【無自覚TS】ダンジョンで記憶喪失になった女の子だけど、周りの反応がなんかおかしい 作:じっくりコトコト弱火メス堕ち
空腹で目を覚ます。部屋の明かりは点いておらず、窓から差し込む月明かりだけが淡く部屋の中を照らしていた。
上半身を起こしながら手に持っていたスマホをみると、時刻は0時を過ぎていた。
「あちゃー……ボクのご飯あるかな……」
母さん(と呼んでるけど、やっぱり思い出せてないんだよね)はもう寝てるかな。とりあえずリビングに降りよう
部屋のドアに向かおうとしてベッドから立ち上がると、机の上に皿が置かれているのが見えた。
覗き込めば、そこにはラップで包まれたおにぎりが3つあり、その上にはポストイットが貼られていた。
『お腹すいたら、これを食べてね』
「母さん……」
一つ手にとってラップを外して頬張る。米の甘さと程よくまぶされた塩が、舌にじんわりと染み込んでいく。具は豚の角煮。甘辛いタレが旨味を包み込んでいた。
「美味しい……」
丁寧に作ってくれたことが伝わってくる。よそよそしいから、軋轢があったのかなと思ったけど……なんだ、ちゃんと愛されてるじゃないかボクは。
「ちゃんと、思い出さないと」
医者には急いで思い出さなくていいって言われたけど、さすがにね。
家族に、冬木さん。ちゃんと想ってくれている人がいるのに、それに背を向け続けるのはいやだ。早く思い出して、向き合いたい。
ボクはドアの反対側、窓の外へ視線を向けた。
「散歩してみるか」
ボクは家族と昔からこの辺りに住んでいるらしい。
病院からこの家に帰ってくる時は、疲れて意識できなかったけど、見知っているはずの景色をみれば何か思い出すかもしれない。
外出用の服はないかな、とクローゼットを開けてみる。ボクが今着ているのは生地の薄い無地のTシャツに、スウェットパンツ。退院した時の格好のまんまだ。さすがに着替えたい。
あと……ブラジャーがきつい。そもそも着けてることの違和感もすごい。きっと、病院で提供されたものとかで、ボクにあってないんだろうな。
「ふーん。これがボクが着てた服か」
まず目に入ったのは、ハンガーにかけられたパーカーやトラックジャケットだ。色は黒や灰色がメイン。次に、積まれたジーンズたち。引き出しを開ければTシャツがある。
とりあえず出かけるのには困らなさそうだけど……。
「……なんか華やかじゃないな」
ていうか、ふわってした女の子っぽい服が見当たらない。ボクは僕っ娘だった説が、これでさらに補強されてしまった。服装までこだわってたなんて……かなり筋金入りだな、ボクは。
「あとはブラを……って、え?」
引き出しを開けていくと下着の収納スペースが見つかった。
「なんでトランクス……? ていうか、ブラジャーは?」
全部引っ張り出してみるけど、女性用の下着が全くみつからない。ブラジャーどころかパンツもだ。見つかるのはランニング、そして硬い生地でできたトランクスと、時々ボクサーパンツ。どういうこと? 筋金入りとは思ってたけど、限度があるでしょ。
「……うーん」
ま、ないものは仕方ないか。前のボクはこれまでそうしてきたんだから、なんとかなるでしょ。
===
玄関から外に出ると、青い夜風が頬を撫でた。
今は6月の中旬らしい。暑くはないけど、かといって寒いわけじゃない。ボクはジーパンに黒のパーカーを羽織っていた。
道路に出た後、振り返って自分の家を見る。白い壁、黒い瓦屋根。2階建ての一軒家。見慣れているはずのそれに、やっぱり見覚えはない。
さて、どっちに行こうかな。道路は左右に伸びている。少し迷った後、なんとなく右を選択した。
ボクが住んでいるのは昔からある住宅街らしい。道路はまっすぐ伸びていなくて、クネクネと曲がっている。
ただ、住人はきちんと入れ替わっているようで、壁が色あせた古い家もあれば、窓が大きい新しそうな家もあった。
皆寝静まっているようで、電灯と月光に照らされる夜闇に響くのはボクがアスファルトを踏む音だけだ。
思い出すきっかけにと思ったけど、空白の記憶に響くものはなにもない。そろそろ帰ってシャワー浴びようかな……。
そう思った時、なにかが脳裏をかすめた。
「この道は……」
なにかの予感を頼りに、枝分かれした道の一本を選ぶ。そのまま進んでいくと、公園があった。入口から入ると、そこに居たのは。
「冬木さん?」
彼は電灯の下、虚空に向かって拳を突き出していた。ボクの声が聞こえたらしい。すぐに振り向いて、驚いたような顔をした。
「おまっ……なんで、ここに」
「散歩です。気分転換したくて。……冬木さんこそ、なにしてるんですか?」
「気分転換って……」
冬木さんはため息をついた。
「俺もだよ。眠れなくて、ここで運動してた」
なんだ。ボクと同じじゃないか。
立ち話もなんだからと、ボクたちはベンチに並んで座った。
「小さい頃、俺達はこの公園でよく遊んでたんだよ」
「……そうなんですね」
そうなんだろうな、とは思った。そしてきっと、大切な思い出だったんだと思う。じゃなきゃ、ボクはきっとここに来れてないから。
でも、やっぱり思い出せない。向こう側で揺れるブランコも、塗装が剥げた滑り台も、今座っているこのベンチも、全部。
「自分の説明は受けたのか?」
「はい。ボクの名前は霧島雷香で、年齢は17歳。高校生でダンジョン探索者。そして……冬木さんと、幼馴染だったって」
「らい……か。そっか。ま、そうなるよな」
冬木さんはしばらくうつむいた後、こちらを向いた。
「ライカ。記憶……本当に取り戻したいか?」
なにいってるんだろう。取り戻してやるって言ったこと、忘れたのかこいつ。
思わず言葉を失ったボクに、冬木さんは続けた。
「記憶だけを取り戻したら……全部思い出したら……それはライカにとって、辛いことになるかもしれない」
冬木さんの目は真剣だった。
そりゃ、虚空に消えたボクの人生がハッピーで満たされてたとは思わない。思い通りにならないこととか、目をそむけたくなることとかきっといくつも会ったんだと思う。
でも。
「……母さんが、おにぎりを作ってくれたんです」
きっと、夕飯に呼んでも起きてこなかったボクのために、わざわざ。
「なのに、ボクは顔を見ても、声を聞いても思い出せない。そんなのは嫌なんです。それに」
ボクは冬木さんの目を、正面から見返した。
「冬木さんのことだって、思い出したいんです」
何も思い出せないのに、ここに来られた。
ならきっとあなたは、ボクにとって大切な人だから。
「……そっか。なら、覚悟しとけよ」
「はい。お付き合いくださいね」
冬木さんは一瞬目を泳がせた後、鼻をこすった。
「……ところで、その敬語やめてくれないか。やっぱり、慣れねえ」
「確かに、幼馴染ですもんねそれじゃ……」
かつてのボクは、彼のことをどう呼んでいたんだろう。絶対冬木さんじゃないよね。
小さい頃から一緒で、ダンジョンを一緒に挑むほど結ばれた幼馴染。なら。
「改めてよろしく、シゲル!」
精一杯の笑顔を携えて、彼の名前を呼んだ。
シゲルはポカンとした後、無言でベンチから立ち上がった。
どうしたんだろう。そう思ってたら彼は木に近づいて、頭を打ち付け始めた。
「何考えた俺……こいつはらいと……こいつはらいとだっ……」
「ちょっ……なにしてんの!」
慌てて彼を羽交い締めにする。どういうこと!? ボク、何か間違えた!?
「はなせっ! 俺は……俺はっ……まて、この感触……お前、その……下着は」
「え? ……ああ、ブラ? つけてないよ」
だってなかったんだもの。文句は前のボクに言ってほしい。
「放せ! マジで放せえ!」
「だったら頭打つのやめてってば!」
結局、ボクと彼の攻防は近所の人が警察に通報するまで終わらなかった。
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