親愛なる隣人(笑) 作:TMG chicken
あまり原作に則ったものではないですが、どうかお楽しみください。
《本当にやるのかい?》
チャットで、ネッ友兼ゲーム仲間の《グリーン・ゴブリン》からそう送られてきた。
今更そんなことを言われたって、もう僕の覚悟は決まっている。
《僕はもう決めたんだ》
この前、僕はベンおじさんを失った。
おじさんは、両親を失った僕にとって、父親のような存在だった。
メイおばさんもおじさんの死を嘆き悲しんで、もう何日も部屋から出てこない。
僕が親しいと言えるのは、おじさんと、おばさんと、ネッ友のゴブリンだけ。
その一人を、僕は失ってしまった。
あれは、僕のせいだ。
僕があの強盗を逃さなければ、おじさんは死ななかったはずだ。
蜘蛛に噛まれた僕は、力を手に入れた。
車を持ち上げられるほどの怪力、どんな壁も自由自在に登ることのできる能力、危険を事前に察知する力。
人知を超えた力を手に入れて、僕は調子に乗っていた。
どんなことでも自分の思い通りになると思い込んで、一人の強盗を見逃がしてしまった。
その強盗が、僕のおじさんを撃ち殺した。
だから、僕はあの強盗を見つけ出してやる。
見つけて、それから――
ポコン、とチャットの通知音が鳴る。
ゴブリンからのメッセージだ。
《地獄からの使者》
……。
なにこれ?
《なにこれ》
《自分の正体がバレないように顔を隠す計画だろ? だったらいっそのことコミックのスーパーヒーローみたいにコスチュームとヒーローネームを用意しといたほうがいいかなって》
《いらない》
別に、スーパーヒーローになろうとかなんて考えてない。
僕はただ、ベンおじさんを殺した犯人を捕まえたいだけなんだ。
通知音とともに、何やらカクカクとした、どこか日本の武士の兜を彷彿とさせるデザインの鎧のイラストが送られてきた。
《スーツのアイデア》
《だからいらないって》
《レオパルドン、って名前はどう?》
《だからいらないって》
いらないと何度も言うが、ゴブリンからはいくつものコスチュームデザインのラフが送られてくる。
描くの早いな。
《そういえば君の力って蜘蛛に噛まれたから手に入れたんだっけ》
《そうだけど》
《だったら蜘蛛をモチーフにしたデザインにするね》
《だからいらないって》
しかしゴブリンは聞く耳を持たず、次々と蜘蛛モチーフのスーパーヒーローのイラストが送られてくる。
《これとかどう? 名前は、スパイダーマン》
《全身タイツじゃん。しかも名前に何のひねりもないし》
送られてきたのは、赤と青の全身タイツのイラスト。
目元に白いゴーグルのようなものがあり、全身にクモの巣の模様が張り巡らされている。
《君が言ってたウェブシューター、こっちで試作品作ってスーツと一緒に送るね》
《スーツはいらない》
ウェブシューターは、僕が考案した便利道具だ。
空気に触れると蜘蛛の糸のような粘着質な物質に固まる薬品を貯めたブレスレットのようなもので、ボタンを押すと発射されて紐状になったりネット状になったりする。
考案と設計は僕だけど、それを作る機械も材料もお金もないから、実家がお金持ちのゴブリンに作って貰う予定なんだけど、果たして無事に届くんだろうか……。
* * * * * * *
「結局、これも一緒に送ってきたのか……」
1週間後、僕の家には全身タイツが送られていた。
伸縮する素材のようで、そのおかげでサイズは問題なさそうだ。
《着たら自撮り送って》
《撮らない》
《着てはくれるんだ》
……。
一応、着てみました。
しょうがないじゃないか、と僕は言いたい。
いらないとは言ったものの、せっかく友人が作ってくれたものを、一度も使わないのも失礼というかなんというか。
《着心地は?》
《悪くないけど、なんか恥ずかしい》
全身タイツってこんな感覚だったんだ。
普通の服と違って体のラインとかが全部出るから、なんだか裸でいるよりも露出度が激しい気がする。
《本当にこれを着て外に出ろっていうの?》
《君がそれ着てスイングしてるところ動画撮ってよ》
《撮らない》
部屋に鏡がないので、スマホの内カメで自分の姿を覗いてみる。
……すっごい不審者。
いやでも、素顔のまま外に出るよりかはいいのか?
なんたって、僕はこれから――
「――大丈夫だ。僕ならやれる」
全身タイツの上から手首につけられた、ウェブシューター。
僕はこれから、その糸を使って、ビルの間を「飛ぶ」んだ。
白いゴーグルの付いた、赤いマスク。
ニューヨークの真っ昼間を飛ぶなんて派手なことをするなら、顔を隠さないとネットの晒し者になる。
こんな目立つ格好をしているほうがネットに上げられやすいだろうが、特定されなければ何でもいいか。
スーツのポケットにスマホを入れて、赤いマスクを頭に被る。
ゴーグルは色付きなのに意外と視界はクリア。さすがゴブリン製と言うべきか。
「よし、行くぞ」
アパートの窓から身を乗り出して、向かいの建物にウェブシューターの照準を合わせる。
手のひらに位置するボタンを押すと、手首の内側から一本の太い白い糸が射出される。
その糸を両の手でしっかりと握って――
「……無理じゃね?」
アパートの最上階から道を見下ろすと、とても高い。三階くらいの高さだけど、僕にとってはとてつもなく怖い。
落ちたら即死とまではいかなくとも、後遺症が残るレベルの怪我は確定だ。
足がすくんで、無意識のうちに僕は部屋の中に戻っていた。
こんな高さでスイングするなんて、僕はなんてことを考えてたんだ?
「いや、無理無理無理無理」
『怖気付いたのかい?』
「うわっ!?」
突如、耳元で合成音声が流れ出した。突然のことに僕は思わず後ろに倒れ込んだ。
「ど、どこだ?」
『そのマスクにマイクとスピーカーを仕込んでおいたんだ。他にもカメラで君の視界は僕に共有されてるし、位置情報だって把握できる』
「もしかして、ゴブリン……!?」
なんと、ゴブリンはこの赤いマスクの中に通信機を仕掛けていたらしい。確かにちょっと機械のような物が耳やゴーグルのあたりに付いているようだ。
『それで、君は高所恐怖症だったのかい?』
「そ、そんなことないよ」
『じゃあ、さっさとスイングしてみなよ』
「……ゴブリン、僕をからかって楽しい?」
『めっぽう楽しい』
耳元で電子音声がいかにも愉快そうにそう答えた。
『臆病者じゃないって証明してみなよ、スパイダーマン』
「……その呼び方はやめてくれ」
ゴブリンが見ている。つまり、僕が少しでも怖がっていたら、彼はそれにすぐ気がついてしまう。
やるしかないか。すごくカッコ悪い動機だけど、友人にカッコ悪いところは見せたくないんだ……!
「僕なら、できる!」
思い切って、窓から飛び出して、空に身を投げる。
重力に従って、僕の身体は地面に向かって吸い込まれる。
道路に激突する前に、ウェブシューターを起動して、手首と近くの建物を糸で繋ぐ。
そしてそのまま、振り子の原理でスイング――!
「――ぐえっ!?」
直後、右の腕と肩に、凄まじい力と痛みが襲いかかる。
これは、僕が一般人だったらとっくに腕がちぎれてるほどの力だ……!
「つ、ぎ!」
軋む関節を無視して、左手から次の糸を出して、右手の糸を切り離す。
負荷が反対の腕へと移り、僕の身体は風を切りながらどんどん前へと進んでいく。
『すごい、すごいよ!』
「これ、見た目よりも相当きっつい……!」
三回目、四回目のスイングを終えて、腕の疲労が限界に近づいた僕は、近くの建物の壁に張り付いて休憩することにした。
「はぁ、はぁ、もう無理……」
『お疲れ様。予想より腕への負荷が強かったみたいだね』
「ちょっと……休憩させて」
手と足が、何故か壁や天井にくっつく。僕が手に入れた力の一つだ。
この力のおかげで、平らな面があれば、どんな角度でも休憩できる。
こんなに疲れるなら、飲み物でも持ってくればよかったな。
「……それで、あの殺人犯はどうやって探したらいいの?」
『警察が公表した似顔絵のデータをコンピューターに読ませて、君のマスクのカメラの映像と照合してる。それらしき人物を見かけたら通知が行くはずだよ』
「いつの間にそんなトンデモシステム作ったの!?」
僕のデザインしたウェブシューターを家で作れたことから、ゴブリンには機械いじりの経験は相当あると思っていたが、まさかソフトウェアも作れるとは。恐るべし。
「つまり、そいつがこの道を通りかかるだけで勝手にシステムが見つけてくれるってこと?」
『その認識で合ってるよ。参考画像が似顔絵だから、多少の間違いはあるけどね』
じゃあ、僕はここから下の道路を見下ろしてるだけでいいのか。
……。
た、高い。
『君はあいつと対峙する前に、高所恐怖症を克服するべきだろうね』
「う、うるさいな!」
別に高いところが苦手なわけじゃない。
ただ、慣れてないだけ。そう、慣れてないだけなんだ。決して怖いわけじゃない。
『君がそう言うなら、そういうことにして――おっと』
突如、耳元で電子音声とは違う、アラームのような音が鳴り響いた。
まさか、これが――
『いきなりだけど、見つかったみたいだね。10時の方角、黒のジャケットだ』
ゴブリンの指示通りに、斜め前方を観る。
そこには、ベンおじさんを殺した男が――僕が見逃してしまった男がいた。
「――っ!」
『待て、落ち着いて!』
ゴブリンの静止も聞かず、僕は飛び降りた。
向かいのビルにウェブを伸ばし、痛む腕も気にせず、全力で急行する。
そして、遠心力を利用して、そのままそいつの横っ腹に蹴りを入れる!!
「――ぐっ!?」
強盗は、吹き飛ばされてビルの壁にぶつかり、そのまま地面に転がり落ちた。
脇腹を押さえて呻いている。今ので、肋骨にヒビでも入ったんだろう。小さく縮こまって震えている。
「ぐがっ――だ、だれだ……?」
「お前は、僕のすべてを奪った!!」
胸ぐらをつかんで、頬に一発拳を叩き込む。
道にいた周りの人たちがざわめき出す。口を押さえる人、逃げ出す人、スマホを構える人。
反応は三者三様だが、一つ共通することがある。皆、僕を恐れている。
だけど、そんなのどうだっていい。
「か、カネか!? 俺が盗ったカネを返してほしいのか!? だ、だったらやるよ! カネなら返してやる!」
強盗はそう言って、手に持っていたバッグを僕の足元に放り出した。
レディースものだ。明らかに、こいつのものではない。
「――お前はまだ、性懲りもなく――」
『ダメだ! 止まれ!』
耳元で電子音声がなにかうるさいが、もう何もかもどうだっていい。
僕はやらなきゃいけないんだ。
僕は一度こいつを見逃した。そして、こいつはおじさんを殺した。
――大いなる力には、大いなる責任が伴う。
僕が犯罪者を見逃せば、そいつはまたどこかで犯罪を起こす。誰かを殺すかもしれない。――ベンおじさんのように。
だから、僕はここで終わらせないといけない。
僕が、こいつを、二度と犯罪なんてできないように――
「キャアアアアア!!」
突如、絹を裂くような悲鳴が道路に響いた。
僕を取り囲む野次馬たちの目線は、一斉に声の方角に寄せられる。
思わず、僕も声の方向に顔を向ける。
そこには、緑色の男がいた。
緑色の鎧に身を包み、腰部からは先の尖った尻尾のような機械が生えている。
「なんだ……?」
奇妙、としか言えない光景だった。
ビルの壁に設置されたATMを、尻尾が何度も何度も突き刺して破壊している。
石でできた硬い壁を容易く壊すなんて、恐ろしい力だ。
あれだけの力があれば、人間の身体なんて――
「手を上げろ!!」
たまたまそこにいたのであろう警官が、鎧の男に向かって拳銃を構える。
「邪魔だ!」
だが、鎧の男が軽く尻尾を一振りしただけで、警官はものすごい勢いで後方に吹き飛ばされてしまう。
手から拳銃が弾かれ、車に背中から激突した警官は、そのまま地面に倒れ込んだ。
呻いているが、立ち上がる力はなさそうだ。
「俺の邪魔をするやつは――」
そう言って、鎧の男は尻尾を持ち上げる。
その鋭い先端が、警官に突きつけられていた。
『マズいよ、あのままじゃあの警官が――』
耳元でゴブリンの電子音声が流れる。
わかってるよ、そんなこと。
僕がここであの鎧の男を止めれば、警官は助かる。
だけど、ベンおじさんを殺した犯人を、取り逃がす可能性がある。
僕がここで強盗犯を押さえていれば、あの警官は殺されてしまう。
おじさんの敵を捕まえるか、あの警官を助けるか、僕にはどちらかしか選べない。
「ひ、あ」
強盗は、既に後ずさりして僕から離れようとしている。僕の蹴りがよっぽど響いたのか、ゆっくりと地面を這うことしかできていないようだが。
『ピーター』
「――っ」
頭の中で、あの言葉がよぎる。
ベンおじさんが遺した、あの言葉が。
『大いなる力には、大いなる責任が伴う』
「なん、で」
なんで今なんだ。
思い出すなら、別のときにしたらどうだ?
今なら、おじさんを殺した犯人を――
『大いなる力には、大いなる責任が伴う』
男が警官に一歩近づく度に、その重い鎧が地面を振動させる。
並の人間には止められない。それは明白だ。
鎧の男は警官よりも大柄で、スーツが更にその体を大きく見せていた。
『大いなる力には、大いなる責任が伴う』
僕には責任がある。
二度と、ベンおじさんのような犠牲者が出ないようにする責任が。
『大いなる力には、大いなる責任が伴う』
――だって、僕にはその力があるんだから。
「う、あ」
「そこにいろ!!」
呻きながら逃げようとする強盗をウェブで地面に貼り付けて、鎧の男に向かって走り出す。
ビルにウェブを射出して、さっきと同じ要領で、スイングからの飛び蹴りを――
「――あ?」
鎧の男は、迫りくる蹴りに気づいたのか、体を反らして僕の攻撃を完璧に避けた。
糸から手を離して、地面にスライディングしながら着地する。
既に鎧の男の尻尾は、警官から離れている。注意が完全に僕の方に向いたのか、尻尾を巻いて逃げる警官に男は気づいていないようだ。
注意が向いているどころか、男は目を見開いて僕を凝視している。
なんだろう? どこか様子がおかしい。
鎧の男は、震えながら腕を上げて僕を指差すと、口を大きく開けてこう叫んだ。
「ぜ、全身タイツの変態だぁ!?」
「僕は変態じゃない!!」
……よし、このスーツをデザインしたゴブリンは後でとっちめる。
スパイダーマンのコスチュームって、ただの全身タイツだから現実で着たら公然わいせつで捕まりそうですよね。
っていう思いつきから書き始めました。