「なにアレ……」
「すっご……」
芦花と真美の呟きに対し私もこくり、と頷きで返す。
開いた口が塞がらない、とはまさにこのこと。見開いた両目が、目の前で起きている異常事態を捉えて離さない。
「あ、がぁ……ッ!?」
「これでようやく折り返しかな」
視線の先で男がうめき声をあげて地に伏す。
その原因となった少年は、……志貴はもはや興味はないとばかりにその男から視線を外し、近くに立っている別の男を見つめていた。
「早すぎでしょ、いくらなんでも」
「動いたと思ったらその次の瞬間には相手が倒れてるし」
彼のSETSUNAの試合は本人の呟きの通り、現在四本まで終了し、折り返しの五本目に入ろうとしている。
二本先取式のSETSUNAにおいて、四試合ともなると最低でも八本のやり取りは存在することになるのだけれども……。
その試合展開は全くと言っていいほどに同じで、まるで再放送を見させられているかのように錯覚する。
「ふぅ……、次」
「ひっ――」
そうして四人目に次ぎ、五人目も場に倒れ伏した。
志貴がその眼差しを六人目へと向けると、まるで視線のナイフを突きつけられたのような悲鳴をその男は漏らす。
「見える……? あの動き」
そう尋ねてくる芦花の言葉に対し、首を横に振ることで返事とした。
「げっ、iroですら見切れないってなると、私たちじゃどう頑張っても無理じゃん」
真美がそう言いながら両手を上に向ける。まさしく、お手上げということだろう。
(まず最初に、相手に走り寄っているところまではわかる……)
志貴のプレイングは一貫して、戦闘開始と同時の接近、からの即殺コンボのこの流れだ。それは一戦目からずっと変わっていない。
彼は試合開始の合図と同時に、その場で脚に力を籠め駆け出し、敵の間合いに入りながら、敵を間合いに迎え入れる。
そして、彼の間合いに入ったが最後……。
「ぎ……ッ!?」
瞬きの間に敵に対し無数の斬撃を浴びせ、そのヒットポイントを削り切るのだ。その間、僅か一秒もないだろう。
その手に握るナイフを、まずは縦に振り下ろしたと思った。
――だが知覚したころにはその先端は横一文字に敵の首元を掻き切っている。
次いで横に相手を両断する勢いでナイフを振るう。
――対戦相手に生じた切り傷は一つではなく三つだった。
そもそも、ナイフを振るっているようには見えない。
――だがその間にも敵のヒットポイントは見る見る減っていく。
不可視の斬撃、などと創作物で見かける度に想像が出来ず、思わず鼻で笑ってしまっていたがなるほど、つまりはこういうことなのか。
身体を通じで初めて理解できた。こう目の当たりにしてみると、なんとも簡単な仕組みではないかと思わず笑ってしまいそうになる。
不可視の斬撃とはつまり、単に私たち見物人の目線の動きよりも、武器を振るう速度の方が圧倒的に早いだけだったなんて。
このゲームが神ゲーと呼ばれる理由の一つとして、やりこむほどに強くなる、という要素が挙げられる。
何を当たり前な、と初めて聞く人は笑うかもしれない。事実、私も最初に聞いたときは笑ってしまった。
所詮ゲーム、プレイすればするほどアイテムが溜まるなり、レベルが上がるなり、で強くになるに決まっているのだ。そんなの、当然だろうと。
だが、違う。
このゲームにおける、やりこむほど強くなる、という概念のはそんな単純な話ではない。
まず第一に、このゲームの操作の基盤となるものとして脳波操作というものがある。
実際は複雑な定義だとか、適切な解説もあるのだが、全てを省略して紹介するとすると、それは、ざっくり言ってしまえば、想像できる動きならば考えるだけで再現できる、というものだ。
歩く、走る、立ち上がる、座る。
こういった日常動作をリアルで自分が行っているイメージを持つことは、そう難しい事ではない。
それはなぜか。
それは、普段行っている行為だからだ。
もし自分が椅子に座れなかったとしたら、なんて普段から考える人間なんてそう居ないだろう。
もし歩けなかったら、もし喋れなかったら、もし立ち上がれなかったら。
そんなイフはあり得ないから、そもそも考えない。当たり前に出来ることなんだから、気に留めることもない。
繰り返し言うが、脳波操作は想像できる動きを仮想世界に再現する技術だ。
だから歩いたり、座ったりは脳波操作で余裕で再現できる。疑問に思わないから、出来る。自分がしている姿を妄想できるから、出来る。
――ならば、逆に想像できない動きは?
結論から言えば、当たり前だと思えない動きの妄想では脳波は安定せず、操作も不可能となる。
泳げない人間に海で泳いでいる自分が想像できるだろうか。きっと出来ないだろう。
一方で、普通に泳げる人は自分が泳いでいる姿を想像できる。
この違いが脳波操作に置いて、もっとも重要なのだ。
想像できる、出来ない。脳波が安定する、しない。
これ以上に重要な事柄など、ない。
そして、ここまで言えば誰でもわかることだが、そもそも私たちにとって武器を取って戦う、なんて行為は当たり前のモノだろうか。
自分が自分の背丈と同じくらいの大刀を担いでいたり、一キロ先の人間に正確に矢を当てたり、車の衝突よりも重いであろう攻撃を盾で防ぎきったり。
そんな自分のイフを心から妄想できる人は、居るのか。
居ないのだ、そんな人間。
故に、私たちはゲームプレイ時にはコントローラーを用いる。それは、オートマからマニュアル操作に切り替えるのと同じ仕組みだ。
脳波による動きが不可能だから、あらかじめセットが組まれているテンプレート通りの動きをボタン一つの押下で再現する。
剣を正しい構えで振れないから、それをボタン一つで再現。
弓を射っても的には当たらないから、それをボタン一つでまた再現。
出来ないことはそもそも出来ないのだと割り切って、システムに身を任せる構造を取ることで、私たちは空想の世界での戦闘を楽しめるようになった。
さらに話を戻すが、脳波操作とはその運動を行う自分を疑わずに思い描けるかが重要となってくると言った。
ならば、そうだな。
例えば、そう、剣道部。
剣道部の人にとって、刀を振るう自分は想像できないだろうか。
あるいは弓道部。
弓道部の人にとって、的に矢を当てる自分をイメージできないというのだろうか。
答えは否だ。
そういった経験を持つ人たちならば、本来ならばボタン操作で再現する必要のある動作を脳波操作によって再現できることは実証されているし、すでにほとんどのユーザーが知っている事実ですらある。
オートマ操作とマニュアル操作。
戦闘に置いてどちらが有利かなど、考える時間もいらなかろう。
ボタン一つで再現できる代わりに、オリジナリティなどない画一的な動きをするオートマ操作。
ボタン入力の時間も要らなければ、想像できる範囲内ならば、いくらでも自由自在に攻撃の動きを変えられるマニュアル操作。
この二択でオートマを選ぶ人など、まずいない。
では、ならばこのKASSENの中に置いて強者となるため、脳波操作による攻撃を再現するためリアルの世界で実際に本当の動きを学ぶ必要があるのか。
――これもまた、答えは否だ。
確かにそれも一つの手ではあるが、もっと手っ取り早い方法がある。
それこそが、やりこみプレイ。
最初にも言ったが、このゲームはやりこめばやりこむほどに強くなれるようになっているが故に神ゲーなのだ。
それはなぜか。ここまでの説明があれば、誰だってたどり着く自明の理である。
――武器に慣れるからだ。
何十、何百と空想の世界で同じ武器を振り続ければ、脳は自然と自身が武器を用いて敵を攻撃しているという事実に何の違和感も抱かなくなる。
脳が違和感を抱かないということは、それ即ち脳波の安定化を示し、また同時に強力なマニュアル操作の解禁をも意味していた。
プロゲーマーになるには千時間はプレイしないといけない、だなんて誰かが言ったらしいが、それは、それくらいの時間はプレイをして、コントローラーなんて必要がないほどに脳が武器に慣れていないととてもじゃないがプロになれない、という意味だと聞いたことがある。
つまりはこのゲームは戦闘をメインとしたバトルゲームのようでありながらも、自分自身というアバターを育てていく、育成ゲームの側面も持っているのだ。
プレイすればするほど、自分は強くなれる。
最初はボタンを押さなければ振れなかった刀が、次第とボタンを押したときと同じような動きでなら再現できるようになり、そして気が付けば意のまま扱えるようになっていて、コントローラーなど持つ機会もなくなっていた。
その一連の流れこそが、このゲームの真骨頂。
これを神ゲーと呼ばず、なんと呼ぶ。
だが。
そして、だから、故に……。
「どうして……」
あの光景が、そんな私の中の常識をすべてひっくり返す。
「……次でラストかな」
既に八人を捌ききり、最後の一人に目を向ける志貴。
(あの志貴の動きは、ボタン操作なんかじゃ出来ない……。完全な、マニュアル操作側の動きだ)
ちらり、と一瞬、確認の為にスマコンの表示をオフにしてリアルの視界を得る。
やはり、思った通り志貴の手にはリモコンなど握られておらず、先ほどまでと同様に机の上に左右揃えて並べられていた。
それを確認して私はツクヨミへと戻ってくる。
(志貴は脳波でのみ、あの動きを成し遂げている……)
それはつまり、あの異次元の動きは志貴にとっては当たり前の動きであり、その動作をすること自体に何の疑いも持っていないという証明だ。
もし、一片でも疑いの心があるのならば、すぐさまマニュアル操作に支障が生まれ、あの体は動きを停止させるだろう。
(志貴……)
ならば、脳波であれだけの動きを生み出せる志貴は……
(志貴って、いったい……)
現実の世界でも、ナイフを振るって人を斬りつけたことがあるというのだろうか。
(いや、そんなわけないよね……)
きっと、きっと、そんなわけ、ない。きっと、ない。あるはずが、ない。
そう私は、自身の友達のことを信じながらも……。
「……」
ぞっと、私は志貴に対し小さな恐怖心を抱くのだった。
彩葉視点なので月姫ヒロインズはお休み