ヤニねこの大家さんはいかにして大家さんになったかの話 作:namamugi
カンサイが入居した翌週。
月が変わっても暑さは変わらず……どころか、より厳しくなってきた印象すらある。
実際、天気予報の気温は今年最高だった。
おう也が、毎日の定例となった、会社に行く前の掃き掃除をしていると、後ろにハメねこが通りかかった。
「大家ちん、おはよー」
「おう。おはよう。どうしたハメねこ、随分朝早いな。もう夏休みじゃないのか?」
「うー、夏休みなのに何回か学校行かなきゃいけないんだよー。補習って」
絶望的な声音で言う。相当……心底嫌なようだ。おう也は苦笑を堪えながら返した。
「まあ……補習だからな……」
「夏休みなのに休まらないー」
「まあ、やってくれるだけ良かったと思えばいいじゃねえか」
たぶん本当にキツイのは、それやらせてる先生の方だぞ、とつけ足す。
ハメねこは口をとがらせると、ムッとして言ってきた。
「ハメちゃん受験とかしないんだから別に成績悪くてもいいのー。超人気配信者なんだからー」
「まあそう言うな。配信者だってモノ知らないよりは知ってる方がいいだろ」
「良くないー。バカの方が可愛いって言う人が多いのー。ハメちゃんバカじゃないけど」
そう言われると、そういった分野のことをよく分かってないおう也としては何も言えない。
記憶をどれだけたどっても、バカな方が良かったと思ったことは全く無かったが、きっと、そうでない世界もあるのだろう。一人で勝手に納得する。
「そんなもんなのか」
「そうだよー。大家ちんだってヤニっちとかアルっちの方が色々気に掛けてるじゃーん」
そう言われると、今度はおう也の方が嫌そうに表情を変えざるを得なかった。片手で頭を掻く。
「いや、そいつらは構わないとまともに社会生活送れねえだろ……。放っとくとアパートにまで被害出すし……」
「うー。とにかく、補習やだー」
むがーっと、両手を振ってハメねこが暴れ出した。おう也はふっと思い付き、提案する。
「じゃあ、ヤクに教えてもらったらどうだ? あいつは成績良かったらしいぞ」
「もっとやだ! 屈辱的じゃん!」
「屈辱的って、お前、すげえ言葉使うな……」
「逆にヤクの方がハメちゃんに頭下げて教えを請いに来て欲しいのー。ハメねこ様今後一生逆らいませんからどうか教えてくださいって土下座しながら言って欲しいー」
「お前なあ……」
本気でそんなことを思っているわけでもないだろう。実際にヤクが土下座でもしようものなら、真っ先に気味悪がるのはハメねこ自身に違いない。
とはいえ、言われたことにはおう也が呆れて返そうとし……たところで、ハメねこが腕時計を見てハッとしながら言ってくる。
「あー、もう時間ヤバい……大家ちん、車で送ってー」
「はあ……。まあ、それくらいならしてやるか。ちょっと待ってろ」
「本当にいいの!? へー。なんでも言ってみるもんだねー」
「……お前アルねことかヤニねこから悪い影響受けてないか?」
「ほら、行くぞ」
「お邪魔しま~す」
箒とチリトリを片付け、車を出して、ハメねこを乗せ、町田の高校へと向かう。
真夏の車内は、おう也が乗り込んだ当初はひどく蒸し暑かったが、窓を全開にし、冷房をフルに効かせたことで、ハメねこを乗せる時には大分涼しくなっていた。
「ふー、楽ちん楽ちん」
「そりゃ結構だが……」
「楽ちん……だけど、補習やだー。なんでハメちゃんがこんな目にー」
「そりゃ成績が悪かったからだろ……」
呆れながら言うが、ハメねこは助手席で足をバタバタさせると、不満そうに続けた。
「うー。超人気配信者なのにー。クラスで一番お金稼いでるのにー」
「まあ、それは大したもんだと思うが……」
「うーん……先生にいくらかお金払ったら補習見逃してもらえないかな?」
「そりゃ無理だろ。先生だって補習したくてしてるわけじゃねえんだ」
先生だって休めるなら休みたいだろうよ、とつけ足す。それにハメねこは尚更足をバタバタさせ、
「じゃあやらない方がいいじゃん! 先生もハメちゃんもウィンウィンじゃん!」
「そうもいかんだろ……」
「ぐう〜。じゃあせめて配信する! 補習配信! どう!?」
「そりゃ前代未聞だが、普通に考えて、真面目に補習受けろって先生からも観てる人からも言われるんじゃねえか……」
「うー。じゃあせめて今配信する!」
「いや、今ってお前……」
止める間もなく、ハメねこは自撮り棒の先にスマホを取り付け、さっと伸ばした。
いつの間に操作したのか、画面には配信中を示す表示が出ている。
「みんなー、こんハメー。今日は、あやしーハゲたオジサンの車に乗せられちゃったので、その様子を配信しまーす。どこに連れて行かれちゃうのかな? とーってもふあーん」
言いつつ、おう也も映る角度にカメラを逸らそうとする。おう也は咄嗟に車を道端に寄せた。
「おま、バカやめろ! ち、違いますよ皆さん! これは学校に送っているのであって……ああ、もう、スマホ寄越せ!」
「わー、ハゲが襲ってきた! ハメちゃん危うし!?」
「やめろ、俺まで炎上するだろ! カメラ止めろ!!」
なんとかハメねこからスマホを取り上げて配信を止めさせ、ようやく高校に着いたのはそれから暫く後だった。
念の為、補習配信はするなよ、とハメねこに釘を差してからスマホを返してアパートに戻る。
そして翌日、ハメねこが「昨日の配信めっちゃ伸びたからまた誘拐犯で出て!」と言ってきたので、もう二度と送らんぞ、と内心誓うのだった。