昭和七年。
ウマ娘レースの中心地は、未だに目黒にあった。
翌年、後世まで語り継がれる府中に移転する、その最後の年である。それでもその勢いが削がれることはなく、つつがなく移転が行われる予定であった。
「目黒の再利用計画、ですか」
府中のトレセン学園、その応接間の一つで、後の歴史の一頁が刻まれようとしていた。
「自動車レース場にする、というのが有力候補らしいですな」
「世界的な流行でもあります。ウマ娘レース場のオーバルコースの転用、先進国ではウマ娘と人間の共存の一歩として、取り沙汰されております」
「まあ、そのことは今はいい。この機会、国内初の常設自動車レース場の造設に、関わっておきたい……ウマ娘の未来のためにも。そこでだ」
議長の目が据わった。
「一年後の転用後、第一回レースに……こちらから人を送る」
会場がどよめいた。当然だ。ウマ娘のレースを司るNCU(現・URA)が、明らかに目的外の動きをしようとしているのだから。
「それは……」
「我々は日本中央ウマ娘会だ。レースに関わる業務には違いあるまい?それに、送ると言ってもあくまで本戦ではない。前座の親善試合に参加するだけ、これなら不要な軋轢も少なかろう」
「ですが……」
「ウマ娘が、自らの足でターフを走る……確かに花形だ。しかし今の世界には、それ以外の道はヒトと変わらず少ない。ウマ娘の特性と夢を、生かしきれているとは思えん」
「人も用意は済んでいる。NCUの直轄事業として提案したいが、いかがか」
昭和七年、春。後世においての奇策として、僅かに語り継がれた、ウマ娘カーレース計画。
これが、そのきっかけであった。
「それで、人員はどうするんです」
「うちの高等科に、その手に明るいのがいただろう、学長」
「今年卒業予定ですな、しかしあれはどうも問題が多く……」
「多少は問題ない、打診してみてくれ」
「はあ……ほかには」
議長は薄く笑った。
「海外に適任が一人いる、数年前にごたごたに巻き込まれ……干されているのが」
「それはその……大丈夫なのですか」
「腕は補償しよう。性格も……癖はあるが、不誠実ではない」
「どんな人間で?」
「高等教育まで出たが、国内不況で海外に飛んだ。そこで事故に巻き込まれ……どうしているんだろうな」
「……所在がわからんのですか」
「遠くには行ってないだろうが……なんせあの頃の大陸は色々と、な」
「議長、まさか……」
「そうだ」
手元の煙草に、デスク・ライターで火を点けると、重々しげに紫煙を吐いた。
「我々の汚点、大陸墜落事故の……数少ない生き残りだ」