「ただいま……、と。何してるの?」
「あ、志貴! おかえり~」
ガチャリ、とコンビニから戻って来た俺は再度、酒寄さんの部屋の扉を開き、帰還を告げる。片道一キロ未満とは言え、往復となるとまぁまぁ疲れた。
俺が買い物の間、二人は会話でもしているのかな、だなんて思っていだのだけれども。
どういう経緯かは知る由もないが、酒寄さんと少女は、横並びでテーブルの上に置いたタブレット端末を眺めていた。
その玄関口に立つ俺からの視点では、その端末に何が表示されているのかはわからない。
『ん~? ピラミッドって実際どうやって作ったか知ってるかって~? んー、いくら八千歳とは言っても、当時のエジプトに住んでたわけじゃないから知らないんだよなぁ、これが。古墳なら知ってるけども……』
が、そのスピーカーから聞こえてくる特徴的な声とトークテーマのおかげで、画面を見なくても凡そ見当はつく。
もしかしたら俺の時と一緒で、酒寄さんは推し活の一環である布教活動に精を出していたのかもしれない。彼女は基本的には理性的で、人々の模範ともいえる優等生だが、こと推しの月見ヤチヨのこととなるとタガの一つか二つくらいがポンと吹き飛ぶきらいがあるのだ。
もちろん、誰彼かまわず、という訳ではないのだが。むしろ相手を選んでいるからこそ、タチが悪いとも言えなくもない。
少女の方はといえば、いっしょに並んでみていたから気に入らなかったというわけではないのだろうが、とはいえそこまで大きく刺さったわけでもないようで、やって来た俺、というかは晩飯に引き寄せられるように、トタトタと駆け寄ってくる。
「彩葉ってば八千歳のおばあちゃんを見るのが趣味なんだってー。変わってるよねー?」
「あぁん?」
そういう発言はどうか俺が居ない場所でやってほしい。
後ろを見ろ、後ろを。酒寄さんがとても人がしてはいけない顔をしている。まんま般若だ、アレは。泣く子も黙る、鬼の面だぞ。
君子危うきに近寄らず。この話題はさっさと流すが吉と見た。
俺は手に持っていたコンビニの袋をガサリ、と音を立てながら持ち上げ、少女に差し出すのだった。
「うっひょ、うまそー!」
じゅるり、と音を立てながら涎を啜る少女。その仕草はとても幼いもので、確かに数時間前まで赤ん坊であったのだな、といった嫌な説得力を放っている。
「慌てなくてもご飯は逃げないから……」
そう彼女を窘めながら酒寄さんは律儀にも容器から皿に買ってきた晩飯を移していく。俺だったらこの時間に洗い物が増えるのは嫌だからと。そのまま直接、箸をつけて食べてしまうところだけれども。なんとも几帳面な。
俺が買ってきたのはオムライスとミートソーススパゲッティ、それにハンバーガーの三種類。どれもがこの時間に食べるのは、少しばかり抵抗感を覚えてしまう面々である。
予測としては子供向け、ということで少女用にオムライス。
女子高生はだいたいパスタが好きだろう、という偏見を元にミートソーススパゲッティを酒寄さんに。
俺はなんとなく、とりあえず簡単に食べれるからとハンバーガーを。
と、そんな感じのセレクトである。もちろん、各々で気になる物があるのならばその限りではないが。
だがまぁ、そんな心配も杞憂の用で、俺の予想通りにオムライスは少女に、パスタは酒寄さんに、そしてハンバーガーは俺の元にと渡って来た。
「うわぁ、キラキラだ~!」
今日までずっとミルクのみを飲み続けて、固形物の食べ物を目にするのも初めてだからか、まるで宝石を眺めるような目で眼前のオムライスを眺める少女。
食べ物を相手にキラキラ、と表現することなど滅多にないが、少女からしたら、よくやかれた卵の肌だとか、その上にかけられたケチャップの反射だとかも物珍しくて仕方がないのだろう。
「あったかいうちに食べちゃいなね。冷めると美味しくなくなるから……。あむ、……うまいな、これ」
「時間が経つと不味くなっちゃうの!? こうしちゃいられねぇ、早速……、うっまぁ、なにこれ!!」
流れるような、美しい動作で酒寄さんが右手に持つフォークの先端にスパゲッティを巻きつけ口へと運ぶ。
どうやら彼女も中々に空腹であったらしく、その手の進む速度は若干早めだ。
少女もそんな彼女の様子を見よう見まねで真似するかのように、対面の酒寄さんの鏡合わせで左手にスプーンを握り、オムライスへとその先端を突き刺し、大きめの一口を掬って口へと運ぶ。
キラリ、とまるで流れ星のように輝く瞳。頬は急速に緩み始め、表情に花が満ちていく。
なんとも、それはそれは幸せそうにものを食べる少女だ。見ているだけで、食のありがたみという普段、我々が忘れてしまう概念を思い出させてくれるかのようだ。
「ねーねー。これ何!? バカウマなんだけど!!」
「え、これって……。オムライス、だけど」
「おむらいす……、オムライスかぁ! んじゃこの黄色いのと、中でゴロッとしてるの、あとあとシャキシャキしてるのは?」
「えっと、黄色いのが卵で、ゴロッとしているのが鶏肉。シャキシャキしてるのは多分、玉ねぎ……、かな?」
何も知らない少女に、一から酒寄さんが教えていく。
傍から見るとそれは姉妹のやり取りの用でもあり、また、親子のやり取りの用でもある。
なんというか、見ているだけで癒させる光景である。
やはり、瞳に映すべきはこういった幸せな風景だけであるべきなのだ、本来は。決して、モノの死なんて物騒なものを映すべきではない。
「……うん、うまいな」
俺も二人に遅れる形で、手にしていたハンバーガーを一口だけ齧る。
口の中にあふれる肉の風味と、塩コショウやうま味調味料などの暴力的な味付けの数々。おまけとばかりにチーズの味わいまで乗っているともなれば、そりゃあ、うまいだろうとも。
美味しいとは違う、うまい、としか形容できない味だ。
まさにジャンク。人によって好みの分かれる味だろう。
俺の知り合いは……、多分、大体が好みじゃないとそう判を下すだろうけれども。
「……でさ、そもそもアンタ、どこからやって来たわけ? 電柱から出てきた時点で、普通じゃないわけじゃん」
唐突に酒寄さんが少女へと尋ねる。擬音を付けるのならばズバリ、だろうか。それとも、王道にビシ、とかか。
何とも彼女らしい、本題へと一直線の、迷いのない第一声だった。
そんな酒寄さんの問いかけに少女はただ「……?」ときょとんとした顔で首を横に少しだけ倒すと、ピンとたてた人差指で窓の外を指し示す。
その先にあったのは、丸い円を描き、自身の存在をこれでもかと主張する、夜空の王様
。
つまりは月であった。
(月、月かぁ……)
月、と言われてまず真っ先に思い浮かぶのは、あのドラネコのこと。二頭身だか三頭身ほどの、この世全ての猫に喧嘩を売っているような見た目をした、自称ネコモドキ。
(なんか、それっぽいことを言ってたよな。月の姫がどう、とか……)
それはそもそも、俺がこの世界へやってくることとなった一幕の話。
あの怪生物は、確かに月がどうとか、言っていたはずだ。
この記憶が単なる記憶違いであったり、あるいはただの聞き間違いでないとするのならば……。
(無関係、ってことはないだろうな)
そもそもが都合がよすぎる。
ヤツが指定したアパート、その前の電柱から彼女は出てきたのだぞ。これで無関係だったらさすがにチェーホフの銃の不発が過ぎる。
となると、俺が元の世界に帰るための鍵をきっと彼女は握っていて、少なくともそんな彼女を接触をした俺は、とりあえず帰還までの第一歩を歩み始めたと考えていいはずだ。
こちらの世界に転移してきてはや二か月ちょっと。ようやく、兆しが見えてきた。
「……見覚えは?」
「なにこれ……?」
「何って、竹取物語」
そう、俺が元の世界への帰還について思いを馳せている間にも、二人の会話は進んでいたらしく、酒寄さんは近くに置いていたタブレット端末で何やら資料を少女へと見せている。
よく見れば少女はとっくにオムライスを食べ終わっており、それでも満腹にならなかったのかその手元には酒寄さん用のミートソーススパゲッティが置かれていた。数時間前までミルクしか飲めなかった存在だとは思えない、驚異の食欲である。
それにしても、竹取物語。なるほど、竹取物語か。
言われてみればたしかに似ている。
月からやって来たという美しい少女。
その子は何と光った電柱、もとい竹から赤ん坊の状態で現れて、それから驚異のスピードで成長した。
古文の授業の雑談であっただろうか。竹取物語の文章内では三という文字が多々見られるが、それは数字としての三ではなく――もちろん、その意味もあるが――僅かな、といった意味を込められた三であるのだと。
そこら辺もこの三連休に掛かっているのだとしたら、似ている、どころの話じゃなくなってくる。
それにしても月、月かぁ。もはやなんでもありだな。いや、吸血鬼の時点でたいがいだけれども。
普通なら何を馬鹿なことを、と一笑に付す彼女の発言も、こと俺と酒寄さんの二人においてだけは否定できない。なぜならば俺たちは彼女が実際に電柱から出てくる姿を目撃したのだ。
あの光景が嘘だったとは、とてもじゃないが言うことが出来ない。
……もしかしたら今の酒寄さんにだったら、俺は異なる地球の、更には過去からやって来た人間だ、と伝えても信じてもらえるかもしれない。
いや、ダメか。流石に彼女でも情報過多でシャットダウンするか。自分で言っててあれだが、流石に属性を盛り過ぎだ。普通だったら異なる地球、か、過去から、かのどっちかがあれば十分な属性だってのに。
まぁ、別に絶対に伝えないといけない情報でも無し、という話か。
「ねー、竹取物語ってどんな話なの?」
「えっと……」
少女に尋ねられた酒寄さんは、簡潔に、わかりやすく竹取物語の内容をまとめて伝えてくれようとする。
俺もその全部を綺麗に覚えている訳じゃないので、復習の意味もかねて彼女の解説に耳を傾けた。
「竹から生まれたかぐや姫は暫く、拾い主のおじいさんとおばあさんと暮らすんだけど、その美しさから都の貴族たちに結婚を次々申し込まれ、最終的には都で一番偉い帝も求婚してくる」
「あ、けっこん?」
どうやら結婚、という言葉の意味がピンと来なかったのか少女は首をこてん、と横に倒し、上目で酒寄さんを見やった。
その愛らしい仕草にやられたのか、酒寄さんは「うっ」と短いうめき声をあげながら、何かを堪えるような表情を浮かべる。
一方で、そんな何気ないワンモーションで人を一人キルしかけた少女はというと……
「じー……」
オムライスに、途中まで食べかけとは言えスパゲッティまで平らげたというのに、それでも足りないとばかりに今度は俺の手にあるハンバーガーをじっとみつめていた。
健啖家、ここに極まれり。
別にどうしても食べたいわけでもなかった俺は、そのまま食べかけのハンバーガーを少女に手渡す。
少女はまたもその瞳を星のようにキラキラと輝かせると、はむ、と勢いよくそれに齧りついた。
もともとスパゲッティのソースで汚れていた口周りだけれども、今度の一口でさらにその状況が悪化したと言わざるを得ない。
ミートソースに、ハンバーガーの中のケチャップとが、それぞれ口の周りに付着したらしく、彼女の顔半分は真っ赤だ。
「……で、結婚を申し込まれてどうなるの?」
「それからすぐに月のお迎えが来て、羽衣を被せられて地球のことをすっかり忘れてしまったかぐや姫はそのまま、月へと帰っていく」
「……で。それから、それから? 続きは?」
「ない。月に帰って終わり」
「はぁッ!?」
酒寄さんの口から出た、昔話特有の締め、「めでたし、めでたし」に異議を唱えるぞ、と立ち上がる少女。
その口調も表情も荒々しく、よっぽどこの結末が気に食わなかったのだろう。
「コレで終わりって、そんなのアリ!? かぐや姫、絶対不幸じゃん!? バッドエンドやだー、ハッピーなのが良い!!」
「そんなこと言ったって、これはそう言うお話ってだけだし……」
そう少女に告げる酒寄さんの顔色はどこか暗い。
まるで、目の前の少女にではなく、自分自身にそう言い聞かせるようなトーンで言葉を紡ぐ。
「それが運命だって言うのなら、諦めて受け入れるしか……ない」
そう断言する彼女の瞳は真っ直ぐと、前を見据えている。
強い、とても強い眼差しだ。およそ、ただの女子高生がしていい眼ではない。
ぽぅ、と少女は見惚れるように彼女の顔を黙って見つめていた。
――しばらくして。
「ねぇ、志貴もそう思わない!? ハッピーエンドが一番だよね!?」
「え、俺……?」
唐突に会話に巻き込まれ、俺は間抜けな声を漏らす。
「……どうなの、志貴?」
「酒寄さんまで……」
今の質問のどこに興味が引かれたのか、サッパリわからないが、酒寄さんも俺の答えを待つように、顔をこちらへと向けてくる。
しかし、そうだな。
運命、定まった未来、か。
もし自分を待ち受けるこの先の結末が、決して幸福なモノではなく、誰かの涙が流れることが前提の終わりなのだとしたら俺は……。
「運命は、あるよ。どんなに嫌でも、避けて通れない結末なんてのはそれこそありふれている」
「え……?」
「……」
そう答える俺の言葉に、少女は悲しげな表情を浮かべた。一人ならず、二人に自身の想いを否定されたと思ったからだろう。
そして一方で酒寄さんはしたり顔で、「それが当然だ。現実を知っているのならば、みんなそれくらいは理解している」と言わんがばかりに頷いている。
けれどもその表情は少女と同じ、下手したらそれ以上に悲痛なモノに俺は見えてならない。無表情の奥に、見えぬ泣き顔を幻視する。
「でも……」
そうだ。運命はある。変えられない結末だってある。
コレは事実だ。
けれど。
「運命だからって別に、受け入れないといけない道理はない。自分が気に食わないんだったら、最後まで、最後の最後まで抗えば良い。それで結末が変わるかどうかなんてわからないけど……」
少なくとも、何もしなかったときよりはほんの少しだけ、後悔は軽くなっているはずだ。
何もしなかった、って後悔の分の重みだけは。
きっと。
「ま、ハッピーエンドに到達できるなら、到達できるに越したことはないけどね?」
それでも、どんなに頑張ったってトゥルーエンドやハッピーエンドにたどり着ける保証何てどこにもないし、そもそもそんな結末が、ありえるのかすらわからない。
ノーマルエンドに達せるだけで実はすごい幸運なことであって、その殆どの道はバッドエンドやデッドエンドに繋がっているのかもしれない。
そもそもエンドが用意されているだけで上等なのかも、だ。
「生きて、動ける間くらいは、分不相応にも幸福な結末ってやつを願ったっていいんじゃない……、かな?」
――だって、世界はこんなにも脆くて、あらゆるものはすぐにでも死んでしまいそうなんだから。
「なんて、流石にクサかったかな?」
俺は語りを終えて、唐突に面映ゆさを取り戻し、ポリポリと首の裏のあたりを軽く掻く。
あぁ、もう、恥ずかしい。
この歳になって、まさか自分の価値観を語って悦に入るなんて。そういうのはもっと年を取って、おじさんになったあたりで部下にするようなものだろうに。
いや、例えおじさんになれてもする気はないんだが。
「おぉう、軽めの質問のつもりが想像の百倍くらい実感と重みが詰まった回答が来て、ぶっちゃけビビった……」
そんな俺の様子に気おされてしまったのか、少女はそう、少し引き気味の体勢でこちらを眺めている。
「……」
何も言わないが、それは酒寄さんも同じようで、少しこちらから距離を取るような体勢をしていた。
(これは……、あれだな)
どうやら今夜はゆっくり、ぐっすりと気持ちのいい睡眠はとれそうにない。
何故ならば。
(布団に入った瞬間、めちゃくちゃ恥ずかしくなってくるヤツだ……!)
この、やってしまった時、特有の空気感と、目の前の少女二人の表情が何度もフラッシュバックするだろうから。
俺は気まずさを誤魔化すように、二人からそっと視線を外すのであった。
後日更新予定