「もー、志貴君ってば冗談通じないんだからー! 先生が生徒のお願いを聞かないわけないじゃない? あっ、お水のお代わりいる? ジュースの方が良い? お菓子も食べる?」
「うわっ、すっごい変わり身! ねー、志貴。この人って前からこうなの?」
「残念ながらね……」
脅しに屈服したノエルの変わり身は凄まじかった。
深く腰掛けていたチェアからすぐさま立ち上がったかと思えば、甲斐甲斐しく働くメイドの如くテキパキと動き始める。
両手は揉み手、瞳は上目、笑顔は固定で声は猫撫で。
あまりの変わりように若干かぐやちゃんが引いている。生後一週間には少々刺激が強い光景だったらしい。
教育にはよろしくないかもしれないが、今日は特別だ。人生、こういうテクニックが必要になる機会だって人によってはあるかもしれない。
「いやぁ、しかし快く受け入れてもらえてよかったですよ。持つべきものは親切な知り合いですね」
「けっ、よく言うわよ……」
「はい?」
「なんでもございませーん! あっ、志貴君ってば床に直に座っちゃって、脚が痛いでしょ? クッション持ってくるから、ちょーっと待っててね!」
「あっ、かぐやコーラ飲みたい!」
バッ、と高速で室内を駆け巡り、二人分のクッションを床に敷き、それと同時に冷蔵庫からキンキンに冷えたコーラのボトルを取り出し、かぐやちゃんに手渡すノエル。
腐っても、というべきか、それとも流石というべきか。
代行者としての身体能力を十全に発揮したその動きは、素人には繰り出せないものだ。まさか彼女も死ぬ気で磨き上げた自身の技能をこんな形で活用するとは思ってもみなかっただろう。
「ご査収くださいませ……!」
「やったー! ありがと!」
片膝をつき、まるで王様や貴族に献上するようにして差し出すペットボトルのコーラ、内容量は五百ミリリットル。
差し出されたそれを嬉しそうに受け取ったかぐやちゃん。
きゅっ、と一気にキャップを取り外し、自身の腰に左手を宛がって、右の手でボトルを掴みその飲み口を加えたかと思うと。
「んっ、んっ、ん……、くはぁっ! そーそー、これこれっ! シュワっと爽やかがたまんないんだよねー!」
ごきゅ、ごきゅっと喉を鳴らしながらその中身を一気に飲み下す彼女。
かぁっ、と半ば親父臭い仕草をしながら、炭酸特有の快感に酔いしれている。
ここ数日で分かったことなのだが、どうやらかぐやちゃんはコーラがかなり好みらしい。
それというのも三日前だったかに酒寄さんとかぐやちゃんに一本ずつ、適当なジュースを差し入れたんだが、そのうちの一本がコーラであったことに起因する。
「気に入ってもらえたんでしたら嬉しいですー。ねぇ、志貴君、こんなに先生が尽くしてるんだから、許してくれるわよね? ね? ね???」
「えぇ、もちろん。ちゃんとこの後、俺たちの質問に答えてくれるんだったら、あっちに戻った時にいくらでも口添えしますよ」
「ホント? ホントよね? 比較的聞き分けよさそうな使用人二人だけじゃ嫌よ? 真祖の方の化け物や妹の方の化け物ももちろんだけど、私の相方の方の化け物もよ??? 私、まだ生きてたいんですけど!」
「自殺願望が無いんだったら最初から手なんて出さなきゃよかったでしょうに……」
はぁ、と思わずため息を一つ零す。
この人はホント、小物ムーブをしないと死んでしまう呪いにでもかかっているのか。雑魚なりの矜持がある、と言っていたことがあったが、それを発揮すべき相手は見定めるべきだろう。
確かこの人、ウチの冷蔵庫だったかを漁って泥棒扱いされたことがなかったっけか。
「ねー、志貴? 志貴ってこの人とどこかに帰っちゃうの? てか使用人とか真祖とか、化け物って何?」
「あー、それはね……」
ノエルの発言が気になったのか、こちらの肩をトントン、と叩き首を傾けながら尋ねるかぐやちゃん。
俺はそんな彼女に、なんて伝えるべきか、と言葉に詰まる。正直に答えても良いが、自分で言うのもなんだが話がぶっ飛びすぎていて、信じてもらえるかもわからない。
……いや、よくよく考えたら彼女自身がオカルトの化身のようなモノだし、意外と伝わるか?
「なぁに、志貴君ってば。ロクに身の上話もしてあげてないワケ?」
「出来るわけないでしょ。というか、素面であっちでの話を聞かされたら、ノエル先生だって信じないでしょう?」
「当たり前じゃない。何言ってんの?」
きょとん、とした顔をしながら、さもこちらがおかしいかのように見てくるノエル。
こちらの世界の法律があちらの世界と同じかどうか調べてはいないが、こういう時は一発くらい、顔面にビンタをしても捕まらないんだったっけか。
「あのね、一般人の君からしたらピンと来ないかもだけど、真祖と埋葬機関なんて劇物が二つ混じってきている時点で、私たちの世界からしたらタブーもタブーなの。日本の諺にもあるでしょ? 触らぬ神に祟りなし、ってね。そんな話を急にされても誇張されたホラ話としか思えないっての」
「はぁ……」
彼女の言葉がどれくらい本当なのか、ただの男子高校生の俺にはわからない。
が、先ほどのキョトンとした顔は呆れからではなく、常識的な反応故であったことがわかったので溜飲は下がった。
当然、俺がわからないことはかぐやちゃんもわからないので。
「またかぐやだけわからない話してる……」
そう呟いて、一人だけハブられたと思ったのか、つまんなそうな表情をしてイジける彼女。両手の指先をちょんちょん、とくっつけては反発させて遊んでいる。
そうしながらも彼女はちら、ちら、と度々こちらを一瞬見ては、その視線を逸らすことを繰り返す。視線の上には「教えて、教えて、教えて!」と、これでもかってくらいに彼女の今の想いが乗せられていた。
……まぁ、特別隠しているわけでもない。
俺は彼女に、今度また機会があったら教えてあげるね、とそう伝える。
「んじゃ明日の夕方ね! 明日も彩葉、バイトで居ないから二人っきりでしょ?」
一転、にぱっ、と朗らかな笑顔を咲かせるかぐやちゃん。見ているこちらが目がつぶされそうだ。
……と、そこでノエルは何かに気が付いたのか恐る恐る、顔を青くしながらこちらに尋ねてくる。
「あ、あの志貴君……? ところでなんだけどさ。私がもしもよ? あくまでもしもなんだけど。もし、志貴君のお願いを聞かなかったらどうなってたのかなー? って……」
ニコリ、とこちらも愛らしい笑顔を浮かべるノエル。けれどもそれは純粋なかぐやちゃんのそれと比べると、ピクピクと口の端の辺りが震えていたりで、ぎこちない。
「あぁ、その場合ですか」
「私たちって、一応まぁまぁな付き合いになるじゃない……? なんていうか、私の中の志貴君のイメージだと、手札が一枚だけじゃこんな風に部屋まで押しかけてこないかなぁ……、なんて思ってさ……?」
ドンドンと彼女の声は先細りしていくように小さく、小さく転じていき、最後の方はハッキリとは聞き取れないほどの声量となる。
よく見れば瞳には怯えが、目元には涙がうっすらと見えていた。
「……ぶっちゃけ、私、あと何枚くらい切り札掴まれちゃってます?」
もはや語調でさえ虚勢を張れなくなった彼女は、自然と言葉尻を丸め、敬語へと移行する。
俺はそんな彼女に対してニコリ、と笑い、簡潔にこう答えた。
「さて、何枚でしょうね……?」
「……で、なんだっけ。ライバーとして伸びる為に必要な事だっけ?」
「そーなの。かぐやさ、ヤチヨカップってヤツで絶対優勝したいんだけど、イマイチ伸びないんだよねー」
椅子に座り、話を元に戻すノエル。
もはや反逆の意思はない。素直に俺たちの相談に乗ることのみが、自分がこの先生き残れる道だと悟ったからだ。
「ヤチヨカップねー。私としてはホント、タイミング悪いったりゃありゃあしないわよ。開催が一か月前とかだったら新人バズパワーでワンチャンあったってのに、鈍化してきたこのタイミングで開催とか」
けっ、と悪態付くことを隠さず晒すノエル。
多分、学校でもあのキャラで行けば、今よりは女子受けがいいだろうに。少なくとも、猫被りレベルマックスよりはマシなはずだが。
というか、そうか。よくよく考えたら彼女もライバーの一人だから、ヤチヨカップ自体のライバルではあったのか。それについては明らかに失念していた。
「……ま、いいわよ。教えてあげる。簡単にライバーとして伸びる方法」
「マジですかい、ノエル師匠! よっ、流石!」
「師匠? ふーん、師匠、師匠か……。ま、悪くないわね」
かぐやちゃんのおだてに早速気分が良くなったのか、まんざらでもない顔をするノエル。
それから彼女はピッ、と右手をこちらに差し出しながら、人差指と中指、それから薬指の三本を立てて見せてくる。
「ぶっちゃけた話、ライバーとして伸びるんだったら三つは見せて、三つは隠すってのを徹底すれば余裕なのよね」
「三つを見せて、三つを隠す……?」
「そ。ま、簡単な話、視聴者を連れそうな要素は押し出して、逃がしそうな要素は隠し通すって言う基礎の話だから、そりゃ伸びるって話になるんだけどね。意識して全部守ると、相乗効果で基礎だからってバカに出来ないくらいには伸びるのよ」
そう言うとノエルは再度、椅子から立ち上がる。
ここまでの大口を叩くのだ。さぞ、有効で素晴らしい教えが……。
「まず、見せる三つだけど、一つは痴態で、もう一つはリアルの姿、そんでもって三つ目が百合営業ね」
……ロクでもないモノしか出てこなかった気がする。
「えっと、はい……?」
「だから、一に痴態、二にリアル、三で百合営業。この三つを見せりゃあ、少なくとも鳴かず飛ばずにはならない」
聞き間違いかな、と尋ね返すも返ってくる答えに変化はない。
ノエルは続けて、これら三つが重要な理由を語り始める。
「まず痴態だけどね。人間って、結局のところ他人をうっすら見下している時が一番キモチイイのよ。この世界風に言うとドーパミンが出るって感じ? やりすぎな痴態は寒くて嫌われるけど、見て笑ってられるくらいの他人の無様な姿ってのは一番視線を集めるわ」
「……なんだろう。ノエル先生が言うと説得力が違って聞える」
「ちょっと、どういうことよ!?」
どういうことって……、まぁ、その。
流石に直接言うのは失礼かな、と口ごもり、その先は外に出さない。親しき仲にもなんとやら、だ。
ノエルはまったく、とボヤきながらもあまり気にした様子は見せずに続ける。
「ま、聞いたところかぐやはヤチヨのライブ会場とか言う人の目を一番集める場所で、そりゃあ目立ったらしいし、そこら辺はクリアって言っていいわね。身の程を弁えずあの場で優勝宣言、なんて痴態中の痴態だし」
「んー、よくわかんねーけど、あん時叫んどいてよかったってこと?」
「……まぁ、大雑把に纏めるならそうね」
「やったー! よくわかんないけど褒められた!」
「……何なのこの子、ポジティブシンキングの擬人化か何か?」
若干引いたような表情を浮かべるノエルに近寄り、その両の手を掴んでブンブン、と縦に振るかぐやちゃん。
流石のノエルも純粋な子供の笑顔には弱いらしい。握られた手をさして強く解こうともしない。
はぁ、とノエルは息を吐き出し、次のポイントへと進む。
「次にリアルについてだけど。まぁ、ぶっちゃけた話、リアルの顔が良けりゃそれだけで最低限ファンは出来るのよ。いくらアバターだ、2Dモデルだー、とか言ったって、中身はリアルな人間で、観てるのも同じくリアルな人間だからね。わかるでしょ?」
「それは、まぁ……なんとなく。世知辛いというか、夢のない話ですけども」
そう言うのが関係ないというのがネットの世界の長所だろうに、しかしやはりどこまで現実の延長であるという事実は付きまとうのか。
「お子様ね、金稼ぎの世界に夢なんていらないのよ。話は単純な方がなんだって楽だっての。夢なんて以ての外」
「おぉう、お金に貪欲な所は若干彩葉みたいだけど、決定的に何かが違う気がする」
今度はさっきと代わってかぐやちゃんの方が引いた顔をする。
「顔が可愛けりゃリアルの顔を見せて、身体も自身があるんだったら谷間の一つでもサービスしてやれば、それだけでチョロいオタクはイチコロよ。しかもそう言うインパクトあるシーンはだいたい切り抜かれるから、そこ経由で無限に人を呼び込んでくるしね」
私も配信の時はたまにオタク共に餌をやってるわー、なんて付け加えて彼女は笑う。
なんというか、どうというか。
この人は本当に教会の関係者で、そんでもって教育実習生ということで合っているんだろうか。どちらかというと、悪魔寄りの思考なんじゃないかと訝しむ。
「で、最後の百合営業ってヤツだけど、これは二つ目の顔ってのと、次に話す見せない三点ってのにも関わってくるんだけどね」
ツッコミどころが多いが、彼女の話は続いていく。
百合営業とは、と知らない単語にやや首をかしげるも、まぁ聞いていればわかるか、と余計なツッコミは入れない。
「百合営業ってのは、要は女ライバー同士で仲良さそうにするってヤツなんだけどさ。これの何が良いって、ガチ恋オタクを残しつつ、新規ファンに媚びれる所よね」
「女の子同士で仲良くするだけで伸びるのー?」
「そーなの。ヘンよね、ホント」
呆れた表情でやれやれ、と首を横に振るノエル。
彼女のマネをしてか、かぐやちゃんも首を一緒に横に振った。長髪だからか、サラサラの金糸の髪が横に揺れる様子が様になっていて、何かの広告かの様だ。
「さっき言ったみたいにリアルを見せると人は呼び込めるんだけど、厄介なのが湧いてくるのよ。配信見てるだけで恋愛感情を抱いてくるガチ恋勢、って言うやつなんだけどさ。そいつ等って金払いが良いから、出来るだけ追っ払いたくないんだけど……」
「その人たち向けに配信をすると、新規のファンは獲得できない?」
「そーそー」
それは、まぁ、感覚的にはわかる話だ。
身内向けに配信したら、それは排他的に先鋭化していって新しいファンを呼ぶ、呼び水は枯れてしまうし、一方で呼び水を過多に用意すれば、既に居たファンは溺れ死ぬ。
「オタクってのは厄介でね。配信を見ているだけの癖して、配信者に勝手に処女性を求めてくるのよ。そんなに処女が良いんだってんなら、聖母様でも推してろ、っつーの」
……それは、いろいろと大丈夫な発言なのだろうか。
以上の発言を聞いてかぐやちゃんは、自分の現状と照らし合わせるようにして呟く。
「かぐやちゃんってば美少女だから、顔出しとかはだいじょーぶだし。っていうか、ぶっちゃけ既にしちゃってるしだし、二つ目はオッケーでしょ? んで三つ目かぁ、女の子同士……」
うーん、と少し悩む仕草をするかぐやちゃん。両の手の人差し指で頭の辺りをぐるぐるとなぞって、思考を加速させて……。
すぐに思いついたのか、ぽん、と両の手を叩く。
「あ、そっか! 彩葉と一緒に配信すればいいのか!」
「いやぁ、無理でしょ」
彼女の呟きに、思わずツッコミを入れる。
「えー、なんでー?」
「なんでも何も彼女の性格的に、そういう目立つのは嫌がるでしょ。跡は単純に、時間がないし」
ただでさえ普段の学校とバイトとでキツイというのに、さらにそこに予習復習、自主学習を取り入れている彼女には、とてもじゃないが配信業に混ざる時間的余裕はない。
……それに彼女、まだかぐやちゃんが配信者になったってことを知らないのではなかったか。ずっとバイトで忙しくて、それらしい会話が出来ずに居たし。
そんな俺たちのやり取りをはぁ、とため息を一つつきながら眺めていたノエルは口を最後にもう一度だけ開く。
「もう面倒だし端折るけど、見せない三つってのは、順に男の影、配信キャラとの乖離、そんでもって最後はここら辺を考えている、っていう計算性ね。理由はもう言わなくてもわかるでしょ?」
「まぁ、なんとなくは……」
「かぐやもまぁまぁわかったよー」
男の影、ってのはさっき言ってた処女性について。
配信キャラとの乖離、ってのは要は素と違いすぎる姿を見せたらファンの持つ幻想を砕きかねないから、ということか。
計算性、ってのも二つ目と同じでファンの持つ配信者のイメージを砕かないように、ということだろう。
ライバーは夢を魅せる、なんてどこかで聞いたことがあるが、それに倣うのならば、夢から覚まさないように注意しろ、ってところか。
まぁ、わかりやすいと言えば、わかりやすい。
ノエルは俺とかぐやちゃんが頷いたのを確認すると、
「あっそ。んじゃ用事は終わりってことね? じゃあ帰ってくんない?」
そう言って、パンパン、と両の手を叩いて急かしてくる。
俺もかぐやちゃんも、これ以上は長居もできなかったので、今日のところはそれに従い、アパートへと戻るのだった。
後日