今回短いです
「ねーねー、ここどこ?」
「いいから黙ってなよ。もうすぐ良いモノ見せてあげるからさ」
「発言が際どいなぁ……」
もはや恒例となった狼男の討伐を終え、本日の発言権を獲得してから暫く。
酒寄さんの案内のもと、大掛かりな設備へとやって来た俺達三人組。
周囲には人、人、人と人ばかり。常に盛況なツクヨミの世界でも、こんなの見たことがないレベルでの密集度だ。
その誰もがそわそわと、何かを待ち詫びているかのような仕草を見せ、知人、友人たちと会話に花を咲かせている。
ぐるり、と周囲を見回し、設備の中央には大きな鳥居が設置されているのを発見した。
(あれって……)
見覚えがある鳥居だ、と思ったが、よくよく見てみればそれは、ログインの度に見るあのデカ鳥居ではないか、と気が付く。
それを踏まえて足元を見てみれば、なるほど。
どうやらここはログイン時に鳥居を抜けた後に通る木製の橋の上であり、つい先ほど通ったばかりの道であることがわかった。
この人だかりや、目の前の鳥居を取り囲む円形の足場――アレは、もしや観客席のようなモノだろうか――など、見慣れぬものばかりでピンとは来なかったが、そう言われれば、確かにそうだ。
ちらり、と横に立つ二人を見てみれば、かぐやちゃんはそもそも人だかりというもの自体が珍しいのか、毎度のこととばかりにその星のような瞳をキラキラと輝かせて周囲をぐるぐると見回している。
一方で酒寄さんはと言えば、こちらはまるで熱に浮かされているような表情で、両の手を組み、一点に鳥居の方を見つめていた。
途中、かぐやちゃんは周囲を見渡すのに飽きたのか、その視線を酒寄さんに向けなおす。どうやら彼女の中の優先順位のイチバンは酒寄さんということらしい。
暇だ、構って、と自分の欲求を包み隠すことせず、ストレートに彼女へとぶつけるかぐやちゃん。両肩を掴んで、控えめながらもブンブンと振って、耳元で声を掛けて。
……が、別のことに意識が向いてしまっている酒寄さんは、そんなかぐやちゃんの構ってコールに大した反応を返さない。
それがどうも面白くないのか、かぐやちゃんはその場でぷくぅ、と頬を膨らませた。
(……なるほど)
そして、俺はそんな彼女たちのやり取りを見て、なんとなくこの場所が何か、という問いに対する強度高めの推測を得る。
この人だかり、観客席の如き足場、そして浮足立った酒寄さん。
それらが意味するところとは、つまり……。
『盛り上がる準備は良いかーっ!!』
脳内でそんな予測を組み立てていると、どこからか大きな女性の声が聞こえてくる。凛とした、気の強そうな、一方でどことなく脇の甘そうな声。
どこかで聞いたことがあるような、ないような……。
「わっ、なんか出てきた!」
ピッ、と何かを見付けたのか鳥居の方向を指さすかぐやちゃん。俺もそれに従い、鳥居の方向を見やる。
そこに居たのは……。
「えっと、忠犬オタ公、だっけ……?」
鳥居のすぐ前方のあたりに仁王立ちし、それを取り囲む人々を扇動するようにはやし立てる銀の長髪を振り回す褐色の女。
その人物像に見覚えがあった俺は、そのうろ覚えの名前を口に出す。
確か彼女はこのツクヨミ内での出来事を放送する、ニュース番組のようなことを行っているライバー、だったか。
言ってしまえばこの世界の広告塔、のような役割を担っている人物だから見かけたことがあった気がする。見ようと思ってみたことはないが、その世界に入る以上、一度も見ないってのは不可能、のような立ち位置に居る人だ。
『これがなけりゃ、ツクヨミの夜は終われない。そうだろ、みんなぁ!!』
――おおっ!!
「わっ、すっごい声―」
オタ公の煽りに皆が腕を上に挙げ、声高らかに返事を返す。
万人が飛び上がればその衝撃は地震のそれと等しくなるのと同じように、万人が一度に声を出せば、それは想像を絶する爆音となる。
かぐやちゃんはそれをモロに食らってしまったのか、両の耳をそれぞれの手で押さえつけてた。
その耳というのは顔の横から生える、いわゆるヒト耳というやつで、頭から生えているウサギの耳にはノータッチのあたりを見ると、あれはやはりつけ耳らしい。
きぃん、と耳鳴りを覚える程の歓声に耳をやられながら、前方を見つめる。
『10,9,8――』
ハチ公の先程の煽りが引き金となっていたのか、鳥居の前に大きなモニターがいくつか浮かび上がり、テンカウントが表示され始めた。
もちろん、これは格闘技のノックアウトを決めるためのカウントなどではない。
「くっ、来るぞ……!」
「あと、十秒!」
先ほどまでの時点で周囲の喧騒は、これ以上ないほどに盛り上がっていたというのに、まだまだ本気では無かったぞ、と、そう言わんばかりに更なる興奮を見せつけ始める。
そわそわは、もはや、ぞわぞわと。
背筋を這い上る、確かな興奮の手が全身をまさぐるかのよう。
『7,6,5,4――』
「ねーえー、彩葉ー! なにが始まるのー?」
「――っ」
皆が心を一丸に、この一瞬をしかと記憶に焼き付けよう、と躍動しだす中、一人だけ置いてけぼりにされた気分のかぐやちゃんは、面白くなさそうに、けれど周囲の異常な雰囲気自体には楽し気に、隣の酒寄さんに呼び掛ける。
けれども、観衆の中でも格段、トリップ状態が進行している酒寄さんは梨の礫。
その頬を赤く染め上げ、瞳をとろんと蕩けさせ、呼吸は薄く、まるで止まっているよう。
まさしく、恋する乙女という言葉を人型に整形したような有様だ。
『3,2,1――』
あと、三秒。
三秒で何かが始まる。
俺の予測だと、それは……。
それはきっと楽しいことなはずなのに、なぜなのだろう。冷や汗が止まらない。
この胸を満たすものが期待感ではなく、焦燥感なのはいったいなぜなんだ。
まるで俺は今、死刑執行を受けるまでのカウントを刻まれているような……。
――場の興奮は俺の容態と反して、まさしくピークへと達する。
『0――』
――シン、と先ほどまでのざわめきが嘘であったかのように、場を静寂が支配した。
誰一人として声を出さない。物音を鳴らさない。なんならば呼吸音すら最低限に抑えようと努めている。
それは偏に、カウントダウンの終了とともに現れた『彼女』というこの場の主への敬意ゆえなのだろう。
……いや、もしかしたら単純に敬意だとか、なんだとかは関係なく。
『彼女』という個の圧倒的な存在感に、この場に居る万人もの人々が皆、吞まれてしまっただけなのやもしれない。
いうなれば、きっとそれはカリスマ性と言うヤツなのだろう。
理屈、理論はどうであれ、『彼女』は一瞬でこの場を支配したのだ。
『彼女』は天上の位置より、俺たち下々の人間を睥睨するように一瞥する。
「えっへへ……、お待たせ!」
静寂に満ちたその場における、ただ一つの声は何にも遮られることなく、響き渡る。
ぶわり。
この場の熱がその簡単な挨拶一つで一段階、上げられたことが肌感覚で伝わってくる。
人々は何もしゃべらない。何一つ、自身の思いを言葉には変換しない。
けれどもその仕草に、表情に、雰囲気にありありと浮かばせるのだ。
俺たち、私たちはずっと『彼女』を、月見ヤチヨをこそ、待ち望んでいたのだ、と。
「神々のみんな、ヤオヨロー!」
彼女が一言を発する度に、観客のボルテージが上昇する。ギアに限界がないかの如く、一段、一段、また一段と際限なく組み換わる。
「……やちよ」
ぽつり、と、自分でも気が付いていないであろう声にもならない声でそう呟く酒寄さん。
例えるのならば絞りに絞ったタオルから出てくる、最後の一滴。
その一滴には様々な感情が乗せられていて、それだけで彼女がどれだけ月見ヤチヨという存在を想っているかが伺い知れる。
「……あぇ」
そんな彼女の様子を、あっけを取られたような表情で呆然と見つめるかぐやちゃん。
彼女の漏らした声も、酒寄さんのそれと同様に、さまざまな感情が乗せられていた。
というよりも、乗せられた感情だけの話で言うのならば、きっと二人のそれはよく似ている。そっくりと言ってさえいいのかもしれない。
それでも全くの別物に聞える理由は、きっと単純に立場の違いからなのだろう。
――これは、月見ヤチヨのミニライブ。
ツクヨミ世界で定期的に行われる、最古にして最新、そして最大人気のイベントである。
酒寄さんはおそらく、今日のライブのチケットを獲得していたから、急ぎ足でこの場所までやって来たのだ。
道中で何の説明もなかったのは、かぐやちゃんをびっくりさせたいという気持ちからと、単純に俺と狼男とのSETSUNAで時間が押していたからか。
俺は視線を移し替える。
登場したヤチヨを視認し、それから二人の様子を確認するために視線を戻していたが、再度ヤチヨへと向き直す。
せっかくのライブだ、俺も……。
……?
「……なんだ、アレ」
俺は視線を移す最中、とある違和感に気が付く。
かぐやちゃんからヤチヨへと、視線を一直線に戻そうと目を動かしていたのだが……。
「アレは……、ノイズか?」
二人の間の、若干ヤチヨ寄りの位置に、何か赤いノイズのようなモノが見えたのだ。
俺は何事だ、とその位置をジッと見つめる。
それは正しく、空中に浮かぶ赤い線。通常ならばあり得ない、空間そのものに刻まれた傷跡の如き事象。
……なんで、だ。
「……っ」
ジリ、と俺はその場で後ずさる。
見えるはずのないモノに恐れ慄く。
出来ることならば、見間違えであってほしい。
……が、ことそれに関してだけ、俺は見間違うことがない。
その鮮烈な線を、俺は忘れられるはずがないんだ。
そんな簡単に忘れられるものなんだったら、俺は今日まで苦労をしていない。
――あれは、間違いなく、死の線だ。
(……なんで)
ぐ、と俺は現実世界で顔に触れる。探るように、目元の辺りを中心に、五指を働かせ目的のモノを確認する。
すぐに目元に硬質な感触を覚えた。
間違いない。先生から貰った眼鏡はかけている。
ならば、何故だ。
何故今、死の線が見えるんだ。
それは道理に合わないだろう。昼間に幽霊が出て言い訳があるか。街中にUMAが出てくるはずがないだろう。
それと同じだ。この眼鏡をかけている間は、死の線を見ずに済むはずじゃないのか。
俺は、俺、は……。
「……?」
そこで俺は気が付く。
いつのまにやら、その空中に浮かぶ死の線は消えてなくなっていた。
周囲をいくら見渡そうと、あの赤く悍ましい線は見る影もない。
「どういう、ことだ……?」
ズキズキと頭が若干痛む。
わずかな間とは言え、久しぶりに死の線を目の当たりにした影響か。いつものことだが、なんとも不便な身体だろう。
風邪の日の頭痛程度の痛みなのは、もしかしたら幸運なのかもしれない。あっちに居た頃のこの眼の副作用は、もっと強かった。
やはりこっちの世界に来て身体が丈夫になったのかもしれない。
「……」
俺は努めて今見た光景を忘れよう、とそう自分に言い聞かせるように頭を振る。
せっかくのこの世界の歌姫の舞台に居るのだ。気を紛らわせる、という意味で言うのならばこれが最上級だろう。
俺は余計なものを見ることの無いよう、その場で瞳を閉じながら代わりにと、耳だけを澄ますのであった。
「そういえばアルクェイド。貴女、前に一度、ライバーの真似事をしていませんでしたっけ?」
「真似事って何よ、真似事って。正真正銘のライバーなんですけど、私。まだ現役バリバリですけど?」
「現役を名乗るには、少々無理のある配信頻度だと思いますが。最後に配信したの、いつですか?」
「いつって……、三か月くらい前?」
「それくらい間を開けると一般的に、ライバーは失踪した、と言われるんですよ」
「えー、たった三か月で? 人間ってせっかちねー」
「貴女の時間間隔の問題です」
「……あぁ、なるほど。あの二人、そういう」
「どうしたんです、急に。したり顔で頷いて」
「別に何でも? 面白くはあるけど、興味はないって感じの案件だから。それよか志貴の顔色の方が心配ね。あの青い顔を見るに、あの二人の間のアレを見ちゃったかぁ」