セカンド・ランナー   作:谷中小豆

2 / 2
大陸帰りの男

 船が黒煙を吐いていた。

 大陸と日本を結ぶ連絡船が、下関の港に横付けされていた。定刻より三時間の遅れである。

 男にとってはひどい船旅だった。定期の船は故障で出ず、代船は旧式のレシプロ貨客船、おまけにそれも故障して帆走の羽目に。

 ほかの一等、二等の旅客はとっとと降りてしまって、なにやら船下で駅員と揉めている。船では厳然たる序列がある。その連中がタラップを占領しているおかげで、男ら三等旅客は待ちぼうけを食らっているのだ。

 焦りの雰囲気が広がる中、男は呑気にタバコを吹かしていた。通りがかりの船員に話を聞くと、これももうすぐ貨物専用に作り替えるらしい。

「ボロのレシプロですよ。神戸謹製のサラピンタービン船がもう十年前、予備とはいえよくも残してたもんです」

「旧式ならではの良さもあるさ」

「運用側からしちゃ、たまったもんじゃあないですよ。石炭は食う、煙は多い、人も貨物も乗りゃしない」

「……そんなもんですかね」

「そういえば……こう言っちゃ失礼ですが、珍しいですねお客さん。大陸から来たってのに、ほとんど手ぶらだ」 

「旅には荷物を持ち歩かなくてね」

 ……持ってくる荷物も無かった。ほとんどは向こうでの調達品で、あらかた置いてきてしまった。荷物は手にしたトランク以外、ない。

「……列車は、接続取らんそうです」 

 船員の言葉に、男は無言で首をすくめた。

 

「下関からの連絡はまだか?」

「まだです」

 その頃。府中のウマ娘学園では、大事になりつつあった。到着予定より二日も遅れている上に、何の連絡もない。要は行方不明だった。

「……やっぱり他の人員にしたほうが……」

「しかし、あれ以上の人員となると……」

 事態が動いたのは、日の暮れかけた頃だった。

 

 ようやく東京に着いた男は、公衆電話を探した。ボックスに入ると受話器を上げ、交換手を待った。

「お待たせいたしました。お繋ぎ先をどうぞ」

「市内23局、丸ビル三階……」

 電話はすぐに繋がった。

「はい、府中ウマ娘学園電話交換室でございます」

「あ、どうも……奉天の長山ですけれども……」

 長山は無事を伝えたあと、三十分後に折り返してほしいとの言を聞き、電話を切った。

 後には暇だけが残った。 

 丸の内は賑わいを見せていた。勤め終わりのサラリーマンが列をなし、駅前ロータリーの交通を遮っている。

(俺には、ああはできん) 

 誰に言うともなく呟いた男は、ぼんやりとタバコを吹かした。

 生まれてこの方流転続き、ひとところにたどり着かなかった男は、それの異常さを何よりよく分かっていた。

 タバコ数本を灰にして、男は再び電話をかけた。

「府中へ参上せよとのことです」

「なるほど」

 先ほどと同じ交換手だった。僅かに低音の女声が、受話器の向こうでちらついている。

「つきましてはご送迎をいたしますので、ご足労ですが丸ビルまで、お願いできますでしょうか」

「はあ」

 電話を切って、ふと気づいた。普通は、迎えのものをよこします、となるはずだ。何故丸ビルまてこちらがゆくのか。

「……まあ、いいか」

 ……この選択が、その後の運命のきっかけになることを、男はまだ知らない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。