2:TThe Drawing M Day=1610
3:Be S Day=616
4:Clandestine V Day = 688
5:I F L Day = 14512B
6:B New Day = 199999◁
7:A O D
ある日が始まる。誰かにとっては特別であっても、私にとってはありふれた日。
すっかり寂しくなった化粧台に立ち、顔を洗い、もみほぐす。今の私にできる精いっぱいの化粧を施して、昨日よりもみすぼらしい笑顔を浮かべた。まだ笑えてるうちは、大丈夫。
知り合いに見つからないように、パーカーで姿を隠す。クラスの優等生が、すっかり汚れて油の匂い付きのボロパーカーを着てるなんて、誰も思わないでしょうね。
ちょうど外は夕日が沈む頃。近頃この街は夜になると危なっかしい人たちが溢れるから普通の人は外を出歩かない。足早に家へ帰る人たちと対照的に、私は家から遠ざかっていく。出歩いているのは物好きか、あるいは危なっかしい人たち。私はその中間くらいに立っている。
港のすぐそばにジャンクヤードがある。この地区で発生したガラクタは全てここへ集まる。
私の行き先はそこだった。既に営業時間は過ぎて、錆まみれのゲートは閉じている。いるのは私よりも汚れた衣装のホームレスが一人。よく見ると靴だけが立派で、変装であることがわかる。
今日はいつもと門番が別人ね。でも、合図は同じはず。
ホームレスの前に立つと、明らかに目をしかめた。こんなやつ、ここに来るわけがないだろうと馬鹿にしたような視線で、私の胸元を見る。男のサガにあきれるべきか、わかってやってるのか。
胸元に下げたネックレスを見せる。おもちゃみたいな塗装が施された、銃弾。
今日の入り口はB番。それだけ言うと、目を背けた。B番なんて、運がない。
このジャンクヤードにはいくつか秘密の入り口がある。特に最悪なのがB版。道端の大型ゴミ箱が入り口になっていて、中に入ると鉄板が外せて隠し通路が現れる。問題は、普段は本当にゴミ箱として使われていること。映画の見過ぎで実用性がまるでない。帰ったらシャワー浴びたいわね。
通路の先は、一般人立ち入り禁止のジャンクヤード。高層ビルの明かりでかすかに照らされる程度の暗いジャンク山に、人影がちらほらと。耳を澄ませると、かすかに取引内容が聞こえる。高値で取引される転売品から、一般では流通していない違法規格の部品、探せばドラッグもある。
でも、私の用事はそこじゃない。彼らの視線をかわし、あるいは退けながらジャンクヤードの隅の方へ行く。比較的小奇麗なコンテナの扉を開けて、スイッチを押す。
内部が照らされ、作業台の機械に明かりが灯る。部屋の脇には、オーナーがかき集めてきたジャンクの山。今日はなかなかいい具合ね。これなら100ドル稼ぐのも視野に入ってくる。
申し訳程度の防具を身に着け、ジャンクの組み立て作業に入る。
ジャンクヤードには、闇市以外にも裏の顔がある。ジャンク品を修理して、中古家電と銘打ってこっそり市場に流したり、あるいはマフィアとの抗争に使えるようなブツに加工すること。
それが何を意味するのか、分かってはいるけれど、目をそらす。
私だって、好き好んでやってるんじゃない。生きるためだから、仕方ないこと。そう、言い訳しながら、ジャンクを組み立てる。あっという間に危険な商品が一つ完成した。
物好きか、あるいは危なっかしい人たち。私はその中間くらいに立っている。
どちらかといえば危ないより。ヴィラン一歩手前、あるいは、もうヴィランかもしれない。
商品名と価格をテープに書く。エレクトロ・ボム$30。私の利益はその1割。
「それ、安定性に欠けるんじゃないかな」
商品を見つめていると、横から声がした。いつの間にか、私の隣に誰かが座っていた。パーカーで顔を隠しながら、ジャンクをいじっている人がいる。私の鏡写しの様だけど、声は男だった。
「バッテリーを意図的にオーバーロードさせて、近くの人間を感電させる設計だね。その回路で時限式起爆させるんだろうけど、ちゃんと固定されてない。外れたら、ドカン。投げた瞬間に爆発するかもね」
教えてくれてありがとう。でもね、この設計ミスは意図的なの。こんなもの使う人は、身を滅ぼしてしまえばいいの。そして、身を滅ぼした人はクレームを入れてこない。いい商売でしょ?
「よく考えた商品だ。設計も簡単だけど、効果的。参考にさせてもらうよ」
あなたの製品にってことかしら。ここでの成果はみんなで共有してるわよ。勉強したかったら、そこの壁にあるから見てきたら。そして、ここにはもう来ないのがオススメ。
「見逃してくれるってことかな?ありがたいけどさ、僕はここに用事があるんだよね」
何を言ってるのよ。あなた、ここに来るの初めてよね。どうせお金に困ってきたどこかの優等生でしょ。悪いことは言わないから、やめた方がいい。他の仕事の方があなたにとって有益よ。
「生憎、僕の仕事はこういうことなんだ」
完成したての二つ目の爆弾が、小さな破裂音と共に手のひらから消えた。白い粘液のようなもので壁に貼り付けられたそれは、いくつもの破裂音と共に白い繭へと変わった。振り向くと、彼は赤い手を壁に向けていた。珍妙なポーズと共に、手首から白い粘液が発射される。
繭越しに爆発したが、かすかに物音がしただけ。電撃は飛んでこなかった。
「チューン成功。ウェブの防電性はばっちりだ」
あなたの商品はすごいね。だからと言って人の仕事の邪魔するのはどうかと思うけど。
「え?」
ハイテクメカを持った人にとって、ここはつまらないでしょ。ただの子供が思い付きで作った商品なんて、あなたには玩具でしかない。冷やかしはお断りよ。
「冷やかしじゃないよ。本当に設計は良かったし、参考にするつもり。それに壁の発明メモ、これとかすごいって。ステルススーツの設計図。素材を揃えるのは難しいけど、理屈は合ってる。ちゃんとした研究所で作ったら所長賞間違いなし、ボーナスたっぷりだよ」
どうして私のメモだってわかるのよ。名前も言ってないのに。ストーカー趣味でもあるのかしら。
「よく見ればわかるし、設計の癖もそっくりだ。動力源周りの配線案がこことほぼ同じ。技術者の個性は産み出した作品に出るものだからね。それに、値札と筆跡が同じだった」
最後の一言さえなければちょっとは感動してあげたんだけどね、ピエロさん。ストーカー趣味じゃないけど、変態的な知識は持ってるみたい。筆跡とか、普通見ないところよ。
「えーっと。その。本当に僕のこと知らない?」
知らないから。マスクを被って暴れたらみんなの人気者ってわけじゃないのよ。
それで、あなたは誰なの。親切かつお喋りな隣人さん。
「……スパイダーマン。知らないとは思うけど。いや、知らなくてもいいよ、うん」
ピエロがパーカーを脱ぐ。赤いマスクに、白く大きな目。ピエロ染みたマスクだが、大きな唇はない。ただ、体のほとんどは真っ赤で、黒い網目がたくさん。人体模型の玩具かしら。
「血管じゃない、蜘蛛の巣だって。ほら、胸と背中にスパイダー。スパイダーマンだよ」
そうね。見るからにあなたはスパイダーね。毒々しい色で、食べたらお腹壊しそう。
「……本当に知らないんだ」
知らないわよ。あなたみたいな目立ちたがり屋を誰もが知ってると思わないことね。
ところで。暇なら手伝ってくれる?あなた頭よさそうだし、使えそうだから。
「あ、うん。って、そうじゃなくて。悪いけど、キミの手伝いはできないよ、うん」
あら、そう。残念。むしろ手伝えっていうなら、お断り。あなたにはあなたの仕事があるみたいだけど、私には私の仕事がある。生活がかかってるのよ。
「それはそうだろうけどさ。それ以外の意味で、手伝いができないんだよ。キミ、僕のことなんだと思ってる?」
蜘蛛モチーフの新顔ヴィラン。最近は昆虫が人気なのかしら。
「ヴィランじゃないって、ヒーローだよ。ほら、アベンジャーズみたいな」
あなたみたいな子供が?ハロウィンとクリスマスはもうとっくに終わったわよ。
「信用ないなぁ……今夜、この辺りを牛耳ってるファミリーと武器商人の会合がある。それを捕まえに来たんだよ。だからキミのことは手伝えないって言ったんだ」
本気なの?だから、私みたいなヴィランのことは手伝えないってことね。納得はしたけど、理解に苦しむわ。
「それは……キミを捕まえないから?女の子だから優しくするつもりはないよ。悪いけど、怪しい行動したらすぐにあの爆弾みたいにウェブ巻きするからね」
そうじゃない。あなたみたいなレオタードボーイがいったところで、スパイダーマンからビーハイヴマンに変身するだけ。ハチの巣になりたくなかったら、逃げ帰るのが第一の選択肢。
「残念だけどパーティは一夜限り。同じ夜は二度と来ない。第一って言ったことは、第二もあるのかな。是非聞かせてほしいね」
聞いてばかりじゃ勉強にならないわ。あなたも考えてみて。何があると思う?
「キミが用心棒を呼ぶための足止めをしてる、というのは考えにくいね。それらしい動きはしてないし、静かすぎる。ボクを倒そうとしてるようにも見えないから……椅子の人でもやってくれるのかな」
何よそれ。あなた、女の子の上に座りたいの?
「違うよ、違うって。そういうことじゃなくて、手伝ってくれるってこと、サポートしてくれるってことだよ。戦闘機のパイロットを助けるオペレーターみたいな。ほら、椅子の人、ね?」
なるほど。あなたが意外と子供趣味なことはわかったわ。残念だけど、私電話は持ってないの。だから、やれるのは……アクセ職人かしらね。ねえ、その液余ってるかしら。
「あるよ。ウェブはいくつか予備を持ってる。まさしくボクの命綱だからね」
なら、思ってることはできそうね。エレクトロ・ボムを参考にしたいってことは、それをまき散らす爆弾を作りたいってことよね。ウェブとやらの性質はわからないけど、普段は圧縮してる液体が空気に触れると粘着力のある糸みたいになるってことかしら。
「それは企業秘密。だけど、バッテリーをオーバーロードさせると同時に表面を崩壊させて容器を破壊する仕組みは気に入ったね。それで放電量あげてるんだよね。これがウェブなら、都合よく拡散させられるかも」
あの仕組みは結構省電力なの。電源自体は省電力でも理屈としては動くはず。後は回路をどうするか、だけど。命綱くらいは自分で作った方が安心よね。
「お気遣い感謝。電源周りはお願いしたいな。これくらいのサイズで」
無茶言わないで、ここにあるのはありもの素材。コンパクト化はあなたのラボでやりなさい。ここでできるのはこれくらいのサイズで精いっぱい。どうかしら。
「多分行けるかな。会合まであと30分」
6つ、いえ、余裕見て5つでリミットにしましょう。足りるかしら、ヒーローさん?
「余裕さ。ありがとう、アクセ職人。でも、一つ聞いていいかな」
なにかしら。
「どうして手を貸してくれるの?何か裏でもある?」
親切な隣人さんは裏切りが怖いのかしら。大丈夫、私もあいつらのこと嫌いだから。人が精いっぱい作った道具を安く買いたたく人たちがムカつくのもそうだけど、これで私は明日から無職確定。後戻りできないのなら、スカっとしたいのよね。
「うわぁ……キミ、本当にヴィランじゃないんだよね。ちょっとゾクッとした」
ヴィランじゃないわよ。どこにでもいた、女の子のつもり。
多分、あなたと似たような科学好きかつクラスの優等生。あなたはどうかしら。
「えーっと……スーパーヒーローは謎の存在って設定が崩れる。だから秘密さ」
どこかで聞いたことがあるような言葉ね。誰かの受け売りかしら。
「とてもすごい兄弟からの受け売りだよ。でも。キミがどこにでもいた女の子なら、どうしてこんなことをしてたんだ。キミにもっとふさわしい仕事があったと思うけど。」
簡単な話よ。
親がヴィランに殺されて、一人になったから。
一人で生きていくのはままならないことだって、あるのよ。
孤独感や生きがい、哀しみに苦しむだけじゃない。お金が必要なの。
この街は親亡き子には意外と冷たいのよ。覚えておいて、ヒーローさん。
あなたはそのあたり、どうしてるのかしらね。
意地悪なことを言ったと自覚がある。だけど、彼は少しだけためらって、答えを返した。
「……ちょっとそれは、秘密が多いかな。でも、ちゃんと正しい方法でお金を稼げてる。このパーティが終わったら話せないかな。少しだけお話ししたい。キミの力になれると思う」
そっか。楽しみにしてる。スパイダーマン。でもね。もっといい方法がある。
あなたの優しさは嬉しいけれど、忙しいヒーローでも働けるような仕事はそう多くないはず。
少ないパイを奪い合うくらいなら、私にパイはいらない。だけど……ウェブはちょうだい。
私をヴィランにしてよ、スパイダーマン。
彼の手のひらをぐっと押した。読み通り、ウェブが胸に張り付いた。
ある日が終わる。ヒーローにとってはありふれた日であり。少女の特別な日。
その日、ニューヨークのとある場所で武器の違法取引が摘発された。
通報を受けた警察がたどり着いた時点で、彼らは全て蜘蛛糸のような特殊繊維で拘束された状態で発見された他、彼らを捕まえたとされるスパイダーマンを自称する人物が現場にいたという。
注目すべきは、その中に一人の少女が混じっていたことだ。
少女は自らがヴィランであるとメモを握りしめていたが、スパイダーマンはヴィランではなく協力者だと主張している。一方で逮捕された犯罪者からは、武器を提供してくれた協力者とのこと。
矛盾する主張であるが、数多くの犯罪者から言及されているため、犯罪に関わっていたことは事実であり、スパイダーマン自身も彼女に蜘蛛糸で浴びせていたのは事実である。彼が協力者と主張するには状況が不自然だが、本人へは確かめようがないのが現状である。
現在、少女は意識不明の重体で警察病院に入院中である。
スパイダーマンと犯罪者の抗争中、胸元に弾丸を受けたことが原因とみられている。
「キミはそこまで考えてなかったんだろうね」
病室の窓から、眠りこける少女を見守る隣人が一人。
彼女はいい方法だと言っていた。隣人もそう思ったから、言われるがままに、彼女を犯罪者として捕まえていた。金がない少女であっても、罪を償う立場となれば生活は保障されるはずだから。
彼女が武器を作り、犯罪者へ渡したのは事実だ。誰かの優しさで見逃されて、誰も許してくれない罪に苦しみながら生きるよりは、もっといい方法だと思えたし、実際そうだったのだろう。周りが犯罪者の巣窟でなければ。
隣人が目を離して、戻ってきた時。彼女の胸元は赤く染まっていた。
流れ弾か、彼女に恨みを持つ誰かが打ったのか、真相はわからない。幸い、彼女がいたずらに胸へかけた蜘蛛糸のおかげで臓器への直撃は避けていたが、当たり所が悪かった。血を流しすぎた彼女は今日まで目覚める気配がない。
それでも、彼女が生きているのは、彼女の運が良かったから。奇跡ではあった。
「……僕じゃ、守れない。ムズムズは自分の危険しか反応しないし、誰かを守るのは無理だ」
だが、奇跡で全ての人が救われるわけではない。少なくとも、隣人にとっては、救いではない。
罪。また一つ、誰からも許してもらえない罪が増えた。
自分の罪を忘れないように。好きな人にどこか似ていて、甘く接してしまった少女を忘れない。
日の出と共に、隣人は少女のそばから去った。
少しだけ開いた瞳に、気づくことなく。
また、ある日が始まる。スーパーヒーローのありふれた日は続いていく。
これはスーパーヒーローのある日であり。ある少女にとっては、特別な日。
Begins New Day。
ブランド・ニュー・デイはまだ遠い。それでも、全ての人に等しく、新しい一日は訪れる。
Last Spiday
ボクはピーター。1日限りの隣人だね。
A Ordinary Day = 616
ああ、最高の一日だったとも。