ヤニねこの大家さんはいかにして大家さんになったかの話 作:namamugi
「どうもー、あんたがアルねこんとこの大家さんやったんやね」
「ああ、えーと、カンサイさん、だったか?」
夏真っ盛りといった暑い日。
汗でシャツを濡らしながらも、いつも通りの掃き掃除をしていたおう也の前に現れたのは、飲み屋で会った背の高い獣人……カンサイだった。
カンサイは軽く手を振っておう也に答える。
「あー、まあ本名は西薫子言うんですけど、まあカンサイでええですよ。敬語もなしで」
「そうかい? 悪いね。今日はアルねこに会いに来たのか?」
「? いえ。あれ? アル子から聞いてません?」
「? 何を?」
カンサイが戸惑った様子になるのを見て、おう也も怪訝な様子で言った。
カンサイは、はあっと溜息を吐きながら首を横に振る。
「なんや、あいつ、自分から言っとく言うてたのに、全然話通っとらんやんけ」
「何の話だ?」
「ウチもここにお世話になろ思って、今日内見させてもらおうと思ってたんですよ。アル子に言ったら、缶ビール1本で優先予約しとくって言ってたんですけど……」
今度はおう也が戸惑う番だった。言われた通り受け取れば、今まさに、貴重な入居者獲得のチャンスということになるのに、何の準備もしていないことになる。
「い、いや、何にも聞いてねえぞ! ちょっと待ってくれ」
だだだっと、小走りでアルねこの部屋に行き、バンッと扉を開ける。
「おい、アルねこ!」
「んあー、ハゲちゃんどうしたの?」
アルねこは部屋の端で缶ビールにストローを差してチューチュー吸っていた。また真昼間から酒飲みやがって、という言葉が、つい口をついて出そうになるが、グッと抑え込み、本来の用事を尋ねる。
「お前、カンサイに今日の内見の予約頼まれてなかったか?」
「んー」
アルねこがちょこんと頭を右に傾けた。何かを思い出すように虚空を見つめ……。
「そうだっけ?」
「いや、あんた、缶ビール1本寄越せば上手く話しとくから任せ言うたやないかい!」
後ろから付いてきたカンサイがビシッと突っ込みを入れる。
しかし、アルねこは更に頭を傾ける角度を深くしながらカンサイの顔を見つめ……。
「……そうだっけー?」
「あんたなあ……多少はアルコール控えんと、片っ端から約束したこと忘れてるやないか!」
「あっ!」
ハッとした様子でアルねこが声を上げる。何か思い出したのか、とおう也は言おうとし……。
「ハゲちゃん梅酒ー」
「だからそれは単位全部取れたらだろ!」
全く関係ない上に果たされていない約束に頭を抱える。
アルねこはそれに不満げに口を曲げると、
「……そうだ、ハゲちゃんに意地悪されたんだー」
「お前なあ……」
おう也がはあ、と溜息を吐く。恐らくこれ以上何か言っても無駄だろう。
それよりも、今はせっかく来てくれた内見者の方へ労力を割くべきだ。
「まあ、紹介してくれたのはナイスだ。カンサイさん、改めて、これから内見ってことで大丈夫か?」
「はい、よろしくお願いします」
「うん、良さそう。こちらは来週からで入居、大丈夫です?」
一通り案内を終えて庭に戻ったところで、カンサイが言った。
おう也は思わず頬が緩むのを感じた。
アパートの経営者として入居者を歓迎するのはもちろんだが、何よりも、これまでの獣人の入居者達と違い、何もせずともまともな社会生活を送ってくれそうなのがありがたい。
「気に入ってもらえたなら良かったよ。部屋は空いてるから大丈夫だ。ただ、契約の手続きがあるから、そこは早めに進めよう」
「じゃあそれで。後のやり取りはネットでやった方がいいですかね?」
「あー、一応俺の方でも書類は準備したりしてるが、正式な流れはそうだな」
カンサイは懐からスマホを取り出した。そのままウェブブラウザを開く。
「んじゃ、掲載してるサイトだけもらっといていいです?」
「おう、こっちのな……」
おう也も同じようにスマホを取り出して掲載してもらっていたサイトのアドレスを伝え……ふと疑問に思って尋ねる。
「ちなみに、なんで引越すのか、とかは、聞いても大丈夫か?」
「あー、ウチ、出身は西の方で、今町田の親戚のとこにお世話になってるんですけど……」
ポチポチとカンサイがスマホをいじりつつ答えてくる。
「今年から弟もこっちに来ましてね」
「弟さんか」
「はい。それで、流石に二人お世話になるのは迷惑かな思って、長いこといてる、ウチの方が出て、新居探そうかと」
おう也は思わず感心した。
別に先住権ということでもないだろうが、何となく、そういう場合は後から来た側が出ていくのが普通だと思っていたのだ。
「はー、仲いいんだな、弟さんと」
「いえ、アホな弟で、親戚のとこに置いとかんと、何しでかすか分からんとこがありまして」
「それで自分が出ようってなるんだから、大したもんだよ」
うんうん、と頷くと、カンサイが照れたように、そんなことないですよーと答えた。
と、そこに階段から庭に影が一つ降りてくる。
「にゃ。面白くねえやつにゃ」
階段を降りてきたヤニねこの、あまりにも無礼な言いように思わず背筋が凍る。
せっかくアパートを気に入ってくれたのに、やっぱり、なしで、ということになりかねない。
「おいヤニねこ、せっかく内見に来てくれた相手にそんな口の聞き方は……」
「出よったな、ヤニカス……会いたかったで……」
おう也が止めに入るよりも、後ろのカンサイが反応する方が早かった。敵意満々といった様子で、ヤニねこの前に出る。
「ウチがここに越すんは、アンタに真の関西人の実力を見せつける為でもあるんや……」
「いや、お前はクソ面白くなかったにゃ」
ヤニねこが欠伸混じりにさらっと言う。
カンサイはぐぬぬっと気圧されたように後退りしつつも、すぐに調子を取り戻すと、ビシッと人差し指をヤニねこに突きつけた。
「くぁー! ええやろ! そこまで言うならウチの大爆笑ネタパート2を見せたる! しかと目に焼き付け!」
「にゃ」
ヤニねこが興味なさそうに言うが、カンサイは構わずに、一歩引くと、鼻を動かした。
「くんくん……なんだか良い匂い……くんくんくん……あ、この緑色のシュワシュワは……」
言いながら、ヤニねこに近づき、白いシャツの緑色に変色した部分(カビではないと信じたい)に鼻を近づけていく。
「あっ、それはやめた方が……」
「美味しそうな藻入りソー……ぐふっ」
思わず止めたおう也も間に合わず、カンサイはヤニねこのシャツを摘みながら鼻を当て、直後にその場に倒れ込んだ。完全に失神している。
「にゃっ」
シャツを掴まれたまま引っ張られたヤニねこがペシッとその手を外す。
「……お前死ぬほど臭いぞ。最後に風呂入ったのいつだよ」
「ニャーは臭くないにゃ」
ヤニねこは憮然として言った。