ちなみに独自設定いっぱい出ます
「それにしても、この部屋もずいぶん物が増えたね」
床に座った酒寄さんが室内を見渡しながら話しかけてきた。
時間は午後七時。交換した電球が暖色の明かりを灯し、取り付けたばかりのカーテンはその明るさを外へ漏らすことなく遮断する。
部屋の角に設置した小さめの冷蔵庫、その上に置いた電子レンジ。今いる場所からは壁が邪魔で見えないが、玄関のすぐ近くには洗濯機も置いてある。
ニ週間前とは比べようもないほどに室内にあふれた文明の機器たち。原始人から現代人一歩手前と言えるくらいには上がった文明度。
これらはすべて、あの日ノエルから受け取ったお金で購入した品々である。
「流石に何もなさ過ぎたからね。まぁ正直、電化製品店で支払いする時、死ぬほど手が震えたけども」
「あー、わかるわぁ。明らかにそれまでしてきた買い物とはレベルが違うしね」
男一人暮らし、別に質の高いモノを買う必要はない、と下方修正を重ねに重ねても、それでもやはり高いものは高い。
世知辛いことに未来の日本は俺の居た頃よりも物価が上がっているらしく、想定していた予算を簡単に超えてしまった。
店員さんの電卓を叩く音が、死神の足音に錯覚するくらいには生きた心地がしなかったことを覚えている。
「後はまぁ、小物なんかも数を買うと高くついたかな」
食器や寝具、着替えの服にと多種多様な必要な品々を揃えていたら金などすぐに消え去った。塵も積もれば、とはよくいったものだ。
それに加え、なんと学費もあの時点では納入されていなかったらしく、今日の学校の帰りに支払いをしてきた。
支払いと言っても、この世界での俺の保護者であるノエル先生に支払額分の金を渡してきただけだが。
そんなこんなで今やあの紙封筒の厚みは最初の半分以下となっている。
いや結構な金額ではあるのだが……。
それでも出費を最小限にまで抑えられたのは、ひとえに目の前にいる彼女のおかげだろう。
「酒寄さんがおすすめのお店を教えてくれたおかげでだいぶ安く揃えられたよ」
「私も一度通った道だからね。このアパートの行動圏内に入っている最安店舗の情報は、すべてこの頭に入っていますとも」
ちょっと前の情報ではあるんだけどね、とそう付け加えて笑みを浮かべる酒寄さん。
「流石、学校一の才色兼備」
「ふふーん。……いや、あんま褒められた気がしないな」
その場で難しい顔をし、足元のグレーのクッションをぎゅっと抱きしめる彼女。来客用に買ったそれはすっかり、彼女専用のものとなってしまった。
まぁもとより、そのつもりで買ったやつだから予定調和なのだけれども。
「……で、それが噂の眼鏡に貼るタイプのやつ?」
「そうそう。在庫がなかったみたいで、今日ようやく届いたんだよ」
俺は手元の小さい段ボールの箱を持ち上げる。
学校で諌山さんが俺に教えてくれた、スマコンでもなければ、スマートグラスでもない第三の選択肢。
即ち、眼鏡のレンズに直接貼り付けることで即席のスマートグラスとしてくれる商品。それを俺は通販サイトで購入していたのだった。
この先、何があるかわからないから金はなるべくとっておきたかったのだが、やはり、ロマンには勝てなかったというわけである。
だが購入したまではいいのだけれども……。
この商品、本当に滅多に売れないらしく、なんと在庫の管理が上手く行っていなかったという理由でメーカーへの在庫の問い合わせが起きてしまったのだ。
一応、商品画面には在庫ありとの表記がされていたのだが、蓋を開けたら倉庫には在庫がゼロだったとのことらしい。
結局、なんやかんやでこれが届くのに二週間も時間がかかってしまった。
持った所感としては、すごく軽いというのが率直な所だ。下手したら学校で使っている教科書一冊の方が重いまである。
「こんな軽いのに、コイツがこの部屋で一番高いって思うと……、怖いな」
「精密機器だしね。むしろ実仕様の面で言うなら、その軽さにお金を払っているようなもんだし」
「あぁ、確かに……」
言われてみればそれもそうだ。
支払った金額に対して商品が軽すぎるから俺は今、こうして不安を抱えているが、実際に使うことを考えるならこんなもの、軽ければ軽いだけそりゃあ良い。
むしろ重い方が使い勝手が悪いだろう。
初めて眼鏡をかけたあの日、鼻のあたりに覚えた違和感を思い返す。今でこそ慣れてしまったが、確かに最初の頃は戸惑ったものだ。
「イヤホンとコントローラーはもう届いてるんだよね?」
「そっちは在庫が潤沢だったみたいでね。ポチった翌日には届いたよ」
そう言って俺はすでに開封してあったそれらを目の前の低めの机の上に並べる。
左に無線のイヤホン、右に視覚デバイス用のリモコンだ。
これらも何が良いのかまったくわからなかった俺は、酒寄さんや諌山さん、綾紬さんのおススメを参照のもと、言われるがままに購入をした。
というか、未来の世界って本当にすごいな。無線のイヤホンって何だよ、ホント。どんな仕組みで音声を機械に届けているんだ。リモコンも当たり前のように無線だし。
携帯に直接コードをぶっ差すタイプのイヤホンしか知らない俺からしたら、スマコンみたいな目立つ未来技術にも驚きだが、これら無線通信みたいな隠れた未来技術にも同じくらい驚いてしまう。
しかし使ってみるとコードがないというのがここまで便利だとは思わなかった。単純に動きを制限されないというのは、ここまで重要な因子なのかと。
俺の世界でも可能な限り早急に開発してほしいモノである。
「イヤホンあるのと無いのとじゃ没入感が段違いだし、そもそも友達とツクヨミで会話もできないからね」
「あぁ、イヤホンの中にマイクも入ってるんだっけ? こんな小さいのに凄いなぁ」
「出たよ、志貴の時代遅れ発言……」
あの日から、俺と彼女との関係性は変わったようで、特に何も変わらなかった。
それは単純に、そもそもが関係性と呼べるようなものを築けるほどに長い時間を共にしていた訳でもない、というだけの話なのだけれども。
学校で一緒に学んで、バイト先では先輩と後輩の関係になって、アパートでは少し親しい隣人同士の関係になる。
本当に、あの一日と何ら大きく変わってはいない。
唯一変わったことを挙げるとするのならば、彼女は俺のことを「遠野君」ではなく「志貴」と名前で呼ぶようになったくらい、だろうか。
俺は変わらず酒寄さん呼びのままだけれども。
多分、俺たちはこれくらいの関係性がちょうどいいのだ。
近いようで踏み込み過ぎない、どちらも気が楽な友人関係。
彼女から俺の事情に踏み込むことはしないし、その逆もまた然り。それくらいが心地いい。
彼女の抱えている事情はきっと、俺の考えているよりもずっと重いものなんだろう。
だが、それを解決できるのはきっと時間と、彼女自身の意志だけ。あるいは、彼女からの拒絶を一切受け取らず、自分を押し通せるだけの人がいたら、あるいは……といったところか。
そしてその人、というのは少なくとも俺では無いのは確かだ。
俺と酒寄さんは似ている。
いや、正確には……似ていた、が正しいか。
俺もちょっと前までは自分を取り巻く状況にがんじがらめになり、呼吸すら苦しい状況だった。
取り巻く普通とは言えない家庭環境、事故以来の付き合いの最悪の眼、今すぐ倒れても何らおかしくない枯れ木のような身体。
もし急に車に轢かれ、そして死んでしまったとしても、何の悔いもなく、それも運命かと受け入れてしまいかねないような気持ちでさえいた。
まさしく、生きた死人。生きている自覚も無く、されど死んでいるわけではない彷徨う亡霊。
だが、そんな俺を変えてくれたのこそ……
『わたしを殺した責任、ちゃんと取ってもらうんだから――』
俺と酒寄さんは似ていた。
ふと、いつの間にか姿を消してしまいそうな危うさが俺にはかつてあり、彼女には未だ残っている。
それを消してくれたのは能天気で、自分勝手で、我が儘で、そして……。
――世界で一番美しく、愛しい。俺だけのお姫様だ。
だから俺に彼女は変えられないし、変えるつもりもない。
願わくば、彼女の元にも俺にとっての彼女、アルクェイドのような人が現れてくれればそれ以上は無いことだろう。
(まぁ、そう簡単にアルクェイドみたいな奴が現れられても普通は困るんだが……)
確かに酒寄さんにとっての運命の出会いと言うやつがあってくれたら、とは思うけれども、それはそれとして。
あんなにワガママを擬人化したかのような生命体がポンポンとリポップされてもそれはそれで困りものだ。というか、普通は二人としていてはいけない気がする。
(でもなんでだろうな……)
何故だか俺は理由もないのに、きっとそう遠くない未来、そんな運命に彼女も出会うのだろうと。
そう確信に近い何かを感じてしまうのだった。
志貴とアルク 彩葉とかぐや
この二人の関係性ってマジで親和性高すぎるんで、なんで他に超かぐや姫!×月姫を見かけないのか、謎です
ーーーーーー
「ようやく、人が生活することが辛うじて可能な内装になりましたね」
「できれば身体の弱い志貴さまにはベッドで寝て欲しいんですけどね。床に布団を直で敷くのは、比較的負担が大きいですし」
「それにしても未来の技術は凄いですね……。まさか無線通信なるものが確立されているとは」
「神秘とか、この時代より更に薄くなってそう。魔術師も商売あがったりね」