ヤニねこの大家さんはいかにして大家さんになったかの話 作:namamugi
「ふーむ」
何も植えられていない菜園を前におう也が唸った。
アパートの外れの家庭菜園だ。以前はスイセンが植えられていたのだが、アパートを買い取った際に、前の大家が球根ごと持っていってしまったので、今や何もなくなってしまっていた。
前の大家の話によれば、獣人が住んでいた頃、勝手に菜園で育てていた野菜を食べることがあったので、絶対に手を出せないように毒のあるスイセンを植えて花壇のようにしていたらしい。
「ヤニねこのやつ……毒があるって言っても食いかねないんだよなあ」
溜息を吐く。
同じようにスイセンを育て、ヤニねこに説明したとして、忘れてそのまま口にしかねないし、下手をすれば毒と分かっていても食いかねない。
何しろ、好き好んで吸っているタバコがほとんど毒のようなものだろう。
あまり詳しくは知らないが。
となると、代わりに何を植えるかということになる。
「うーん……バラとか……気取り過ぎか?」
唸りつつ悩む。
アパートの外からも目につく場所だと思えば、悩み過ぎるということもあるまいが……。
「にゃ、何してるにゃ」
「おお、ヤニねこ。いや、ここに何植えようかと思ってな」
ちょうど後ろを通りかかったヤニねこが覗き込んでくる。おう也が答えると、そのまま咥えたタバコを手に移し、煙を吐いた。
「にゃ。タバコ植えるにゃ」
「タバコ? 植物なのか?」
「常識にゃ」
まさかヤニねこに常識を説かれる日が来るとは思っていなかったおう也が、一瞬面食らった。
「そ、そうなのか……ええと、タバコタバコ……」
そのまま懐からスマートフォンを取り出して、検索する。
「これか、葉タバコ」
「にゃ」
検索して現れた植物を見る。当たり前だが、紙に巻かれたタバコがそのまま植えられているわけではなく、見た目はごく普通の植物のようだった。道端に生えていても、これがタバコだとは気付けないだろう。
「あれ、先輩と大家さん、どうしたんすか?」
「にゃ。ここにタバコを植えるにゃ」
「ああ、葉タバコっすか」
更に通りがかったヤクねこが、頷いて言う。
「ヤクも知ってるのか?」
「ええ、自分、手作りでタバコ作ってるとこ知ってるんで」
「はー、タバコって手作り出来るもんなのか」
詳しくないおう也からすると、初めて知ることばかりで、感心する。
ヤクは思い出すように続けた。
「ええ、今はほとんど工場生産ですが、昔は手作業で作ってたみたいっすよ」
「にゃ。大家はなんにも知らないにゃ」
ヤニねこが偉そうに、いかにも上から目線と言った感じで言ってくる。
「いや……俺タバコ吸わないし、タバコの歴史なんて勉強する機会なかったし……」
おう也はぐぬっ、と一瞬怯みつつも言い返すが、どこか自信なさげでゴニョゴニョとした響きになってしまった。
それに気をよくしたのか、ヤニねこはますます上から目線だ。
「言い訳にゃ。いつもタバコ吸うなって偉そうに説教してくるくせに、タバコの歴史も知らないにゃ」
「ぐぬぬ、こいつ……」
「あ、あはは……ええと、それで、ここ全部で葉タバコを育てるんすか?」
ヤクが場をとりなすように言う。ヤニねこはそれに当然、とばかりに頷いた。
「にゃ。出来たやつはニャーが貰うにゃ」
「おま、勝手に……いや、ちょっと待って。この葉タバコって勝手に育てたらまずいやつじゃないか?」
ふと思いいたる。酒だって作っただけで税法に引っかかるのだ。タバコも同じでもおかしくはない。
スマートフォンで更に検索を続けていき……。
「危ねえ! これ、栽培するのはいいが、そこからタバコを作るのは違法じゃねえか!」
「あれ、そうなんすか?」
意外そうに、少し驚いた様子でヤクねこが言った。
「栽培まで大家がしたらニャーが紙巻いてタバコにするから大丈夫にゃ」
ヤニねこは変わらない調子だ。おう也はスマートフォンを懐にしまい直して返す。
「何も大丈夫じゃねえよ! 危ねえ危ねえ、危うく捕まるとこだったぜ」
「いや、それくらいなら簡単には捕まんないっすよ。製造で引っかかるなら、栽培までここでやって、製造部分をどっか別の場所でやれば……」
「や、ヤク?」
予想していなかったところから、予想していなかった形で言い返されて、思わず聞き返す。ヤクはそれにハッとしたように、頭を振った。
「い、いや、なんでもないっす」
「まあ、捕まる捕まらないじゃなく、違法は違法だ。葉タバコは却下だな」
「にゃあ……じゃあ……キャベツにゃ」
タバコが作れないとなると、途端にヤニねこは興味が失せたのか、どこか投げやりな雰囲気で言った。
「キャベツ? なんで?」
「食いたくなったにゃ」
「んなてきとうな……こんな狭いとこで作れんのかキャベツ……」
言いつつ、再び検索エンジンを起動するが、今度は、おう也が見つけるよりもヤクが反応する方が早かった。
「たしか出来るはずっすよ。なんか、プランターとかでも出来たはずです。実家の方で近所のおじさんがそれで育ててたんで」
「お、そうなのか。素人でもいけるのかな」
言いつつ、検索を続ける。調べた限りでは、簡単ではなさそうだが、不可能ということもなさそうだった。チャレンジしてみる価値はありそうだ。
「ニャーの提案にゃ。出来たら食わせるにゃ」
横からヤニねこが言う。おう也は、少し悩んでから、まあいいか、と呟いた。
「……そうだな、そん時はみんなに一個ずつ配ってやるか」
「え? 自分もいいんすか?」
ヤクねこが自身を指さして言う。おう也は頷くと、
「おう。代わりに、たまに俺がいない時の水やりを頼んだりするかもしれねえが、そん時はよろしく頼むな」
と言って、笑った。