ヤニねこの大家さんはいかにして大家さんになったかの話 作:namamugi
「……迷子か?」
職場からアパートへ帰宅したおう也が呟いたのはそんな言葉だった。見覚えのない、小学生くらいに見える獣人がアパートの前で、レジ袋を抱えてフラフラしている。
もう夜……すっかり陽も落ちた後である。獣人とはいえ、子供が出歩くにはあまりにも遅い時間だろう。
「おい、君」
「んあー?」
「なんでこのアパートに? お父さんやお母さんはどうした?」
「……ハゲてる」
「いや、今それは関係ないだろ」
「あははは、ハゲだー。面白ー」
「いや、何も面白くはないぞ……うっ」
思わず鼻を押さえる。
笑いながらこちらを指差してくる獣人から凄まじいアルコールの臭いが漂っていた。
吐く息に火をつければそのまま火炎放射にでもなりそうな強烈さだ。
「子供なのにとんでもなく酒臭え……いや、にゃがみ原じゃ、獣人の飲酒も人間とは基準が違ったか……にしたって、飲み過ぎじゃねえか」
「ハゲてる、ハゲてるー」
「完全に酔いが回ってやがるな……警察呼んだ方がいいか?」
「んー……」
ふっと、我に返ったように獣人が辺りを見回した。そして最後におう也の方を見て、首をひねりながら言ってくる。
「ここどこ? ボクのアパートはどっか行った?」
「……ここはにゃがみ原のコーポ大谷だ。そしてアパートはどっか行かないから、君がどっか来てしまったんじゃないか? 名前は? お父さんとお母さんはどうした?」
若干頭が痛くなるのを感じながらおう也が答える。獣人はそれを理解出来たのか出来ていないのか、自分自身を指差して言った。
「ボクアル子ー」
「ボクアル子? あ、ああ名前か。アル子ってことか」
「パパとママは実家ー」
予想外の答えに、おう也が一瞬フリーズする。何とかその言葉を咀嚼し……。
「じっ……か? ってことは……君はアパートで一人暮らししてるのか?」
「そー」
動揺するおう也とは対照的に、獣人……アル子はあっさりと肯定した。そうなると、おう也としては考え込むしかない。
「う、うーん……獣人は小学生でもアパートに一人暮らしさせる文化でもあるのか……? いやでも、ヤクやハメねこの話を聞く限り、そんな文化でもなさそうだったが……」
「ボク大学生ー」
「大学生!?」
さらなる驚愕の情報におう也が思わず声をあげる。アル子の姿はどう見ても小学生くらいで、大学生には全く見えない。
「そー。留年しちゃったからまだしばらく大学生ー」
「留年!? いや、ちょっと待ってくれ、情報の整理が追いつかん」
混乱するおう也を他所に、アル子は持っていたレジ袋から缶ビールを1本取り出すと、プシュッとプルタブを起こし、中の液体を……。
「お、おい待て! 迷ってんなら酒飲むより先にすることが……」
ゴクゴクゴクゴクゴクゴク。
おう也が止めるのも聞かず、アル子が缶の中の琥珀色の液体(だろう、たぶん。暗くてよく見えないが)を口に流し込んでいく。
「あぁ〜」
くふーっと、アル子が酒臭い息を吐く。そのまま焦点の合わない目で辺りを見回し……
「えーと……ハゲちゃん?」
おう也のことを見て首をひねった。
どうも、本当におう也のことをイマイチ認識できてなさそうに見えるその様子に、おう也はかなり不安になりつつ答えた。
「お、おう……。とりあえず、色々大丈夫じゃなさそうだな……」
「ゔっ」
アル子が呻いて動きを止めた。缶ビールをその場に放り、右手で口を押さえている。
「って、おい、こんなところで……」
「ヴォエッ」
ブシャッと、アル子の口から吐き出されたものがアパートの玄関を汚した。おう也が絶句している間にも、さらに二度、胃の中身がこぼれる。
ようやく一通り収まったらしい。鼻を突くアルコール臭と、目の前の惨状に、おう也は頭を抱えた。
「あー、くそ、よりによって掃除するのが面倒なとこで吐きやがって……ペーパータオルと、袋とかバケツも持ってこねえと……あとお前、缶ビールはちゃんと片せよ!」
言いつつ、部屋に戻って、とりあえず目に入った新品のペーパータオルだけを引っ掴み、入り口に戻る。
当たり前だが、その間に吐瀉物がキレイになっているようなことはなかった。が、意外にもアル子も残っていた。
てっきり、自分がいない間に逃げ出して、掃除や缶ビールの後処理を押し付けるのでは、と考えていたおう也としては予想が外れたことになる。少し感心していると、アル子が言ってきた。
「ここどこ〜?」
しばらく沈黙する。逃げなかったのではなく、逃げられなかったのかもしれない。アルコールが入りすぎて。
「……近くの交番どこだったかな……」
呟きながら、おう也は掃除を始めた。