この素晴らしい王子様に常識を!
第一話 この貧乏パーティーに王族を!
ベルゼルグ王国第二王子、ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アルフレッド。
魔王軍との戦いにおいて幾度も前線に立ち、若くして王国随一の剣士と称された男である。
王族らしい整った容姿に、誰に対しても分け隔てなく接する温厚な人柄。剣術だけでなく政治や軍略にも通じ、民からの人気も高い。
王都では、いずれ歴代最高の国王になるだろうと噂されていた。
そんな完璧な王子には、一つだけ欠点がある。
「――つまり、金がないのだ」
「帰れ」
アクセルの街。その冒険者ギルドの一角で、アルフレッドは一人の少年に冷たくあしらわれていた。
少年の名はサトウカズマ。
黒髪黒目の冒険者であり、職業は冒険者。仲間たちからは、カズマのほかにクズマやカスマなどと呼ばれることもある。
「待て。話を聞いてくれ」
「嫌だよ! 初対面の男にいきなり金がないって告白されたって、俺にはどうしようもないよ!」
「しかし、君は困っている人を見捨てられない善良な冒険者だと聞いた」
「誰から聞いた!? そいつは俺に恨みでもあるのか!?」
カズマが周囲を見回す。
すると、少し離れた席に座っていた青髪の女神が、慌ててジョッキで顔を隠した。
「おいアクア。お前だな?」
「ち、違うわよ! 私はただ、カズマはお金に汚くて女の子に弱くて、楽をするためなら手段を選ばない男だって教えただけよ!」
「善良の『ぜ』の字もないじゃねえか!」
「だが、最後にはなんだかんだで人助けをすると」
「そこまで教えたのなら、先に相手の素性を確認しろ!」
カズマはアルフレッドへ向き直った。
目の前の青年は、どう見ても普通の冒険者ではない。
年齢は二十歳前後。金色の髪を短く整え、腰には見事な装飾の施された長剣を帯びている。旅装は質素に見えるが、よく観察すれば布地も縫製も一級品だった。
何より、立ち居振る舞いに妙な品がある。
「それで、あんた何者だ? 先に言っておくけど、借金の保証人とかにはならないからな」
「俺はアルフレッド。事情があって身分を隠している」
「隠す気のない偽名っぽいな」
「偽名ではない。本名だ」
「じゃあ何を隠してるんだよ」
「王族であることだ」
カズマは無言で立ち上がった。
「アクア、席を移るぞ」
「待て、カズマ殿」
「名前まで知られてる! 絶対面倒事だ!」
「安心してほしい。俺は怪しい者ではない」
「自分を怪しくないって言うやつは大体怪しいんだよ!」
騒ぎを聞きつけ、赤いローブをまとった少女と、金髪の女騎士がこちらへやって来た。
「カズマ、何を騒いでいるのです? もしや、ついに借金取りが実力行使に出ましたか?」
「違う。この変な男が王族を名乗ってるんだ」
「王族?」
女騎士――ダクネスが、アルフレッドの顔を見た。
直後、その青い瞳が大きく見開かれる。
「で、殿下!?」
「久しいな、ダスティネス家の令嬢よ。だが今の俺は身分を隠している。どうかアルフレッドと呼んでくれ」
「自分でばらした直後だろ!」
カズマの叫びがギルド中に響いた。
ダクネスは慌てて片膝をつこうとしたが、アルフレッドがそれを制した。
「今は王族としてではなく、一人の冒険者としてこの街へ来ている。礼は不要だ」
「し、しかし……第二王子殿下に対して、そのような無礼を……」
「第二王子!?」
カズマが頭を抱える。
王族を自称するだけなら、まだ頭のおかしい男として追い返せた。
だが、名門貴族の令嬢であるダクネスが顔を知っているとなれば、本物である。
「どうして第二王子が、初心者の街で無一文になってるんだよ!」
「城を出る際、財布を置いてきた」
「ただのうっかりじゃねえか!」
「王都からの道中で気づいたのだが、戻れば旅立ちを止められると思ってな。そのまま来た」
「止められるような旅立ちを強行するなよ!」
アルフレッドは空いていた椅子に腰を下ろすと、真剣な表情で四人を見回した。
「俺は民の暮らしを知るため、身分を伏せて冒険者として生活することにした」
「なるほど! 素晴らしい心掛けです!」
ダクネスが感動したように声を上げる。
「王城で報告書を読むだけでは、民の苦しみを本当に理解することはできない。自ら働き、汗を流し、同じ食事を口にしてこそ、王族として国を導く資格が得られると考えたのだ」
「おお……」
めぐみんまでもが感心している。
アクアはよく分かっていないようだが、場の雰囲気に合わせてうなずいていた。
立派な志ではある。
実際、王族自らが庶民の暮らしを知ろうとするのは、称賛されるべきことだろう。
しかし、カズマはごまかされなかった。
「それと俺たちに何の関係があるんだ?」
「今日から君たちの屋敷で世話になりたい」
「帰れ」
「なぜだ?」
「逆になぜ受け入れてもらえると思った?」
アルフレッドは不思議そうに首を傾げた。
「アクア殿から、空き部屋がいくつもあると聞いた」
再び三人の視線がアクアに集まる。
「だ、だって! この人、お酒を一杯奢ってくれたのよ!」
「金がないんじゃなかったのか?」
「店主に王家の名でツケておいた」
「身分を伏せる設定はどこへ行ったんだ!」
カズマがアルフレッドの肩を掴む。
「いいか、王子様。俺たちはただでさえ問題児を三人も抱えてるんだ。これ以上、面倒事を増やす余裕はない」
「三人とは誰のことです?」
「私以外の二人とカズマのことでしょう?」
「私は女神なのだから、問題児に含まれるはずがないわね!」
「全員お前らのことだよ!」
カズマが三人を指差す。
アルフレッドはその様子を眺め、ふっと穏やかに笑った。
「よい仲間たちだな」
「今のやり取りのどこを見てそう思った!?」
「遠慮なく意見を交わし、身分や立場に関係なく接している。王城では得難い関係だ」
その言葉に、三人が少しだけ照れたような顔をした。
「や、やめろよ。そんなふうに言われても泊めないからな」
「そうか。残念だ」
アルフレッドは素直に立ち上がった。
予想外にあっさり引き下がられ、カズマが拍子抜けした顔になる。
「分かってくれたならいいんだ。あんたなら、領主か教会を頼れば――」
「では、野宿に適した場所を探してくる。王族が街中で凍死すれば多少の騒ぎになるだろうが、カズマ殿たちに迷惑をかけるわけにはいかない」
「ものすごく迷惑がかかる言い方をするな!」
第二王子がアクセルで野垂れ死んだ。
しかも、最後に話したのはカズマ一行。
どう考えても、無関係ではいられない。
「くっ……一晩だけだぞ! 明日には城へ連絡して、迎えに来てもらうからな!」
「感謝する、カズマ殿」
「それと、その『殿』っていうのはやめろ。普通にカズマでいい」
「承知した。俺のこともアルフレッドと呼んでくれ」
「分かったよ、アルフレッド」
「うむ。それではカズマ、早速頼みがある」
「泊めてもらう立場で、もう頼み事かよ」
「冒険者登録に必要な費用を貸してほしい」
「一文無しが本気で冒険者になるつもりだったのか!?」
◆
冒険者登録を終えたアルフレッドは、満足げに自身のカードを眺めていた。
その隣では、受付嬢のルナが引きつった笑みを浮かべている。
「す、すごい数値ですね。筋力、体力、魔力、敏捷性……どれも非常に高いです。初期状態でこれほどの能力を持つ方は滅多にいません」
「ほう」
「幸運だけは平均より少し低いようですが、ほぼすべての上級職を選べます」
カズマは思わず舌打ちした。
「王族補正かよ。世の中って不公平だな」
「カズマは幸運値以外平凡ですからね」
「うるさいぞ、めぐみん」
「して、アルフレッド殿下はどの職業を選ばれるのです?」
ダクネスが期待に満ちた目を向ける。
ソードマスター、ルーンナイト、聖騎士。
王族にふさわしい上級職はいくらでもある。
アルフレッドは職業一覧を真剣に見比べ――やがて、一つの職業を指差した。
「これにする」
「えっ」
ルナが固まった。
「確認しますが、本当にこちらでよろしいのですか?」
「ああ。民を理解するためには、まず民と同じ立場から始めなければならない」
カズマは嫌な予感を覚え、アルフレッドのカードを覗き込んだ。
そこに記された職業は――。
「『冒険者』じゃねえか! 俺と同じ最弱職!」
「カズマが言うのなら間違いない。この職業こそ、最も民に近い職業なのだろう」
「俺を基準にするな! 今すぐ上級職に変えろ!」
「一度決めた道を、容易に曲げるつもりはない」
「無駄に意志が強い!」
こうして、初心者の街アクセルに、新たな冒険者が誕生した。
高い能力と優れた剣術、王族にふさわしい気品と正義感を兼ね備えた、最弱職の冒険者。
そして翌朝。
カズマたちの屋敷の前には、王都から派遣された近衛騎士団が整列していた。
「アルフレッド殿下! お迎えに上がりました!」
「俺は帰らない」
「陛下が大変お怒りです!」
「父上には、必ず民の暮らしを学んで戻ると伝えてくれ」
「それは我々が申し上げます! ですから殿下は王城へ!」
「断る」
騎士たちとアルフレッドが押し問答を続ける中、カズマは青ざめた顔で一通の書状を握っていた。
書状には、国王の印が押されている。
『息子を保護した功績により、サトウカズマ一行を第二王子の護衛役に任命する。なお、王子に万一のことがあった場合は国家反逆罪に問うものとする』
カズマの手から、書状が滑り落ちた。
「……おい、アルフレッド」
「どうした、カズマ」
「今すぐ帰れ」
「断る」
「お願いだから帰ってください!」
朝のアクセルに、カズマの悲痛な叫びが響き渡った。
王族の常識と庶民の常識が決して交わらないことを、このときのカズマはまだ知らない。
そしてアルフレッドもまた、自分が選んだ仲間たちが、王城の誰よりも非常識であることをまだ知らなかった。
こうして、王国第二王子を加えたカズマ一行の、迷惑極まりない冒険が始まったのである。