親愛なる隣人(笑) 作:TMG chicken
『あ、やっと繋がった?』
スーツを着ると、向こう側には既にゴブリンが待機していた。
『ってことは、もう状況は理解してるみたいだね』
「……また、パワードスーツを着た奴が出たの?」
『みたいだね』
学校を抜け出して、家に帰って全身タイツ――コスチュームを着たはいいものの、特に計画なんてない。
ただ――
「あいつは、僕を呼び出してるんだよね」
『……そうみたいだね』
第二のパワードスーツ持ちが現れた理由が、
僕が、落とし前をつけないと。
『戦うつもりかい?』
「そうだね」
『……わかった、場所まで案内するよ』
窓を飛び出して、糸を出してスイングする。
心なしか、前よりもスイングのときに腕にかかる痛みが少なくなった気がする。
だけどそんなことも、風を切る心地よさも、今の僕にとってはどうでもいい。
大いなる力には、大いなる責任が伴う。
僕が自分の力で引き起こしてしまった問題は、自分でなんとかしないといけない。
『そこ、右』
ゴブリンの指示に従ってビルの間を突き進んでいくと、足下に見える人の流れが、はっきりと僕とは反対の方向に流れていくのがわかるようになってきた。
間違いなく、現場に近づいている。
「――――ッ!?」
突然、ゾワリ、と全身の毛が逆立つ不快感が、僕を襲った。
反射的にスイングの方向を変えてビルの壁に着地すると、僕の先程までの進行方向に、車が飛んできた。
車が、飛んできた????
「避けるなッ、変態野郎!!」
車を投げつけてきたのは、スコーピオンの鮮やかな緑とは打って変わって、灰色のパワードスーツを着た男。
鎧はスコーピオンより何倍も大きく、パワードスーツというより、日本のアニメに出てくる巨大ロボットアーマーと言ったほうが正しいまである。
そして、頭部にはサイのような角が付いている。
サイ……。
「……もしかして、君もケモ――」
「俺はケモナーではない!!」
サイ男はそう叫びながら近くにあったパトカーを掴むと、僕に向かって放り投げた。
再び、僕をあの不快感が襲う。
背骨を直接くすぐられるかのような気味の悪い感触に、思わずうめいてしまう。
『ピーター!?』
(なんだよこれ!?)
本能のままに、僕は横に飛んで車を避ける。
だが――
「あっ」
パトカーは、僕が先程までいたビルの壁に、深く突き刺さった。
こいつとの戦いが長引けば長引くほど、周囲に被害が出る。
僕なら避けられる車も、一般人にとっては不可避の一撃だ。
「……悪いけど、本気モードで行くよ」
なるべく短期決戦で済ませる。
スコーピオンの時みたいにやりすぎる可能性はあるけど、背に腹は代えられない!
「――っ」
地面のマンホールにウェブを伸ばして、思いっきりこっちに手繰り寄せる。
僕の力で引っ張ったマンホールはいとも容易く地面から剥がされ、僕の手元へと渡った。
「なんだか僕にはこの戦い方が一番似合ってる気がするんだよね!」
スコーピオンと同じ戦法、即席メテオハンマー方式!
糸の先に錘を付けて、蜘蛛に噛まれて手に入れた怪力でぶん回す!
超加速されたマンホールが、サイ男に迫――
「遅い!!」
しかし、サイ男はジャンプ一つでマンホールを簡単に避けてしまった。
「無駄無駄ァ! このライノスーツはスコーピオンスーツよりも更に上等! パワードスーツ界で最も優れた加速力! その程度の攻撃、いくらでも避けてやるわ!」
その発言は、直後に証明されることになる。
サイ男は目にも止まらぬ速さで走り出し、反応するまもなく、僕が張り付いていた建物に新幹線と見間違えるほどの速度で衝突した。
建物全体がまるで地震が起こったかのように揺れ、僕はその壁から振り落とされてしまった。
「――まずいっ!」
とっさに即席メテオハンマーから手を離し、向かいのビルにウェブを放ってそっちに飛び移る。
攻撃手段は失ったが、落下死はなんとか免れ――
「まだまだァ!」
「うああっ!?」
ビルに飛び移った次の瞬間には、サイ男は既に突進を開始していた。
即座に壁から飛び降りて、別の建物に張り付く。
『全速力で建物に衝突したはずなのに、もう走り始められるなんて……』
「あの大きいスーツに、対ショック構造でもあるのか……」
今一度、サイ男のパワードスーツを眺めてみる。
恐らく、パワードスーツという言い方は厳密には違うだろう、と心の中のオタクが叫んでいる。
あれは腕や足の動きを補助する
サイ男は全身をアーマーで覆われ、その地肌はおろか、中に入っている人は外側から一切見えない。
……ん?
「じゃあ、どうやって外の世界を認識してるんだ?」
『どこかにカメラがあって、それを内部のモニターで視認しているんだと思うけど――そうか』
突然、ゴブリンの電子音声が、何かに気づいたように声を上げた。
『カメラにはモーションブラーがある』
「……なにそれ?」
『写真を撮るときに、カメラを動かしちゃうと被写体がボケちゃうあれだよ』
ああ、手が震えちゃってスマホで撮ろうとした写真がボケボケになったりすることあるな。
『つまり、あいつが外界をカメラを使って認識してるなら、モーションブラーのせいで細かいところはぼやけて見えない、ってことさ』
「そっか……!」
確かに、動画を撮るときにカメラを動かすと、色んなところがブレブレになって分かりづらい。
あれだけの速度で走っているのだから、モーションブラーは相当ひどいはず。
派手な色をした僕のコスチュームなら見えても、細いウェブは見えない可能性がある!
「アドバイスありがとうゴブリン!」
「戦いの最中に、誰と喋っとるんだアアア!!」
ゴブリンと会話していると、激昂したサイ男が突進して来た。
「そんなに叫ぶことないでしょ。落ち着きのない男はモテないよ? あ、ケモナーはそもそもモテないか」
「言わせておけばアアア!!」
このサイ男は、突撃速度こそ凄まじいものの、動きは直線的で避けやすい。
こうやって挑発してやれば、ノセられてすぐわかりやすい攻撃をしてくる。
「よっ――!」
全力でバク宙ジャンプして、サイ男の上を飛び越える。
サイ男は、僕を通り過ぎて道をずっと下っていく。
その隙に、道の両側のビルにウェブを繋げて、ここをライノが通ろうとしたら足を引っ掛けて転ぶようにする。
もともと蜘蛛は、糸で罠を張って、じっと獲物がかかるのを待つ生き物だ。
この戦い方は、蜘蛛から力を得た僕にとっては王道なのだろう。
「おーい、こっちだよ! 草食動物モチーフのくせに視野が狭いね!」
罠を張り終えて、僕はサイ男を呼び戻す。
サイ男はその足で道路を抉るようにして減速すると、方向を変えて僕に向かって突進し始めた。
僕は転身して、反対方向に向かって走り始める。
どうやらサイ男は僕の罠に気づかず追ってきているみたいだ。
そして、背後でドシン、という大きな音が鳴る!
「引っかかったな!」
振り返るとそこには、地面に倒れ込んだサイ男の姿が。
すかさずウェブをバラ撒き、サイ男を地面に固定しようとする。
だけど、スコーピオンが僕のウェブを引きちぎってたから、より大型のアーマーを身に着けたこいつも、時間さえあれば僕のウェブを引きちぎることだってできるだろう。
スコーピオンの時のように、スーツを破壊しないと。
「えーっと、マンホールは?」
あたりを見回して、僕がさっき手放した即席メテオハンマーを探す。
あった、近くに落ちている。
こいつで関節部分を何度か殴れば、動かなくなるだろう。
そう思って、メテオハンマーにウェブを放って――
――引っ張ったものの、一向に手繰り寄せられる気配はしなかった。
「あれ?」
先程までは簡単に持ち上げられていたはずのマンホールが、微動だにせず地面に張り付いている。
「――お見事」
突如、声がした。
声は飽和していて、どの方向から聞こえてくるのかがさっぱりわからない。
誰か、と振り向いてみると、そこには――
「いない!?」
先程まで倒れていたはずのサイ男が、地面から綺麗さっぱり消えていた。
まさか、あれだけ大きいアーマーを着たまま、どこへ!?
「貴方が、噂の全身タイツの変態ですか?」
「僕は変態じゃない!」
頭のすぐ後ろで、見知らぬ男の声がする。
しかし、振り向いてもそこには誰もいない。
困惑する僕をよそに、どこからともなく男の笑い声が聞こえ始める。
「では、自己紹介といたしましょう」
その声とともに、通りを煙が覆い尽くした。
どこから発生したのかはわからない。
だが、煙は道路中に充満し、一歩先すら禄に見えなくなってしまった。
呼吸ができていることから煙に毒はないと思うが、視界が遮られた中で響き渡る男の声が、ひどく気持ち悪く感じられた。
「――私は、ミステリオです」
突如、耳元で男の囁く声が聞こえた。
バッと振り返ると、そこには、奇妙としか言いようがない格好をした男が立っていた。
何よりも先に目を引いたのは、金魚鉢のようなガラスの被り物。
その中には薄緑色のガスのようなものが充満していて、ぼんやりと光っている。
緑色のスーツに、赤紫色の豪華な襟付きマントを羽織り、それを金色の目の形をした金具で止めていた。
「貴方、イイですね。まさかライノを倒してしまうとは」
「……あのサイ男の仲間?」
「まぁ、そんな感じですかね」
こいつもスコーピオンとサイ男の仲間なら、ここで捕まえる――!
即座にウェブを放つも、当たるやいなやミステリオは煙の塊になって散ってしまった。
「なんだこれ!?」
「――イリュージョン、ですよ」
再び、背後から声がする。
しかし、今度は振り返ってもミステリオの姿はない。
「今日のところは退散しましょう。又の機会にお会いできるのを楽しみにしていますよ」
「待て!」
呼びかけるも、返事はない。
煙に覆われた通りの中で、ミステリオの不気味な笑い声が響くだけだ。
しばらくして、声がだんだんフェードアウトしていくと同時に、煙も晴れた。
そこに、サイ男もミステリオもいなかった。
「どこに、行ったんだ?」
マンホールに繋がれていたはずのウェブは、地面にくっついていて、マンホールは全く違うところに落ちていた。
『なんだか、狐に化かされたみたいだね……』
僕は、サイ男を撃退することに成功した。
だけど、こんどは敵を捕まえることができなかった。
* * * * * * *
戦いが思っていたよりも早く終わったので、僕は着替えて学校に戻ることにした。
早退したのも初めてだけど、遅れて学校に行くのも初めてだ。
いつもと、なんだか雰囲気が違うような感覚がする。
門をくぐってしばらくして、その違和感がただの気の所為ではないことに気づいた。
みんな、異様に静かで、顔を寄せ合ってコソコソと小さな声で何かを話している。
何かあったんだろうか。
とりあえず、早退の理由を体調不良にしていたので、保健室に行って自分は治ったからこの後の授業には出席できると養護教諭に伝えよう。
そう思って、保健室の扉を開くと――
「え?」
グウェンが、涙を流していた。
周りには、彼女の友達と思われる女子たちと、フラッシュがいて、彼女を眺めている。
「……パーカーか」
フラッシュは僕に気づくと、声をかけてきた。
「えっと、何かあったの?」
「……今日、二人目のパワードスーツ男が出てきただろ?」
その言葉に、僕は頷く。
なにせ、そのパワードスーツ男と戦ったのはほかでもないこの僕だ。
フラッシュは、少し戸惑うと、口を開いた。
「全身タイツ野郎とパワードスーツ男の戦いに巻き込まれて、グウェンの親父さんが死んだそうだ」