ヤニねこの大家さんはいかにして大家さんになったかの話 作:namamugi
翌日、やってきたのはヤクだけではなかった。見覚えのない黒髪の獣人が後ろから付いてきている。
「えーと、そっちの子は?」
アパートに入ってきたところで声をかける。ヤクは頭が痛そうな様子で答えてきた。
「すいません。なんか話したら、こいつ、自分も住むとか言い出して付いてきちゃって……」
「お、おう?」
「はーい! ハメちゃんでーす。よろしくね、大家ちん」
黒髪の獣人……ハメちゃん? が元気よく後ろから続けた。
ヤクの後ろを、どこかオドオドした様子で付いてくるのと、元気よく挨拶してきた2つの印象がイマイチ噛み合わず、一瞬混乱するが、ヤクは慣れているのか、特に違和感を覚えている様子もない。
まあ、にゃがみ原には色んな獣人がいるのだし、そういう子もいるのだろう。おう也は一人で納得すると、言われた言葉を咀嚼した。
「ええと……つまり、そっちの子と二人で一緒に住むってことか?」
「あ、いや、こいつは別の部屋でお願いしたいっす。うるさいんで。後これ、言われてた書類っす」
突き放すように言いながら、ヤクが記入済みの書類を差し出してくる。
その横から、ハメちゃん? はヤクに言われたことなど気にした様子もなく、明るく言ってきた。
「ハメちゃん、人気配信者で、みんなの天使だからー、変な人と一緒に住んでたりすると、恋人か!? って疑われちゃうのー」
「お前の方がよっぽど変だろ……」
はあ、と最後にヤクが溜息を吐きながら付け加えた。
おう也はイマイチ二人の関係を計りかねつつ、一旦わかる範囲で答える。
「ええと……い、今風の子なんだな。住んでくれるのは歓迎なんだが……色々書類の用意とかあって、すぐってのはちょっと難しい……」
「書類はもう用意してきたよー。ヤクが貰ったやつコピーしたの!」
「おお、そいつは助かる」
差し出された書類を受け取り、ざっと目を通す。と、
「……ええと、ハメ、子さん? 苗字が書いてないが……」
「ハメちゃん、パパもママも獣人だから、苗字ないよ」
「…………?」
言われたことの意味がわからず、頭に疑問符を浮かべながら動きを止める。助けを求めるようにヤクの方を見ると、ヤクはあっさりと言ってきた。
「あ、これ冗談とかじゃないっすよ。マジっす。それでテストとかでも点引かれてたんで」
「そ、そうか……。そういうもんなのか……書類通せるかな……はは……」
他に何と言ったらいいか分からず、一旦大家としての懸念を呟く。ハメちゃん……ハメ子は肩を竦めると、続けて言ってくる。
「もう少ししたら自分で申請して苗字もつけられるんだけどねー。そしたらハメちゃん、愛天使ハメ子になる予定なんだー」
「……ええと、い、今風だな」
他に何とも言いようがなく、曖昧に笑って誤魔化す。
そのまま、ゴホン、と一度咳払いをすると、ヤクから受け取った書類を手に続けた。
「それじゃあ、越司丸……いや、益子さん。書類はこれで受け取るからな」
咄嗟に言い直す。同じアパートに苗字のない住人がいるのなら、可能な限り苗字で呼ぶことは避けた方がいいだろう。
「あ、自分、さんはいらないっすよ。大家さんの方がずっと年上ですし。ヤニねこ先輩と同じで、ヤクねことかでも大丈夫っす。好きに呼んでください」
「そ、そうか? じゃあヤク。明日また来てくれたら準備しておくから」
「っす」
「ハメちゃんはー?」
「おう、そっちも確認しておく」
「よろしくねー。パパとママには今週中には引っ越すって言っておくから」
そう言われて、ふと思いいたる。当たり前だが、ハメ子にも家族がいて、今住んでいる家があるはずだ。
「……そう言えば、そっちのハメ子さんは何歳なんだ? ヤクと同じくらいに見えるが……」
「ハメちゃんって呼んで! ハメチャンネルだから!」
「ハ、ハメちゃんか……この年になってそれはちょっと辛いな……」
苦笑いしていると、横からヤクが呆れたように言ってきた。
「真に受けなくていいっすよ。学校だとハメねこ呼びしてるやつが多いんで、それで良いんじゃないっすかね」
「お、おお。じゃあハメねこで行こう」
そんなやりとりに、ハメ子改めハメねこは「ハメちゃんでいいのになー。可愛いし」等と言いつつ、答えてくる。
「年はハメちゃん、ヤクと同じだよー。あ、けど天使だから実質年齢なんてないかも!」
「いや……ってことは……ハメねこは学生なのか? い、いや大丈夫か? 親御さん心配するんじゃないか!?」
慌てて言う。そもそも卒業して独立したヤニねこや、両親と仲が拗れて自宅から追い出されたような形のヤクとは違い、普通の家族で学生なら、そうそう一人でアパートに越してくるのが容易いこととは思えない。
だが、おう也の懸念を他所に、ハメねこは何ということもなく、あっさりと言ってきた。
「パパとママはハメちゃんがやりたいって言ったらいいよーって。うちは昔からそういうのうるさく言わないんだー。ハメちゃん、超人気配信者だからお金も結構自分で稼いでるし」
「お、おお……。なんていうか……今風、なのか、これも……」
やはり他に言葉が思い付かず、そう言うと、隣からジト目で呆れたようにヤクが付け足した。
「いや、違うと思うっす。単にこいつんちが色々いい加減なだけっすよ」
かくして、コーポ大谷は、更に二人の獣人を迎えたのである。