あのライブの日から数日が経過した。
突如として気を失った俺が目を覚ましたのは、それから数時間ほど後のこと。すっかり朝日が昇り、鳥たちが囀り始めた頃に、俺は意識を取り戻した。
二人からはかなり心配され、病院に行った方が良いのではと提言されたが、以前からずっと身体が弱いということは伝えてあったので、これくらいなら大したことない、との一点張りで病院行きはなんとか免れている。
あの日に視てしまった死の線、および死の点については……、未だ謎だというほかにない。
二件での共通事項から、いくつか予測は立てられるが、そのどれもがイマイチ根拠に欠ける。
とりあえず今の時点で言えることは、あの日に視たモノの死にやすい箇所は、ヤチヨとかぐやちゃんとの間に存在していたという事実くらいか。
他の条件などは皆目見当がつかない。
応急処置としてかぐやちゃんとヤチヨの二人が近くに居る時に、その周辺を視ない、というのはもしかしたら有効なのかもしれないが……。
そもそも、ヤチヨに会う機会がログイン用の分身を除くと殆どと言っていいほどないので、対策もクソも無いのである。
会わないようにする、の前にそもそも会えない。それが仮想世界ツクヨミの管理人様だ。街を歩いていて偶然遭遇、なんてのはまぁ起きない。
ということなので、あの日以降も俺は特別、何かを気にすることとかはせずツクヨミへのログインは行っている。もちろん死を視る、なんて珍事はこの数日では起きていない。
最初の頃はある程度の警戒をしていたが、ここまで何もないとなると次第にその緊張感も薄れてくるというもの。
ぶっちゃけると、今と前とで異なることなど、殆ど無いのである。
……と、ここまでが俺についての近況なのだが。
俺以外の話となると一つ、今と前とで明確に異なることがある。
それが……。
「むー、ライバーって何すればいいんだ……?」
かぐやちゃんのライバー活動開始について、だ。
「ねー志貴? ライバーって具体的に何すりゃいいのか知ってる?」
ぐりん、とパソコンとにらめっこをしていたかぐやちゃんは首を回し、尋ねてくる。
「……まったく」
「だよねー」
俺があてにならないと悟った彼女は再度その視線をパソコンに移すと、検索サイトか何かでカチカチと調べ物を続ける。
それにしても凄まじいタイピング速度だ。少し前まで赤ん坊だったとはとても思えない、熟練者の技術に見える。
ここは例に漏れず酒寄さんの自室なのだが、今は俺と彼女の二人きり。酒寄さんは現在進行形でバイト労働の真っただ中だ。
本来ならば俺もシフトが入っていたのだが、数日前に気を失ったばかりなので今日は休め、と厳命されたため今、ここに居ることとなっている。
ならば何故、自室ではなく酒寄さんの部屋に居るのかと言えば、それは単純に、かぐやちゃんの監視を酒寄さんに命じられたからだ。
監視というと大げさな、と思わなくもないが、まぁ前科が前科でもある。知らなかったとはいえ、彼女の預金でスマコンを買ってしまった事件を踏まえれば妥当なのだろう。
と、そんな経緯でここ数日は放課後、酒寄さんの部屋でかぐやちゃんと二人で留守番、が定番になっていたのだが。
「ヤチヨカップの公式サイトとかに書いてないの? そういうの」
「それがぜーんぜん。ヤチヨってば気が利かないよねー」
あの日の宣言の通り、速攻でライバー活動を開始したかぐやちゃん。
なんでもとりあえず自分で立ち絵とよばれるものを書いたり、ジングルなる物を作曲したりと、初心者向け、ライバーの成り方といったサイトにあることを片っ端からやったらしい。
それらを用いての配信自体も何度かは行ったらしいが、結果はいまひとつとのこと。
始めたばかりだから誰だってそんなモノ、らしいのだが、こと彼女が情熱を燃やしているヤチヨカップではそうは問屋が卸さない。
あくまで優勝するためには、参加者の中で一か月の内に最も新規のファンを獲得しなければならないのだ。配信を一度するたびにファン数が一人増えるかどうか、のペースではとてもじゃないが優勝など夢のまた夢。
そんなことはかぐやちゃん本人が誰よりもわかっているから、と日々、何かいい案はないかとネットの海に潜っては、さっきのように唸っている。
ここ数日の放課後は、だいたいそんな感じなのだった。
「……ネット役に立たねー! 何なの、誰でも伸びる配信者講座って! ここから先は有料です、ばっかだしさぁ! そもそも書いてるやつ、そこまで有名じゃないヤツばっかかなのもムカつく!!」
だぁっ、と胡坐の体勢のまま、背中だけを後ろに倒し、床に倒れ込むかぐやちゃん。
どうやら今度の検索でも、いい出会いはなかったらしい。検索エンジンの先にあるネットの海は無限の可能性を秘めているようで、有限の答えしか握っていないなんてのはあるあるだ。
あーあーあー、なんて適当に歌いながら、天井をジッと見つめている。気になったので何を見ているのか、と聞いたら天井裏のシミを数えていたとか。今時珍しい発言だな、と思わず笑う。
「あーあ。どっかに都合良く、配信始めたばっかの人間の気持ちがわかって、そんでもって数字は持ってて、それでいて聞いたら色々教えてくれるような人いないかなー」
「いやぁ、そんな都合いい人なんてなかなか……」
かぐやちゃんのなんてことないボヤキに半ば反射的にそう答えて……。
「あ……」
一人だけ、思い当たる人物がいた。
「……あのさ、何なの? 急に来ないでよね。配信中だったら彼氏バレとか騒がれて一発アウトなんだけど?」
ガチャリ、と開いた扉の向こうから明らかに不機嫌そうな茶初の女が顔を出す。久しぶりに顔を見た気がするが、お元気そうで何よりである。
前に会ったのは、かぐやちゃんを拾った翌日の朝だったか。
俺はそんな彼女の様子を敢えて無視するように振舞い、くるりと彼女に背を向けた。
「かぐやちゃん、彼女がここ二か月で配信者を初めて、お金を稼げるようになるくらいにはファンが居て、それでいてお願いしたら無碍にはしない程度の善性がある、知人の藍染ノエルさんです」
「あぁん? なに、喧嘩売りに来たの?」
ぎろり、と後ろから睨まれている気がするが気にしない。分はこちらにあるのだ。恐れることはない。
いくらでも交渉材料なんて握っている。
かぐやちゃんは俺の紹介を聞き、目をかっと見開き大きく口を開ける。
「いくらなんでも都合よすぎない!?」
俺もそう思う。
そう彼女の言葉にしみじみと頷き返すのだった。
「意外にちょくちょく出てくるわね、アンタんとこの。教育実習生名乗ってる割りに、学校じゃあんま見かけないけど」
「恐らく配信業が思ったよりも上手くいってるので、そっちはおなざりなんでしょうね。もともとは遠野君の監視、という役割があったのでしょうが……」
「代行者ってそんな適当でいいの? 弱っちいけど、職務には忠実ってイメージがあったけど」
「……あの子の持つ因縁も過去も、身を縛る鎖も、あちらの世界にはありませんからね。恐らく、十数年ぶりに真の意味での自由を謳歌しているのでしょう。あまり、私の口から咎めることはできません」
「ふーん。やっぱり面倒ね、人間社会って」