親愛なる隣人(笑) 作:TMG chicken
『マンハッタン市内で、窃盗、器物損壊、公務執行妨害、傷害などの罪で、身元不明の男が逮捕されました。目撃者によると、男は緑色の鎧のような服を着ており、赤色のスーツを着た別の男と喧嘩を――』
グリーン・ゴブリンは、ため息をついてテレビを消した。
今日起こったことで、想定内のことは殆どなかったに等しい。
親友であるピーターが、彼の叔父を殺した犯人を探すのに協力したのは、確かにゴブリンだ。
しかし、普段あれだけ温厚なピーターが、見つけるなり即座に蹴りかかり、危うく殺しかけるとは思ってもいなかった。
更に驚きだったのは、パワードスーツを着たケモナー――じゃなくてスコーピオンという犯罪者だ。
「一体、誰があんなものを作ったんだ?」
ピーターがスコーピオンの腕を振り払えなかったのを見るに、あのパワードスーツはスーパーパワーを持つピーターの腕力を上回る出力を持っている。
そんなもの、現代のテクノロジーで作れるものなのだろうか?
蜘蛛に噛まれてスーパーパワーを手に入れたピーターと、パワードスーツを着たスコーピオン。
今までの常識からは大きく外れた力を持つ二人が、ほぼ同時に現れた。
これは果たして偶然なのか、それとも――
「いや、大事なのはそこじゃない」
今回、ピーターは危うく人を殺しかけた。それも二度。
二回目は自分の力を制御しきれなかったことによるミスのようだが、一回目は、故意の行為だ。
ゴブリンはあんなに暴力的なピーターを見たことがなかった。
対人ゲームをする時も、人を煽ることは散々あったが、盛大に負けた時も激昂することはなかった。
そんなピーターが、危うく人を殺しかけた。
ピーターから聞いた話だが、彼は幼少期に実の両親を失っている。
そんな彼を育てた叔父叔母夫妻、その片方を失ってしまったのだから、ピーターは心に深い傷を負ってしまったはずだ。
もっと早く気づくべきだった。
「……僕のせいか?」
ゴブリンの協力がなければ、あの犯人は見つからなかった。
ウェブシューターを作ったのも、コスチュームを用意したのも、ゴブリンだ。
ゴブリンがピーターに協力さえしなければ、こんな事件には発展しなかったはずだ。
ピーターにそんなことをさせなくてすんだのだ。
「いや、そんなはずはない」
スコーピオンによる死人が出なかったのは、ピーターが止めたから――ゴブリンが協力したからだ。
「僕は間違ってない……はずだ」
ゴブリンが協力していなければ、ピーターはあそこでスコーピオンを止められず、あの警察官は殺されていたはずだ。
だから、ゴブリンがピーターに協力したのは間違いではないはずだ。
そう、思わなければ――
「入るぞ」
扉の向こう側から声がして、ゴブリンは反射的に立ち上がった。
入ってきたのは、ゴブリンの父親。
「――ハリー、たまには片付けたらどうだ?」
開いた扉から差し込む光が、ゴブリンの部屋を照らし出す。
露わになったのは、床に転がったエナジードリンクの缶や、畳まれず放置された洗濯物。
ゴブリン自身のボサボサの髪と、真っ黒に浮かんだ隈が、父親の目に止まり、その眉間にシワを作る。
「身だしなみくらい整えろ」
「うるさい。関係ないだろ」
「関係あるに決まっているだろう。私はお前のパトロンだぞ?」
ゴブリンの父親は、いつも実の子どもであるゴブリンに対して、自分はパトロンだと主張する。
まるで、二人のつながりは金だけだと言っているようで、ゴブリンはそれが不快だった。
「何の用?」
ぶっきらぼうに、ゴブリンはそう吐き捨てた。
「いや、珍しくお前の口座に大きな動きがあったから、何を買ったのか訊こうと思ったんだが」
「は? なんで勝手に人の口座を監視してるんだよ」
「お前の金は、元はといえばすべて私のものだろう」
ゴブリンは父親から、かなりの額の金が入った口座をもらっている。
それはゴブリンが投資や様々な学習に利用するために、という名目で渡されたものだが、ゴブリンはその金を殆ど使わず、新しいゲームを買うときに少額引き出すだけだ。
今回はその口座から、ピーターのウェブシューターやコスチュームを作る費用を捻出したのだが、同じく口座にアクセスできる父親には、異常な金の流れがバレてしまったらしい。
「……別に、ちょっと工作したくなったから」
「ふむ」
父親は、ゴブリンの部屋の隅に置かれている、見知らぬ機械に目を向けた。
それはピーターがデザインした、クモ糸になる薬品を生成するための装置だ。
「まぁ、お前の勉強になるから良しとしよう。もうゲームには使うなよ」
「くたばれ」
退出する父親に、ゴブリンは毒を吐いた。
扉が閉まり、部屋には再び静寂が訪れる。
「……気分悪い」
ゴブリンは立ち上がると、久しぶりにカーテンを開け、窓を開いた。
涼しく新鮮な夜風が、数週間ぶりに部屋に流れ込む。
見下ろすと、そこにはニューヨークの美しい夜景が見えた。
ゴブリンの部屋からは、高層ビルの屋上だって見える。
なぜなら、ここはニューヨークで最も高い高層ビル――オズコープ本社だから。
「……風邪ひく前に閉めるか」
そう言って、グリーン・ゴブリン――ハリー・オズボーンは窓を閉めた。
* * * * * * *
「ととと」
僕は、自分の部屋にまるで泥棒かのように窓から侵入した。
物音を立てると、メイおばさんに窓から入ってきたことがバレるかもしれない。
静かに窓を閉めると、僕は急いでマスクを脱いだ。
もう全身汗だくだくだ。昼間のケモナーとの戦闘といい、ビルの間をスイングして回ったことといい、今日は普段以上に運動したからな。
「もうこんな時間か」
外はもう薄暗い。そろそろ夕飯の時間だ。
服を着替えて、部屋を出る。
狭いアパートだから、部屋はダイニングキッチンを除いて二つしかない。
僕の部屋と、ベンおじさんとメイおばさんの部屋だ。
だけど今は、メイおばさん専用の部屋になってしまっている。
「……起きてる?」
呼びかけに、返事はない。
おじさんが死んでから、名おばさんは人が変わってしまった。
温厚な性格だったのが打って変わって、テキパキとあっという間に書類や口座云々の問題を片付け、葬儀も手早く済ませた。
寝る間も惜しんでやっていたんだ、忙しくしていないと、気が気でなかったんだろう。
全てが終わった後、おばさんはプツンと糸が切れたように大人しくなった。
部屋に引きこもり、食事を取らない日も出てきた。
だから今はこうして、僕が代わりにご飯の用意をしている。
僕に作れるものと言ったら冷凍食品だけだけど。
「ご飯、できたよ」
解凍した夕飯を扉の前に置いて、しばらく待つ。
でも、返事は帰ってこない。
今日はそういう気分の日なんだろう。
電気のついていないリビングに、時計の針の音だけが響いていた。
「……ここに置いておくからね」
暗いリビングを後にして、僕は自分の部屋に戻った。
僕の部屋はあまり広くはない。
そもそもパーカー家はそんなにお金を持っているわけでもない。
だけど、僕の部屋には七色に光る、立派なゲーミングPCが置いてある。
頑張ってバイトして貯めたお金と、おじさんとおばさんに誕生日に買ってもらったパーツで作った、自慢のPCだ。
使い道は、学校の課題と、ゴブリンとのゲームくらいで、僕にはオーバースペック気味だけど、すごいPCを持ってるという事実だけで、ちょっと嬉しくなるんだ。
《やあ、帰ったかい?》
PCを立ち上げると、早速ゴブリンからのメッセージが送られていた。
《帰ったよ》
《早速だけど、今日の君の活躍がネットニュースで取り上げられてるよ》
《https://www.dailybugle.com/article/……》
ゴブリンから送られてきたのは、とあるニュース記事へのリンクだった。
今日の僕のことが書いてあるのか。
あのケモナーから警官を助けた話でも載ってるのかな?
ちょっとやりすぎたけど、警官を助けたのは事実だからな。
僕はどんな感じで紹介されてるんだろう?
ワクワク半分、ドキドキ半分でリンクを開いてみると――
【NYに全身タイツの変態とケモナー現る!!】
そのタイトルが見えて、僕はページを閉じた。
《……スーツのデザイン、新しいの作っておくね》
《お願いするよ》