ヤニねこの大家さんはいかにして大家さんになったかの話 作:namamugi
せっかくの振替休日だというのに、今日は朝から雲が多いな、とおう也は感じていた。
昼間になっても、辺りは薄暗いままだ。きっと今日は1日、曇りだろう。
「う〜ん」
そんなおう也の前に、トボトボと歩くアルねこが通りかかった。何となく、少し元気がないようにも見える。
「アルねこ。今日は大学は休みか……うっ」
あまりの酒臭さに思わず息を呑む。
「お前、昼間っから酒飲んでたな……滅茶苦茶酒臭えぞ」
「飲んでたー。けど、さっき思い出したんだけど、そう言えば今日、午後から講義があった」
「はあ? お前、その状態で講義出る気か?」
トボトボとしていた理由は恐らくそれなのだろう。
アルねこはポケーっとしつつ、一瞬虚空を見上げる。
「うーん……自主休講にしようかな……」
「それはサボるってことだろうが。あーもう、さっさと風呂入ってアルコールの臭い落としてこい! 酔い冷ましに使えそうなもんなんかあったかな……」
持っていた箒を手近な場所に立て掛け、慌てて自分の部屋の鍵を取り出しながら、部屋の中の配置を思い出す。
アルねこはどこか不満げに言ってきた。
「え〜。ハゲちゃん洗って」
「馬鹿お前っ! そんなわけにいくか!?」
一瞬、言われた通りの光景が脳裏をよぎり、おう也は赤面しながらも慌ててそれを振り払った。
「え〜と、ヤニねこのやつ……に洗わせるのは無理か。あいつ自身が洗わなきゃダメなレベルだし……となると……ヤクとハメねこは学校だし……先生!」
「悪いな先生、助かったよ」
「いえいえ、いいんですよ」
ドライヤーでアルねこの髪を乾かしながら先生……辰野が答えた。
無茶かと思いつつも頼み込んで、アルねこを風呂に入れてもらったのだ。
流石にその間、部屋に残るわけにはいかず、一旦外に出て、『終わりましたよ〜』という声をもらって戻ったところである。
「ちょうどネタに詰まってましたし、良い気分転換になりました」
アルねこの凄まじい毛量を、ドライヤーとタオルを駆使しながらなんとか乾かしながら、辰野が笑った。
「いやー、けどアルねこちゃんほっそいねー。洗ってる時、折れないか心配になったよ」
「むー……」
アルねこがどこか不満げに唸る。
「よし、アルねこ、講義は何時からなんだ? あんまり急ぎなら、俺が車出すが……」
言いつつ、おう也が立ち上がる。アルねこは再び虚空を見上げ……。
「えーと……何時だっけ?」
「お前……」
「ちょっと待って〜」
言いつつ、ポケットからスマートフォンを取り出してポチポチと操作していく。
「あー、14時だね」
「っておい! もうギリギリじゃねえか!」
時計を見ておう也が悲鳴のような声を上げた。対してアルねこは落ち着いた調子で言う。
「ちょっと遅れても許してくれるタイプの講義だから〜」
「そういう問題じゃねえ!」
おう也が立ち上がって、地図アプリで大学までの進路を確認する。時間的には、今出ればなんとか間に合いそうだった。
「先生、悪いがアルねこと一緒に車の後ろに乗ってもらってもいいか? 冷蔵庫に緑茶とリンゴジュースがあるからそれ飲ませてやって……後なんか、化粧とか、そんな感じのこう、女の外出る前の準備的なことをしてやってくれ!」
「ぇ゙。い、いやあ、私、そういうのはちょっと……」
辰野が声のボリュームを落としながらボソボソッと言う。その隣でアルねこがどこか胸を張りながら言った。
「ボク最近、お化粧とか全然してなーい」
「えー。それでこの肌なの!? すごーい」
「えへへ」
「とにかく車出すぞ! さっさと乗ってくれ!」
ナビに大学までの経路を登録して、車を発進させる。
「いやー、大学かー。懐かしいなー。あんまり勉強しないで、漫画ばっか描いてたよー。単位もホント、ギリギリだったし……アルねこちゃんはこんな風にはならないようにね」
「……馬鹿風自慢?」
「へ?」
辰野が懐かしそうに言うのに、どこか不満げにアルねこが言った。
おう也は運転席でその話を聞きつつ言う。
「そいつ、もう留年が決まったらしいんだよ先生」
「えー、そ、そうなの!? ご、ごめんねアルねこちゃん」
辰野が慌てた調子で言う。ミラーで一瞬確認するが、特にアルねこは気にした様子もなく手元の缶ビールに手を伸ばし……。
「うーん……お酒……」
「あ、馬鹿!」
アルねこの声に慌てて路肩に車を寄せて停車する。
「お前これから大学で講義受けようってのに、酒飲むやつがあるか! 帰ってから好きなだけ飲め!」
言いつつ、アルねこの手元の缶ビールを取り上げて助手席に放る。
「む〜」
アルねこが不満げに声を上げるが、無視して、再び車を発車させる。
「ったく……」
「大家さんは大学の頃どんなだったんですか?」
車が信号につかまったところで、辰野が声をかけてくる。
おう也は昔を思い出しながら答えた。
「俺は取り敢えず一年と二年で取れるだけ単位取って、三年と四年はインターンシップとか就活の方が主体だったな。それでも、なんだかんだ、卒業に必要な単位よりは、ずっと多めに取ってたぞ」
「えーっ。すっご……優等生じゃないですか!」
「むー。ただの自慢だ」
辰野が感嘆の、アルねこが不満の声を口々にする。おう也は予想通りの反応にクスッと笑うと続けた。
「まあ、その通りで自慢なんだけどな。大学って、いくら講義取っても支払いかわんねえだろ? 少しでも多く、色んな講義を受けといた方が得なように思えたんだよ。俺の場合、自分で稼いでた金だったんで、何とか上手く使いたくってな」
「はー。いやあ、そこまで考えてなかったなあ、私は」
「……むー」
「まあ、だからってアルねこ、お前にも同じことしろとは言わねえよ。けどまあ、自分で決めた講義くらいは、ちゃんと出て、聞いてみるくらいはしてもいいんじゃねえかと……」
「オエー」
あまり聞きたくない音が後部座席からしたのを聞いて、おう也は再び車を止めた。
「ギャーっ。アルねこちゃん!?」
辰野が悲鳴じみた声を上げる。何が起きたのかは……見るまでもなく分かる。
「お前、車ん中で吐くやつがあるか! せめて吐きそうなら先に言え!」
吐瀉物の処理をなんとか終わらせ、そのまま車は走り、講義にはどうにか間に合った。
しかし、後に聞いたところによると、実はその日、アルねこが忘れていただけで、午前中にもいくつか講義があり、結局ほとんどの単位は落としたらしい。
聞いたおう也は最悪、卒業させるには自分がアルねこの履修予定を全部把握して、スケジュールを管理するくらいのことをしないとダメなのではとも思ったが、流石に大家の仕事ではない、と一旦は見送ることにした。