ヤニねこの大家さんはいかにして大家さんになったかの話 作:namamugi
金髪の獣人が訪ねてきたのは、ヤニねこの入居から一週間後のことだった。
おう也の部屋のチャイムが鳴ったので扉を開けると、金髪の獣人がヒョイっと顔を出した。
「あ、どうも」
「おお、来たのか」
金髪の獣人の様子は一週間前とあまり変わらない。ひょっとしたら両親と喧嘩して大変なことになっているのでは? と心配していたおう也にとっては懸念が一つ外れたことになる。
内心ホッとするおう也に、金髪の獣人はアパートを見回しながら言ってきた。
「いやあ、どんなボロアパートなのかと思ってたっすけど、意外とちゃんとしたところっすね」
「おう、一応ちゃんと毎日掃除してるし、修繕が必要そうなところは買った時に一通り直したからな」
自信を持って答える。アパートを買ってから2ヶ月の間に、やれるだけのことはやったつもりだった。
「へー。いや、ちゃんと住めそうなとこで良かったっす」
「で、どうだった? 親御さんは何か言ってたか?」
気になっていたことを確認する。
様子をみるに、そう悪いことにはならなかったと期待したいが……。
対する金髪の獣人はあっさりと答えた。
「ああ、勝手にしろってことでした。父からは、一年分の家賃と生活費を渡すから、もう家の敷居を跨ぐなってことらしいっす。まあ、実際に一年分の家賃を引いたら、ほとんど生活費残らないっぽいっすけど。後でなんかバイト探さないとっすね」
「お、おお……」
何か言おうと思ったが、結局何も言えずに呻いただけになってしまった。
金髪の獣人は特に気にした様子もなく肩を竦めると、
「いやあ、色々、結構限界来てたみたいで。話したらすぐ行け、それ行け、今すぐ行けって感じでした。色々荷造りとか、準備が必要だったんでそんなすぐは動けませんでしたけど」
あっさりと言ってのけた。
おう也は同情すべきなのか、いや、本人が気にしてなさそうなのだから、余計な事を言うのは避けるべきなのか、一瞬戸惑い……
「た、大変だったんだな……」
結局、差し障りのなさそうなことだけ言っうに留めた。
金髪の獣人は特に気にした様子もなく苦笑いして言ってくる。
「いやまあ、別に自分はあんまり関係ないとこが大変だっただけなんで、そんな気にしないでください」
「いや、その話聞いて気にしないのは、流石にちょっと無理だが……ま、まあ、よく来てくれたよ。部屋に案内するからちょっと待ってくれ」
「っす」
階段を上がり、2階の一室に案内すると、金髪の獣人は階段の手摺りを掴んだり、揺すってみたりしながら付いてくる。建物の感じを確かめているのだろうか。
「ここだここだ」
着いた扉の鍵をガチャリと開け、電気を、つけて金髪の獣人を促す。
金髪の獣人は部屋に入ると、おお、と感嘆の声を上げた。
「中もちゃんとしてるじゃないですか。てっきり蜘蛛の巣とかあるかもって思ってたっすけど」
「人に紹介しようとしてる部屋に蜘蛛の巣が張ってたら問題だろ。中もちゃんとキレイにしてるよ」
ぶっきらぼうに言いつつも、内心、かなり気を良くしたおう也が、一部屋一部屋、風呂やトイレ、収納スペースまで合わせて細かく案内していく。
一通り説明し終えたところで金髪の獣人は頷いた。
「うん、いいっすね。気に入ったっす。住むのはいつから大丈夫っすか?」
「おお、そいつは良かった。審査……はまあ俺がするからいいとして、契約書類揃えて、必要な説明して、初期費用貰って、鍵の受け渡しって感じたから、今日のうちに一通りやっちまえば、早けりゃ明日から大丈夫だぞ」
言って、手元に用意していた一式の書類が入った封筒を渡す。そのまま部屋を出ようとし……
「にゃ、ヤクにゃ」
隣の部屋からヤニねこが顔を出してきた。今日も今日とて、髪はボサボサでタバコを咥えている。
こんなだらしなさそうなのが隣人だと知ったら嫌がるんじゃないか。そんな不安が頭を過ぎり……。
「先輩!? なんで先輩が!?」
先に声を出したのは金髪の獣人だった。驚いたように目を見開いている。
「知り合いかヤニねこ?」
「後輩にゃ。シケモクたくさん奢ってやったにゃ」
「シケモク……?」
「にゃ」
イマイチ関係を掴みかねていると、金髪の獣人……ヤクが頭をかきながら言ってくる。
「いや、それ言ったら自分、それ以上に奢ってた気がするんっすけど……しかもシケモクじゃなくてちゃんとしたやつ……」
「……事情はよくわからんが、後輩にタバコタカるなよ、お前……」
やはり関係は掴めなかったが、取り敢えず聞いた情報から判断して、ヤニねこに言う。
ヤニねこは変わらず煙を吐き出しながら、変わらない調子で返してきた。
「タカったわけじゃないにゃ。ヤクが奢ってくれてるだけにゃ。ニャーもちゃんとシケモク奢ってるにゃ」
「はあ……。そっちの……えーと、ヤクさん?」
「あ、自分、名前は越司丸益子っす」
「おお、すまん。越司丸さんも、先輩だからって何でも言うこと聞く必要はないぞ。嫌なことは、はっきりノーと言ってやらなきゃな」
「あ、いや、自分、別に嫌じゃないっすよ。先輩のこと尊敬してるんで」
あまりにも合わない言葉に、数瞬、おう也の頭がフリーズした。再起動した頭で何とか聞き返す。
「……尊敬?」
「はい、なんていうか……自由奔放で、良くないっすか?」
「……一応教えておくが、自由奔放と自分勝手は意味が違うからな?」
どう言うのがいいのか、自分でもよく分からず、取り敢えず何か日本語の解釈がズレているのではないかと思って言ってみる。
「い、いや、はは……」
「ニャーは自由奔放の方にゃ」
ヤクが戸惑いながら曖昧な笑いで返し、ヤニねこが自信満々に言ってくる。
おう也はジト目でヤニねこを見つつ答えた。
「不思議と、自分勝手なやつほどそういうことを言うんだよ」
「にゃー」
おう也の苦言を特に気にした様子もなく、ヤニねこがタバコをぽいっと庭に捨て、新たなタバコを取り出し、火をつけようとする。
「……お前、今捨てたの後で拾えよ」
そんな(おう也から見たらどう考えても自分勝手な)ヤニねこに、ヤクが尋ねた。
「えっと……それで、先輩もこちらに住んでるんすか?」
「にゃ。タバコオーケーで安かったからさっさと入ったにゃ」
「あー、タバコ。いいっすよね。自分もそれ助かるなーと思ってました」
「にゃ。けど部屋に灰皿の用意がなかったにゃ。気が利かないにゃ」
「いや、普通は置かねえんだよ」
ヤニねこの言葉には一応突っ込んでおく。当たり前だが、ヤクを案内した部屋にも灰皿の準備などしていないし、それで気が利かない等と言われるのも本意ではない。
それを聞いたヤクは苦笑し……ふと、思い出したように言ってきた。
「あ、ちなみになんすけど」
「おう」
「ここってクスリはいいんですかね?」
「? いや、薬禁止なんてしたらヤベーだろ。病気の時とかどうすんだ」
当たり前のことをおう也が答える。
おう也自身、病気になれば必ず医者にかかって処方箋をもらうし、仕事で忙しいときには市販薬で埋め合わせることもある。
宗教上の理由で医者にかかるのも、薬の使用もダメ、みたいな話は聞かないでもないが、そんなものは極々稀だろう。
ヤクはその返答に一瞬虚を突かれたように動きを止め……。
「あ、いや、その……。いや、なんでもないっす。すいません、忘れて下さい」
「お、おう」
妙に焦ったような様子で言ってくるのを聞きつつ。
何故だろう。おう也は急に、この獣人を入居させていいのか不安になってきた。