ヤニねこの大家さんはいかにして大家さんになったかの話 作:namamugi
暑さ極まる夏の日。
暫く顔を見ていない住人の部屋に、おう也は訪れていた。
「おい、アルねこ」
「んあー、どうしたのハゲちゃん」
部屋で酒瓶にストローを通していたアルねこが眠そうに答える。そのストローの中をアルコールがチュッと通った。
「……お前、単位どうだったんだよ。残ってたの全部取れてたら梅酒作ってやるって言ったろ」
「……あっ。ちょっと待ってー」
はっと思い出したようにアルねこが立ち上がり、パタパタ走ってカバンを開けた。その中から……選りすぐって3枚の紙を取り出す。
「はいこれ」
「……お前、これだけじゃねえだろ」
「ギクッ」
受け取って即答するおう也に、アルねこが身を固める。そのまま明らかにおう也から目を逸らしながら答えた。
「そ、そんなことないよー」
「態度が露骨過ぎる……。カンサイからこの他に、後まだ4つは講義取ってるって聞いたぞ。その分は?」
「……そうだっけー?」
変わらず目をおう也と合わせないようにしながらアルねこが言う。
「なんでお前よりカンサイの方が取ってるもん把握してるんだよ……」
おう也は頭を抱えそうになりながら……ハッと気付く。
「いや、さてはお前、他のやつは単位取れなかったな」
「ぐう……」
「ったく……そしたら結局、半分も取れてねえじゃねえか」
「うー……ハゲちゃんがいじめるー」
さささっとアルねこがその場を退いた。そのまま元々抱えていた酒瓶の方へ体を向け……。
「あ、バカ、真面目な話してる時に酒を飲むな!」
「飲まなきゃやってられないー」
「飲んだらますます単位が遠のくだろ!」
酒瓶につながるストローを掴んだアルねこの手をなんとか押さえ込む。
アルねこは不満そうに口を尖らせた。
「そんなのは大学で散々言われたよー」
「散々言われたんなら従えよ……」
「それが出来たら苦労はしないー」
「まあそりゃそうだが……」
「うー、やっぱりお酒飲む」
「お前なあ……」
ヒョイッとストローを酒瓶から引っこ抜き、そのまま酒瓶を取り上げる。
「あーうー……」
「落ち着け落ち着け」
「うー、ボク、カンサイより二つ上なのに、カンサイの方が単位取ってるー」
「年はそんなに関係ないだろ。今期ちゃんと頑張ったかどうかだ。それに悔しいなら来期は頑張ろうと……」
「違うー。ボクの方が2年大学に長くいるのに、カンサイの方が取ってる単位多いのー」
「……大学に入ってから全体でってことか……。お前ちょっと、今の状態教えろ」
「この成績表と、後は今期取れた分だけだよー」
言いながら、年間の総合成績表を差し出してくるのを受け取り、開いて見ていく。
「これが去年までに取れた単位で、今期はさっき見た3科目、それにこの間取れたって言ってた1科目だけか……」
厳しいな、と心の中で呟く。
「うー、お酒飲むー」
「だから酒に逃げるな。ちょっと待ってろ」
テーブルの上に念の為に持ってきたノートと、アルねこの見せてきた成績表、それにスマホで調べた学部の卒業要件を横に置いて、鉛筆を構える。
「まず……来期はどういう講義の取り方したんだ?」
「まだ、取ってないー。後期は前期の取れたのを見てから決めるからー」
「通期で年の最初に決めるんじゃないのか。となると、まず今年の後期分をどう取るかだな……」
机の上で鉛筆を動かしていく。
そして、それを見ていたアルねこがソロリソロリとおう也の置いた酒瓶に近づいてくるのをガシッと押さえ込む。
「まず去年以前に前期はとれてて、後期を落としてるやつと、今年の前期で取れてるやつの後期分は取りやすいだろうから全部入れるとして……これで8コマ。後は、この辺の必修は時間枠被せずに取れそうか」
「あー。朝イチの枠はやめてー。起きれないからー」
おう也の腕に抱え込まれながらバタバタと足を動かしつつ、アルねこが抗議してくるが、もちろん聞く耳は持たない。
「起きろ。最悪俺が起こしてやる」
「うー。起こしてもらっても学校行くの無理ー」
「無理じゃねえ」
それから暫くおう也が、鉛筆を動かして予定を作り、アルねこが、どうにか逃れて酒瓶を手にしようと動くのを数十分続けたところで、おう也が鉛筆を置いた。
「まあ、こんなところか。これなら来年同じくらいとれば卒業出来るだろ。本当は就活とか考えて、先になるにつれて軽くしたほうがいいんだが……」
言いながら、一通り書き下ろした一週間の予定を見せる。
アルねこの頬を冷たい汗が流れた。珍しく酔いが冷めたように、目を大きく開いている。
「いや……ハゲちゃん、これは無理……毎日朝から夕方まである……」
「毎日じゃねえだろ。真ん中抜けてるとこも結構あるし、週14コマだ。大学生なら平均的なくらいじゃねえか」
「そんなわけないー」
再び目を細めながらアルねこがバタバタと手足を動かす。
おう也は虚空を見上げ、思い出しながら返した。
「いや。俺が一、二回生の頃は20コマくらいは毎期入れてたぞ」
「自慢だー」
更に激しくバタバタと手足を動かしながらアルねこが言う。おう也はいい加減腕を離してアルねこを立たせると、もう一度予定表を見た。
「そうは言うが、実際問題、これくらいは取らねえと、来年また留年みたいな話になるぞ」
「うー……。ハゲちゃん代わりに受けてくれない?」
「お前なあ……」
「こんなに入れても半分も取れないよー」
「取らないとまた留年だぞ……」
「うー……」
「まあ……ともあれ、まずは酒を飲まないとことからだな……」
「違うよー。順番が逆ー」
アルねこが、おう也の前からさっと酒瓶を攫いながら言った。
イマイチ意図が分からず、おう也が聞き返す。
「? どういうことだ?」
「一昨年、あんまり取れなかったから、サークル入ってお酒飲むようになったんだよー。お酒飲むとフワフワして、そういうの忘れられるからー」
言われて、成績表を見返す。
「それで一回生の頃はそこそこ取れてたのに、次の前期で落ちて、以降は壊滅してるのか……もろに結果に出ちまってるじゃねえか」
「現実が辛いのが悪いー」
アルねこがストローを再び酒瓶に差し込んで、中のアルコールをスッと吸おうとし……たところを、おう也がストローの真ん中を摘んで止める。
「とにかく、今年の後期はこれでいけ。で、来年は今年の結果に合わせて調整するぞ」
「ぐう……。もう1年くらい留年しても……」
「いいわけねえだろ……」
はあ、と溜息を吐きつつおう也がストローを離した。途端、待ってましたとばかりにアルねこがストローを吸い始める。
そうして満足そうにアルコールを吸っていくアルねこを前に、おう也は、きっと自分が毎日送らないとこいつは大学行かないんだろうな、という悲しい想像に一人涙した。