なお、この間授業は完全に停止されている。
教師は苦虫を数匹まとめて噛み潰したような顔をしていながらも、彼自身興味はあるのかこちらを注目しているし、生徒は生徒で、教室内の殆どがこちらに顔を向けていた。
授業中にスマホをいじっていた生徒やこっそり寝ていた生徒まで、それらをやめてこっちを見ていると言えば注目度合いはわかるだろうか?
一応、真面目な数名はノートを開き、露骨にこちらに顔を向けてはいない――が、彼らもちらちらとこちらを横目に見ながら、聞き耳を立てているのがまるわかりである。
なお、クラス中の注目の中心に居る二人だが、当の二人にそれらを気にする様子はない。
「……んで、私を冒険者の
どうやら天逆はウバメが周囲に黙っているにも関わらず、冒険者であるという事は知っているらしい。まあ、それはわからなくもない。周囲に黙っているといっても特に隠しているわけではない、調べようとすればいくらでも情報を集められるだろう。
だからこそ疑問なのだ。なぜ彼女の様な天才ならばもっと良い仲間を募る事もできたであろうに、なぜ私なのか。仮に同性、同年代を探していたとしても、
「当然、何人か立候補してきた人はいたよ。
「じゃあなんで私なんです? 私、天逆さんとはほとんど面識ないですよね?」
「キミがウバメ君だから……という答えではダメかな?」
「ダメとかそれ以前に、意味不明すぎて怖いんですが……」
そう奇妙に思いながら相手に問うウバメだったが、直ぐに疑問は解決された。
「ふぅむ、なら、実は一つお願いがあってね。実は、君のお爺様、
(あ~、こういう手合いかぁ……)
ウバメは過去の記憶を思い出しながら考え込む。祖父はああ見えて若いころは結構有名な冒険者だったらしい。それ関連で幾度か弟子入り志願者やらが何度か来た事もあったのだ。
そういった奴らはウバメも――下手すりゃ鋼十郎までスカウトしようとする事も多い。高名な実力者とその孫となればそれ相応の実力を持っているだろうし、客寄せパンダとしても有用――なんて考えを持っていただろう事は想像に難くない。
まぁ、それも戦略の一つなのかもしれないが、それの対象になる本人がどう考えるかはまた別の話でもある。少なくとも実力よりも
結局のところそういう魂胆があった奴も真面目な奴も、ほとんどの奴らが一週間と持たずに訓練に耐えきれず辞めていったわけだが。
ぶっちゃけウバメ自身が一昨日のダンジョンで経験した様に、祖父の訓練には日常的に死の淵へ追い込まれる事が入っている。
火炎放射器片手に野山で追いかけまわす(大規模山火事の中逃げ回り、危うく焼け死ぬところだった)とか、着の身着のまま、登山用具なしでの雪中登山(70度近い坂――というか絶壁を雪崩に追われながら駆け下りる羽目になった)とかを孫にさせる時点でイかれていると思わなくもない。
「いいです……、けど。ウチのお爺ちゃんはかなりのスパルタですよ?」
「ほほう? 具体的にはどのぐらいだい?」
「そうですねぇ……。昔、弟子入りしに来た方――20歳ぐらいの方がいたんですけど」
「へぇ」
「初日は『師匠、強くなるならどんな事でもやります!!』なんてほざいていてたのに、三日目には『こんなの訓練じゃなくて殺人未遂だ!!』って泣きながら帰っていった事がありましてねぇ……」
「……キミのお爺様、何したんだい?」
「さあ? ぶっちゃけ三日で弟子やめるような人なんてどうでも良かったので。まあ、一応お爺ちゃんに話は通しておきます。で、何ですが……
(どうせ、そのうちに音を上げるだろうなぁ。一応、お爺ちゃんがえげつないレベルのスパルタだって事は先に言っておいたんだし。……ちょっと天才が泣きながら失敗するところも一回見てみたいし、ここは
天才と言われる者が失敗するところを見たいという嫉妬以外の何物でもない感情。それを隠しながら、ウバメは表向き朗らかに了承する。
「いや、できるだけ早く、できるなら明日でも良いんだが、出来るかい?」
「…………まあ、話を通しとくは通しときます。電話番号の交換をすればよいですか?」
内心ではほくそえんでいたところだったが、思っていたよりも急すぎる展開にいぶかしむウバメ。予想よりもぐいぐいくるあたり、この勧誘に彼女もけっこう力を入れているのだろう。
しかし、結局のところ(彼女は私と何のかかわりもない他人だ)とスルーしてスマホを取り出す。ああみえて鋼十郎はかなり暇で時間を持て余しているところがある、明日も特に予定はなかったはずなのでおそらく直ぐにでも応対はできるだろう。
ふと見えた相手のスマホ画面に映る大量の連絡先を見てますます自分と比較してしまったのは悪い癖なのか。そんなことも分からないままウバメは連絡先を電話帳に打ち込んでいく。
「では、ボクはこれで……」
「いえ、最後に聞きたい事があります。一ついいでしょうか?」
ウバメが口に出したのは、ある意味で天逆からの誘いを受けた時に最も疑問に思っていた点。
「……どうしてわざわざ
ハッキリ言おう。彼女は『持っている』側の人間だ。既に企業に目をかけられるぐらいの成果を残して、中学生とは思えないくらいの人脈を持っている。
彼女が望めば、冒険者よりもはるかに大きな額の金を稼ぐことも、はるかに強い影響力を持つ事だって可能なのだ。
もちろん全てが順風満帆という訳ではないというのは分かっている。彼女なりの苦難や挫折だってあるのだろう。
……それでもなお、何も秀でた事が無く、呪いのせいで武器を持ち歩かなければならないテロリストまがいの
そんな感情で吐かれた言葉に返されたのは、天逆のある意味では――とても単純な、しかし核心的な回答だった。
「――知りたいから」
「ボクはね、より多くの未知を既知に変えたいんだ――それも、自分自身の手で。ボクは未知を自らの手で開拓していく事、それに魅入られてしまっているのさ」
「……いやいや、にしたってわざわざ自分自身がダンジョンに潜る必要はあるんですか? 死ぬかもしれないんですよ? 毎年何人の犠牲者が出てるか、分かってるんですか!?」
にしたって限度はあるだろう。そう思うウバメだったが天逆は構わず話し続ける。
「もちろん、死ぬ事も理解しているし、それは怖いと思っているよ」
「……なら、なぜ?」
「ウバメ君、君はダンジョンの何パーセントぐらいが現在判明していると思う?」
「……? いうてダンジョンが発見されてから結構時間がたってますし、30%ぐらいとかですか?」
「答えはね……一割にも満たない、10%以下だ。ダンジョン内に機械は持ち込めない。故に持ち帰れるドロップアイテムしか研究者が調べるしかないというのが現状なんだ。けど、それはダンジョン側から下賜していいと判断された、検閲されたものでしかない」
「ダンジョン自体に意思があると? ……根拠のない
「どんな倒し方をしても、なんならチリ一つ残さない形で消滅させてモンスターを倒してもドロップアイテムが出る事。そのドロップアイテムも一律で同じ品質、同じ形である不自然さ、を考えれば、誰かの意思が垣間見える――というのも不思議では無いと思うがね」
まあ分からなくもない。ダンジョンについてはウバメ自身も妙に思った瞬間が何度か存在した。――調べても分からないし、考えてもどうしようもないので、結局『そういうもの』として置いたままにしておいてしまっているのだが。
「ダンジョン自体だって変だ、浅い階層に弱いモンスターがいて、そこで力を培ってから強いモンスターがいる下の層へ潜る事が出来る――ただダンジョンが人類を殺したいならば、最初から強いモンスターを配置すれば良いのに、なんで挑戦者を育てるような事をするのか……、気にならないかい?」
基本的にダンジョンの低い層に強力なモンスターは存在しない。一階層なら武器を持った大人なら、
そこからダンジョンが深くなるにつれ、モンスターの強さも上がっていく。というのがダンジョンに生息するモンスターの常識だった。
「ダンジョンが食虫植物みたいにより多くの餌を誘い込むため、
実際にそういった仮説も出ている。もちろん、天逆が言うように、ダンジョンもしくはその製作者は何らかの理由を持って挑戦者を育てようとしている……という仮説もあるが。
「かもね、だからこそ、
彼女の言葉にウバメは考え込む。少なくとも、彼女は『自分が天才だから』なんて軽い考えやスマホでのバズリを狙っているとかの理由で冒険者になろうとしているのではない事は分かった。とりあえず今はそれでいい。
「……あなたの考えはわかりました。とりあえずお祖父さんに話を通しておきます。それでは、また明日」
「ああ、また明日!!」
話が終わると共に、ちょうどよく授業の終わりを告げる鐘がなる。彼女はきびすを返し、堂々と授業の邪魔をした教師にも目を向けず去っていく。その肩で風を切って歩く姿からはありありと彼女の自信が感じ取れた。
(さて、と…………こっちはこっちで残飯処理とまいりましょうか)
学校一番の有名人が立ち去った後には静まり切った教室と、何が起きたのか知りたくてたまらない生徒たちが残される。
彼らにとって有名人の起こすインシデントは遠くから見るしかない対岸の火事であり、自分たちに影響を及ぼさない格好の娯楽なのだ。だからこそそれを追及する手段が手に入ったのなら遠慮する事はない。
立場が逆だったらウバメ自身も追求には参加しないかもしれないが、コッソリ聞き耳をたてるであろう立場だから、責める事も出来ない。
その子羊たちを先導するべき教師もトラブルには巻き込まれたくないらしく、休み時間になった事を免罪符にするかのように教室から去っていくばかり。
「御東さん!」「天逆さんと知り合いだったの!?」「冒険者の話してたよな!?」「鋼十郎さんって誰!?」「お祖父さんなの!? お祖父さんが冒険者なの!?」
聖徳太子なみに四方八方からの追及を受けながら、ウバメは彼らをどうやって納得させようかと今日一番の溜息を付くのだった。