ヤニねこの大家さんはいかにして大家さんになったかの話 作:namamugi
「あ、大家さん、どうもっす」
「おお、ヤク。今日は早いな。これから学校か?」
なんてことのない平日の朝。よく晴れていて、朝日が眩しい。
今日はいい日になりそうだ、と思いながら大家としての朝の仕事……庭と玄関の掃除をしていたおう也の前に、ヤクが顔を出した。
あまり見慣れない学生服に身を包み、カバンを抱えている。
「っす。ちょっと早く目が覚めちゃったんで」
眩しそうに陽光へ手を翳しながら、ヤクが答える。金髪が朝日を反射してキラキラと光った。
「偉いなー。俺が学生の頃は、早く目が覚めちまっても、そのまま二度寝してたぞ」
「いやあ、自分、二度寝しちゃうと起きれる自信ないんで……」
「いやいや、立派立派」
ヤクが頭を掻きながら答えてくるのに、おう也が大袈裟に頷きながら言う。
ヤクはそれに照れたように、頬を掻いた。
「け、けど大家さんだって、今は早起きして掃除してるじゃないっすか。この後会社なんでしょ?」
「うん? まあ、これは大家としての仕事で、そっちは会社員としての仕事だからな」
じゃなきゃ、たぶんまだ寝てる、と笑う。ヤクは……笑い返しはしなかった。どこか不安そうな表情に変わると、言ってくる。
「あの、余計なことかもしれないっすけど、あんまり忙しくして、倒れないようにして下さいね。昨日も帰ってくるの遅かったですし……」
「おう、ありがとな。気を付けるよ。掃除も終わりだし、もう一寝入りするかな」
言いつつ、グッと体を伸ばし、肩をコキコキと鳴らした。
と、思い出したように言う。
「そうだ。ヤク、朝食はもうとったのか?」
「あ、いや、行くときにどっかで買おうかなって思ってたっす」
「おお、そうか。んじゃちょうどいいな。ちょっと待っててくれ」
言ってから部屋に引っ込むと、冷蔵庫から肉と野菜を取り出し、用意してあったフランスパンに挟み込んで皿に乗せる。ついでにビニールシートをつかんで戻ってきた。
「ほら、これ」
「えっと……これは何かのパンっすか?」
「おう。バゲットサンドってんだ。昨日職場のバーベキュー懇親会があってな。余った肉を貰ったんで作ったんだが、ちょっと俺一人で食うには多くなっちまってな。で、みんなに配ろうと思ってたってわけだ。結構いい肉なんだぞ。まあ、ヤニねこの奴はどうやってか匂いを嗅ぎつけて、昨日作った直後に強引に食っていきやがったが……」
昨日、おう也自身の夕食として作った時、深夜にさしかかるような時間にも関わらず顔を出したヤニねこが、『この時間に、こんなに食べたら健康に良くないからニャーがもらってやるにゃ』と半分食い散らかしていったのだ。今思い出してみても、なかなか壮絶な展開だった。
「えっと……いいんすか? 貰っちゃって?」
「おう。腹減ってるだろ? 朝食った後なら、帰ってきてから渡そうと思ったが、まだならちょうどいい」
「す、すいません。恩に着るっす」
言いつつ、ヤクが差し出された皿を受け取り、バゲットサンドにかぶりつく。
モグモグ。
「あ、美味いっすね。パンもしっかりしてて、しっとり目の肉とよく合うっす」
「おお、そうか、それなら良かった。このパンなら肉に合うと思ってな。まあまあお高めのフランスパンだったんだが、一応昨日の内に買って、切れ込みを入れて準備しておいたんだ。で、食べる前に肉とレタスとトマトを一緒に挟んでって感じだ」
身振り手振りを加えながら説明していく。ヤクはしきりに感心した様子で、
「凄いな……。大家さん、料理出来るんっすね」
言いつつ、少しずつバゲットサンドを噛みちぎっていく。
「いやー、料理ってほど上等なもんでもないけどな。元々の肉とパンが良いもん使ってるから美味いってだけだと思うぜ。ほら、立ってないで、座って食えよ」
若干照れつつおう也が答えて、手に持っていたビニールシートを腰掛けられるように敷いた。ヤクはそこに座ると、やはり感心した様子をそのままに言ってくる。
「いや本当に、凄いっすよ。自分、お店とかでもこんな美味しいもん食べたことないっす」
「いやいや、それは褒め過ぎだって」
「食堂の食事とかも、イマイチ味気ないもんが多かったんで……」
「そ、そうか? 学生食堂とかは、どっちかというと濃い目の味のものを沢山、ってイメージだが、古いかな?」
「学生食堂……?」
一瞬、ヤクの視線がおう也を離れた。何か考えるように虚空を見つめ、直後に慌てて、取り繕うように言ってくる。
「あ、あー、そうっすね。い、いや、食堂はあんまり使ってなかったんでよくわかんないっすけど!」
「そ、そうなのか。ま、まあ美味かったら何よりだ」
「っす」
そのままヤクはバゲットサンドを食べ終えた。そして、自分の腹を満足気にポンポンと軽く叩き、
「あー、なんかお腹一杯になったら、今日はもう、学校行かずに休みたくなってきちゃいました」
なんてことを冗談めかして言ってくる。
おう也はふっと笑うと、
「おいおい、それじゃ俺がサボらせたみたいじゃねーか。ほら、俺の出勤はまだ先だし、学校まで送ってやるから」
言いつつ、部屋に戻って車の鍵を持ち出し、軽自動車を車庫から出す。
それにヤクが助手席側から乗ろうとしたところで、どこからか起きてきたハメねこが現れた。
「あーっ。ヤク、サボり!」
「ちげーよ。大家さんに学校まで車で送ってもらうんだよ」
「ずるーい。ハメちゃんも送って!」
「ったく。大家さん、いいっすか?」
「ああ。ハメねこ、後ろでいいか?」
「オッケー。ハメちゃんビップ席ー」
おう也はそのまま車を走らせ、二人を高校まで乗せていった。