ポストヒューマンワールド 屍少女の冒険譚   作:α1.8

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人が死ににくくなった世界で――それでも避難訓練は行われる

次の日、学校にて再開した彼女たちを待っていたのはけたたましく鳴り響くベルの音。

 

ついでにそれによって生まれた首実検(くびあらため)だった。

 

『ジリリリリリリ!!!! 火事です!!! ジリリリリリリ!!!! 火事です!!!』

 

「なんで今日に限って月一の避難訓練が発生するんですか!? 昨日授業中に割り込まれた先生の仕返しとかないですよね!?」

 

「さあなぁ……、ボクはこれでも結構な回数授業――というか登校をサボった事もあるし、この学校もそろそろ抑えが効かなくなってきた……ということじゃないかい?」

 

「結局アンタが原因ですかぁ!! そのせいで荷物も増えて、片手塞がるし……。出来得ることならさっさと見捨てたいぐらいですよ!!」

 

天逆が家に来る件について、一番人が来ない4階のトイレで詳しい詰めの話をしようとしていた二人。

 

だったのだが、間の悪い事に急遽火災訓練が始まってしまったのだ。それに伴い、急いでトイレを出て階段まで向かおうとした二人だったが、おんなじ事を考える者はいくらでもいるもので、濁流の様な人の群れに巻き込まれてしまった。

 

「つーか、人込みに押された程度で首が取れるって何してたんですか!?」

 

「いやあ……。ちょっとばかし内臓方面に埋め込みたい装置があってねぇ……。」

 

結果、体(・)か(・)ら(・)首(・)が(・)取(・)れ(・)て(・)し(・)ま(・)っ(・)た(・)の(・)だ(・)。現在彼女の肉体は人の流れに押し流され、順調に下へと向かっている最中である。――もちろん、彼女の頭を置き去りにしたまま。

 

天逆(あまさか)もHomo perennis(永続する人)の一人である。ホモ・サピエンスと違い、枯生粘菌(ペレンニス)を用いて生きる新人類にとって、粘菌を傷つけないこの程度の怪我はかすり傷程度に過ぎない。

 

とはいえ、体がこの場所に無い以上、動くことは出来ない。そのため、ウバメに抱えてもらったまま移動している最中なのだ。

 

ウバメは急き立てるような(実際に聞いた者の行動を急がせる用途もあるのだろうが)火災報知器のアラームに押されるように、慌てて歩き出す。

 

今起こっているのは本当の火災ではない。れっきとした火災を想定した避難訓練である。しかしながら、明確に焦って移動を開始する理由が生徒(かのじょ)達にはある。

 

「すまない、ボクはこのごろ避難訓練にも参加していなかったんだが……死亡判定(アウト)になった時のお仕置きってどんなものだったかな?」

 

そう、この訓練にはホログラムを用いて作られた幻が使われ、その幻内部に一定時間以上いると死亡判定(アウト)になり、罰則が発生する。その上、その幻は時間経過とともに拡大するおまけ付きだ。

 

「居残り3時間で火災に対する対策とか避難方法を書いたレポートをぎっちり書いてくるってやつですね!! 面倒極まりないです!!」

 

さらに、人間が全てゾンビになっても何故か避難のルール『お(押さない)・か(駆けない)・し(喋らない)・も(戻らない)』は変わらなかったため、走る事も他人を押しのける事もできない。そのため歩いていると言い訳できるギリギリで速く足を動かしながら二人は大声で会話を続ける。

 

「出火場所はもう出ましたか!? 考え得る出火場所の可能性は幾つかありますが、中央棟の階段からいけばどこであっても無駄なく行けると思います!! ああ、もう、避難する時は走っちゃいけないっていうルールなのに火災の広がり方は現実に準拠するってのはどうかと思いますよ!! わたしゃ!!」

 

「ふむ。まだ放送はしていないが、そのうち言うんじゃ無いか? 大体出火場所は少し遅れてから言うし。……ところで、おしゃべりはルール上アウトだったはずだが」

 

チラリと天逆が廊下に設置されている監視カメラを見る。避難訓練をする際は避難を主導する教師たちがああいったカメラから死亡判定や違反行為の監視などを行っているのだ。彼らが覗いている証拠に、そのカメラには赤い光が宿り、品定めするようにゆっくりと首を振っている。

 

「今やっているのは周囲の人と避難経路を広めるための情報交換であって、内容の無い、避難の妨げになるおしゃべりではありません!! 故にセーフです!! そもそも論として首だけでプラプラ揺れながら話してる人に言われたくないです!!」

 

露骨に不真面目そうにぺちゃくちゃやっているならともかく、この程度なら違反とは見做されない。とはいえ彼女自身も心配ではあったのだろう。ウバメはどこか強い口調で、不安を吹き消すようにカメラに向かって自身の正当性を主張する。

 

『東棟3階 化学室より出火しました!!! 速やかに避難してください!!!!』

 

遅れて聞こえてきたそんなアラームにウバメは思いっきり眉間に皺を寄せ、渋面を作る。火元が考えていた中でも最悪の場所だったのだから無理はない。

 

「うっわぁ……。 一番面倒な所じゃないですか。ぜってえ薬品が誘爆して下方向に建物ぶち抜いたって設定で一,二階も火元になる奴ですよ、くぉれは…………」

 

学校側が月一でやっているせいなのか、生徒たちの中には避難に悪い意味で慣れて『カメラの死角でこっそり走る』だの、『ホログラム装置の構造上幻が発生しない場所に留まる』だの、目の届かない所や訓練である事を利用して楽をしようとする輩も居る。

 

そういった事情も相まって『最悪の事故が起こった場合』の訓練と称して、やたら変な場所から出火したり火元が移動、拡散するようなシナリオを使われるようになっているのだが……。

 

それにしたって朝休み、天逆がやって来て昨日の話について詳しく話そうとした、ちょうどその時点で訓練が始まるという間の悪さが偶然とは思えないのだ。

 

いくら考えても答えが出そうにない事で悩みながら階段を手早く降りていく。

 

(な~んか順調すぎるますねぇ……。こんなんなら校内の地図を覚えていればすぐに最短ルートを導き出せますし……)

 

ちなみにウバメが校内の地図を覚えているのは特に校舎に愛着があるとかではない。ただ単に学校にテロリストが侵入してきたら……なんてかなりイタい妄想を週一でやっているためである。

 

「……うっげぇ!?」

 

階段を完全に降りきったところでウバメの口から愕然とした声が漏れる。

 

そこには本来ならばしっかりと並んで速やかに避難をしているべき生徒たちが、何処へ行けばよいのか分からなくなった草食動物の群れのように一つの人混みとしか言えないものになっていたからだ。

 

上から彼らの様子を観察すると、集団のところどころにぶつかった者達や道を譲れと罵り合う者達の姿もあり、完全に渋滞になっていた。

 

「何があったんです…………?」

 

思わずウバメの口から漏れたその声。それが聞こえたわけでは無いだろうが、「……の階段が通行止めだ!!」という声が聞こえてくる。

 

おそらく下への階段……そのどこかで通行止めが発生したのだ。そのためそこから戻ってきた生徒とこれから移動しようとする生徒たちがぶつかり合っている。一刻も早く居残りから逃れようとする彼らは人間の形をした壁になってしまっていた。

 

「ふぅむ……このまま行っても、迫ってくる炎(ホログラム)からは逃げられそうにないねぇ。ボクの計算では後……6分47秒ってところかな? さてさて、ウバメ君、君はどうするんだい?」

 

明らかに面白がりながらそう問いかけてきた天逆にため息をつく。一縷の望みを掛けて渋滞を整理しようとしている責任感のある生徒たちを見るが、とてもではないが残り7分弱でどうにかできるとは思えない。

 

そこら辺も込みで私(ウバメ)がどうするのかを彼女は見たいのだろう。

 

「どうするか、ですか……。」

 

そんな目線に肩を竦めながら鞄に手を突っ込む。探すのは教科書とごちゃ混ぜになりながら学校で働く事もないだろうと惰眠を貪っている斧(アックス)。

 

「そうですね……。そこら辺のカーテンとかコードとか――とにかく布とかひもっぽい物を片っ端から集めてください」

 

「ほほう! またぞろ、面白そうなことをやらかすつもりだね?」

 

言葉だけなら、想定よりも実験が上手くいって喜ぶ狂科学者(マッドサイエンティスト)か、ヒーローが予想外の手段で危機を脱した事を楽しむ黒幕(フィクサー)なのだが……、頭だけで抱えられている現状だといささか緊迫感が足りない。

 

そんな事を考えながら、ウバメは鞄の中から|目当てのもの斧を取り出し、しっかりと握りしめる。

 

「面白いかは保証できませんけど……、そりゃまあ、こうなったら本当の火事(危険)と同じように対応するしかないですよね!!」

 

「具体的には?」

 

「階段は完全に詰まっている。残り時間は七分弱。別の階段も炎や瓦礫に塞がれたと判定される可能性がある以上、一番“確実”な方法を取りたい」

 

天逆の笑みがますます濃くなる。まるでその後の言葉を待ち望むかのように。

 

「つ・ま・り・?」

 

「壁をぶっ壊して、道を拓く!!!!」

 

直後、周囲に轟音が響き渡る。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

『確かに君たちの行った事は訓練の理念としては正しい……。『確かに君たちの行った事は訓練の理念としては正しい……。しかしだ、これはあくまで訓練であり(おめーら派手にやり過ぎ)、程度というものがある(一回頭冷やしてこい)』』

 

さすがに校舎を斧でぶっ壊しておいて何事もなし。……というのは問屋がおろさなかったらしい。実行犯のウバメと煽った天逆(しっかり頭を胴体に付け直した)含めて校舎の穴から出た生徒達は現在、罰としてグラウンドに正座で過ごすように命じられ、座りながら震えていた。

 

「……であるからして現実とは常に不確定な事故が起こるものであり……」

 

(ねえ、この話いつまで続くの!? かれこれ一時間以上話続けてられて、そろそろ足の感覚が限界に達してるんだけど!?)

 

どんな時でも校長先生とは長話をしたがるものらしい。こういった細かいところばっかり人間のままでなくても良いのに……と新人類を名乗り、地球の覇権をにぎっているゾンビの代表として愚痴をこぼす。

 

手足が……なんなら首が飛んでも共生する粘菌によって生死には影響がなく、継ぎなおすこともできるのに。こうやって正座で足がしびれるような細かいところは人間の頃と変わらない。

 

そんな不条理さを嘆くように隣にいる天逆に話しかけるウバメ。

 

(あの調子からして後30分は続くんじゃないか? ……ちなみにだが、正座による足のしびれは、体重で血管や神経が圧迫されて酸欠になってることが原因だから、膝の所に布を入れておくと逃れられるぞ♪)

 

(汚ねぇ! 自分だけはしっかり対策しやがって! てかそんなもん白衣を着てるアンタしかできねぇじゃねえか!!)

 

「現代において、世界中の人の死因の4割が火災であるという発表が出ている程、火とは危険な物なのです!! 故に火元になり得るものの把握、消火器やスプリンクラーの配備など、火災への対策を怠っては~~」

 

(まぁ、厳密に言うと火災で人が死ぬというよりも、火災以外で人が死ななくなったと言った方が良いとボクは思うよ。こればっかりは共生粘菌さまさまだよねぇ)

 

(残りの3割ちょいがダンジョン関連、2割が戦争含めた殺人なんでしたっけ? んで、残りの1割が溺死とか餓死とかめったに出ないのが大体詰まってると……)

 

(知ってるかい?人間……ホモ・サピエンスが繁栄していたころは死因の8割以上が病死だったらしいよ?)

 

(へぇーー……。今じゃ病気何て殆どなくなって、仮になったとしてもAI補助式の遠隔医療機器任せじゃないですか……。医者に診てもらうのだって殆どが火傷関連ばっかりになってますし)

 

(そのせいでタバコとかマッチがやたらと規制されるようになったわけだが。これは良いことなのかねぇ……。少なくとも私はハードボイルドなシーンで『この男性が吸っているのは電子タバコです』なんて注意書きが出るのはどうかと思うんだ)

 

(確かにいいですよね~。煙草って、危険なのかもしれないけど、なんでかカッコよく見えるんですよねぇ……)

 

(おいおいウバメ、ご歓談に精を出すのは結構なことだがな、先生たちこっち見てるぜぇ……。さっさと取り繕っておいた方が良いんじゃねえの?)

 

せめての気晴らしなのか、すっかり死から遠くなってしまった世界についての話をこそこそと始める二人。しかし内緒話をしている内に向けられる視線に気づいたのか、教師たちからの白い目に慌てて姿勢を正す。

 

問題児たち(彼女ら)が睨まれているのは何もその不真面目さだけが原因ではない。彼女らが外に出るために散々散らかしまくったモノの片づけまでが彼らの仕事だからだ。

 

斧を外壁に叩きつけ、脱出口として開けた大穴。校舎3階、地面まで約10メートル前後の高さから降りるために用意されたカーテンやらコードを繋げて作られた即席ロープ。降りた時に地面とぶつかる衝撃を和らげるクッション。それらまで片付けなくてはならないのだから、そりゃ恨みがましい目で事の元凶を睨みつけてもしかたがないだろう。

 

そうこうしているうちに、校長先生の長ったらしいお話は終わり、問題児含めた避難訓練を終えた生徒たちは校門から解散していくのだった。

 

というわけで学校も終わり、ウバメも帰宅するところなのだが……。

 

「『明日でも良い』と言ったのがそのまんま明日、来る準備を整えてくるとは……。……というか、その自転車のままいきますか? 結構自転車じゃあキツイ坂とかもありますけども」

 

「ハッハッハ、これはボクが改造した電動自転車でね!! 斜度20%を超える坂でも最高速、時速24キロメートルで走れる優れものさ!!」

 

六山町はその名の通り山が多い地形であり、それに伴って学校への道には勾配のきつい場所も多い。そんな所を自転車で行くのは無謀だと忠告したのだが……。そこらへんもしっかり考えているようだ。

 

確かに彼女の自転車をよく見てみるとサドル下やフレームの各所にバッテリーを内臓して居るであろうでっぱりが見える。前後の車輪の中心見える黒いガジェットはモーターだろうか。

 

スポーツバイク特有の太いタイヤからはずっしりとした安定性が、メタリックなフレームからは機能美が見て取れる。もちろん見栄えだけでなく性能もしっかりとしているのだろう。そう確信させる輝きがそれには含まれていた。

 

……それに比べて私は――とウバメは自分の足をチラリと見る。そこにあるのは使い古されたスニーカー。ところどころ傷が付いており、表皮がはがれかけている所まである。見えない内側もボロボロで、特に中敷きが酷く、完全に形が歪んでしまっているところを無理をして使っている。泥汚れなどの些細な瑕疵はもはや数えきれないほどだ。

 

今目の前にあるピカピカの自転車とボロボロの私の靴。その差はどうしようもなく残酷だった。

 

「電動自転車……かぁ……。良い物持ってますね……。じゃあ、行きましょうか……」

 

そうやって歩き出すウバメに疑問符を浮かべながら天逆が言う。

 

「……? 乗らないのかい?」

 

ブルジョワジー感たっぷりな自転車と徒歩で移動する自分を比較し、ブルーになっていたウバメはいきなり天逆から言われた言葉に思考が止まる。

 

「…………乗って、良いんですか、六山町への道案内も必要なのでは? お祖父さんは大体帰ってくるの夕方何で急がなくても十分間に合いますよ?」

 

こちらが乗る事を前提にしている善意(ことば)に帰せたのは、搾り出すような形だけの疑問だった。

 

「いいよいいよ。そもそもとして……、私も六山町に住んでるから道は知ってるよ?」

 

「へっ……? そ、そうだったんですか!?」

 

予想外の答えに思わず声がウバメの口から飛び出る。実際に彼女みたいな天才ならウチの町みたいなクソ田舎じゃなく、もっと都会の所に住んでいると思っていたからだ。

 

育つ環境というのは良くも悪くも人間に多大な影響を与える。だからこそ、天才は天才として世に出るべく育てられていくのだ……なんていう固定観念が有ったのかもしれない。

 

「……えっと。二人乗りは色々とマズいのでは? その、色々と……」

 

なぜ、二人乗りを否定しようとしたのか。別にウバメ本人だって信号無視やら、道路の横断やら、ちょっとした違反ぐらいしたことはある。二人乗りだってここじゃなかったならば受け入れたはずだ。

 

そんな事も彼女(ウバメ)は気づかない。それでも明確に否定しなかったのは、彼女なりの矜持だろうか。それとも反論されることを恐れたのだろうか。それすら分からないままにウバメは天逆に強引に押されていく。

 

「まあまあ、そんな細かいことは良いじゃないか。さっさと乗りたまえよ」

 

ウバメを後輪の後ろにある荷台(普通マウンテンバイクに人が乗れるサイズの荷台は無いのだが、これも天逆が作ったのだろうか?)に無理矢理座らせると二人は山奥の故郷に戻っていくのだった。

 

 

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