ポストヒューマンワールド 屍少女の冒険譚   作:α1.8

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戦いのはじまり―ー最初のボス

数時間後、幾度かの戦闘とモンスターの屍を乗り越え、御東(みあずま) ウバメと天逆(あまさか) 理乃(りの)の二人は五層ボス部屋前にたどり着いていた。

 

そこには、これまでの洞窟とは違う点が一つある。明らかにそこにあるのは不自然。その筈なのに、ここにあるのが“正しい”と思わせる両開きの扉。

 

それは重厚であり、巨大であり、荘厳だった。

 

金属をそのまま切り出し、幾何学模様を彫刻したような扉。これこそがボスの間とそれ以外を分ける『大扉』。

 

この扉には罠がかかっておらず、周囲にモンスターも寄り付かない。理由は簡単、その扉の先に居るモノ(ボスモンスター)がそんなものよりも遥かに脅威だからだ。

 

「ポーションの残数は大丈夫ですか? 一応私も持ってますけど、主に後衛の天逆さんに使ってもらう予定なんですが」

 

「ああ、10本全部持ってるよ。傷を負った時にはしっかり投げるから心配しないでいい。しっかり割れやすくて、破片が丸くなって怪我をしない正規品だ」

 

「いざ使う――って時に割れなかったり、破片が目に入ったりするのは嫌ですからね」

 

早速『大扉』を開けてボスに突撃――はせずに、各種確認を始める二人。その動きには、一切の油断もなかった。

 

「装備は大丈夫かい?」 

 

「防具も特に穴やかぎ裂き、ほつれも無しですね。」

 

「弓の方も大丈夫、弓の弦のゆるみ、機構のズレもない。矢の残数まで問題なしだ」

 

『俺の確認は良いのかい、ウバメ?』

 

「……わかりました、わかりました。実際に振ってみますから、問題ないか自己確認してください」

 

一瞬の沈黙の後、ウバメが実際にひととおりアックスを振ってみるが、返ってきたのは『大丈夫だ! ……多分』の言葉だけだった。

 

微妙に不安になりながら、各種確認に戻る二人。仮に本番になってから準備が足りないと焦っても遅いと、しっかりと二人とも理解しているのだ。

 

「ついでにボクとの連携は?」

 

「ここまでの戦いである程度様にはなってきました。少なくとも最低限は出来てきたと思います。」

 

実際、5階のボス部屋の前までたどり着くまでに、乗り越えた戦いは、もう両の指では足りない回数になっており、少しずつだが連携も身に付いていた。

 

ウバメが前衛として、その身軽さを活かしてヒットアンドアウェイで戦い、天逆が後衛として遠距離から矢で牽制、隙があれば魔法で追撃、万が一、敵が後衛の天逆の方へ一直線に向かったら天逆とウバメで挟み撃ち――という戦闘スタイルを確立しはじめている。

 

最初のころはウバメが何度か射線を塞いでしまったりした事もあったが、回数をこなすにつれ、そういった事も無くなっていった。

 

逆に、ウバメが攻撃で敵を理乃の射線へ押し込む戦術すら考えつく程だ。ウバメのヒットアンドアウェイの持ち味を殺すかも――という理由で保留になったが。

 

今となってはアイコンタクトやハンドサインである程度はお互いが何を行うのか、直感的にわかるレベルで互いを理解し始めていると言っていい。

 

「……なら、」「ですが!!」

 

「ボス相手だと何が起こるか分かりません。だから基本は誤射だけに気を付けてソロの感覚のまま。敵の出方を見て場合によっては、って事にしましょう。……ちょっと問題の先送りのような気もしますが、前もって立てた予定に縛られるよりはマシでしょう」

 

「ふぅむ。ウバメ君は慎重なタイプなのだね」

 

「…………いえ、臆病なだけですよ。三つ子の魂百までと言いますし、きっとこの臆病さはなおりゃしないんでしょう」

 

しかしながら、これまで戦って来たモンスターは自分より弱い――厳密にいうなら自分一人でも倒すなり逃げるなり、“適切な対応”ができる敵だった。ある意味で連携をしなくても良いという“余裕”があった。

 

だが、いまから挑むボスは違う。“適切な対応”なんて存在しない、明確に“戦い”になる敵なのだ。今回の戦いはそういった相手と戦いになるのかの試金石でもある。

 

「では、開けますよ」

 

覚悟を決めたウバメが、いつ攻撃が来ても対応できるように注意を払いながらボス部屋の大扉を開けていく。

 

その先に待っていたのは。

 

その先に待ち構えていたのは。

 

 

……もぬけの殻にしか見えないボス部屋だった。

 

「「……は?」」

 

あっけにとられながら入口からボスの姿を探す二人、しかしその目にボスの姿が映る事はない。本来階層の主が居座っているべきボス部屋にボスが居ない等、本来ならあり得ない事なのに、だ。

 

『天井にも……いねぇな』

 

上にも目を向け、天井の陰や壁のくぼみに至るまで、隠れられそうなところを一つ一つ視線を向けて確認していく。だが、お目当てのボスがホラー映画の様に壁や天井に張り付いて待ち構えている、などと言った事もない。

 

「ボスモンスターは……どこにいったんだい?」

 

「…………ですね」

 

『俺にもよくわからんな「なら黙っててください、アックス」即答!? ウバメ、なんか俺にだけ当たり強くない? ……考えつくとすれば、ダンジョンの罠の類とかか?』

 

「……偽のボス部屋――って事かい?」

 

「聞いた事ない類の罠ですね……」

 

「……ふむ、ウバメ君、キミのお爺様やギルド職員の人からは何か聞いてないのかい?」

 

「特には……。ただ、ここのボスモンスターは幾つかの候補の中からランダムに選ばれた一体が現れて、そいつと戦う形式らしいですよ。候補は例に漏れず、大体が虫型らしいですけどね」

 

基本的に一つのダンジョンで発生(ポップ)するモンスターは、決まって共通の特徴を抱えている事が多い。例としては溶岩の海を泳ぐ水生生物であったり、体に雷を纏う獣であったり。

 

このダンジョンの共通点は虫、特に地を這う虫である事。そうである以上、ここのボスモンスターも地面を這う虫の特徴を持っている可能性が高いのだが……。

 

「ボク達以外の誰かが既に倒してしまったとかもなしかい? 階層ボスは一度倒されたら数時間後に復活(リポップ)すると聞いたが……」

 

「誰が“それ”をしたんですか? 自慢じゃないですがウチの町に冒険者何て殆どいませんよ? 唯一といっても良いウチのお爺ちゃんも今日は出かけてますし……」

 

肝心の敵(ボス)がボス部屋にいない。“それ”はありえてはならない事だった。

 

「だが、実際にボスはいないだろう? もし仮に、これが本当のボス部屋で、ボスが自分の領域の外に出ていった……なんて事だったら、相当やばい事になっているってことだよ?」

 

基(・)本(・)的(・)に(・)ボスは自らの守護している部屋から外に出ない。それが起こる例外はただ一つ。

 

『迷宮氾濫(スタンピード)』、間引きが行われず、迷宮(ダンジョン)内で増えすぎたモンスターが溢れ出し、津波となって外の人間に襲い掛かる災害。

 

一度起これば人が築き上げた物はすべて破壊され、ダンジョンから出てきたあまりにも多すぎるモンスターの駆除で数十年に渡って人が住めなくなるという厄災。

 

“それ”の予兆が出るだけで、周囲の住人は家財も取らずに逃げ出し、国家に非常事態がかかる。そういうレベルの大事なのだ。

 

「……い、いや!! それは流石にないと思いますよ! モンスターの風化だって起こってましたし、ここに来るまでのモンスターの数も普通だったじゃないですか!」

 

ボスの徘徊以外にも、『迷宮氾濫(スタンピード)』の予兆は幾つかある。死亡したモンスターの風化――それが鈍化したり、モンスターの数が異常に多くなったり――などが起こるものなのだが――。

 

「ま、そうだね。それが起こっていない以上、『迷宮氾濫(スタンピード)』のセンは無いだろう。他の要因でボスがいなくなってる可能性が高い」

 

「脅かさないでくださいよ……。寿命が10年くらい縮んだ気がします……」

 

「ごめんごめん、……普段は地面や壁に潜っていて、挑戦者がボス部屋に入ったら出てくるとかのパターンかな?」

 

二人の構えていた武器が、ほんの少しだけ下がり、張り詰めていた肩から力が抜ける。

 

無意識だった。油断していたと言い換えてもいいだろう。拍子抜けした二人は、その弛み切った心構えのまま、ボスの領域(テリトリー)に完全に入ってしまった。

 

一歩。

 

また一歩。

 

ボス部屋の中心(簡単には出口へ向かえない場所)まで歩を進めてしまった。

 

だから、その違和感に気づけたのは幸運だったと言えるだろう。

 

「後ろです!!!」

 

目に見えない“何か”が凄まじい勢いで突進してくる。天逆を狙っている。そう気づいた時、体は勝手に動いていた。

 

フルスピードのトラック並みの威力を持つ体当たりに、思いっきり武器(アックス)を突っ込む。

 

「ウバメくん!?」

 

“それ”の勢いのまま、ウバメは横一直線に弾き飛ばされた。その勢いのままに轟音と共に壁に叩き付けられる。

 

余りの勢いを前に、相手の勢いを利用して傷を与えるどころか、突進の速度を遅らせる事すら出来ず、無残に弾き飛ばされたのだ。

 

「――がはっ……大した事ないです……よ。飛ばされて、アバラが二~三本いった程度です」

 

だが、それでもその進路を少し逸らすことが出来た。それだけで、天逆を突進の攻撃範囲から逃がすには十分だった。

 

「大丈夫かい? ……なるほど、ボスは最初から部屋の中に居た。床に擬態して私たちが入ってくるのを、ゆうゆうと待ち構えて居たってことか……。」

 

自分を守ってボスの突進に割り込んだ反動で吹き飛ばされたウバメ。天逆は彼女に呼びかけつつも、先ほど奇襲を仕掛けてきたボスを睨むように見つめる。

 

そうでもしなければ見失ってしまう程に、目の前にいる存在の気配が希薄なのだ。

 

『ギギ、ギ、ギギギギギギギギギギギ!!!』

 

その目線の先にいたのは先ほどまで存在しなかった――いや、存在しないように見せかけていたボスモンスターだった。

 

その姿は蝶や蛾の一種に近い。だが、何かにとまるときは羽を開く通常の蝶とは異なり、翅を背中の上で三角テントのような屋根型に折り畳んでいる。

 

そして何より、そのモンスターは目まぐるしく色を変えながら吹きすさぶ吹雪のような、極彩色の鱗粉を纏っている。

 

発声器官が無い癖に出しているその声からは、明確に敵意が滲み出ていた。

 

「木の幹や枯葉に擬態する蝶ってのは聞いた事があるけど……。カメレオン並みに現在進行形で色を変える奴は初めて見るね」

 

すぐさま天逆は相手の戦闘データを分析し始める。

 

「色を変化させる鱗粉でタコやカメレオンの様に迷彩色を纏い、音や気配を出さないようにじっと攻撃の機会を伺うモンスター。さしずめ『迷彩擬蝶(カモフラージュバタフライ)』ってとこかな」

 

『……ま、俺の経験じゃ、こういう手合いは大抵どこかに穴がある。そこらへんを見つけるのが勝利の鍵ってとこだろうな』

 

まっとうに強いのなら、そもそも身を隠したり、擬態なんて小細工はしない。その強さのままにゴリ押しして、相手を叩き潰せばいいだけなのだから。

 

そう語るアックスの言葉に背を押され、倒れ込んでいたウバメも激痛が腹の中で炸裂するのを堪えて立ち上がる。先ほどの突進に巻き込まれて吹き飛ばされたはずの金の斧はいつの間にか手の中に戻って来ていた。

 

それを引き金(トリガー)にしたのか、鱗粉の変化はますます劇的になり、迷彩の様に洞窟に溶け込んでいく。

 

「行くぞ!! ウバメ君!!」「ええ、勝つのは、私達です!!」『俺の事も忘れんなよ!』

 

二人の少女――と一本が怪物を迎え撃つ。そんな戦いの火ぶたが切って落とされた。

 

 

 

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