ヤニねこの大家さんはいかにして大家さんになったかの話 作:namamugi
「どうなってんだ、このにゃがみ原ってとこは……」
思わず溜息混じりに言葉を零す。
大森橋から少し離れて、(流石にあのまま町田方面に歩く気にはなれなかった)にゃがみ原市内のファミレスで。
未成年のタバコの購入と喫煙について手元の端末で調べてみれば、人間は禁止だが獣人は本人がリスクを認識しているなら可、とのことらしい。
人間は二十歳になるまで喫煙できないが、猫の成獣は生後一年〜一年半ほどなので、タイミングが違う、との説明……だが、勿論にゃがみ原だけで通用するルールで、普通の街では当たり前に禁止である。酒も同様。なんなら運転免許も獣人は取得可能なタイミングが早い。
にゃがみ原では綺麗な街並みを保つ為に毎日、市直営の大規模清掃活動事業が行われている……が、実際には毎日清掃しないとどうにもならないほど汚れてしまうからだ。なんなら毎日清掃しても他所よりもゴミが落ちているし、臭いがキツイ。同気が話していたのはこの毎日の清掃が始まる前の時期のことだったのかもしれない。
調べれば調べるほどにゃがみ原という場所の……ヤバいとしか表現出来ない情報が見つかっていく。
「これ結構いけるにゃ」
目の前でパクパクモゴモゴと口を動かしてステーキ(この店で最も高価なものを遠慮なく頼みやがった)を頬張る獣人の少女に目をやる。
調べたところ、どうも獣人は一定の年齢からほとんど老化しないらしい。となれば見た目で年齢を判断するのは難しいが、学生服から察するに恐らく高校生……17、18くらいだろう。髪はボサボサで、ファミレスに入るときにすごく嫌そうな顔をされたくらいには臭いのキツイ少女だ。
「悪かったな、タバコはたしかに禁止されてなかったよ。けどな、本来タバコなんてのは百害あって一利無しの代物で、吸わないならそれにこしたことは……」
「食後の一服にゃ」
ぷは〜っと。
指を立ててタバコについて話していたその向かいから、ヤニくさい煙を浴びせかけてくる。
「……」
たしかに白装束達の言ってた通り、獣人には何を言っても意味がないのかもしれない。
(い、いやいや。何を考えてるんだ俺は。相手はまだ子供なんだから、ちょっと人の話を長いことに聞き続けるのに慣れてないだけさ…………たぶん)
「き、君はにゃがみ原に住んでるのかい? 実は俺も今日こっちに越してきたんだ、よろしくな」
調子を取り直して話題を変える。……が、獣人はそんなこっちの話を聞いているのか聞いていないのか、関係ないことを返してきた。
「にゃ。おっちゃんなんか禿げそうな雰囲気あるにゃ。それ地毛かにゃ?」
「い、いきなり失礼だな、勿論地毛だよ……」
本当になんの脈絡もない。身内の獣人だってもう少し話が通じたものだが……ともあれ、学生服の獣人はそんなこちらの様子に気付いたのか気付いていないのか、言葉を続けてくる。
「ニャーは生まれてこの方、ずっとここに住んでるにゃ。学校は町田の方だから遠くて不便にゃ」
「あ、ああ、そうなのかい」
「けど、今度学校卒業したら独り立ちする為にどっかにアパート借りろって言われてるにゃ。タバコ吸っていいとこが全然なくて困ってるにゃ」
「ああ、まあ、それは……」
それはそうだろう。
という後半の言葉は飲み込んだ。
アパート側からしたらタバコはまさしく百害あって一利なしだ。室内でされれば壁紙が黄ばむし、悪ければ灰も落ちる。よしんばベランダに限定しても、周りの住人からしたら受け入れ難いだろう。万が一火事でも起きたら最悪だ。
「おっちゃんどっかいいとこ知らないかにゃ?」
「いや、今時タバコ可の物件は中々見ないな」
「にゃあ……。ニャーは何も悪いことしてないのに……」
「ははは……」
乾いた笑いでしか返せない。
そのまま食事を終えたところで支払いを済ませ、近くのコンビニでタバコ一箱(一番安いのを頼もうとしたら文句言われたのでメビウスなる銘柄にさせられた。どれも同じに見えるが、こだわりがあるらしい)を買い渡す。
「ほら。約束だからやるが、出来る限り控えろよ。学生のうちから喫煙なんてのは……」
「にゃあ! ありがとにゃおっちゃん!」
こいつに丁寧な扱いは要らないと判断して普段の口調に戻して言うが、やはり話を聞いている気はしない。とはいえ、タバコを受け取ったときに全身で喜びを表現する姿は見ていて悪いものではなかった。
「お、おう……」
と答えた時には、既に振り返って意気揚々とタバコに火をつけ歩き去っていく。
「……またあのまま町田に行きかねねーな、あいつ……」
機嫌良くタバコを蒸しながら歩いていく後姿には先ほど棒で殴られたことの怯えや恐れは微塵も見えない。そんな姿に溜息を吐き……。
「……ありがとうは、言えるんだな、あいつみたいは獣人でも」
とだけ呟いた。