次回からガッツリ交流をはじめます
結論として、俺は遅刻することなく学校に到着することができた。
それは途中、急ぎ走ったというのもあるが、それ以上に俺が連れてこられたこの土地が、我らが日本の首都、東京都であったというのが理由として大きい。
やはり都内というのは凄まじい。それはそれは公共交通機関が整っている。
「それじゃあ、先生は先に中でホームルームをやってるから、合図が聞こえたら入ってきてね」
「わかりました」
こくり、と目の前の男性の言葉に頷く。ピシッと着こなしたスーツが朝日を反射し眩しい。
先ほど職員室で紹介されたのだが、どうやらこの人は俺のクラスの担任なんだそうだ。「転校当日に初顔合わせなんて、どうなってんだ?」などと言われたが、俺もそう思う。
というか、普通は無理だ。多分、そういうところもアイツが裏から手を回した、ということなんだろう。変なところで抜かりない。大事なところは抜けている癖に、あべこべなヤツだ。
今は言われた通り、ホームルームの時間真っただ中らしく、廊下に生徒の影はない。静かな廊下を見ると嫌な記憶を呼び起こされそうになる。主にロアとか、ロアとか。あとはロアとか。そんでもってロアとか。まぁこっちの世界なら大丈夫だろうし、気にしないように努めよう。
「ほら、ホームルームを始めるぞ。みんな席につけー」
ガラリ、と扉を開け中へと進む担任の男。一応、俺こと転校生くんの登場はサプライズ的な側面もあるとのことなので、せっかくならと中から見えないであろう位置まで軽く移動する。
(隙間から実は見えてました、とかでは締まらないしな)
緊張感がないかもしれないが、正直、俺も興奮していない、と言ったら嘘になるくらいにはこの状況を楽しんでしまっている。
いつの時代でも、転校生という三文字は学生にとって魅力的すぎるのだ。迎え入れる側にとっても、迎え入れられる側にとっても最高に。
……と、いつの時代でもと言えば、だ。
どうやらこの世界、日本の東京ではあるものの俺がいた時代とは大きく離れていることが通学中に分かった。
ここは西暦にして2030年、と俺の居た時代より十年以上先の日本だ。
さらに付け加えれば今日は、五月の七日であり、昨日までがゴールデンウィークの休みであったということもわかっている。
あくまで通学中であったから街中を散策できたわけではないが、電車の窓から見える外の光景や、車内に居る乗客の持ち物を観察したところ、確かに俺の知っている平均的な技術水準よりもこの世界の技術は高いように感じた。
特に、コンタクトレンズ型の装置を目に装着している光景が散見されたが、アレなんかはどう考えても俺らの時代には無い。
折りたたみ型の携帯電話が一枚の板の形をとるようになったのも、俺にとっては最近の話であるというのに……。恐らくこの世界では遥かとは言わないがそれも大分前の話なのだろう。
俺も男の子の一人として最新の技術、というモノにはそそられるものがある。
ある、が得てしてああいうものは値段もそれ相応にするというのが常だ。今の来月の家賃すら目処が立っていない貧弱男には縁なきものだろう。
「……っと、そろそろか」
教室の中からやや大きめな騒めき声が聞こえてくる。耳を澄ましてみればやはり、唐突な転校生の登場に色めきだっている様子だ。わかる。俺も同じ立場だったらそわそわしただろうし。
だが申し訳ない、男子たち。「女の子かな?」とか、「可愛い女子だといいなぁ」とか言っている声が聞こえるが、残念ながら俺は生まれてずっと男だ。
転校生の美少女と、なんていう文脈はもはや半世紀以上も愛されていることになるテンプレートであり、それを期待してしまうという気持ちもわからなくはないが、今回は縁がなかったと思ってくれ。
そして女子たち。男子ほど露骨ではないが、それでも同じようなことを期待しているのは伝わってくるが、こちらも申し訳ない。俺は何処にでもいる、ただの男子高校生だ。期待以上をお出しすることは出来ない。
なるほど。これがいわゆる、転校生特有のプレッシャーと言うヤツなのか。
「遠野君、入ってきてー」
しかしどうやら尻込みしている時間なんかは与えてくれないらしい。
俺はふぅ、と軽く一度深呼吸をして気分をリセットし、それから教室の扉を開いた。
「家庭の事情で転校してきました、遠野志貴です。よろしくおねがいします」
カツカツカツ、と黒板にチョークで自分の名前を書きながら当たり障りのない挨拶をする。
転校の理由としては当たり障りないながらも、突っ込まれづらいであろう家庭の事情ということにした。こう言っておけば、わざわざ深堀りしようとする奴も居ないだろう。
「あまり身体は丈夫な方ではないので迷惑をかけることもあるかもしれませんが、その時は手助けしていただけるとありがたいです」
ぺこり、と最後の言葉を締めに頭を下げると前方から疎らな拍手の音が聞こえてきた。
どうやら、転校生の挨拶として及第点くらいは頂けたようだ。
よかった、よかった。正直、話している最中は居た堪れなさすぎてすぐにでも逃げ出したいくらいだったし。俺は元来、コミュニケーションがうまい方じゃない。そういうのは有彦の方がまだ得意なくらいだ。
……まぁ、アイツはアイツでその素行不良っぷりからクラス中から距離を取られているのだけれども。
ハッキリ言って、クラス全員がこちらを品定めするようにジッと見つめてくる光景というのは、軽いホラー映画よりも怖い。どれくらいかというと、階梯の低い死徒の方がまだ可愛らしいくらいだ。
まぁ、いい。なんにせよ、地獄の自己紹介は終わったのだ。過ぎ去った地獄は忘れ去るにすぎる。
「それじゃあ遠野君は……、そうだな。酒寄さんの隣の席に座ってもらおうかな?」
「あ、はい。えぇっと……。ん……?」
酒寄、って、そんな苗字、つい最近聞いたばかりな気が……。具体的に言うと、昨晩、あのアパートの自室の前で。
(イヤイヤまさか、そんなわけ……)
偶然だ、偶然。そう頭の中を過ぎ去った一つの予測を、俺はそんなバカなと否定する。たしかに、珍しい苗字だけれどもさ。
俺は担任が指さす『酒寄さん』なる人物の方へと視線を向ける。
そこに居たのは……
「マジか……」
「……あっ、もしかして」
そこに居たのは今にも眠りの世界に堕ちてしまいそうな顔をした、黒髪の愛らしい容姿をした少女であり、そして。
『私は隣の部屋に住んでいる酒寄です……』
俺の住む部屋の隣に住む、お隣さんの女の子であるのだった。
「酒寄さんはこの学校きっての優秀な生徒だから、困ったことがあったら遠野君も彼女を頼ってね? もちろん、先生でもいいけど、やっぱり同い年相手じゃないと嫌だ、ってこともあるだろうし」
その担任の言葉に、「あ、はい……」なんて少々雑な返事を返しながら、俺は席に着く。
一人の生徒に転校生の面倒を押し付けるようなことをしていいのか、甚だ疑問なのだが口にはしない。
というか、そうなのか。お隣さん、そんなすごい子だったのか。
ちらり、と隣の席の彼女を盗み見る。纏めてはいるが長い黒髪ということもあり、若干、秋葉を連想した。
……そう言えば秋葉、怒ってないだろうか。怒っているよなぁ。巻き込まれ事故とは言え、おそらくそれなりに長期間、音信不通になるわけだし。
下手したらあの屋敷に監禁とかされかねんけども。あれだけ広い屋敷だ。俺の知らない座敷牢なんかもあるかもしれない。
そんな恐ろしい妄想にゾッとしながら、自席でホームルームを過ごす。
そこで、
「ところで、転校生を紹介したばかりだけども、なんと! もう一人、紹介する人が居ます!」
「……え?」
唐突な担任の発言に俺は驚き、声を漏らす。
クラス中もまさかの新メンバー二度打ちに熱狂し、熱を上げ始めた。特に、男子たちの熱狂は凄い。
「今度こそ女子、女子、女子!」
「さっきの遠野が男子だったんだ、確率的に見て次が男じゃないのは明らか!」
「そうだよ、俺の高校生活がこんなところで終わっていいはずがない!」
思いのたけを叫ぶ男子と、そんな彼らに冷めた目線を送る女子。男子ってばホント子供~、なんて口にはしないが、まぁほぼそう言っているような目だ。
(でも、さっきまで廊下には俺以外に誰も居なかったよな……?)
俺はと言えば、その熱狂に参加することなく――まぁ、そもそも転校生がこのノリに参加するのは無理すぎるのだが――少し考えこむ。
これから紹介する、ってことは当然、今からこの教室に入って来るってことなのだろうけども、それならばその人物は俺と一緒に廊下にいるはずなのだけれども。
そう思った俺は「どういうことです?」と目線を教壇に居る担任の方へと向ける。
……あ、なんかこっち見て先生がしてやったりといった表情で笑っている。
なるほど、穏やかそうに見えて割と面白い人なのかもしれない。まんまと俺は騙されたという訳か。
しかし、なんでだろう。
こちらの世界に来て一番の嫌な予感がするのだが……。
「それじゃあ、入ってきてもらいましょうか。どうぞー」
「はーい!」
担任の合図の声に、廊下側から元気のいい返事が聞こえてくる。甲高い、とまでは言わないが高音の、綿菓子を煮詰めて作ったかの様な甘ったるい声。
さらに色めきだつ男子たち。今のソプラノボイスは、誰がどう聞いても女性のものであったからだろう。
しかし一転、俺はその声を聞いて頭痛が止まない。これは普段の体調不良によるものではない。
ただの……、経験則から来る身体の救難信号だ。
ガラッ、と先ほど俺が閉めたばかりの扉が再度開けられる。カツカツカツ、と音を立てながら人影がその隙間より入り込んできた。
「おぉッ!」
「マジぃッ!?」
もはや男子たちは興奮を飛び越え、スタンディングオベーションの域へと登頂。席を立ち、入ってきた彼女の姿に夢中になる。
……あぁ、もう。デジャブがすぎるだろう、この光景。少し前に、まったく同じものを俺は見たぞ。
茶色の長い髪をシュシュで一つにまとめ、青色のスーツに身を纏った女が進む。学び舎の中でそれはいかがなものか、という程度には開かれた胸元に、男子たちは釘付けだ。
普段、同年代の女子とばかり触れ合っている男子たちは彼女の纏う、年上のお姉さんオーラに抗えないでいる。
そんなクラスの雰囲気が満更でも無かったのか、彼女はふふん、と得意げに口角を少し上げた。
もう、なんというか、本当に、本当に……。
「何してるんですか、ノエル先生……」
――その後、間もなくもせず彼女自身の口から教育実習生の藍染ノエルである、と自己紹介が始まるまで、その熱狂は収まることは無いのだった。
「投げ銭、ってあれでしょう? あの、配信中に視聴者から送ってもらうヤツ」
「えぇ。知っているのなら、話は早いですね。いいですか、アルクェイド。今、私たちはこの水晶を通して遠野君の現状を見ていますよね?」
「そうね。別世界の様子を見れる、なんて第二魔法の領域な気もするのだけど……。そこら辺は置いておきましょう。それで?」
「つまり、私たちは広義的に言うと遠野君の配信を見ている視聴者、ということになります。なので、ですね。私たちから、遠野君への投げ銭が許可されているんですよ。仕組みはわかりませんが」
「え、それマジ? 志貴にお金を送れるってこと?」
「どうやら、そのようで。現に秋葉さんはここが遠野邸であることを良いことに、屋敷に置いてあった現金を遠野君に送り込んでいました」
「へー」
「でも待って。妹がお金を送ったんだったら、もう送らなくっても志貴ってば、当分遊んで暮らせるくらいには余裕があるんじゃないの?」
「いえ、それがどうやらこちらから送った金額のうち、その五分だけが彼の元に送られるようなんですよ」
「何それ、すっごい詐欺じゃない! 十万円送っても、志貴がもらえるのは五千円だけってこと!?」
「そうです。なんでも、『別世界のお金を用意する上での手数料』とのことだそうですが……。まぁ、ぼったくりですね」
「まぁ、そっかー。そんなら、私も志貴にお金送っとこーかな。別にこれといった使い道もないし」
「いえ、それには及びません。遠野志貴はあくまで、遠野家の長男。その支援は、現当主である私が責任をもって行いますので」
「えー? でも、そんなこと言って妹ってば志貴が帰ってきた後、志貴のお礼を独り占めするつもりでしょ! 志貴ってば、そういうところ細かいし!」
「……しませんけど?」
「嘘だ、目ぇ逸らした!」
「まぁまぁ。ここはひとつ、間を取って彼の頼れる先輩であるこの私が代表として投げ銭をする、というのはどうでしょう?」
「どこの間を取ってるってのよ! バカシエル!」
「……あぁ、お三方、とてつもない金額をさも当たり前のように自分が支払うと主張しています! なんと怖ろしい! 雇われの身の私は恐怖で身体が震えてしまいますよ、ヨヨヨ……」
「姉さん。コレ、どうやったらお金を送れるんですか? 例えそれが僅かな金額であっても、志貴様にお届けしなくては」
「翡翠ちゃんまでですか!? あぁ、もう志貴さんってば! 今日ばっかりは恨みますよ!」
「姉さん……!」
「……てか、気が付いたらなんか見覚えあるヤツが映っているんだけど。あれ、なに?」
「ハァ!? なんでシスターノエルがそっちの世界に居るんですか!?」