ヤニねこの大家さんはいかにして大家さんになったかの話 作:namamugi
アジアの新興国。GDPは日本の1/10ほどで、主な産業は農業等の一次産業。人口構成はピラミッド型に近く、若年人口が多いことから、今後の労働人口の増加と消費市場の拡大が期待されている。
おう也の出張先……トナランドと言う国はそういうところだった。
飛行機を降り、入国審査のゲートに並ぶ。そして自分の順番が来た時、おう也は目の前の入国審査官に驚きを露わにした。
(こんなとこに獣人がいるのか)
そんなおう也の動揺に気付いたのかどうか、入国審査官は平坦な声音で言った。
「パスポート」
カバンから準備していたパスポートを渡す。それをしばし捲ってから、審査官が聞き直してくる。
「目的は?」
「ビジネス。2週間の滞在で、ホテルはここです」
「帰りの旅券を」
「これです」
問われたことに淀みなく答える。審査官は一つ頷くと、パスポートを返してきた。
「オーケー。いい旅を」
「ありがとう」
一言礼を告げて通る。
そのまま暫く歩くと、日本人が固まっている場所を見つけた。
中のひとりが手を挙げて言ってくる。
「こっちです、大谷さん」
「すいません、お待たせしました」
トコトコと早足に集まり、軽く頭を下げる。手を挙げていた女性……今回の現地案内を任された女性が微笑んだ。
「いえいえ。何かありましたか?」
「いや、入国審査官が獣人だったんですよ。日本だと、獣人はほとんど公務員にはなれないって聞いたので意外で」
「ああ、日本は平和ですからねー」
「? というと?」
「ここだと入国審査で暴れ回る人もいるから、力の強い獣人じゃないと危険なんですよ。暴れる側も獣人なことが多いですから」
「な、なるほど……」
「もちろん、人間の方が正しい基準で審査してくれるとは思いますが、だからと言って、危険なことはさせられませんから」
女性がふふっと、冗談めかして笑う。
だが、獣人アパートの大家をしている立場としては上手く笑い返すことが出来ず、おう也は曖昧な笑みで返した。
(流石に町じゃ獣人は見かけねえな。まあ、にゃがみ原と比べたらどこもそんなもんか……)
ホテルから出て、コンビニへ行った帰り。初日はこのままホテルで寝て、明日から本格的に動く予定だった為、食事がてら、おう也は歩きながら町を見ていた。
にゃがみ原に慣れてしまったせいか、獣人が全くいない光景に逆に違和感を感じる。
「お客さん、お客さん」
「!?」
思わず、一歩退く。
気配もなく、いつの間にかおう也の後ろに黒衣で、黒いフードを被った女性……声からして、恐らく女性だろう……が、肩を叩いてきていた。
「これ買わんか? 安くしとくよ」
「いや、すいません、仕事中なので」
迷いなく即座に断る。現地でのトラブル防止手帳を読み込んでいた甲斐があった。
「そう言わんで。お主、身内に獣人がいるじゃろ?」
「! いえ、いませんが……」
「なれない嘘をつきなさんな。臭いで分かるんじゃよ。同族はね」
言いつつ、女性が黒いフードを外した。ピンッと立った耳が露わになる。
「獣人……」
「にゃがみ原じゃろ? 獣人が集まる町の人間はやたら臭うもんさ。けど、あんたの臭いはそれよりも一段上だ。奥さんが獣人か? 子供もいるんじゃないかい?」
「いや、違います」
改めて否定する。
どういう事情であれ、よく知らない相手に動揺を見せるのは良くない。カモと思われて妙なものを売りつけられるかもしれないし、最悪、犯罪に巻き込まれるかもしれない。
「ふむ……嘘をついてる臭いがしないのう。獣臭いのは確かなんじゃが、どこかで外したか」
フードを外した獣人がゴソゴソと持っていたカバンの中を探ってから、細長い、包み紙に包まれた何かを見せてくる。
「こいつはね、特製のタバコじゃ。獣人は好むよ。土産にどうだい?」
「すいませんが、そういう税関や空港の持ち物チェックに引っ掛かりそうなものには手を出さないことにしてるんです」
「つまらんやつだね……じゃあこっちじゃ」
言いながらタバコをカバンに戻し、再びゴソゴソとカバンを探っていく。
そして差し出されたものを見て、おう也は目を細めた。
「これは……織物ですか?」
「民芸品じゃ。タバコと並ぶ獣人集落の代表的な代物じゃよ」
「獣人集落?」
「知らんのか? にゃがみ原にもデカいのがあるはずじゃが」
「そういうのがあるというのは聞いたことありますが……たしか、人間は原則出入り禁止だったので」
「ふむ。そっちのことは詳しくないが、私んとこの集落はそんなことない。誰でも入っていいことになっとる。来てみるかい?」
「いや、何分、仕事で来ているので、そういう時間はないですね」
「つまらんやつめ。じゃあ代わりにこれを売ってやろう。獣人村ブロマイドパック。ランダム3枚封入。獣人村の様子が写っとるぞ。沢山買うなら写真集もサービスしてやる」
「な、何でも売ってるんですね……」
「こんな時代じゃ。逞しくなければの」
結局交渉して一つ1000円程度のハンカチサイズの織物を10枚、お土産として購入し、おまけでブロマイドパックをつけてもらえることになった(出張中にブロマイドを買うのは気が引けたのだ)。
「まいどあり」
差し出した紙幣(念の為この国の紙幣を多めにしておいた甲斐があった)と引き換えに受け取った織物を袋に詰め、パックを開けてブロマイドを見る。が……。
「……ほとんど風景見えないじゃないですか」
「ん? おお、そりゃ大当たりじゃ。村一番の美人の激レアブロマイド。ラッキーじゃの」
「というかこれ、あなたじゃ……」
「村一番の美人じゃ」
「……」
そう断言されてしまっては何も言えない。残りの2枚も見るが、風景を撮ったものではなく、明らかに獣人そのものを被写体としている。
「なんじゃなんじゃ、大当たりを引いたのにガッカリしよって」
「いや……俺は獣人の村にどんなものがあって、何があれば居心地がよくなるか、とかそういうことを知りたかったので」
「はあ? なんじゃそりゃ」
「俺はにゃがみ原で獣人向けのアパートをやってるんですよ。それで、住人が喜んだり、新しい入居者の獲得に繋がるようなヒントがないかと思ってたんです」
「獣人向けアパート! それでやたら臭いが濃いのか!」
納得がいった、とばかりに黒衣の獣人が手を打った。そのままおう也の方をまじまじと舐めるように見つめてくる。
「変わったというか奇特なというか……面白いやつじゃないか、お主」
言いつつ視線を外して、再びカバンの中をゴソゴソと探った。
「ほれ、本当は売りもんじゃないが、これもやろう」
「いや、タバコは……」
「違う違う。包みの方じゃ」
黒衣の獣人がタバコを包んでいた紙を外して、おう也に向けて掲げた。思わず目を見開く。
「これは……」
「獣人集落の全景マップじゃ。昔観光ツアー向けに大量に印刷したんだが、全く客が来なくてな。余りに余ってるんで、包み紙として再利用しとるんじゃ」
「何というか……文明があまり入っていないんですね」
見れば見るほど、文明……というか人工的なものがない。ビルや工場はおろか、目立った店すらない。そもそも電気が通っている様子すら見えないことを思えば、下手したら夜は早々に真っ暗闇になっているかもしれない。
黒衣の獣人は頷いて答えた。
「うむ。そう言われると、これも人間がやるアパートの経営にはあまり参考にはならんかもしれんな。まあ……わしの感覚で言うなら、獣人も人間とそう変わらんよ。楽しいことが好きで、苦しいのは嫌いじゃ。ただ……人間と比べて、それをストレートに表現しちまうところはあるかもしれんがの」
「なるほど……」
頷く。ヤニねこ達のことを思えば納得出来る見解だ。
楽しいことが好きで、苦しいのは嫌。人間なら理性で抑えてしまうような欲求も、遠慮なく表に出す。そういう違いがあるのかもしれない。
(だがその上で俺が本当に考えなきゃならないのは……あいつらに、どうやって自分をコントロールさせるかってことなんだろうな)
自分の考えにうんうん、と頷く。そんな様子を見ていた黒衣の獣人が口元に手を添えた。
「ふむ……。やめておくか」
「は?」
「お主をこのままウチの村に攫ってやろかと思ったが、やめた」
「い、いや、何言ってるんですか……」
かなりとんでもないことを言われていることに気付いて、おう也が一歩退いた。
黒衣の獣人は特にそれを追うこともなく肩をすくめる。
「懐かしいことを思い出してな。昔ラニ……にゃがみ原の獣人集落の長の男を奪ってやったんだが、これが傑作でな。しこたま殴られはしたが気分はスッとした。思い出したからには、どこぞの誰かからお前さんも奪ってやろうかと思ったんだが……」
ジトッとした目つきでおう也のことを見つめ……瞬間、おう也の視界から黒衣の獣人が消えた。
ハッとして、おう也が辺りをキョロキョロ見渡す。その肩にポンッと手が置かれ、耳元に声が届いた。
「人の男を盗るのは好きなんじゃが、人の親を盗るのは気が引けるでな」
振り返るが、その時には既に影も形もない。どこからともなく、声だけが響いた。
「ま、せいぜいそのアパートの住人どもと仲良くやることじゃな」