可能なら今夜はもう一話書きたい
「んじゃ、お三方はまた明日」
「うーい、バイバーイ!」
「彩葉は貰ってくねー」
「私は物か何かか……?」
教員方には申し訳ないが退屈としか言いようのない授業も終わり、放課後。
諌山さんと綾紬さんは左右に立ち並び、その中央に酒寄さんを向かい入れ、ガシリとその両腕を拘束する。
今の酒寄さんの気分は研究員に捕まった宇宙人といったところか。苦笑と微笑の中間のような顔を浮かべていた。
学内でも人気者の三人娘が学校の玄関口で寄り合っているからか、下校途中の生徒たちに遠巻きに見られている。
「志貴……」
「こっちは大丈夫だから、行ってきなよ」
あの子の面倒は俺が見て置くからさ、と。それだけ小さめな声量で、困り顔の彼女にそう告げる。
「まぁ、志貴がそう言ってくれるなら……」
その言葉に安心したのか、それとも単に堪忍したのか。
酒寄さんは、しょうがないか、といった表情を浮かべる。角度三十度の困り眉毛、その眉尻の辺りがぴょこんと持ち上がった。
「さぁさ、お姫様? 行きますよー」
「ちょっ、押さなくても自分で歩くからー」
「うーい、きびきび歩け歩けー」
「芦花も引っ張らないでぇ……」
話は終わって、覚悟は決まったな?
と、そんな感じで諌山さんがぐいぐい、と彼女の背中を後ろから押し、綾紬さんは前から腕を引っ張って進んでいく。
ずんずん進んでいく姦し三人娘。周囲の視線を一点に集めながら、その背中をどんどん小さくとさせていった。
休日の間のメッセージ曰く、彼女たちが向かうのは最近できたパンケーキの店らしい。
酒寄さんは特に理由のない施しは受け取りたがらないとのことだが、そこはつい最近あったテストの対策ノートを借りたお礼、ということで行くらしい。
別に二人とも不真面目という訳でもなければ、勉強ができないわけでもないので、あくまで対酒寄さん向けの方便と言うヤツだけれども。
「っと、俺も急いで帰らないと」
なんとなしに三人が消えていった方向をぼう、と見つめていたが、俺の役割を思い出す。
早くアパートに帰って、あの子の様子を見に行かなければ。正直、嫌な予感がする。
あの子をアルクェイドに似ている、と評したが、その評価が正しければ、下手したらアパートが今頃燃え尽きていても何らおかしくはない。
俺は校門の方を見やり……。
「……あれ?」
何か、違和感を覚える。
何だろう、この感覚は。
校門には今から帰宅だ、とばかりに外へと向かって出ていく学生たちの姿と、それを見守る体育教師が一人。おまけに少しばかりの、部活動に勤しむ体操服の人影。
よくある、普通の放課後の光景だ。この二か月ばかりですっかり慣れた、今の俺にとっての当たり前。
けれどもその中に、まるで間違い探しのように一つの間違いが忍び込んでいる気がして……、って。
そこでぴょこん、と見知らぬ黒い影が視界の隅で猫のように跳ね起きる。
アレは、もしや……。
「なんで嫌な予感ってこうも当たるんだ……!?」
その影の正体にピンと来た俺はボソリと小さく悪態をつきながら、その場を駆けだした。
この場所から影の位置までおよそ五十メートルほど。全力で駆け抜ければ、五秒とかからない距離。
「……ッ!?」
その影の主は高速で駆け寄る俺の存在に気が付いたのか、ビクッ、と身体を一度大きく跳ねさせると、バレた!? と言った風に慌て、そして背中を見せ逃げ出そうとする。
……が、もう遅い。
認知も、判断も、反応も、全てがワンテンポ遅かった。
これが人間の弱点だ。現代社会の利便性に浸かり、野生の勘を失ってしまったが故の退避行動の致命的な遅さ。それがこの場でもありありと浮き出てしまっただけ。
既に二人の間に距離などという概念はない。
「はい、ストップ。……こらこら、逃げようとしないの」
ポン、と俺は人影の肩に手を置く。もちろん、逃がさないように少々ばかり力を込めて。
人影は観念したのか、ぐぐぐ、とゆっくりとこちらを振り返り始める。
さらり、と靡く淡い栗色の長い髪。ふわりと漂うミルクのような甘い香り。
こちらを向いた人影が、その特徴的なタレ目で俺の顔をジッと見上げた。
「あはは……。捕まっちった」
ポリポリ、と気まずそうに自身の頭を掻きながらそう呟く人影……、もとい、宇宙人。
あぁ、もう、本当に。嫌な予感ってのはよく当たるものらしい。
家を出るな、とそう酒寄さんに厳命されていたらしい少女はこうして元気に、学校にまでやってきましたとさ。
「ちょっと、志貴ってば早すぎない? ズルいと思うんだけどー。ぶーぶー!」
「はいはい、暴れない暴れない。ちょっとあっち行こうねー」
俺に捕まったことが不満なのかジタバタ、ジタバタと身体を大振りで動かす少女。
何ともパワフルな子だろうか。つい先日まで赤ん坊だったとは思えない。
……いや、赤ん坊だったが故にここまで元気なのか?
場所が場所だし、ずっと彼女に暴れられては俺が通報されかねない。
俺は先ほどの諌山さんたちのように、彼女を軽く押して人通りが少ない場所へと移動する。
「……で、なんで来ちゃったの? やっぱり飽きちゃった感じ?」
「そーそー! せっかく地球までやって来たってのに、あのボロアパートから出ちゃダメ! なんてそんなの酷すぎじゃん? って訳でさー」
「出てきた、と……」
なんだろう、この既視感。
彼女とこんなやり取りをするのは初めてのはずだけれども、実質二回目な気がする。これがいわゆるデジャヴというヤツだろうか。
しかし、まぁ、不幸中の幸いと言うべきか、昨晩まで赤ん坊だった彼女にも常識というモノは備えついていたらしく、今もこうして服を着てくれていたり、授業中に学校の中に入ってきたりはしていない。
多分、今着ている服は酒寄さんの服だろう。
裸やそれに類する格好で家の外に出られていたら、良くて警察に補導で、最悪、何らかの犯罪に巻き込まれていた、なんて可能性もある。
無事こうして落ち合えたのはラッキーであったのかもだ。
「ねー、志貴? このまま帰んないとダメぇ……?」
こてん、と上目遣いで首を傾げながら尋ねてくる栗毛の少女。
恐ろしい、この年齢で自分が一番かわいい角度を知っている。自分が可愛いことを知っているうえでの、『可愛い』を武器にした仕草だ。
いや、生後三日でしてはいけないだろ、それ。
「ぐ、ぅ……」
なんて冷静なツッコミを脳内で思い浮べるも、俺の身体は思いに反して動いてくれない。
ダメだ、帰るぞ、と。
そう言えば良いだけなのに、口が開かない。
(あぁ、ダメだ……。アルクェイドの姿がどうしてもチラつく!)
目の前でおねだりをする少女に、俺は今や遠き世界に居る愛しい女の影を幻視する。
もう二か月もの間、姿は愚か、声すら聴けていない。
(あぁ、もう。そういえばアイツもこんな感じで『お願い、志貴』なんて言ってきたっけ)
「ダメぇ、志貴……?」
ダメ押し、とばかりにさらに首の角度を深くしてくる目の前の少女。
こちらが揺れ動いていることを機敏に察知したが故の一撃だ。どうやら彼女は退避は苦手だが、攻撃は得意らしい。きっと彼女には狂戦士の称号がふさわしかろう。
そんな彼女に、俺は、俺は……。
「……まぁ、ちょっとくらいなら」
俺は、敗北を喫してしまった。
「うっしゃー!!」
おりゃー! とその場で腕を上に掲げる少女。
気分は長きにわたった死闘を見事、勝ちあげた格闘家か。自分の勝利だ、と勝鬨を上げる。
……まぁ、酒寄さんも今日は二人に連れられて行って帰りが遅い。
彼女がアパートに帰ってくるよりも前に戻りさえすれば、まぁ、バレないだろう。
「……で、どこに行きたいんですか、お姫様」
できれば、そう遠くない所の方が……
「んーっとね、彩葉を追いかけたい!」
だがそんな俺の儚い願いは叶うことなく、んふー、と彼女の強めの鼻息に吹き飛ばされる。
そこから少しばかり、彼女をどうにか説得できないかと試みるも……。
「おねがい、志貴……」
「ぐ……っ」
しおらしく、そうおねだりしてくる彼女の前では俺の意志などカスみたいなもの。
結局、俺は彼女に勝つことが出来ず、「見つからないようにしてくれるなら……」と、条件付きで認めるのだった。
……俺は、弱い。
「あー、志貴ってば負けちゃってるー。情けなーい」
「有馬都古さんへの対応を見るに、遠野君は幼い少女に甘いみたいですしねぇ」
「……私も兄さんから見れば年下の、幼い少女のはずなのですが」
「あっはは、秋葉様ってば冗談がお上手なんですからー! もー!」
「……琥珀、あとでちょっと話があります。主にあなたの今月の給金についてですが」
「んなぁっ!? お、横暴だー! 遠野家使用人労働組合は負けませんよ、ねぇ、翡翠ちゃん!」
「……」
「翡翠ちゃんっ!?」