早く本編に入りたいが、かぐやが来る前にある程度の関係値を描いておきたい欲があるので少々お待ちを
「ちょっと、何事!?」
騒ぎを聞きつけた酒寄さんが部屋へと駆け込んでくる。
「……って、えぇ!?」
部屋に立ち入ったと同時、室内の異常を瞬時に把握した彼女は信じられないものを見た、とばかりに声を上げた。
「あ、藍染先生が何でここにいるの!?」
「俺が聞きたいよ……」
そう彼女の言葉に対し零しながら、俺はノエル先生に施した拘束を強めた。
「っく、ちょっと志貴君ってばいくら先生が魅力的だからってくっつきすぎよ! てかマジで逃げれないんですけど、おまけとばかりに首にナイフまで突きつけてくれちゃってさぁ……」
「うるさいですよ、推定不法侵入者。何勝手に人の部屋で酒盛りしているんですか?」
「別に良いじゃない、ちょっとくらい……。仕事上がりの僅かなプライベートの時間を邪魔しないでよね」
そう言うことじゃないんだが。
酒を飲むなら別の場所で、少なくとも俺の部屋以外で、と言っているだけなのだけれども。
ちらり、と彼女の近くを見てやればそこには空っぽの酒缶が五つも転がっている。その横には空っぽのポテチの袋も並べられていた。
いったい、これのどこがちょっとだというのだろう。
「酒寄さんもなんか言ってやってー。この子ってばか弱い先生にあろうことか関節技を決め込んでるのよ?」
「……あっ、ちょ、ちょっと遠野君? 何があったかはわからないけど、とりあえず解放してあげたら?」
俺がこのままじゃ解放しないと踏んだのか、すぐさま酒寄さんに泣きつくノエル先生。
酒寄さんは真面目だから、教育実習生とは言え先生といった肩書を使えばすぐに味方になると踏んだな、さては。
しかし、どうするか。
俺としてはあんまり解放したくないんだが。この人、割とすぐ調子に乗るし、それに地味に強いから、なんかあった時にもう一回捕まえるのは面倒だし。
……まぁ、いいか。
このままじゃ話が進みそうにもないし、と、そう思った俺は全身に込めていた力を抜き、彼女から離れた。
「……ふぅ、ようやく解放してくれたか」
「一応言っておきますけど、次になんか面倒を起こしそうな素振りを見せたら今度は容赦しませんからね?」
「わーってる、わーってる。アンタたち化け物にはもう歯向かわないことにしたのー。命いくつあったって足りないし」
「人聞き悪い。俺はただの病弱な一般男子高校生ですよ」
「よく言うわよ。普通の男子高校生は祖となんて戦わないっつーの」
そう言ってノエル先生――、面倒だしノエルでいいか。
ノエルはよっこいしょ、と立ち上がる。
暗い部屋で座っていたからわからなかったが、この人、学校で来ていたスーツのままじゃないか。明日着るときに皺になってても知らないぞ。
「……で、何の用ですか? いや、用があったのはこちらもなんですけど」
ナイフをしまい込みながら問いかける。
こちら側の用というのは当然だが、彼女がなんでこの世界に居るのかということ、である。
他に挙げるとしたらこの世界は何なのか、だとか、なんで教育実習生にまたなっているのか、とかも聞きたいところだが、そこら辺は後回しでいい。
とりあえず、彼女がこの世界に居る理由だけはマストで知りたい。場合によってはそれが俺の帰還への手掛かりになりうる。
しかし……
「一応言っておくけど、私はただの雇われだから詳しい事はなんも知らないわよ。あのバケネコが割のいい仕事がある、って誘ってきたからそれに乗っかったって感じ」
ノエルはあっけらかんと、自分は何も知らんから聞かれても答えられないぞ、と。そう、言い放った。
あんまり人に対して言いたくはないのだが……。
「使えない……」
「ちょっと、失礼しちゃうわね!」
ぷんぷん、なんて自分で言いながら怒ったぞという感情表現を開始する彼女。そういうことをするからクラスの女子の大半に嫌われるんじゃないだろうか。
「遠野君って、藍染先生と知り合いなの……?」
「まぁ、知り合いかどうかで言ったら、そうなるかな」
遺憾ながら、下手したら彼女が唯一の俺の知人の可能性すらある。他のみんなもこっちに来ているかもしれないが、あのバケネコが声をかけれそうなのってそれこそノエルくらいな気もするし。
「もう、志貴君ってば恥ずかしがっちゃって。あんなに熱い夜を二人で過ごしたじゃないの……、忘れちゃった?」
「え゛……?」
「そんな目で見ないでくれ、酒寄さん。ただのデタラメだから」
そんなことが万が一にでも起こっていたら、俺はとっくのとうにアルクェイドに殺されているだろうし。こうして人間の身体を保てているのが何よりの証拠だ。
「ぶー、つまらないの」
「そんな軽口を叩くためだけに侵入したんですか?」
「な訳ないじゃん。私だってそこまでヒマじゃないし」
だったらさっさと要件を言ってほしいのだけども。
そう俺が内心うんざりしていると……
「えっと、どこに入れたっけなぁ……。ここか? それとも、ここ?」
ノエルは唐突に全身をまさぐり、何かを探し始める。正直、目のやり場に困る。とりあえず俺は視線を隣に立つ酒寄さんに向けた。
酒寄さんも理解が追い付いていないらしく、瞳にクエスチョンマークを浮かべていた。
「お、あった、あった」
どうやらすぐに目的のモノは見つかったらしい。
「はいコレ」
「……?」
そう言って彼女は俺に取り出したばかりのそれを手渡してきた。
(コレは……、紙封筒?)
茶色の、手紙でも入れそうな感じのサイズ感のそれ。中に何が入っているかはわからないが、ずっしりと重くて厚みがある。
「なんです、コレ?」
「何って、お金だけど?」
「……はい?」
思わぬ言葉に俺は思考が一瞬止まる。
とりあえず言葉の真偽の確認のために俺は手元の紙封筒をぺらりと開き、中身を見て……
「ひゅっ!?」
「大丈夫、酒寄さん!? およそ、人から出してはいけない音が鳴った気がするけど!?」
その瞬間、隣に立つ酒寄さんの方から異常な声が聞こえてきた。
彼女の顔は真っ青を通り越してもはや真っ白。瞳はガン開きで瞳孔は開き切っており、開き切った口からは「あ、あ、あ」と嗚咽のようなモノが聞こえてくる。
「それ、遠野君の実家筆頭に色々なヤツらからの贈り物だってー。私も詳しくは知らんけど」
「贈り物って、これが……?」
ちらり、ともう一度開かれた紙封筒の中身を見る。
そこには、およそこれまでの人生で見たことがないくらいの枚数の紙幣がこれでもかと押し込められていた。
「私がここに来た理由は主にそれを渡すため。てかぶっちゃけ、私の仕事内容ってそれだけなのよ。遠野君とあちらの世界からの支援を繋ぐ橋渡し、的な?」
一、ニ、三……。
ダメだ、全然数えきれない。少なくとも百枚は余裕で越している。当たり前だが、男子高校生が手に持ってはいけない枚数のお札だ。国によっては逮捕もあり得るんじゃなかろうか。
「枚数が多いのはそれらを使って部屋に必要なモノを揃えろってことじゃない? 私も入ってビビったけど、電気すらつかないのはヤバいわよ?」
ノエルが何かを言っているが、正直、全然脳に入ってこない。
今日、俺が五時間働いて稼いだお金が一万弱。
それに対し、今目の前にある、ポンと手渡された紙封筒の中身は少なくとも百万は優に越している。
金銭感覚が、ぶっ壊れそうだ。
「……あ、あと一応言っておくと遠野君の保護者は私になるから。この部屋の契約とか、新しく携帯電話とかの契約をするときにも高校生なんだから保護者は必要でしょ?」
「あぁ、それは確かに……」
携帯とか、インターネットがない場所じゃあモバイル契約も出来ていないから使えないし、そこら辺の契約もこちらの世界にいる間は必須だろう。
その時、高校生一人だけじゃあ門前払いも全然ありうる。
「あががが……」
それはそれとして、突然の大金にバグってしまった酒寄さんはどうしたものか。
「……っは」
「あ、戻ってきた」
そう悩み始めていた頃、丁度タイミングよくこちら側へと彼女は戻ってきてくれた。
お金に困っていることはこの一日だけでも十分知れたし、そんな彼女からしたら突然の大金はまさしく毒そのものだったのだろう。
「あ、遠野君……」
酒寄さんはそう俺の名前を呼ぶと、一歩だけ後ろへと下がった。
それは、その行動は、理解できる。
今日一日、彼女が俺に親身に接してくれたのは、先生が彼女に頼んだから、とか、もともと面倒見の良い性格だから、というのもあるんだろうけれども……。
それ以上に、彼女と俺との境遇があまりにも似ていたがために、きっと放っておけなかったのだ。
同じアパートに学生一人だけで住み、金欠に喘ぎ、明日の生存すら怪しかった俺と彼女。
親近感を覚えるな、という方が無理がある。俺だって、彼女に似たような思いを抱いていた。
バイトに誘ってくれたのだって、俺が金がないと言ったのが発端だ。
故に、彼女は今こうして大金を受け取った俺を見てこう思ったはず。
――裏切られた、と。
もちろん、彼女がそういった直接的な言葉で俺を定義したとは限らない。
だが少なからずそれに似たような感想を抱いたことは確かだろうし、故に俺と彼女との距離は一歩分離れてしまったのだろう。
俺は、彼女になんて声をかければいいのかわからなくて……
「遠野君てばねー、こんな顔をして実はすっごーい不幸な子なのよ?」
「……え?」
俺よりも先に、ノエルが声を発した。
「遠野君てば、ホントはすっごいお金持ちの家に生まれたってのに、小さい頃に大きな事故にあっちゃって、その後遺症で身体が弱くなっちゃってねー。そんな身体じゃ跡取りには出来ない、って分家に押し付けられたの」
「ちょっと、ノエル先生」
そう制止しようとするも、彼女は口を開くのを止めず話を続ける。
「で、つい最近までその分家でそれなりに楽しく暮らしてたってのに、当時の当主である父親が亡くなったら、今度はやっぱり家に帰ってこーい、なんて言われて、十年育った家からまーた移動」
「そんな……」
それは、……事実ではある。
俺だって、出来ることならずっと有馬の家に居たかった。養子の俺を、本当の家族のように迎え入れてくれた有馬のみんなに、間違いなく家族の情を抱いていた。
だが……。
「少なくとも、母親と喧嘩して変な意地を張っているだけの貴女なんかより、よっぽど……」
「ちょっと……!」
明らかに、言いすぎだ。
俺はノエルの肩を強く掴み、こちらに引き寄せる。
「何……?」
「勝てそうな相手にはトコトン詰め寄る癖、止めた方が良いですよ」
「別にそんなんじゃないけど? 志貴君の中の私ってイメージ悪すぎ~」
酒寄さんの事情を、俺は何一つ知らない。
高校生がたった一人で暮らしながら生活費や学費をバイト代で賄わないといけなくなった流れ何て、知る由が無いのだ。
だが、少なくとも彼女の一人で生きて見せるという気概と、それを成し遂げているという事実は誰一人として貶していいものではない。
彼女は少なくとも、なされるがままに流されるだけだった俺よりもよっぽど立派な人間だ。
迷惑がかかるだけだと、有馬の家に残りたい、などと一切口にしなかった俺なんかより、よっぽど。
ノエルが俺の為に怒ってくれたのはわかる。
不器用で自分勝手な人だが、それでも聖職者で居られるくらいには善よりな性質の人だ。
「気にしないでね、酒寄さん」
それはそうだとしても、言いすぎなことに変わりはない。
思いやりがあれば何をしても良いというのなら、この世界に法律はいらないのだ。
すっかり下を向いてしまった酒寄さんに寄り、俺は声をかける。
「つまんないんだー。いいし、私もう帰るからー」
そんな俺たちの様子が気に入らなかったのか、ノエルはそう言うと開いたままの玄関から外へと出ていく。
ガチャン、と後ろ手で閉じられた扉の音が部屋に響いた。
室内に取り残された俺たち二人。
窓からは変わらず月明りが差し込み、唯一の光源として働いていた。
「ごめんね、遠野君……」
そんな中、酒寄さんはボソリ、と小さな声でそう言った。
「私、勝手に遠野君のことを仲間だと思って……。それで、勝手に失望した」
俯きながら、下を向きながら、されど声は震えていない。
それ即ち、確かにその声には芯が、想いが乗っているということ。
「実家からの支援、って言われてた紙封筒の中を見て……。すごい金額のお金が入ってて……。それで……」
すぅ、とそこで一呼吸を入れ。
それから酒寄さんは自分の想いを言葉にする。
「あぁ結局、口だけで本当に自立するつもりないんだ……、って。そう思った」
その彼女の思いを、思考を、誰が批判できるというのか。
それは正当な感想だ。
俺たちは二人とも、少なくとも先ほど、部屋の鍵を開けるまでは互いに『貧乏ながらも自力で自立』を柱に意気投合をしていた。
俺たち、似た者同士だな、と肩を組み合う様に。
そんな関係性の相手が実際はお金に困る必要もなく、実家から百万以上の支援を貰える立場にいるとなれば、そりゃあ悪感情の一つや二つは抱いて叱るべきだろう。
立場で言うのなら、彼女が俺を見下した、というよりも、俺が彼女を騙してしまったと言った方が正しい。
もちろん、俺にそんなつもりは毛頭なかったし、ノエルが持ってきた金だって想定外のことだが。
だから、そうだ。
少なくとも、彼女がこちらに対して申し訳なく思う必要なんて全然なくて。
「ねぇ、酒寄さん……」
「……」
黙り込む酒寄さん、それは首を斬られる前の囚人の様子に酷似している。
そんな彼女の様子に対し、俺は敢えて気が付かないふりをして次の言葉を紡ぐ。
「次のシフト、……いつにしよっか?」
――それは帰り道では保留した、問いかけへの答えなのであった。
「はえー、どんな手順で志貴さんにお金が届くんだろうって思っていましたが、まさか仲介人がいるなんて思いませんでした」
「……翡翠、兄さんの手元に渡った金額を数えていましたか?」
「はい、秋葉様。志貴様に手渡された紙袋には一万円札が百五十三枚、収められておりました」
「つまり、こちらから三千万円程度の投げ銭がされたことになるわね。……妙ね」
「何が妙なの、妹?:
「率直に言えば、金額が足りていません」
「足りていないって、あちら側の? それともこちら側?」
「無論あちら側が、です。……あの仲介人、いくらか抜き取りましたね」
「寝具一つすらない遠野君の為に、私たちで結構な金額を送りましたからね。三千万円程度ってことはないでしょう」
「……翡翠ちゃん、私、金銭感覚がぶっ壊れそうです」
「……そう」
「わーん! 翡翠ちゃんが冷たい!」
「あの子は……、本当に不器用なんですから」
「この件に関しては私からはノーコメント。志貴の過去とか、あんまり詳しくないし。妹は?」
「私も発言を控えさせていただきます」
「秋葉様ってば、言ってしまえばほぼ諸悪の根源ですもんねー……、って痛たた!」
「姉さん……」