患が原因で大事になる事はない。仮に痛覚が機能していたとしても、単純に痛くなる事をしなければ良いからだ……。例えば、
「それがある以上、冒険者としてはお前の評価は一段落ちる事になる。そうならない為にはお前自身が何らかの強みを獲得するしかないんだ。アックスと呪いで繋がってしまった以上、普通の職には就けんだろう」
しかし、ウバメは諸事情により、アックスと呪いで繋がってしまっている。その呪いの効果自体は簡単、シンプルに
……実害が出るような呪いではないのだが、金の斧を持って歩かなければならない以上、普通の職業には就けない。ウバメ自身にも、面接に斧を持っていくような奴はその場で落とされても仕方が無いという自覚くらいはあった。
「聞いておくが、冒険者をやめて、今やってる林業のバイトを本職にする気は……」
一応、やる仕事がないわけではない。……というのも、彼女が今いる町――
「無いです。こんなコンビニやスーパーまで徒歩2時間、学校まで3時間近くかかる上、バスもタクシーも使えない限界集落で林業に就く気は“絶対に無い”です」
ウバメはきっぱりと言い放つ。
「ここもそこまで悪い場所ではないと思うんだがなぁ……」
鋼十郎も立地と言う点ではフォローできないらしく、もごもごと口ごもる。
「お爺さんにとってはそうかもしれないけど……、少なくとも若者や子育てする人には向いてないと思うよ。……実際問題学校まで遠いし……。そんなんだから田舎コンプレックスこじらせた父さんがパイロットになって
「
「そもそも論として、アックスをこの町で拾ったのが呪いを受けた原因だしなぁ。見つけた時点で警察に届けなかった私に非が無いのか?と聞かれるとどうしようもないんだけどさ」
そう、この町で
『そこら辺はオレ本人にもどうしようもねぇな。この呪いは不当な手段で『
そう、ウバメがアックスの呪いにかかってしまったのに、彼を責めきれない理由がこれである。なぜか町はずれの森の中に落ちていた金の斧(当時は会話する事がなかった。本人曰く、呪いが発動するまで眠ったように意識を失っていたらしい)を拾ったウバメは面倒がって警察に届けなかった。
これは別に悪意があったわけでは無く、町内会長――六山町のまとめ役、コミュニティが非常に狭いので集落内の大体の情報を持っている――に聞いても心当たりがない。落とし物を届けるための交番に行くにも片道4時間かかる、という心情的に分からなくもない理由だった。
だから、それが原因で呪いが発動した事に納得はできないが、非難することもできないというギリギリの線上にいる。
そんな『不幸な事故』の話をしながら、彼らの反省会は続いていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
反省会が終わり、装備の清掃も終わったその日の夜。
ウバメとアックスはのんびりとテレビの前に座ってゲームに熱中していた。
『おい、右足の爪壊したぞ!!』
「おっし!! さっきから私が攻撃しているから、左足の爪にも結構ダメージ入ってると思う!! 次に壊すとこ、何処だったっけ!?」
『攻略情報によると、次は翼だ!! とりあえず狙いやすいように罠仕掛けろ!!』
「了解!」
斧の刃部分……黄金をドローンのアームのように変形させ、冷静にコントローラを操作するアックス。彼は冷静沈着に画面を見据え、相棒に情報を伝えている。
ウバメの方は目だけは画面を見たまま、指を激しくガチャつかせていた。気持ちの問題なのか彼女は上半身をひっきりなしに動かしているため、まだ春にも関わらずうっすらと汗すら滲んでいる。
平時はアックスの方が振り回される(物理的にも精神的にも)のとは逆に、完全にウバメの方が使う側とは思えない状況だった。
数分後、敵モンスターの体力を削り終わった二人は一息つきながら
『……このゲーム、冒険者のダンジョン探索を元にしたって点では面白いんだが、レベル上げとか
「不便さを楽しめ――ってやつでしょ。実際問題としてある程度UIを調整するMODとか、経験値倍率を調整するMODとかは出てるんだから、そこらへんで調整しろ、って事なんじゃないの?」
そんな言葉にアックスが虚を突かれ、慌てて聞き返す。
『いや、専門家が作ったから金出して買ったのより、有志が
「いやぁ……今時、ゲームに文句があるんだったら自分で直す時代だしねぇ……。その気になればそういう用途のAIがネット上で投げ売りされてるんだし、エロゲーのセーブデータ入れ替えるくらい簡単にゲームの内容なんていじれるもんだよ?」
ウバメはリザルト画面が表示されている内に一息つくためなのか、アックスの言葉に軽く返しながらスナック菓子の袋を開けて中身を口に放り込む。
『実際に
「ま、ストーリーまで一から作るのならともかく、ステータスを変えるだけならプログラム上の変数いくつか書き換えるだけだからね。現実では精一杯ダンジョンに潜ってるんだ。ゲームの中ぐらい楽したっていいでしょ。……あ、レベル上がった」
『おっ、新しい
丁度先ほどの戦闘で経験値が溜まり切っていたらしい、レベルアップの華やかなファンファーレを聞きながら二人は話しつづける。
「だねぇ……。このゲーム、変な所で現実に忠実なくせに、ところどころ『レベルが50以上は上級冒険者』とか、『経験値が多いモンスターを
そう、現実のダンジョンはゲームの中のように甘くない。ダンジョンの恩恵としてある『レベル』とは、文字通り
(昔はいわゆるパワーレベリング――強い冒険者を雇った金持ちのボンボンや権力者の子供が護衛達が弱らせたモンスターを倒し、レベルを上げていく行為――が流行った事もあったらしいし、……私も子供のころは
自分は何もせず、動くこともできないモンスターに止めを刺して経験値を得るだけだと『
ゲームのように雑魚モンスターをちまちま倒しても、手に入るのはいくらかのレベルとドロップアイテムだけ。
その結果でき上がるのは、身体能力だけで武器を振り回す事しかできず、寄る辺となるべき戦闘技術も無い、たんなる
『まっ、
「実るか実らないか分からないのに努力し続けるのもそれはそれでキッツいモンがありますけどね……」
『…………そうだな。――と、そろそろ寝る時間じゃないのか?』
「確かに……そろそろ時間ですね、寝ましょうか」
アックスは重くなった空気をまぎらわせるようにそろそろ寝る時間だろと誤魔化した。
ウバメも思考に一区切りつけたところでゲームを閉じ、パジャマに着替え始める。一応アックスが居る前で下着姿を晒しているわけなのだが、羞恥心が薄いのか、そもそも人間とカウントしていないのか気にした様子もない。
『おお、おやすみ……』
着替え終わったウバメはアックスをベッド(という名の布張りケース)にしまい込み、就寝の挨拶を交わしながら布団に入っていくのだった。