うす暗く、ドロップアイテムも碌なものがない虫型モンスターが犇めく
いつもはその実入りの少なさゆえに忌避され、間引きの為に来る冒険者ぐらいしか居ないであろう場所。
そこでは現在、騒々しい戦闘音が響き渡っていた。
ガコォン!! バッキィンン!! ガガァァンン!!!
硬い殻に包まれた肉を叩き潰す音が連続する。ダンジョン内の大部屋(といっても本物の部屋ではなく、天井が高くて広い空間というだけだが)でモンスターに囲まれている中、ウバメが斧を振り回して床や壁に甲虫型のモンスターを叩きつけているのだ。
「【
ゴッッッッグチュ!!!
斧を【戦技】の魔力を纏わせて振り下ろす。
赤い燐光を纏った刃が巨大カナブンの頭を甲殻ごと粉砕。そのまま地面まで降りぬかれた斧は勢いのまま地面に突き刺さる。
『ウバメ、来るぞ!!』
「!!! あっっぶな!」
ガッチィン!!
盾役となっていたモンスターを倒したウバメ。
『戦技』を放った後の硬直を隙と見たのか、金属質の甲殻を持つクワガタ――『
ウバメはその強襲を倒れ込むようにバックステップしてかわし、慌てて床を転がるように距離を取った。
ヒュッ!! カァァアン!!
そちらに向かって追撃をかけようと羽ばたきと共に方向転換した『鋼顎鍬形』だったが、その出鼻を挫くようにウバメの後方から凄まじい勢いで矢が打ち出される。
天逆の放った援護の矢。電磁加速によって強化された矢は狙いを過たず、外骨格が無い場所である口部分に突き刺さった。
しかし、それは『鋼顎鍬形』にとって痛みを与えて勢いを殺しこそすれ、たいしたダメージにはなっていない。
甲虫型モンスターの特徴とする強靭な外骨格が矢の勢いの殆どを殺してしまい、肉まで届いていないのだ。ウバメは斧の重量を用いて叩き潰す事で攻撃しているが、
その証拠に、たたらを踏んだ『鋼顎鍬形』にウバメが飛び掛かるが、斧による攻撃をする前に大あごを振り回して牽制される。
右上からの斧の重量を活かした袈裟切り。
ついで、踏み込んで間合いを広げながら瞬時に放たれる切り返し。
さらに繰り出される、ウバメの体重と靴底の鉄板を用いたヤクザキック。
それらすべてを硬い殻と鋭い顎で受けられる。
『なかなかに硬ってェな、こらァ、ちっとばかし面倒だぞ』
幾度の攻撃を受けても、ウバメの攻撃と元気に大あごで渡り合っているその姿に一切の翳りはない。足と羽の小刻みな動きは迂闊な攻撃をしてくるならば、思いっきり反撃をしてやらんとしている事を何よりも示していた。
更に控えるは甲虫型のモンスターが三体。ウバメとの戦闘で多少の傷はついているが、大きな損傷も無く戦闘意欲は衰えていない。このまま戦ったなら、苦戦は必至といっていい状況だろう。
そう、
「こんな硬い奴相手に戦ってたら手間取りそうだ!! ウバメ君、魔法を使う。一端部屋の隅によるから少しの間防御に徹してくれ!!」
天逆からの言葉に了解と返すウバメ。
その声と共に彼女の動きが変わっていく。
先ほどまでの全身の力を用いて、斧と床でモンスターを挟みつぶすような攻撃重視のものではない。
小刻みな軽いフットワーク。テニスのスイングの様に体のねじれのみを使って細かく振るわれる斧。相手を弾き飛ばす防御を重視した戦闘スタイルだった。
動きと動きの間にはブレが存在せず、滑らかに変化していく。これまでの彼女の鍛錬が見て取れるほどだ。
そんな戦友を頼もしく思いながら、ゆっくりと天逆は魔法を使うための魔力を練り上げ始める。
モンスターたちも魔力を察知したらしく、天逆目掛けて突撃しようとする。だが、ウバメはそれを許さない。一直線に猛進してくるのならばその勢いを利用して斧で叩き潰し、それを警戒してゆっくりと飛ぶものは羽を切り飛ばして地に落とす。
迂回しても、コーナーに居るため、ウバメのそばを通り過ぎないと壁に阻まれて近づけない。
数十秒後、天逆の前には黄色の光で
「【雷電属性・第一階梯_
その言葉と共に魔法陣から魔力で編み込まれた電撃が枝分かれしながらも現れ、甲虫達目掛けて殺到する。
その光に突き刺されたモンスターはその身をビクン!! と一度大きく震えさせると、次々に床へ倒れ込んでいった。
「……ふぅ。これで倒したので?」
「うんにゃ、あくまでも電気で神経を麻痺させただけだね。見た目と違ってダメージもそんなに大きくないから、今のうちに止めをさしておかないと回復されて動き出すよ」
風化現象が起こっていない事から、目の前のモンスターがまだ死んでないと訝しんだウバメは天逆に問いかける。それ返ってきたのは意外と微妙な魔法効果だった。
まあ、敵の動きを止めて、こちらが好き放題攻撃できるというのは凄い。凄いのだが……。敵の数が多いと途中で麻痺から回復されそうな予感がするのは気のせいだろうか?
「これなら人手……特に前衛が欲しくなるのも分かりますね」
「そうだろ? ボク一人だとこれで敵の動きを止めてから、目とかの柔らかい部位経由で矢を突き刺して直接脳みそをほじくり返すハメになるんだ。その上、硬い部位で覆われてるモンスター――
「確かにそういうの相手だと苦戦しそうですね……。んじゃ、さっさと止めを刺しますか」
彼女のいう事も最もだ。他にも麻痺がそもそも効かず、弓では相手しにくい
こういった事を考えてしまうのはウバメの癖だ。ついつい危険や危機を想定して、対処法も碌に出せずに鬱になる。問題提起はできるのに自分の力不足ゆえに出来ることが無い。これは彼女の長年の悩みだった。
雑談をしつつも二人はモンスターを足でひっくり返し、柔らかい腹の部分を各々の獲物で潰していく。こういった強靭な外骨格を持つモンスターは真正面から外骨格を壊すよりもこういった手段の方が効果的である。
足をひくつかせ、死にかけの虫という表現がピッタリなモンスター達、その一匹一匹に各々の得物で止めを刺していく。風化が始まって最後っ屁の気配が無い事を確認した二人は一息つく。
「白衣についた体液とか酸とかは……。うん、ないね」
ついでに天逆は羽織っている白衣の各所。装備の汚れなどをチェックしていた。知らない内に装備が酸まみれになっていて、使い物にならない。というのは笑い話にもならないので調査していくのは良いのだが、
「ダンジョンでまで白衣……。 それが噂の
一部の冒険者用メーカーが製造している『日常でも使える戦闘服!』という触れ込みの装備。いわゆるアウトドアで使うような、『寝袋にもなるアウター』の進化系である。
それがしっかりと機能するかはピンキリで、重くて暑苦しく、日常生活に不便をきたすくせに防御力は気休め程度にしかならないものから、絹並みの肌触りと
そもそも、大体のものが高価なものもあってウバメが買えるような物ではない。……一応、ネット上のフリマサイトでは安く売っている事もあるが、見るからに
「冒険者として活動したいと言ったらコイツの購入を紹介されてね。ボクも機能的には文句は一切ないんだけど。……ハッキリ言って博士キャラとしてのキャラ付けに必死になりすぎでは? と思わなくもない。私学者って言ってもどちらかというと
有名な冒険者、特にビジュアルも良い人の中には芸能人も兼任していたり、装備品メーカー専属の冒険者になる者も少なくない。
冒険者
そのため、そういった仕事を企業と提携して負担してもらい、代わりに広告塔になったり、企業のイベントに参加したりする者達がいる。いわゆる専属、企業付の冒険者と俗に言われる者達である。
おそらくこの白衣を提供した側もそこいら辺を狙いにしていたのだろう。彼女を広告塔にするなら――科学者系冒険者(金髪美少女JC)だろうか?
(で〇じろう先生の後追いと面の良さだけで視聴者数稼げそうですねぇ……)
「それに白衣の下は冒険者協会の官給品だしね。所詮白衣一枚でそこまで差はないと思うよ?」
なお、白衣以外の防具は二人ともツナギと胸や膝などの部位を鉄板で補強した汎用品。これは冒険者協会で売っている防具である。
「よし、そろそろ休憩も終わりだ! ドロップアイテムも拾い終えた事だし、先に進もうか!!」
雑談を終えて、のんびりと会話をしていた二人は気持ちを切り替える。
彼女らが居るのは六山町近くのダンジョン。『
このダンジョンの特徴としてはその名前の通り、虫型のモンスターが生息する洞窟型。なお、ウバメが先日
とりあえず今回は五層のボスまで、途中で何か不都合があったらその時点で即帰る。という慎重――見方によっては弱気な考えで探索を始めたのだが……。
「階段まではあとどのぐらいだったかな? ウバメ君。」
「
「では進もうか!! まだまだボクの魔力はありあまってるし、体の調子も出てきたところなんだ!!」
そして今、事前の心配をよそに、二人の探索はまったくもって順調のまま進んでいた。ウバメも興奮している事を込みで自身の体力を測って見るが、体感でも天逆と同様にまだまだ余裕がある。
なぜかハイテンションになっている天逆も浮かれポンチになっているという訳ではない。口では勇ましい事を言いつつも周囲の音や振動に気を払っているというのはしぐさからわかる。
天逆が一回の勝利で警戒をおろそかにするような人間ではない事にほっとしながら、ウバメは洞窟をゆっくりと歩いていくのだった。