月曜日、休日をダンジョン探索とアルバイトで潰したウバメは睡魔に抗いながら、中学校の教室にて授業を受けていた。
「では、出席番号24番の
急遽当てられたせいか、欠伸を噛み殺しながら面倒くさそうに答える彼女の顔に焦りはない。
のんびりと椅子から立ち上がると溜息を一つ、言い淀み一つなく、すらすらと問題の解答をそらんじるウバメ。
こう見えてウバメは結構博学でもある。
これは彼女が活字中毒であるのに加え、家から校までの通学路で暇潰しに歩きながら本を読んでいた事にも起因する。
なんで危険極まる前方不注意状態を維持してまで二宮金次郎の真似事をしているのか、疑問に思う方もいるかもしれないが、こればっかりは活字中毒の
実際にウバメ自身も転んで肘や膝をすりむき、痛い目にあった事は一回や二回ではない。それでも数日、下手すれば数時間でその事を忘れたかのように、歩きながら本を読む事を再開するのだ。
まるで何もしない事を恐れる様に――知識を頭の中に詰め込む事に飢えているかの様に、少しでも時間があるならば彼女は何かを読もうとするのだ。それはもはや
そりゃあ、歩きスマホがあれほど注意されてるくせになくならない訳だ。
「ああ、正解だ。この問題は重要でテストにも出る事が多い。他にももっと突っ込んだことについても聞かれる事があるから予習しておきなさい」
(やっぱり窓際、最後尾の列だと蔭になって見られないのが良いなぁ。よそ見してても気づかれにくいし……)
答えを返すと話は終わったとばかりに自分の席に座り込む。前まで眠たげにしていたにも関わらず即座に正答した彼女への声が周囲でひそひそと囁かれているが、彼女が気にするような素振りは無い。
もとからウバメは付き合いが悪い。他人が求める物や一般的な話題――つまり最近の流行などに興味を示さず、遊びに行く事にも付き合わない。そもそも彼女は服や化粧などに金を使う事自体に否定的、ブランド物などもやたらと高い金としてしか認識していない。
結果、共通の話題が無く、話が合わない。
本人自身も会話を好むタイプではないため、周囲に積極的に話しかける事はしない。休み時間は寝ているか本を読んでいるばかり。
悪感情を持たれているわけではないが、遠巻きにされ、腫れもの扱いされているのが現状だ。故に、彼女に友人と言える人はいない。
一応教師陣から呪いにかかっていると説明される形でフォローはされているものの、学校内でも斧を堂々と持ち歩いていることもそれを助長しているのだろう。
まぁ本人自身も現状ではその状態にあまり不満を持っていないので、変えようと動くことも何か思うこともないのだが。
(ふわぁぁあああ、
思いっきり伸びをしながらため息を吐く。半強制的に早起きを強いられる六山町に住んでいる育ち盛りの女子中学生、
(通学に数時間かかるんだから、遅刻しても文句言わないか、送迎用のタクシーでも用意してくれないかな。まぁ、お金持ちが入るような有名学校ならともかく、ウチの学校じゃ無理に決まってるか……)
机に頬杖をつき、ぼんやりと愚にもつかない事を考えながら外へ視線を移す。うつらうつらと船をこぎそうになる事を抑えるため、教師が黒板に書いている内容を適当にノートに書き込んでいく。
(……アックス、私が眠ってるのがバレそうになったら起こして)
もちろん眠気でぼーっとしている状態で真っ当に板書ができるわけがない、所々悪筆を通り越して書いた本人でさえ読めない線の塊になっているが、もともとが誤魔化しのために書いているものである。
最低限教師から咎められた際に授業内容を書き写していました。と反論できるものなら十分だ。
なお、ウバメが寝かけている事には教師も気づいているのだが、彼女が言い訳できる程度に一応やるべき事はやっているため何かを言うことはない。
今時の学校というのは結構面倒なもので、ちょっとでも暴力やら不当な注意やらを生徒に入れたら、モンスターペアレントが攻め込んでくる仕組みになっているのだ。
学校側には正々堂々しか許さないくせに親側は人格攻撃、SNSでの誹謗中傷、上へのチクリ、圧力をかける、なんでもありの
そんなこんなでウバメが半分眠りかけた状態でよだれをたらし、いつもどおりに学校での時間を過ごそうとしていた時だった。
突如として教室のざわめきが大きくなる。教室内で授業を聞く事が困難なレベルにまで。
(……。…………? まだ、授業の終わりには早いよね?)
その音に反応して目を開けたウバメは黒板上にある時計をさりげなく観察する。まだ、授業の終わりまで十分ほどあり、生徒が好き勝手におしゃべりをしてよい時間とはとても言えない。
それはつまり、生徒たちが騒がざるを得ない、何かしらのイレギュラーが起こった事を意味する。軽いものなら窓から教室に蜂が入って来たとかだが……、致命的なものだと校内で火事が起こったり、不審人物が侵入してきたとかになるか。
何事かとゆっくり辺りを見渡したウバメ、そんな彼女の目に飛び込んできたのは……ホワイトクリスマスを想定したらしき、白いクリスマスツリーだった。
いや、正確に言うとクリスマスツリーのように全身が極彩色に発光している白衣を着た金髪の少女……というべきだろう。授業中にもかかわらず、教室前の席から堂々とエントリーしてきた彼女の辞書にはどうやら遠慮という言葉はないらしい。
「……あのだな、今は授業中なんだ。このクラスに用があるのなら休み時間にしてくれないか……」
そんな事を言う教師には目もくれず、教室に堂々と侵入してきた彼女は窓際最後尾――つまるところウバメに向かって歩いてくる。
授業中に半分寝ているウバメも人の事は言えないが、彼女は取り繕おうという素振りすら見えないという点で一貫していた。
(……というか目が明らかにこっちを向いてるし、私が目当てに間違いないですよねぇ……。でも、そんな興味の対象になる事ってしましたっけ?)
ぶっちゃけウバメは学校では単なるボッチ陰キャだ。
先述したように友達もいない。いじめられるほどの悪意も誰かに好かれるほどの好意も持たれておらず、ただ深海の海藻のようにそこに居るだけの存在、それが彼女だったはずだった。
「失礼、ボクは
どうやら人違いではないらしい。一縷の望みが消えた事を理解し、ウバメは大きなため息を吐きながら記憶をひっくり返す。殆ど学校で話をしない彼女でも
「
そんな彼女が、特に有名なわけでも特色があるわけでもないウチの中学を選んだ理由は、本人曰く「家から近いから」らしい。
先ほど教室内に無断で立ち入り、あの程度の制止ですんでいるのも、彼女がこの学校にもたらした恩恵を考えれば当然の事なのかもしれない。
「いやいや、ボクは天才と呼ばれるほどの者じゃあないよ。ちょっと他の人より知識を多く持っているだけの秀才さ」
もはや謙遜を通り越して、まさしく持てる者の傲慢としか言えないような理乃の言葉に思わずウバメは鼻白む。
(……あなたが知識を持っているだけの秀才なのなら、まわりの人間はどういうくくりに入ってるんでしょうかねぇ……)
ああ、いやだいやだ、自身よりも明確に優れている人間も、そうなれないとハナから諦め、努力しようとしない自分自身にも。
すっきりと通った鼻立ち、くりくりした整った目、ぞんざいにも手入れされているように乱れているのも関わらず、鮮やかな金色に輝く絹の様な髪、天は二物を与えず……なんてことわざがあるが、それを言った奴は愚か者か、そう思い込みたい凡人だったのだろう。
胸の中の汚いものがこぼれそうになるのを堪えながら、先を促す。さっさと彼女との会話を終わらせたい。そんな感情を抱くウバメに返ってきたのはある程度予想できていた言葉だった。
「回りくどい事を言うのは私の趣味ではないから端的に言おうか。――御東 ウバメくん! 私と冒険者
……どうやら、これから始まるのは一筋縄ではいかない要件の様だった。