ヤニねこの大家さんはいかにして大家さんになったかの話 作:namamugi
仕事からの帰り道。
おう也は、ちょうど学校から帰宅したヤクとハメねことアパートの入口で一緒になった。
二人は入口をくぐったところで、揃ってグッと体を伸ばした。
「っくー。終わったー」
「やー、終わったねえ……」
今日まで定期テストだったらしい。終わるまで配信は封印! と言って配信機材をおう也に預けた時にハメねこが言っていた。(が、やっぱり今日だけは配信する、と言ってすぐに持って帰った。そしてその後、おう也の部屋に配信機材が戻ることはなかった)
ヤクがカバンを肩に掛け直しながらぼやく。
「結果はまだだけどなー」
「ヤク、手応えは?」
「まあまあいけたんじゃねえかな。手も足も出ないって、感じではなかった」
「うー、ハメちゃんより出来てそう……」
おう也としては、『結局、配信封印出来なかったからな』とかなり言いたくなったが、それはグッと堪えた。わざわざ追い打ちをかけることもないだろう。
「あ、大家さんもきます? これから酒とツマミ買って、どっかでテストお疲れ様でした会でもやろうかと思ってるんすよ」
ヤクがいいよな? とハメねこに確認しながら言ってくる。おう也は苦笑して答えた。
「いや、俺はやめとくよ。せっかく盛り上がろうって時に、変に大人がいるのもな」
「別にいいのにー」
「まあ行ってこいよ。俺は今日は一人でゆっくりさせてもらうよ」
数時間後、全く予想していなかった相手から呼び出されて、おう也は町田を訪れていた。
目の前の水色の制服を着た男が言ってくる。
「あんたが保護者?」
「ええと、はい……」
反射的に答えてから、俺はいつからこいつらの保護者になったんだろう、と疑問が湧いた。
水色の制服に黒めの帽子……つまり、警官である。おう也は町田の警察署に呼ばれていた。
「未成年で飲酒はダメって当たり前でしょ?」
要件は補導した学生の引き渡し。つまり、公園で飲酒していたヤクとハメねこの引き渡しだった。
「いや……その、にゃがみ原は獣人なら学生でも飲酒オーケーで……」
「それは知ってるけどさあ。ここ町田よ? にゃがみ原でしか通用しない獣人限定ローカルルール持ち出されても、他じゃ通じないのよ」
そう言われると何も言えない。
何しろ、おう也自身がにゃがみ原に来た当初は全く同じことを思っていたのだ。
「いや、まあ……はい……」
「テスト終わりみたいな話してたとこに水差して悪いけどさあ。それは未成年が飲酒していい理由にはならないのよ」
「いや、全くおっしゃる通りです……」
小さくなって肯定することしか出来ない。
警官は、はあ、と一息吐くと手元の書類に書き込んでいく。
「今回は厳重注意ってことにしとくけど、あんたも保護者なら、ちゃんと監督しなよ。そりゃにゃがみ原じゃ酒も買えるし、飲んでもいいとしても、常識で考えたら、未成年の飲酒なんていいこと一つもないでしょうよ」
「以降気をつけます……」
警察署を出てからしばらく、三人の間には深い沈黙が流れていた。
少し前を歩くおう也の後ろを、ヤクとハメねこが並んでついてくる。
何か言おうとして……躊躇ってやめる、というのを何回か繰り返した後に、ヤクがおう也の前に出て頭を下げた。
「すいません、大家さん!」
「ヤク……」
「自分、保護者呼べって言われた時に親呼べなくて……大家さんの番号伝えたんす」
「は、ハメちゃんも、そ、その、ごめんなさい! ヤクが大家さん呼んだの見て……ハメちゃん、両親とも獣人だから、変なことになるの嫌で、大家さんならなんとかしてくれるかなって……」
いつもの軽い調子はなく、ハメねこもヤクの隣に並び、どこか気まずそうに両手を身体の前で合わせた。
おう也はそんな珍しい2人の姿を見つつ、
「……いや、色々考えたんだが、お前らに原因がないとは言わないが……根本原因はにゃがみ原と町田でルールが違うせいじゃねえかな……」
呟きつつ、予想外の反応に若干唖然とした様子の2人の肩をそれぞれ叩き、再び一緒に歩き出す。
「そりゃ、お前らが今回補導されたのは酒飲んだのが悪かったって話だが……。にゃがみ原はそれが許されてて、それが町田との境界を越えた途端に補導対象になるわけだろ? 偶々今回はお前らが補導されたが、こんなもん、獣人なら誰だってやらかす可能性あるだろ」
歩きながら、腕を組む。
少し後ろを追いかけている二人が顔を見合わせていることにも気付かず、次第に独り言のような調子になっていった。
「そりゃ町田側で厳しく取り締まることは出来るだろうし、それで減らすことも出来るかもしれないが、そもそも本来の未成年禁酒の目的に即してねえ」
「あ、あの、大家さん?」
ヤクが後ろから何か言ってくるが、もはやあまり耳に入らない
「そう考えたら、個人の問題じゃなく、仕組みの問題だよな、これ……。ってか、これをやった個人の責任にしたら、うちの部長に鼻で笑われて、じゃあまず、お前には何が出来るかを考えろって言われるやつだろ」
ブツブツ言いながら、歩くペースが上がっていく。
既に、後ろの2人が早足気味に歩かないとついていけないくらいの速さになっていたが、おう也はペースを緩めない。
「にゃがみ原は獣人の為にってことで獣人の年齢基準変えてるんだろうが、結果、他とルールが違うせいで他所の町で補導だなんだって話に繋がってんだろ。そう考えたら、ルールがおかしいんだから、あるべき姿がそもそも違ってて……」
「危ない!」
考え込んだまま赤信号の横断歩道へ足を踏み出しかけたところを、ヤクに腕を掴まれ、おう也は我に返った。
「お、おお、すまん、ちょっと考え込んじまってた。悪いな」
ヤクとハメねこが、顔を見合わせた。恐らく、警察署を出た時からいつ説教が始まるのかと思っていたのだろう。恐る恐る尋ねてくる。
「いや、その……怒らないんすか?」
「怒ってはいるぞ。明らかに制度がいけてねえからな。ただ、お前らに対してはそうでもねえな」
「け、警察に呼ばれたのに……?」
「別にそれは大したことじゃねえだろ」
何でもないことのように、おう也が肩をすくめる。そのまま思い出すように夜空を見上げ、
「これで怒ってたら俺はヤニねこに何回ブチギレなきゃいけねえんだって話だ」
あいつこの間タバコでボヤ騒ぎ起こして、パトカーと消防車まで出てきたんだぞ、とつけ足す。
「あのパトカー来てたの先輩のせいだったんすか……」
「ハメちゃんの配信に、消防車とパトカーのサイレンが入っちゃってなんだなんだ、ってコメントざわついてたなー」
二人の表情から申し訳なさが少し消え、代わりに呆れが浮かんだ。それを見てから、おう也は額に手を当てる。
「あの時は流石にやべえって、ヤニねこの部屋行って、一晩説教しっぱなしだったな……部屋も滅茶苦茶になったし……。まあ、それに比べりゃお前らのなんか可愛いもんだ。ただまあ、それでも、なんか言うとしたら、そうだな……」
おう也が立ち止まった。
ヤクが思わず僅かに身構え、ハメねこも緊張した様子で、次の言葉を待つ。
おう也はふっと笑いながら言った。
「ラーメンでも食ってくか。腹減っただろお前ら」