そんなこんなで微妙に難しい話をしながら眠りについた二人だったが――。早朝、鋼十郎にたたき起こされた二人は現在、汗水たらしての
「おいっちに! さんし! おいっぢに!! ざんし!! お゙いっっぢに!!! ざっんじ!!」
コォン、 コォン。 コォォン! ゴォォン!! ゴオォン!!! ゴオオォン!!
彼らはバイト先である六山町近くの森の中にて、林業――
森と言えば登山道の様な「美しい緑と差し込む木漏れ日のコントラストや植物の爽やかな香り」なんてものをイメージするかもしれないが、現状は異なる。
あくまでもそれは人の手が入り、しっかりと管理された森の印象だ。
「暗いし、臭いし、蚊とかブユとかの鬱陶しい虫がたくさん居るし……何で私が朝っぱらからこんな事しないといけないんだよぉぉお!!!」
今ウバメとアックスがいる森は間伐(木の間引き)も不十分で、木々が密集しまくっている。そのせいで枝葉が重なりすぎて一切太陽が見えず、薄暗い。
その上、土――厳密に言うとそうなる前の落ち葉や虫の死骸など――も腐っているようで、そこら中からドブの様な匂いが漂っている。
おまけに、そこら中に日陰を好む吸血性の虫がいるとなれば彼女の嘆きも被害者妄想こじらせたわけでは無いのが分かるだろう。
なお、その虫たちもゾンビ粘菌に適応した(しないで欲しかった)新種であり、キッチリ人間を獲物にしていた時とまんま同じようにゾンビにも痒みを与えるという特性を維持している。生態単位で嫌がらせになっている虫らしい進化である。だてに恐竜時代から血を吸って痒がらせるという迷惑行為を続けていない。
昨日に引き続き、大きさの違いこそあれ虫に悩まされ続けているウバメ。彼女も口ではそんな風にごもごも愚痴を漏らしつつもこういった仕事には慣れているらしく、リズミカルな音と共にうっぷん晴らしに
その動きは腰関節の回転と体重移動をしっかり使っているのが見てわかる程だ。みるみるうちに樹皮がはがれ、木屑がそこら中に飛び散り、数分としない内に何本もの木を切り倒していく。その動きは彼女の力量を明快に物語っていた。
しかしながら、彼女の熱心な仕事に対する代償もそれ相応に大きかった。
「アックス、刃がゆがんできたから直して、チョッパやで」
『うごごごごご………………、そもそもオレは木を切るための道具じゃねえんだよ』
アックスの刃は凄まじいスピードでの伐採に使われたせいなのか、ところどころ歪んだり、刃こぼれしたりで完全にボロボロになっていた。ある意味、これは当然の話ではある。そもそも、黄金とは爪で押しただけでも傷が付くくらい柔らかい金属なのだ。
そんな物で作られた刃である以上、金の重量で無理やり木に切り込みを入れる事はできるだろうが、自身の刃で傷ついていくのは当たり前なのだ。まぁアックスは刃を変形させることの応用で自己修復ができるので、こんな傷ぐらいならすぐに直るものなのだが。
「ふぅぅぅうう……、」
ウバメは刃が直るまでのつかの間の休憩としゃれこみ、切り株に座りこんでいた。こういった座りやすい、休憩しやすい形で平らに切るのも木こりという重労働の中では必要な技術である。
薄暗い森の中では画面の明るさが合っていないのか、指先をシュパシュパと滑らせて光量を調整しながら、日課となっているSNSの巡回を始める。
「やっぱハワイは良いなあ。永住したいなあ……。それに加えてウチのクソ田舎は……」
SNSに散らばる色とりどりの写真と自分の現状を比較してしまい、ウバメはしょげかえる。
意外にも他人のSNSを見て勝手にブルーになっている所は今時の女子学生というイメージから離れていないが、
『ハワイ……かぁ……。実際問題、そんなに良いもんなのか?』
「良いに決まってるでしょ!! 世界最高レベルかつすべてが無料の各種インフラ!! 税金は一切なし!! それらを守るための凄腕の冒険者たち!! 果てには何もしなくても州から一年中遊んで暮らせるレベルのベーシックインカムが貰えるってんだから、ハッキリ言って現代の
アックスからの疑問に食い気味に答える彼女の顔はどこか鬼気迫っていた。
『お、おう、そうか……』
「いつかは強くてカッコいい冒険者になって、ゆくゆくはハワイに移住して、毎日遊んで暮らすのが私の夢なんだぁ……。 それで、みんなから褒められて、ちやほやされて、流石はウバメだ! なんて言われちゃったりして……」
そう願望を語るウバメの顔にはどうせそんな夢は叶わないだろうという諦観と、それでも諦めきれない、もしかしたら……万が一、という一抹の希望が有った。
『…………刃直ったぞ』
「……ん? ああ、分かったよ」
つかの間の休憩とお喋りで疲れを癒した彼らは仕事に戻り始める。
まだまだ仕事は始まったばかり、遊んでいる暇はそんなにはないのだ。
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午後、ノルマをこなしたウバメは
本来、
あくまでも、冒険者がダンジョンに挑む際に、それを管理する役所のような公的な機関。そういった位置づけにいるのが
――ただ。そういった事を滔々と語られたところで、目の前に物資を管理する手段や仕事の斡旋を行うノウハウを持つ者が
実際にウバメの住んでいる六山町のような限界集落程ではなくとも、
まあ、その大半が暴利を貪ったりはしていない以上、これがズブズブの癒着というか、田舎の心温まる助け合いというかは判断が難しいところではある。
「
「ありがとうねぇ、ウバメちゃん。昨日は鋼十郎さんとダンジョンの間引きまでしてくれて……。ダンジョンが溢れないのはウバメちゃんたちの御蔭だよ」
『相変わらずだが……この人、どっから声出してんだ?』
恐らく声色的にウバメに向けて微笑みかけてきているのであろう彼女だが、その顔に笑顔はない。……と言うよりも、アックスが言うようにどこから声を出してるのか疑問が出るレベルで
彼女の体はギロチンで処刑でもされたかのように首の部分がスッパリ切断され、断面を塞ぐように鉄の蓋が付けられているというかなり刺激の強い恰好をしている。分かりやすく言うならば、首なし死体の様相と言えばわかりやすいだろうか?
その上に腹部は妊婦のように膨らんでいる。和服を着ている事も相まって、昔話の
飴買い幽霊に間違えられる事うけあいだ。本人の話曰く妊娠しているわけでは無く、腹部に脳を入れており、その気になれば知恵熱でお茶を沸かせられるとか……。
(さぁ……? 人工声帯でもつけてるんじゃないの? 人体改造ぐらい今時珍しくもないでしょ。 頭までやってる人はあんま見た事ないけどさ)
人体改造もここまで行き着くとグロテスクさよりもダークなコメディさの方が先に立ってくる。ある意味これも価値観の適応と言えるのかもしれない。
「とりあえず、二番作業所が空いてるから、そこで製材しといてくれる? 端材はいつも通り、持って帰っていいからね」
仕事の口頭報告と、必要書類の記載を終えた
バイトで汗を流した、その日の夜。今夜も昨日と変わらず、彼らはゲーム三昧であった。
「あ“ぁぁあ~~~仕事の後でコーラとスナック片手にやるゲームはたまりませんわぁぁあ~~」
家族以外にはちょっと見せられないレベルにはだけたパジャマ姿。引きニートと間違えられても仕方が無いレベルでだらけまくり、食いまくり、遊びまくりながらげっぷ交じりの言葉を吐いているのはウバメ。こう見えて……本当にこう見えてピチピチの
「ズッギューン!! ズッギューン!!」
そんなウバメはお菓子のカスまみれの手でコントローラを握りながら次々と現れる敵を
『ギャッハハハハハハ!!! もっとだ!! もっと出てこい!! オレに撃たれるためにさっさとその汚いツラ見せて、踊りながら臓物ぶちまけやがれ!!!』
その隣でトリガーハッピーを発症しているのが自我を持つ金の斧、アックス。こう見えて大したコストもなく人間に呪いをかけたり、自由自在に変形したりといった能力や結構な出自を持っている
今はゲーム内の
数分後、画面の中の敵キャラ達を残らず肉片に変えながら、残敵掃討という消化試合で暇になった二人はお喋りを始める。
『しっかし、昨日のダンジョン探索ものとは違ったところで思い切ったゲームだよなぁ……。人間になって
アックスは人間よりもアンデッドを優先するという、かなり奇妙な状況にむずがゆさを覚えつつも話す。こればっかりは社会の変化によるもので、しかたが無い事なのかもしれない。
人間が生きていたころは人間を撃ち殺すゲームがZ指定されるように、ゾンビが知能を持ち、繁栄している世界ではゾンビを撃ち殺すゲームが残虐だと言われるのだ。
「たしかにこの手のゲーム、特に
当時作られたゾンビが人間をガブガブ喰いまくるゲームも規制を食らってるあたり、人間とゾンビの争い自体がアウトなのかもしれませんけど、と続けるウバメ。昔は重要なことだったのかもしれないが、今を生きる者の身としてはどうでもいいと言わんばかりだ。
『やっぱり、第三次世界大戦とやらの影響か? 人間とゾンビ、文字通りどちらかが死に絶えるまで殺し合ったっつー派手派手しい戦いだろ?』
「さあ、どうなんでしょうねぇ? 教科書とかだと当たり障りのない事しか書かれていないし、実際にお爺ちゃんも第三、四次世界大戦で従軍してたらしいんですけど、あんまりそこらへん教えてくれないんですよね。……そのせいなのか、やたらスパルタなところありますし」
掘り出したくない過去なんて星の数ほどある。ましてや戦争なんていう殺し合いの中ならなおの事――という認識で二人の意見は一致したため、それ以上鋼十郎に聞くなどの深掘りをする気は湧いてこなかった。
結局のところ二人にとっては世界大戦も過去の事でしかない、そんなんで身近にいる人のトラウマをつつき回しても何の得もないという意識しかなかったのだろう。
『オレは人間同士の戦争の経験もあるからそこまで気にせんが……、当のゾンビであるウバメはなんでそんなもん持ってんだ?』
「知らないんですか? 禁止されたものってそれだけでプレミアになる、人に求められるもんなんですよ? ――とカッコ良く言ってみたは良いものの、ド田舎で規制の事を良く知らなかった方の店にあったのをたまたま見つけただけなんですけどね……」
言葉では自身を卑下しながら、しかし珍しいゲームを持っていると言う事に優越感を感じているらしく、自慢げな顔をするウバメ。
ゾンビになっても、希少なものを求めるという人の