You and SpidayS   作:あおい安室

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1:A Ordinary Day=1048
2:TThe Drawing M Day=1610
3:Be S Day=616◁
4:C V D
5:I F L D
6:B N D
7:A O D


Be S Day

 ある日を胸に刻む。自分のあり方を定めた、1日を忘れないように。

 

 Be、という英単語がある。日本ではBe動詞などと呼ばれ、英語を学ぶ上での基礎知識として頭に叩き込まれる言葉だ。

 では、その意味はなにか。用途が多岐にわたる都合説明は難しいが、「〜である」といったニュアンスだ。例えば、Be great なら「〜は素晴らしい」といった形だろう。その存在がどういったものであるか、説明する言葉だ。

 

 で、あるならば。自分を表す言葉は「Be ____」になるのだろうか。

 

 自分の名前。自分の過去。自分の成すべきこと。ありとあらゆる記憶が消え失せ、何をしていいのかわからず、ここがどこなのかも、今日がいつなのかもわからない。

 

 Be ___ day。自分が何者であるか、どうすればいいか、探さなければならない。

 

 1つ、確かなことは。ここは墓場であることだ。いくつもの墓標が立ち並ぶ中、自分は誰のものかもわからない墓標の前で立ち尽くしていた。

 墓標に刻まれた名前を読むことが出来ても、その意味がわからない。家族か、友人か、赤の他人か。性別さえもわからない誰かの墓標の前に、自分は立っていた。ここにいても何もわからない。自分の手がかりを探すために動くべきだが、どこに行けばそんなものは見つかる?

 途方に暮れ、空を仰ぐ。命が尽きて、立ち尽くしている枯れ木が見えた。その枝に、赤い果実がなっていた。あれを食べればなにかわかるのだろうか。

 だが、蠢くそれは果実ではなかった。目を凝らすと、それは玩具のようなナニカだった。八本の足を持つ半球状のそれは、まるで蜘蛛のような玩具で、木を這い回っていた。

 

「スパイダーボットが気になるのか?」

 

 人気のない墓場にいつの間にか、男がいた。私が見ているものを指さすと、彼はそれが何であるかを語った。

 この街にいるスーパーヒーロー、スパイダーマンが使っているメカであり、犯罪が起きていないかの監視や、軽犯罪の鎮圧を担っている。場合によっては、その場にスパイダーマンが駆けつけることもあるという。監視カメラと言えば、壁から生えた長方形のもの、というイメージだが、今時のカメラは動き回る蜘蛛へと進化したようだ。

 

「それで、君はここで何をしている。墓参りというには、手ぶらなようだな」

 

 彼の手には花が握られていた。死者を弔うために、墓へ捧げるための花束は、既に殆どの花を捧げてしまったらしく、残すは数本らしい。それを近くの墓へ置くと、自分に不審な目を向けた。

 何もわからないから、こうしている。無愛想に返すしかなかったその言葉に、彼は興味を惹かれたらしい。

 

「ここにいない者へかける言葉が見つからないのは、よくあることだ。正解がない問題にいつまでも向き合っているわけにはいかん」

 

 あなたの言うとおりだ。だが、どうすればいいと。どこにも行ける場所はない自分には、蜘蛛の糸ですらすがりたいほどだ。見上げたスパイダーボットはこちらを見るだけで、何もしてこない。

 スーパーヒーローが助ける対象としては、自分は小さすぎるということか。

 

「そうだ、な。一見今の君には何の問題もないように見える。スーパーヒーローが来るまでもなさそうだが、何と向き合っている」

 

 自分と。正確には、記憶がない自分と向き合い、過去を引き出そうとしている。

 

「ふむ。記憶喪失と来たか。なるほど」

 

 彼は少し考え込むと、指を一本立てた。提案がある、と。

 曰く、彼が働いている会社には脳内をスキャン出来る装置があり、記憶を調査することが出来るという。忘れてしまった記憶であっても、探り出すことが出来る。それで自分のことを調べてみようか、と。

 提案は非常にありがたいが、なぜそこまでしてくれるのだろうか。生憎だが、記憶どころか財布もない自分には返せるものは何もないだろうに。

 

「……科学的な興味だ。スキャナーはその性能に反して、記憶障害の治療に用いられた実績があまりない。言い方を変えれば、君でテストをしたい、ということだ」

 

 裏がありそうな物言いではあった。だが、今の自分にとってはすがれるものはそれくらいしかない。彼の提案を受けることにした。賽は投げられた。

 

「古風な言い回しだな。だが、悪くはない」

 

 パーカーだ。ピーター・パーカー。彼の名乗りに返す名はないが、手を取ることで返礼とした。

 

 その握手を、スパイダーボットは静かに眺め、記録している。

 

 


 

 

 彼の会社まではそれなりに距離があった。時には歩き、信号に追われて走り、時には地下鉄に乗るなど、様々な交通手段を駆使していく。道中、パーカーからいくつかの質問があった。

 

「覚えていることは何もない、といっていたな。だから、仮定の話にはなるが。記憶を失くす前の君は何者だったと考えている」

 

 墓場にいた、ということは。誰かを失ったのは確実だろう。大切な人を失ったことを悔やんでいるのかもしれない。誰を失ったのかはわからないが。

 

「君はだいぶ年老いている。妻か、子供か、孫か。友人であったのかもしれないが、推測は難しいだろう。あるいは……」

 

 あるいは?

 

「勝利宣言」

 

 その心は?

 

「これも仮定の話だが。大切な人を失った以外で、墓場に来る理由を考えた。追悼とは真逆、人が死んだことを喜ぶ様な、理由。遺憾ながら、この町にはヴィランが多い。人を恨む恨まれは日常茶飯時だ。だから、自分を陥れた存在が死んだことへの勝利宣言、というのはどうだ」

 

 恐ろしい話だ。考えたくはないが、考えるしかない。

 

「かんがえるしかない、か」

 

 そうだ。自分が何者であっても、受け入れるしかない。自分の過去がヴィランであったとして、その事実は消えない。今の自分がしたことでなくとも、それは自分のやったことだ。

 

「虚勢だな。手が震えているぞ」

 

 それでも立ち向かうしかない。運命からは逃げられない、と言うだろう。

 

「ありふれた言葉だ。ところで、それはどこで聞いたんだ」

 

 どこだろうな。思い出せないが、何故かそんな気がしただけだ。本かもしれないし、映画かもしれない。普遍的な、ありふれた言葉であったとしても、記憶を失くした自分がそれを信じられるのなら。それは、この世界の真理だろう。

 

「意思が強い男だな。スーパーヒーローのスーツをゴミ箱で見かけたら、拝借してヒーローにでもなりそうな自尊心の強さは、記憶を失くす前からそうだったのかもしれんな」

 

 冗談はよしてくれ。自分は年老いているのだろう。もうそんな年じゃないし、そうであったとしても昔の話ではないか。

 

「だとすれば、1つ助言だ。君のようなヒーローは見たことがない。昔ヒーローだったという線はないだろう」

 

 詳しいな。

 

「昔、そういう仕事をしていただけだ。ヒーローを追いかけて、写真を撮る。獲った写真を売りさばき、その日暮らし。破却したい過去だが、消すことは出来ん。君も過去を受け入れる準備だけはしておけ」

 

 覚悟はしておこう。だが、そんなに悪い過去ではないと思うがね。

 

「希望的観測は控えておけ。裏切られた時のダメージは大きいぞ」

 

 自分の過去じゃない。パーカーの過去だ。

 

「なんだと?」

 

 カメラマンとは、いい仕事じゃないか。写真を撮るなんて子供でも出来る仕事だ。だが、それを生業にすることは簡単に出来ることじゃない、センスがあったからできたのだと思うが。

 

「そういう見方もある、か。確かに、悪くはない写真が多かった。功績にするにはチッポケだが、数える価値はあるかもしれん」

 

 記憶を取り戻したら、写真を1枚撮ってくれないか。

 

「……考えておこう。行くぞ」

 

 電車が停まる。乗り換えて、次の路線へと進む。パーカーの会社は遠い。その道すがら、彼はいくつも問いかける。過去を探るように、過去を見つけられるように。導くように、問いかけてくる。

 何が待っていても覚悟しておくように、と。重ねて告げるのであった。

 

 彼の言葉を信じるのなら、自分は自尊心が強く、虚勢だけは一人前。

 自分の直感を信じるのなら、パーカーは自らを卑下しながらも、強い意志を秘めている。

 真実を追い求める探偵のような男に、見えていた。

 

 


 

 

 パーカーの会社は想像より一回り大きな規模だった。会社、というよりは研究所のように見えた。今日は休日らしく、社員はほとんどいなかったが誰しもが熱心に研究を進めているようだ。記憶喪失以前に、専門的な要素が強すぎて何をしているのかさっぱりわからないが、最先端技術とはこういう事を言うのだろう。だが、何を研究しているのだろうか。

 

「何もかも、だ。科学と名がつく分野はほとんど網羅し、研究を進めている。君のような年老いた者経向けた歩行補助具、ヴィランを拘束するための装備、様々な用途へ応用できる新素材、果ては次元の壁を超える装置」

 

 自分の想像をはるかに超える研究をしていることだけは分かった。記憶をスキャンする装置というのも、その一環である、と。

 

「いや、あれはここで作られたものではない。ある天才がかつて作ったものを保管しているだけだ」

 

 ある天才、か。大したものだ。自分とは大違いだ。

 

「……さて、な。手早く済ませよう、こっちだ」

 

 立入禁止と書かれた扉を、パーカーはパスをかざして開ける。研究室に据えられた椅子に座るように指示され、パーカーは部屋中を忙しく動き回る。コンソールを操作したかと思えば、配線をつなぎ直す。部屋からいくつか機材を持ってきては繋ぎ、反応を確認するなど。素早くも、丁寧な仕事だ。

 手持ち無沙汰な私は、部屋をぼうっと眺めるだけ。部屋の一室にある機会と、目があった気がした。

目というよりは、ランプと思われるが。昔の映画に出てくるような、ゴツゴツとしたグリーンボディのロボット。4つの目が、私を見ているような。これは彼の発明品なのだろうか。

 

「準備は終わった。これがスキャナーだ」

 

 ロボットほどではないが、これまた映画に出てきそうなヘルメットを差し出された。いくつかの配線と、ライトがつけられたヘルメット。これをかぶれば、記憶が戻る。

 

「厳密には、君が自分で記憶を探るだけだ。記憶を探し出し、見返すプロセスで結果的に思い出せるだけだ。指向性は持たせてあるが、妙なことはするな。何が起きるかわからん」

 

 どうだろうな。取り乱すかもしれない。受け入れられないかもしれない。

 

「弱気だな。自尊心はどうした」

 

 いざその場に立つと怖くなってきただけさ。ただ、1つ。頼みたいことがある。

 

「なんだ。飲み物の提供はないぞ、故障中だ」

 

 目覚めた時に、自分を取り押さえられる人を呼んでおいて欲しい。

 

「いいだろう」

 

 助かる。ここまでしてくれた恩人に危害を加えるようなことがあれば、今の自分は悔やんでも、悔やみきれない。ありがとう、ドクター・パーカー。

 

「……私は医者じゃない。始めるぞ」

 

 ヘルメットを被り、瞳を閉じた。パーカーがボタンを押す音が聞こえる。

 

 

 酷く、眠くなるような感覚がした。腰掛けている椅子の硬さが遠くなる。

 フワフワと意識が浮かび上がり、落ちていく。落ちていく先に、光が見えた。

 

 それは、記憶。いつしかの、自分の、記憶。

 

 忘れていたとしても、自分なら、そうであるだろうと信じられる、信じてしまうような光景を前に。記憶の中で、つぶやいた。

 

 

 やはり、頼んでおいて正解だった、と。

 

 


 

 

 本来、その部屋に監視カメラと呼べるものはない。部屋の利用者が、自らの正体を秘匿しているからだ。秘密を暴くことにつながるものは、何も残さない。リスクは侵さない、慎重な男だった。

 そんな男が残していた記録映像の中で、老人が目覚めるやいなや、涙を流していた。

 

『気分はどうだ』

 

 暗がりから問いかける声が記録されている。カメラに人影が映り込む。赤と黒のスーツを身にまとった男。スーツの模様と、特徴的な瞳からスパイダーマンと推察される。

 

『パーカーから呼び出されて来た。様子を見てほしい男がいる、と。あなたのことは調べがついている。相違ないか、確認してくれ』

 

 老人は頷く。スパイダーマンは彼の名前を口にすると、経歴を述べていく。ごくごく普通の家に生まれ、ありふれた一般人であったこと。数年前に街を出ていたこと。

 

 その前後、とある事件があり。関与していた可能性が高いこと。

 

 事件の内容は、強盗殺人。捜査資料によれば老人はその容疑者でないかと疑われているが、証拠不十分かつ、行方がわからなくなっていたため逮捕まではいたらず。

 ただ、近年の監視社会化が田舎まで及ぶと、たまたまコンビニのカメラに彼が写っていたことを調べ当てた。恐らく、事件を起こした直後に田舎へ逃げていたのではないかと、指摘した。

 

 スパイダーマンの推理は正しいが、欠けている、と老人は返す。

 

 強盗犯と殺人犯は別であり。殺された人物こそが強盗犯であり、自分はそれを止めようとして殺してしまったのだと。ただ、強盗犯が複数かつ、死んだ1名は店の店員として潜伏していた。

 盗まれた貴重品類は別の犯人が持ち去ってしまい、証拠が足りなくなる。商品がなくなった店と、殺された店員と、店員を殺した男。状況的に、殺した男が持ち去ったのだと、誤解されるような状況。

 

 確かに殺した。だが、善意の殺人だったはずなのだ。

 

 それを罪に問われることを恐れ、老人は逃げ出し、過去を忘れるかの様に、隠れ潜んでいた。だが、罪を追い求める手よりも先に、脳が老い衰えた。過去を忘れてしまったのだ。

 なぜ自分がこんな田舎にいるのかもわからなくなったが、なぜかとある店のことが気にかかる。とある店が気にかかったが、歩いているうちにわからなくなった。なぜか、人が死んだことが印象に残る。誤りたいのか、悔いたいのか。気がつくと、墓場にいた。

 

 弔わなければならない人の名前もわからないのに、墓場にいた。

 関係ない誰かの墓の前にいた時、パーカーに出会った。

 そして、ここにいるのだ、と。

 

 老人の懺悔を聞いたスパイダーマンは、審判を問う。

 

『わかった。その事件はこちらで調べる。その犯人には、然るべき報いを受けさせると、誓おう。あなたはどうしたい』

 

 罪を背負いたい、と。今からでも自首したい、と。老人は言葉をこぼした。

 

『善意はあったのだろう。個人的にはあなたを捕まえるのは忍びない。そして、今までも逃げてこられた。もう一度逃げる気にはならないのか』

 

 逃げたところで、また罪を忘れてしまう。あの時のように、また逃げてしまう。罪は、精算できるうちに精算しなければならない。今の自分は、だいぶ記憶が怪しい。罪を自覚できる瀬戸際なのだから。

 老人の決意は揺らがない、とみたスパイダーマンはうなだれた。

 

『……わかった。あなたの希望を叶える。警察にもツテはある。だが、1つ。頼みたいことがある』

 

 スパイダーマンは老人へ、ヘルメットを差し出す。

 

『あなたの頭を可能な限り治療する。あなたが死を迎えるその時まで、記憶が揺らがないように。あなたが忘れたくないものを忘れられないように、治療させてほしい』

 

 老人はその言葉にどんな表情を見せたのか、映像からは判別できない。

 ただ、スパイダーマンの頼みを受け入れ、ヘルメットをもう一度被った。

 

 それから、パーカーの代わりにスパイダーマンが治療を進める光景が記録されている。治療が始まる寸前、二人はもう一度言葉をかわしていた。

 

 パーカーの会社は実に素晴らしい。こんな自分に、罪を精算する機会を与えてくれたのだから。だが、彼はどうしてこの会社を作り上げたのだろうか、と。

 スパイダーマンは少し悩むと、答えを返す。

 

『彼は……罪を犯した。あなたと同じ様に、罪を犯した。だが、その罪は誰にも裁けない。証拠が何もないというのもあるが、罪を裁く者はどこにもいない罪だ。裁けるのは、自分自身しかいない』

 

『だからこそ、自らに責務を課した。罪を背負い、償うために。失われた者たちへ悔いるために、より優れた男になろうとしているのだ』

 

『自らの持ちうる力を、人々へ還元し。人々のありふれた1日を、より優れた1日へできるように、と。そんな彼に感化され、私も同じ様にありたいと努めている』

 

 ビー、スーペリア。より優れたもので、あろうとする。

 

 老人はいい言葉だな、と返す。その言葉は忘れない。今日という日を忘れない。

 あなたとパーカーに救われ、より優れた自分となれるこの日を、忘れない。

 

 ある日を胸に刻む。自分のあり方を定めた、1日を忘れないように。

 

 今日は、Be Superior Day。老人はつぶやき、目を閉じた。

 

 

 あなたのような優れた人になりたかった。

 

 

 その言葉を最後に、スパイダーボットの記録は終わっている。今日この日が、スーペリア・スパイダーマン=ドクター・オクトパスの胸に刻まれているかは、定かではない。




Next Spiday……?

"オマエを食らってやる!”

Clandestine V day = 688

私の身体を不法占拠してる!出て行って。
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