ヤニねこの大家さんはいかにして大家さんになったかの話 作:namamugi
「キャベツキャベツ……これか」
近所の100円ショップでガーデニングの棚を探しながらおう也が呟いた。
「数粒入りで100円……随分安いな……まあ、育てる側としちゃありがたいが……」
枯らしてしまった場合のことを考え、ちょっと多めに3袋カゴに入れる。
「後は……ええと、培養土、苦土石灰、堆肥、化学肥料、それに殺虫剤か防虫ネットも後々考えると必要……。なんか自信なくなってきたな、本当に素人に出来んのかこれ……」
手元のスマートフォンで調べる。
全くの素人がやるには、どうにも難しそうに見えてしまう。微かな不安を感じつつレジを探し……。
「あれ、大家ちん、珍しい。どうしてこんなとこに?」
後ろから歩いてきたハメねこがカゴを覗き込んできた。おう也が振り返る。
「ハメねこじゃねえか。いや、花壇が空いてるからキャベツを育てようと思ってな。種とか買いに来たんだよ」
「あー。あの空いてるとこ。あのままだとなんか気持ち悪い虫とか湧きそうだもんねー」
「そ、そうなのか? いや、俺は単になんにもないと寂しいかなと思っただけなんだが……」
「そう言われるとハメちゃんも分かんないけど。なんか、周りがコンクリで、ただ土だけあるような場所って変な虫が湧きそうじゃない?」
「ま、まあ、言われてみるとたしかに……」
うーん、と唸りながら考える。
ひょっとすると、アパートの店子達やご近所様に知らず知らずのうちに迷惑をかけてしまっていたのだろうか。
そんな不安げなおう也の様子を気にした様子もなく、ハメねこはカゴからキャベツの種を一袋摘んだ。
「けどキャベツかー。うーん。なんか上手いことハメちゃんが育ててることにして、育成日記とか撮ろうかな。農業系配信者って結構いそうだし……」
「そういうのはニワカだって笑われるし、バレたら死ぬほど叩かれるからやめたほうがいいぞ」
「あれ、大家ちん詳しい。前は全然知らなそうだったのに」
即答するおう也に、ハメねこが意外そうに言った。おう也はスマートフォンを指さすと、
「あの動画作った時から色々調べたんだよ。動画作って投稿したとして、アパートにマイナスになるんじゃ、しょうがないからな」
「ふーん、意外と勉強熱心だね。けど、ちょっと外れかな。最近は、悪名は無名に勝る、みたいな流れになってきてるから、多少叩かれても、知ってもらう方が強いかもしれないよ?」
「悪名は悪名だ。一時は良くても、後で一生付きまとうと考えればリスクが大き過ぎるぞ」
「そうかなー?」
うーん、と悩むハメねこの様子はどうも、本当にプラスとマイナス、どちらが大きいかを考えていそうだった。
おう也は少し呆れながら、ハメねこの摘んだ種を指差す。
「まあ……どうしてもって言うなら、一玉お前、自分で育ててみるか? その分だけ撮ってたら嘘にはならねえだろ」
「えー、ハメちゃん土いじり好きじゃなーい」
言いつつ、シュッとすぐにキャベツの種をカゴに戻す。おう也ははあ、と溜息を吐いた。
「だと思った。上手く収穫まで出来たら分けてやるから、その時に『自家製キャベツ料理配信』でもしてみろよ」
「料理配信かー。どうかなー」
うーん、と悩むハメねこを後にし、種だけをカゴに入れ、土や肥料は品揃えの多そうなホームセンターで探すことにして、おう也はレジへと向かった。
「あれ、ハゲちゃん」
しばらくして、今度はホームセンターに入ったおう也の前に、またアパートの店子が現れた。
あまり外出する印象のなかった相手なだけに、驚きを込めて言う。
「アルねこじゃねえか。なんでお前こんなとこに……」
「チューブ買ってたんだー。長いやつー。いっぱい繋げようと思ってー」
手に持った細いチューブを掲げつつ言ってくる。
一瞬、おう也の心中に、自分が家庭菜園をするのを聞いて、水やりのために買ってくれたのか、いいとこあるじゃないか、という美し過ぎるイメージが浮かんだが、ぶんぶんと頭を振って振り払う。
経験上、こういう都合のいい予想は当たった試しがないのだ。
「そんなに繋げてどうすんだ?」
「ハゲちゃんの部屋まで繋げてー」
「おい」
「いいお酒をこっそり貰おうかなーって……」
「ダメに決まってんだろ! ってか、飲みたきゃ自分で買え!」
案の定というか、予想以上に酷かった答えを聞いて、おう也が頭を抱えながら強めの口調で言った。
アルねこは特に気にした様子もなく、むしろ胸を張って言ってくる。
「ボクのお酒は多幸感を得る為でー、味はあんまり問題じゃないからー……」
「じゃあ俺の酒を盗むな! 自分ので満足しろ!」
「それはそれとしてー、美味しいお酒も欲しいな~って」
「なら自分で買ってくれ……」
言いつつ、項垂れる。
そんな様子を特に気にすることもなく、アルねこはおう也が押していた台車の上に視線を向けた。
「ハゲちゃんは何を買いに来たの?」
「ああ、肥料とかな。アパートの前に家庭菜園あるだろ? あそこで今度、キャベツを育てようと思ってな」
「えーと、家庭菜園…………?」
言いつつ、思い出すように虚空を見つめ……
「キャベツねー、うーん、せっかくだから、梅とか植えない?」
結局思い出せなかったのか、それについては何も言わずに続けてきた。
おう也は家庭菜園を思い返しつつ答える。
「いや、あのスペースに梅の木は無茶だろ」
「実がなったら漬けてー、梅酒にして欲しいな~」
「ヤニねこのやつもそうだったが……お前らは自分の欲望に忠実過ぎだ……」
おう也が苦言を呈するが、アルねこは特に聞こえたような様子もなく、自分の発想にうんうんと感心している。
「いいよねー梅酒。美味しそー」
「お前な……まあ、梅の木は流石に無理だが、梅酒くらいなら今度漬けてやるから、それで我慢しろ」
「おー。言ってみるもんだね」
嬉しそうにそう言われると悪い気はしない。とはいえ、ただあげるというのも芸がないだろう。
おう也は一瞬考え込み……
「ただし、今季の単位、残ってるの全部取れたらな」
「むー。意地悪だ。無理言ってる!」
「無理じゃねえ! もう既に結構落としちまってるんだから、残りくらい全部取れるだろ!」
「意地悪だー」
後ろからかかる抗議の声を無視しつつ、おう也は台車をレジへと向けた。まあ、全部は無理でも、半分取れたら梅酒くらいはくれてやるか、と思いながら。