前話が原作開始、とか言ってますが実質的にはこれからがスタートです
もしかしたら今日は三話投稿かも……
それは夏のとある日の夜のことであった。
俺と酒寄さんは、三連休前の最後のバイトを終え、帰路の真っただ中。あたりはすっかり暗くなり、宙には星や月が瞬いている。
『仮想世界ツクヨミ、全世界総ユーザー数が一億人を突破!』
帰り道の途中にあったビルに備え付けられたモニターからは、そのようなめでたいニュースが飛び込んでくる。自分がその一億の中の一人だ、と考えると、なんだか自分のことのように誇らしい。まぁ俺は、初めて二か月程度の初心者も初心者なんだけれども。
画面の向こうで手を振る月見ヤチヨなる少女の姿にもすっかり見慣れたものだ。
「久しぶりに一日六時間は寝れる……」
「うーん、この優良不健康児っぷりよ」
となりでよぼよぼのお爺さんのような動きをしながら歩く彼女がそう呟く。
六時間睡眠が久しぶりって、普段どれだけ睡眠時間を削っているというのか。成長期の女の子として、由々しいを超えて、ナチュラルにドアウトな発言な気がするのだが。
彼女が日々の生活の為にアルバイトや勉学に励んでいるのは知っている。そのために睡眠時間すら削って努力しているのも知っている。
だからそこら辺に関して、あんまりとやかくは言いたくない。
ないの、だが……。
「せめて推し活とかゲームの為に夜更かしするのは辞めたら? それだけで睡眠時間、ちょっとは増やせるでしょ」
「うぐ……」
痛いところを突かれた、とばかりに言葉を詰まらせる酒寄さん。優秀な彼女がこのように答えに瀕する事態など、滅多にないので珍しいと言えば珍しい。
「いや、でも、真のエリートは遊びも疎かにしないでしょ?」
「命削ってでも遊びを疎かにしないって人種は、エリートっていうかは、どっちかって言うとギャンブラーだと思う」
まぁそもそも、普通の女子高生が遊ぶ時間を確保するために寝る時間を切り捨てなければならない、という前提自体でこの話は大きく破綻しているのだが。
彼女自身の精神衛生上において、推し活やゲームをする時間は必須の癒しとなっているのだとは思う。限界に近い彼女がそれでも踏みとどまれているのはそういった僅かな甘い時間のおかげではある。
そういう側面が無いとは、決して言えない。
けれども、それにしたって睡眠の方が重要なのは火を見るよりも明らかだろう。人間は寝なければすぐにイカレてしまう、そんな弱い生き物なんだから。
「昨晩も度々変な声が聞こえてきたし……」
「え、マジ……?」
「マジもマジ」
壁が薄いウチのアパートの性質上、大きめの声を出せばすぐに隣の部屋へと漏れてしまう。普通の会話ぐらいの声なら気にならないが、ちょっと大きめの、遠くにいる人に声をかけるくらいの声量を出してしまえば、即、筒抜けだ。
「夜の一時くらいに突然、『ヤチヨー、ヤチヨー!』って壁の向こうから聞こえてきた時は流石にビビった」
「あっはは……。ちょっと、昨晩のヤチヨの配信は刺激が強めだったから、かなぁ……」
気まずそうに視線を俺から外す酒寄さん。本人も、言われて思い出したと言わんがばかりの表情をしている。
どうやら心当たりがあるらしい。
普段、どこに出ても恥ずかしくない完璧女子高生を地で行く酒寄彩葉さんなんだが、ことAIライバーの月見ヤチヨのことになると途端に理性のタガが外れてしまう。
この間なんか、彼女のライブを見に行くというので着いて言ったらとてもじゃないが人にお見せしてはいけないような表情をツクヨミの世界でとは言えしていたし。
脳波操作の性質上、あの顔がナチュラルに出るってことは……、まぁそう言うことなのだろう。
実際の、リアルでの彼女の様子は見ていないし、今後も見るつもりはない。
下手したら一生分の傷になりかねないからである。
「昨日のアーカイブはマジで神だから、帰ったら志貴も見た方が良いよ。あれは一発でヤチヨに沼れる」
「沼る気なんて毛頭ないんだけど……」
「そんなこと言わずにさ? おいでよ、こっち側に。一度沈めば幸せだよ……?」
ことある毎にオレをヤチヨの沼へと引きずり込もうと画策する酒寄さんは、今日もこれを見てみてね、と推し活、布教活動に邁進している。
本人曰く、
『推しの話を誰かとしている時が一番、ストレス解消になるからね。隣の部屋のクラスメイト兼、アルバイト仲間がそうなってくれたら私は今の倍は頑張れる』
とのこと。
色々とツッコミたいトコロではあるのだが、強いて言うのならば、今の倍も頑張られたらいよいよ命に関わってくるのではないだろうか。
俺のことを合法的に無限に摂取できるエナドリにしようと画策するのは辞めて欲しい。いくら彼女基準でそれが高級品だからって、俺は人間なのだ。アルギニンだとか、ローヤルゼリーだとか、カフェインだとかで身体は構成されていない。
「……まぁ、酒寄さんがそんなにおススメしてくれるなら、帰ったら見てみるよ」
なんて、他愛もない雑談をしながら歩いていた俺たちなのだが……。
「あ、流れ星!」
そんな俺たちの頭上を、一筋の閃光が駆け巡った。
流れ星が消えるその瞬間までに願い事を言うと、その願い事は叶う、だなんて聞いたことがある。その願い事を口にする回数は一度だったか、三度だったか、はたまた消えるまでずっとだったか。
あまりよく覚えていない、幼い頃の記憶をゆっくりと掘り返してみる。
俺は、いったい何を願おうか。やはり、少しでも早い元の世界への帰還を口にするべきだろうか、と。
そう思案しながら、夜空に走る流星をぼんやりと眺めていると……
「――金」
「……え?」
「……え???」
突如、隣から聞こえてきた、これ以上ないくらいに俗物的で、しかし更にこれ以上ないほどに切実な願い事が聞こえてきたので、思わず振り返る。
そこには、俺以上に自身が今口にした言葉に、自分で驚愕している酒寄さんの顔があった。
よく見てみると、彼女の目元が若干赤く、瞳は濡れている。
限界が、近いのかもしれない。俺はそう、心の中で呟く。
(帰ったら諌山さんたちに相談した方が良いかもな)
彼女の良き友人である、諌山さんと綾紬さんからは、バイト先や住んでいるアパートが同じであることから、彼女をよく見貼っておくように、と厳命されていた。
酒寄さん本人に「キツかったらいつでも頼ってね」と言っても、頼ってくれることなどないと、彼女たちは良く知っているのだ。
多分、週明けのあたりにでも彼女を強制的に遊びに連れて行ってくれることだろう。今、彼女に必要なのは癒しなのだ。
もちろん、睡眠時間は削らないタイプの癒しが。
それから暫く歩き、繁華街を抜け、俺たちは自宅であるアパートへと到着した。
した、のだが……。
「ねぇ、志貴。私の眼、おかしくなったのかな? なんか、電柱が光って見えるんだけど」
「……なんだ、コレ」
くい、と俺の制服の袖口を引っ張る酒寄さん。俺は目の前の異常事態に開いた口が塞がらないでいる。
驚き、呆れるとはまさにこのこと。
吸血鬼退治の経験から、滅多なことじゃ驚かなくなった俺だけれども、この世界ではこれでもかというほどに驚愕させられる。
我が家のアパートの前には一本、ごく普通の、変哲もない電柱が建てられているのだけれども……。
「ゲーミング、電柱?」
「電柱って、光るんだ……」
どうやら本日の電柱は上機嫌らしく、俺たちの胸当たりの高さのあたりが七色に輝いている。
酒寄さんの反応的に、いくら未来の世界であっても本来、電柱は光らないみたいなので、これは完全な怪異現象みたいだ。
「え、なんか持ち手みたいのが生えてきたんですけど!?」
すぅ、と。まるで元からずっと、ありましたけど? と言いたげに、当たり前のように電柱の発行部分に生えてきた二つの竹のような意匠を施された持ち手。
よく見れば、その持ち手の根元は両開きの扉のようになっているし、これってもしや……
「やっぱり開きやがった!?」
嫌な予感は往々にして的中するもの。
ぎぃ、と音を立てながら電柱に突如現れた、小窓のような両開きの扉が解放されようと、ゆっくりと開いていき……
「ふん――っ!」
それを許さぬ、とばかりに前に出た酒寄さんは持ち手をぎゅっ、と握り締めて扉を元の状態にへ、と勢いよく閉じた。
「……よし、帰ろう」
「酒寄さんのその肝の座り方はどうなってるのさ……?」
閉じた扉の様子に満足したのか、うん、と一度彼女は頷くと、何事も無かった、とそう記憶からこの怪異現象を抹消して、元の日常に戻ろうとする。
多分、面倒ごとが嫌だから関わりたくないだけなのだろうけれども……。未来の女子高生、強すぎるだろ。
「……げっ、また開こうとしてるし!?」
だが、そうは問屋が卸さない、とばかりに電柱は再度、扉を開けようとしてくる。
「――ふんっ!」
負けず、酒寄さんも再度扉を勢いよく閉めた。
なんというか、電柱と女子高生のコントというのは新しい気がする。
だが、二度目は許さんと言いたいのか、今度の電柱は一味違った。
「ちょ、ちょ、ちょ……!? 無理矢理開こうとしないでよ!?」
ぐっ、と力いっぱい酒寄さんが扉を押さえつけるも、それ以上の力で扉は開こうとし、彼女の腕を押し戻す。
「志貴も見てないで手伝ってよ! これでコイツが開いてなんか面倒ごとが起きたら、絶対巻き込むからね!?」
「あ、うん……」
「なんでそんな消極的なの!?」
言われるまま、俺も彼女と同じく電柱の持ち手に手を伸ばし、なんとか閉じようと試みる。
これは、うん。やっぱり無理だな。
なぜそんなに消極的なのか、と言われるとアレだが、まあ、だいたいはアルクェイドのせいだ。
正直、電柱が光ったこと自体には驚いたが、それはそれ。
何かに巻き込まれるかもしれない、なんて緊急事態に慣れ過ぎてしまった俺は、そもそもそれに抗う、という思考が湧いてこなかった。
ぶっちゃけ、電柱が光って開きそうになっている時点で、既に巻き込まれているようなものだし。
だから、電柱が開きそうなのをどうにかする、って思考よりも先に、電柱から化け物、それこそ吸血鬼なんかが出てきたらすぐに対応できるようにと、忍ばせているナイフに手を伸ばし、じっと状況を見つめていたのだ。
巻き込まれるときは、巻き込まれること自体をどうにかするよりも、巻き込まれた後で面倒ごとを対処する方が、結果的には丸くおさまる、と。
嫌というくらい、俺はそれを知っている。
「……っきゃ!?」
そうして俺たち二人分の腕力をもものともせず、それが運命であるかのように電柱に突如誕生した扉は開かれた。
中から光が漏れだし、同時に煙幕のようなものも垂れ流され始める。幻聴じゃなければ、なんか変なBGMも聞こえる気がした。
電柱に生まれた、扉。その中に居たのは……
「あか、ちゃん……?」
俺の物騒な予想である死徒などではなく、にっこりとそれはそれは天使のような微笑みを浮かべる、小さな赤ん坊なのであった。
「……志貴ってばあっちの世界で二か月以上過ごしてるみたいだけど、本当に帰ってこられるの?」
「恐らくは……。いくら何でも、一生あちら側に、ということはないと思われますけど」
「それで言いますと、私たちは志貴さんの二か月間をこうして水晶越しに観察していますが、こちら側の時間ではまだ一週間も経過していませんしね。魔法のアイテムか何かなんでしょうか?」
「他人に夜の過ごし方をとやかく言えるような立場じゃないでしょう、兄さんは」
「まぁ志貴さんってば、気を抜いたらすーぐ夜中に館を抜け出しては深夜徘徊してましたしねぇ」
「……あちらの世界での志貴様は、健康そうで何よりです。願わくば、こちらの世界に戻って来ても、あの体調の良さは引き継いでいて欲しく思います」
「ねー、シエル? 電柱って光るの?」
「普通は光りませんが……、何分未来の電柱ですから何とも」
「あ、見てください秋葉様! 電柱になんか、取っ手みたいなのが生えてきましたよ! それで、電柱が今にも開きそうです!! あの仕組み、良いですね!! この屋敷にも取り入れませんか?」
「……はい? 何を言っているの、琥珀」
「姉さん、秋葉様で遊ぶのはお止めください」